上 下
21 / 26
第四章 境界の森

眠ったままのブリジット

しおりを挟む
 五日後、ブリジットがダーツ辺境伯邸に戻ってきた。
 ロイクと打ち合わせて毎日朝と夕方に時間を決めて連絡し合うことにしていたから、ブリジットの到着は前日に知れた。
 到着予定の日は、朝からエマとタクトとカイも辺境伯邸で待機していた。
 ブリジットはセドリックに抱きかかえられて馬車から降ろされ、病室代わりの客間に寝かされた。
 眠っているブリジットは穏やかな表情で、カイが話していた通り、悪夢に苦しんでいる様子はない。飲まず食わずなのにやつれている風でもなかった。ただの病気ではないのはエマにもわかるが、魔族かどうかはエマには判断つかない。ブリジットの周囲には魔族はいなかった。
「おそらくは夢の中にいる」
 カイがエマにささやいた。
「呼びかけたら会えるかしら」
「先に状況を説明しよう」
 オーブリーがエマに声をかけ、客間の外に促す。エマはうなずいて彼に続こうとしたとき、ブリジットの手が上掛けから出ているのを見つけてそっとその手に触れた。
 瞬間。
「え?」
 ぐらりと押し倒されたように体が傾く。
 力が抜けて膝が崩れ、エマはその場に座り込む。
 ブリジットに触れた手が、ぎゅっと握り返された。ブリジットの目が覚めたのかと顔を上げたエマを、彫像のように秀麗な顔の緑の髪の男が見下ろしていた。その赤い目と、エマの菫色の目が合う。
「ブリジットが君を呼んでいる。招待しよう」
 胸に片手を当てる芝居がかったしぐさで、彼はエマの意識を連れ去った。

「え?」
 エマの声が聞こえ、タクトは振り向いた。
「エマ!」
 駆け寄ったときには彼女の体はゆっくりと傾き、ブリジットのベッドにすがるように倒れた。
「待て」
 駆け寄ろうとしたタクトをカイが制した。今日は虎の姿だ。
「夢魔とお見受けする。わが主『扉の魔女』をどうされる?」
 カイは中空を見つめ、硬い声を上げた。体中の毛がぶわりと逆立っている。タクトには見えない魔族がいるのだろう。タクトもカイの視線の先をにらみつけた。
「帰していただけるのだろうな」
 魔族の返事はタクトには聞こえないが、カイは会話できているようだった。
「承知した」
 そう答えたカイはすぐにエマに駆け寄った。タクトも続く。
「魔族がいたの? なんだって?」
 人型に変わったカイはタクトを無視して、エマを抱き上げた。しかし、彼女の手はブリジットが硬く握っていた。タクトが脇に置いてあった椅子を持ってきて、カイはエマをそこに座らせ、ベッドに突っ伏すような体勢にした。
 枕元で一部始終を呆然と見ていた辺境伯夫人サビーナがはっとしたように「ブリジットの隣りに寝かせてあげて」と言った。
「いいえ。近すぎると良くない」
 カイが首を振ると、サビーナはメイドに「長椅子を」と指示した。
 用意が整う間に、カイは説明した。
「夢魔の魔族がいた。令嬢がエマと話をしたいからエマを彼女の夢に招待したそうだ。令嬢が満足したらエマを帰す、と」
「ブリジットはその魔族に囚われているのか?」
 オーブリーの質問にカイは少し考えてから、
「夢魔は令嬢の希望を優先している印象を持った。夢の中に閉じこもっているのは、令嬢の意志かもしれない」
「ああ、やっぱり急な縁談が負担だったのよ」
 サビーナが嘆くのをセドリックが支え、従僕が運んできた長椅子はエマより前にサビーナが使うことになった。彼女の隣にジュリエンヌが寄り添う。
「夢魔をどうにかするよりも、令嬢が自ら目を覚ますようにした方が確実だ。だから、夢の中でエマが彼女と話ができるなら、その方が都合がいい」
 カイはタクトに言った。人型の彼がタクトの頭に乗せる手は重い。
「エマは大丈夫だ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい

海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。 その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。 赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。 だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。 私のHPは限界です!! なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。 しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ! でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!! そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような? ♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟ 皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います! この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました

葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。 前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ! だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます! 「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」 ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?  私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー! ※約六万字で完結するので、長編というより中編です。 ※他サイトにも投稿しています。

諦めて、もがき続ける。

りつ
恋愛
 婚約者であったアルフォンスが自分ではない他の女性と浮気して、子どもまでできたと知ったユーディットは途方に暮れる。好きな人と結ばれことは叶わず、彼女は二十年上のブラウワー伯爵のもとへと嫁ぐことが決まった。伯爵の思うがままにされ、心をすり減らしていくユーディット。それでも彼女は、ある言葉を胸に、毎日を生きていた。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

ざまぁされる姉をやめようと頑張った結果、なぜか勇者(義弟)に愛されています

risashy
恋愛
元孤児の義理の弟キリアンを虐げて、最終的にざまぁされちゃう姉に転生したことに気付いたレイラ。 キリアンはやがて勇者になり、世界を救う。 その未来は変えずに、ざまぁだけは避けたいとレイラは奮闘するが…… この作品は小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...