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第二章 姉と弟

結婚パーティ

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 ブリジットと一緒にいてほしいと言われていたけれど彼女は両親と並んで挨拶を受けていたので、エマたちはヴェール村の村長やムニール医師と一緒にいた。
 立食形式のガーデンパーティで、料理はおいしく、庭は花にあふれ、天気にも恵まれていた。
 貴族の挨拶が一区切りついたのを見計らって、村長たちについてエマとタクトも新郎新婦に挨拶に行った。
「セドリック様、おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。祝い品もさっそく今日の料理に使わせてもらったよ」
 村から贈った祝い品の羊肉の礼を言われて村長が恐縮する。セドリックはエマにも笑顔を向けた。
「布をありがとう」
「赤は魔に通じますが、だからこそ魔除けになります。仕切る、包む、かぶせるなど、調度にお使いください」
 すらすらとエマが口上を述べるとセドリックは目を瞠った。だから、エマは笑って付け足す。
「と、師匠が申しておりました」
「ははは。ゾエにも礼を伝えてくれ」
「はい」
 それから、セドリックは皆に花嫁を紹介した。
「彼女が私の妻になったジュリエンヌだ」
 小麦色の髪を綺麗に結いあげて白いドレスに身を包んだジュリエンヌは、緑の瞳を細めて笑顔を浮かべた。
「ジュリエンヌと申します。ヴェール村のお話はセドリックやお義父様からかねがねうかがっております。どうぞよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
 丁寧な挨拶に村の面々は恐縮する。ジュリエンヌは気さくにエマにも言葉をかけてくれた。
「次に辺境伯家に来たときは、私もお茶にご一緒させてね」
「はい。もちろんです」
「そのうち森にも行ってみたいわ」
「えっ!」
 セドリックやオーブリーはヴィオレットの森の『魔女の家』に来たことがあるが、ブリジットや辺境伯夫人サビーナはさすがに来たことがない。
「馬車は森には入れませんよ?」
「あら、私、歩くのは得意よ」
「そうなんだ、エマ」
 目をぱちくりさせるエマに、セドリックがジュリエンヌの腰を抱く。
「今度、二人でお邪魔するよ。ゾエにも紹介したい」
「はい。お待ちしております」
 それからは大人たちの話が続きそうだったから、エマとタクトは先に下がった。
「良かったね、いい人そう」
 少し離れたところで、エマはタクトにだけ聞こえるくらいの小声で話す。
 ダーツ辺境伯家は『扉の魔女』の庇護者だ。次代のエマは、次期辺境伯のセドリックやその夫人との付き合いが続く。ジュリエンヌと友好関係が築けそうでエマはほっとした。
 しかし、タクトはエマの手を握って、どことなく心配そうな目を向けた。
「大丈夫?」
「え、何が?」
「前にアリスのところで……」
 エマはしばらく考えてから、セドリックに憧れていたとアリスに話したことを思い出した。
「聞いてたの?」
「聞こえたんだよ。聞きたくなくても」
「じゃあ全部聞こえてたんでしょ」
 物語の登場人物に対するような憧れだと話していたはずだ。
 うなずきながらもタクトはまだ疑わし気にエマを見る。
「そういうのじゃないんだから、全然」
 エマは笑い飛ばして、タクトの手を引いた。
「ケーキ、食べよ?」

 そんな二人を目にとめたセドリックが、眉を寄せてつぶやいた。
「エマとタクトを誘ったのは失敗だったかな」
 アルダーギ王国ではあまりみかけない黒髪黒目のエキゾチックな顔立ちのタクトと、珍しい菫色の髪のエマ。単独でも目を引く彼らが二人でいると、どうしても周囲の注目を集めていた。
「おかしな客は招待していないつもりだが、平民で子どもとなると軽視する者もあるかもしれない。注意してみていてやってくれ」
「はい。もちろんです」
「二人は私たちにとっても大事な子どもですからな」
 村長とムニールは二つ返事で請け負ったのだった。

