双子の姉妹の聖女じゃない方、そして彼女を取り巻く人々

神田柊子

文字の大きさ
上 下
29 / 32
第四章 聖女じゃない令嬢

ジュリエット

しおりを挟む
 ジュリエットにとってステラは救世主のような存在だった。
 白髪赤目で生まれた兄トラヴィスの翌年にジュリエットは生まれた。
 トラヴィスは容姿のせいで分家から次期当主にふさわしくないと難癖をつけられていた。
 それで奮起すればいいのに、剣術に才があるのをいいことにしょっちゅう修行と称して外に逃げる。両親はトラヴィスには自由を許すのに、ジュリエットの婚約を勝手に進めてしまう。
 トラヴィスが次期当主の自覚を持たないままだったら、ジュリエットはどこかの分家をそそのかして両親ごと兄を引きずり下ろしたと思う。
 パターリス辺境伯領で刺客に襲われたトラヴィスは、帰ってきてから見違えるようになった。
 ――最初からそうしていれば良かったのに。
 ジュリエットはため息をついたものだ。
 ジュリエットだって別にトラヴィスを嫌いなわけではない。容姿のせいで余計な苦労があるのは理解できる。彼が努力するのであれば、ジュリエットは歓迎できた。
 トラヴィスが変わったのはパターリアス辺境伯令嬢ステラのおかげだと聞いた。
 ジュリエットがしつこくねだると、トラヴィスは辺境伯領で何があったのかぽつぽつと教えてくれた。
 兄は彼女に恋心を抱いているようだし、家格的にも問題ないから、ステラが義姉になるのかもしれない。
 そうして入学した学院で、ジュリエットはステラに出会った。
 彼女は辺境伯領から出なかったらしく、王都の貴族家で行われた茶会では会ったことがなかった。
 そのせいか、他の令嬢のように、ジュリエットをたてようと気を使ったり、ジュリエットにおもねって口論していたマーガレットを貶めたりすることがない。
 それでいて転びそうになったジュリエットを助けてくれる。つまずいたのを見て嘲笑されたことはあっても、同年代の令嬢に支えてもらったことはなかった。
 トラヴィスとの縁談が進んでいるなら、身内として助けてくれたのかしら、と理解できたけれど、トラヴィスとは連絡も取ってないらしい。
 初対面の人間に対して、見返りもないのに親切にしてくれたステラにジュリエットは好感を抱いた。
 兄とうまくいかなかったとしても、自分はずっと友だちでいたいと思った。
 仲良くなってからは、アレクシスとの仲が改善するきっかけをくれたり、ドレスや眼鏡の件でも世話になった。
 アレクシスとの婚約を嫌がらなくなったジュリエットに、両親はほっとしていたようだ。兄の立場を守るための意味もあったから、後ろめたく感じていたのかもしれない。
 ジュリエットたちの前にステラが現れてから、なんだかすべてがうまく回るようになった気がした。欠けていた部品がはまったことで動かなかったものが動き出したような感じ。
 魔獣の大発生が収束し、トラヴィスとステラは正式に証書を提出して婚約した。これで横やりをいれられることなく、ステラは公爵家に嫁いでくることができる、とほっとしていたときだ。
 マルヒヤシンス聖国がステラを要求してきたのだ。

 ミモザナ王国や同盟国での聖女認定会は成功と言えた。
 ミモザナ王国では聖女が七人見つかった。
 念のため、男性も認定会に参加できるようにしたから、女性の参加者に比べたら遥かに少ないが男性の参加者もいた。しかし男性の聖女は今のところ見つかっていない。
 まだ国民全員が認定会に参加したわけではないので、今後もっと増えるかもしれない。
 ミモザナ王国にも聖女庁が作られることになり、ジュリエットはその統括に立候補した。ムスカリラ王国では王妃が担っている役職だ。
 アレクシスと婚約してから、王太子妃教育はずっと受けてきた。しかし、こうやって実際に執務に携わるのは初めてだ。今はまだ指導を受けながらの執務だが、これからどんどんできることを増やしていかなくては、と気合いが入る。
 王妃が幽閉されたことはアレクシスから聞いた。表向きは病気療養とされている。もとより王妃は病弱設定になっていて、公式の場には全く出ていなかった。城内での行動範囲も制限されていたらしい。
 そんな扱いで耐えられていたのが信じられない、とジュリエットは思う。自分なら無理だ。王妃は自分が枷に繋がれていたことにも気づいていなかった。
 ジュリエットはアレクシスと婚約して長いが、実は王妃に会ったことがなかった。国王が禁じたのか、アレクシスが配慮してくれたのか、おそらく後者だとジュリエットは考えている。
 ずっと相手にされていないと思っていたけれど、知らないところで守られていたようだ。
 聖女庁の統括にジュリエットが志願したのは、もちろんステラのためでもあるけれど、王太子妃の責務から逃げたくはないと考えたからだ。アレクシスの妃になったあとの自分を見据えて努力したい。
 やっとそう思えるようになってきた。
 そういう気持ちをアレクシスに伝えたところ、ものすごくうれしそうな顔をされた。
 この人が喜ぶと自分もうれしくなる。これからもこの人を喜ばせてあげたい。そう思った。
「あら? 殿下が見てらっしゃるわ」
 ステラが突然そう言った。
 城に与えられたジュリエットの執務室。側近候補としてステラも一緒に指導を受けている。
 彼女は窓の外を見ていた。ジュリエットも同じ方を見てみるが、アレクシスがどこにいるのかはわからない。
「どこにいらっしゃるの? 私には探せないわ」
「秘密ですって」
 ステラは唇の前に人差し指を立てる。それは隠れている場所じゃなくて、見ていること自体を秘密にしろって意味では?
「前から思っていたのだけれど、ステラはどうして殿下が盗み見しているのがわかるの? あなたはよく『視線を感じる』と言うけれど、見られているのは私なのに、私には全くわからないのよ」
「うーん、特訓の成果かしら?」
 ステラはそう言って苦笑した。
 辺境伯家の特訓は謎が多すぎるわね、とジュリエットは呆れた。
 アレクシスはそれからすぐに執務室にやってきた。
 ステラがお茶を淹れてくれ、三人でソファ席につく。
「聖国に訪問する日程が決まったよ。春季休暇に入って二日後だ。問題ないかな?」
 アレクシスが尋ねるのに、ジュリエットたちはうなずく。
「うちと聖国の間にあるフルピナス王国とネモフィラーゼ共和国にも働きかけて、順調に進んでいるよ。ムスカリラ王国のジョージ司祭と聖女ローズが先行して、聖女の認定会がすでに行われているから、私たちが通るころには聖女が見つかっているかもしれないね」
「まあ!」
「ありがとうございます、殿下」
 魔獣に悩まされている大陸西岸の聖女派の国々は、聖水や護符を教会から買っているため、政府と教会の距離が近い。マルヒヤシンス聖国の次代が過激な女神派になり、聖女派ひいては自国の教会が弾圧されることを望んでいない。聖女が見つかれば聖女の護符が楽に手に入る利点が大きいが、自国の教会を守る点も、西岸の国々に聖女制度を広める際に強調した。
 逆に、フルピナス王国やネモフィラーゼ共和国は、教会は女神派かもしれないが、政府と教会に距離があるため、国自体は中立派だ。国主導で聖女制度を行うことで教会に対する影響力を持てる点を強調して、聖女制度に勧誘した。聖国の隣のネモフィラーゼ共和国は聖国に不満を持っていたため、彼の国に一泡吹かせてやりたいという思いもあったらしい。両国とも積極的に話を聞いてくれた。
「女神派って、結局のところムスカリラ王国の聖女が気に入らないってだけだからさ。教義に違いがあるわけでもないし、一般の信者はなんとも思ってないんだよね。敬虔な信者は、自分が女神に選ばれた聖女かもしれないって期待して、認定会に押し寄せてるみたい。聖国に近いほど参加者が多いっていうんだから皮肉だよね」
 アレクシスはそう言って肩をすくめた。

 そして、春。
 マルヒヤシンス聖国への使節団が出発した。
 ステラだけ行かせるつもりは毛頭なく、使節団の団長はアレクシス。ジュリエットも当然参加しているし、トラヴィスも近衛騎士見習いとしてついてきた。
 ステラは恐縮しきりだったが、もうこの件はステラひとりの話ではないのだ。
 聖女制度の宣伝も兼ねて、使節団は通過する大きな街では数日の滞在期間を設けた。
 ステラを目立たせては本末転倒なので、使節団にはローズも加わってもらった。
 彼女には教会で講演――というほど規模は大きくないが――をしてもらった。女神のお力を感じたことがある体験談などで、市民に聖女への憧れを持ってもらうためだ。また、話が得意な騎士に魔獣退治に聖女の護符がいかに役立っているかも語らせた。
 なかなか盛況だったと思う。
 会が終わり、隅で打ち合わせをしていると、ジュリエットは信者の子どもに呼びかけられた。王太子の婚約者なのでさりげなく間に騎士が入る。
「女神様!」
 そう呼ばれて首を傾げる。
「私のことかしら?」
「そう。女神様、お話楽しかったです」
「ありがとう。でも、私は女神様じゃありませんわ」
 愛想よく答えたジュリエットに、その子は、
「えー、でも、そっくりだよ」
 と、祭壇の女神像を振り仰いだ。それから、親に呼ばれて走り去る。
 ジュリエットも女神像を見る。大地の女神はふくよかな体型で描かれる。
「そっくりって、まさか体型のこと?」
 愕然とするジュリエットに、隣にいたステラが、
「あなたのほうがすっきりしていると思うわ」
 ――それって多少は似ているってことよね?
「私はどんなジュリエットでも好きだよ」
 アレクシスがジュリエットの手を取った。
「そういう話をしているのではございませんわ」
「またあのかわいい運動姿が見られるなんて楽しみだな」
「殿下に見せているつもりはないのですけれどっ!」
 ジュリエットが気づかないうちに観察されているのだ。
 ステラに頼んでパターリアス辺境伯家式の特訓を受けるべきか、ジュリエットは真剣に考えたのだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!

伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。 いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。 衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!! パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。  *表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*  ー(*)のマークはRシーンがあります。ー  少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。  ホットランキング 1位(2021.10.17)  ファンタジーランキング1位(2021.10.17)  小説ランキング 1位(2021.10.17)  ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

【完結】わたしは大事な人の側に行きます〜この国が不幸になりますように〜

彩華(あやはな)
恋愛
 一つの密約を交わし聖女になったわたし。  わたしは婚約者である王太子殿下に婚約破棄された。  王太子はわたしの大事な人をー。  わたしは、大事な人の側にいきます。  そして、この国不幸になる事を祈ります。  *わたし、王太子殿下、ある方の視点になっています。敢えて表記しておりません。  *ダークな内容になっておりますので、ご注意ください。 ハピエンではありません。ですが、救済はいれました。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

処理中です...