「ブリジット様、お綺麗です!」
 エマが言うとブリジットは微笑んだ。
 ブリジットは濃い紅色のドレスで、段々状に重ねたスカートがかわいらしい。母のサビーナと同じ茶色の髪は縦に巻いて下ろしている。
「エマも素敵よ。……あの、タクトも」
「ありがとうございます」
 笑顔のエマに対して、タクトは無言で礼を返しただけだった。タクトはブリジットとはめったに会わないので緊張しているのかもしれない。
 挨拶が一通り終わったらしく、辺境伯夫妻に呼ばれて行くとブリジットの話し相手を頼まれた。今は、会場の端の椅子にブリジットとエマが並んで座って、タクトはエマの後ろに立っていた。「座らないの?」と聞くと、「いい」と短く返されて、なんだか不機嫌だ。そんなときはエマはタクトに構わないことにしている。いろいろな人に話しかけられて疲れたのだろう。エマも疲れた。
「セドリック様とジュリエンヌ様、素敵ですね。物語のお姫様と王子様みたい」
 二人は同年代の友人たちと談笑している。白い衣装のせいか、幸せそうな表情のせいか、そこだけきらきらと輝いているようだった。
「ええ、本当に」
「ずっと前からご婚約されていたんですよね?」
「そうね。お兄様が今の私くらいのときにはもうご婚約されていたわ」
「ブリジット様も、もしかしてご婚約されてるんですか?」
 今までそういう話が出なかったため聞いたことがなかったけれど、貴族令嬢ならありえなくはない。
 エマが尋ねるとブリジットは首を振った。
「私にはまだそういうお話はないみたい」
「じゃあ、これから出会うんですね」
 ブリジットはうつむいて少し考えるようにしてから、ばっと勢いよく顔を上げると、
「エマは? あの、エマはそういう人がいるの?」
「えっ、私ですか? いませんよ」
「それなら、タクトはエマの婚約者ではないの?」
「タクトは私のおと」
 弟と言おうとしたエマを遮って、タクトが後ろから言葉をかぶせる。
「エマは僕の大事な人です。姉さんも僕のことが大事だよね?」
「え、うん。大事なおと」
 弟と言おうとしたエマは再び遮られる。
「お互いに大事に思ってるんです。ね?」
「うん」
 振り返ってタクトを見上げると、有無を言わせない強い視線で見つめられて、エマはうなずく。大事なのは間違いないのだから、嘘ではない。
「そうなのね……」
 ブリジットはため息をついた。
 エマが首を傾げていると、誰かが近づいてきた。貴族の子息の二人連れで、どちらもエマより少し年上だ。エマは慌てて立ち上がり礼をした。
「ブリジット嬢」
「は、はい」
「本日はおめでとうございます」
「ありがとうございます」
「少しお話しても?」
「え。ええ、はい」
 立ち上がって礼をしたものの、ブリジットはうつむいてしまう。彼らがエマにちらっと視線を向けたのにも気づかなかった。
 セドリックのことや庭の様子などをほめる貴公子たちに、ブリジットは「ええ」と「はい」と「ありがとうございます」を繰り返す。紹介もされなかったエマは横に立っていることしかできない。
「デザートもどれも華やかですね」
「ブリジット嬢のおすすめは?」
「え、え、……おすすめ……?」
 そこで初めてブリジットはエマを見た。貴公子二人もつられるようにエマに視線を向ける。
「ブルーベリーのヨーグルトタルトがおいしかったです」
 エマはブリジットにだけ答えた。
「ブルーベリーのタルトです……」
 小さな声でそう言ったブリジットとエマを見比べた彼らは、少しおもしろがるような笑みを浮かべた。あまり好意的ではないものだ。生粋の令嬢であるブリジットと並べば、エマは確かに見劣りする。
「こちらは?」
「エマです……」
 いっぱいいっぱいなのかブリジットの紹介は紹介になっていない。
「ダーツ辺境伯家と懇意にさせていただいております家の者でございます」
 そこでタクトがエマの後ろから口を出した。
 何か聞かれたらこう答えるようにと、村長やムニール、オーブリーからも言われていた。
 エマはもう一度丁寧に挨拶する。パーティへの参加が決まってから、これだけはと何度も練習させられた。
「変わった髪の色だね」
「ブルーベリーのタルトを食べたからでしょうか」
 平然と笑顔を返すと、彼らは面食らったように一瞬口をつぐんでから、「君、おもしろいね」と今度は楽しそうに笑った。
 そうすると、エマの背後の温度が下がり、
「タルトはあちらのテーブルにあります。どうぞ」
 これ以上の歓談は許さないとばかりに、場を凍らせる声が響いた。
 貴公子たちは顔を見合わせてから「それじゃあ」と去っていってしまった。
 実はこんな感じのやり取りは今日何度もあった。
 ここはブリジットの交友関係を広げる機会じゃないのか、とエマがタクトを睨むと、逆に睨み返された。何なのもう、とエマは口を尖らせる。
 そんなエマたちに気づくことなく、ブリジットはため息をついて、椅子に座り込んだ。
「ありがとう……」
「いいえ。でも、いいんですか? お話しなくて」
「いいの、緊張するから……」
 胸元を押さえてうつむくブリジットを、エマは心の底から心配した。
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