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232話 勇者強襲
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―バラドリンド教国・荒野―
「でさぁ猿藤、やっぱ女すぐ欲しいっしょや? 良いの見つかったら攫っちまっても良いよな?」
「これから愉快に生きて行くって決めたんだ、女くらい好きにしろ」
開かれた空間の歪みから談笑が漏れ、表情を緩ませた無警戒な男たちが姿を現す。
「とりま辛気臭い国からの脱出記念にパーっと飲みに――どこよここ?」
「なんだよ猿藤、街に行くんじゃなかったのか?」
「こんな石しか無いところに何か用っスか?」
「用なんてある訳無ぇだろ! お前ら戻れ、何かおかしいぞ!」
エンドウという男が慌ててほかの男たちを押し戻そうとするも、自分たちが潜ってきたワープゲートは既に閉じた後で、振り向いた先もただ草原が広がるだけだった。
異変にこそ気付いても、ワープゲートの出口を捻じ曲げられ誘導されたとまでは気付くまい。
「なにゲート閉じてんだよ、ワープ! また開かねぇじゃねぇか!?」
「おいおい、なにそんなに慌ててんだよ」
「ワープゲートくらい……マジ開かねぇじゃん」
「またー? 使えたり使えなかったり、このスキル使えなくなるのになにか条件とかあるのか?」
ワープゲートが開かないことに騒ぐ男たちを、俺と仲間たちは魔法で透明化した状態で岩陰から観察する。
『クロード殿の読みがバチコリ大当たりでござるな』
『俺も盛大に踊らされた口なだけにちょっとワロエない……』
思惑通りの展開でどこか楽し気な影剣さんの念話とは裏腹に、以前ウィッシュタニア城に殴り込みをかけた苦い思い出がよみがえり頭を掻きむしりたくなる。
ウィッシュタニア魔法王国エルネスト国王の腹心であるクロードは、信仰に因る高い忠誠心が強みのバラドリンド教国の特性を逆手にとり、〝聖都の上空に神秘的な事象を発生させ要求を突きつけることで内部分裂や暴動、果ては勇者たちの国外逃亡などに繋がる〟と予見した。
ウィッシュタニアの軍師兼宰相とはいえ20代前半の若造の言うこと、そんなので上手く行くのかと半信半疑なアイヴィナーゼ上層部だったが、ウィッシュタニアの政権転覆を経験した人間でそれを疑う者は誰もおらず、俺も先述の通りこいつの作戦にしてやられた側の人間なため、クロードの作戦を強く後押しした。
それに砦を人ごと消し飛ばすよりも人命の被害が少ないのが何よりも魅力的だった。
『よく見ると聞いていたのより人数が1人足りないでござるが……高梨殿が居らぬでござる』
『唯一魔法が使えるってやつか、面倒だな』
思考することで力を発現させる魔法は体に力を入れる延長で能力やスキルが発動する近接職と比べて瞬発力で劣るものの、想像力次第でほぼ万能に近い。
それだけに俺の様に少ない力で高威力広範囲な魔法を使いかねない異世界人の魔法使いは警戒すべき危険な存在だ。
タカナシがリシアたちの張る防御結界を抜け大規模攻撃魔法などでアイヴィナーゼやウィッシュタニアに攻撃を仕掛けた場合、それを防ぐのは至難の技。
放っておいて良い存在ではない。
『どうする? このまま仕掛けるか、それとも奴らにタカナシのことを聞き出すか?』
亡命者の神官騎士ガーランドが意見を仰いで来る。
タカナシのことは確かに無視できないが、あの9人の異世界人も放ってはおけない。
今でこそ防御魔法でワープゲートを封じてはいるが、こいつらが強引に防御魔法の突破を図ろうものなら簡単に破られてしまう。
バラバラに逃げられでもしたら最悪だ。
ここで迷っている時間はない。
『――いや、タカナシのことは後回しでいい。それよりも戦力が分散している今が好機だ、奴らが混乱してる今の内にまとめて始末する』
『了解だぜ大将』
『腕が鳴るな』
『やっとこいつの出番だな』
ガーランドが兜の面を下すとメリティエが獰猛な笑みを浮かべ、ユーベルトがダンジョンで手に入れた素材をふんだんに使い新調したバスタードソードの柄に手をかけた。
毒耐性無効化付きの毒付与武器だ、いくらボーナススキルで状態異常耐性を持つ勇者であってもかすめれば無事じゃすまない。
他のメンバーもユーベルトの持つ武器と同レベルに凶悪な装備を身に着けている。
しかも連日ベテラン冒険者のしごきを受けレベルだけでなく腕も上げている連中だ、正直こんな集団に襲われる奴らには同情したくなるが、戦災に合った人たちのことを想うとそんな気も失せるどころか苦しんで死ねとすら思えた。
かと言って、弄るような舐めプして反撃に合うような間抜けにはなりたくない。
最初から全力で行かせてもらう!
『総員、戦闘用意! 後衛の第一斉射後に突っ込むぞ!』
『『『了解』』』
念話での指示に皆が身構えた。
勇者たちの出現から周囲の緊張は感じていたが、肌に刺さるようなピリピリした空気が伝わってくる。
『後衛、最大火力で射撃用意―――放て!!』
「〈フェイルノート〉!」
「〈ロッククラッシャー〉!」
「〈ミョルニル〉!」
「〈ブリューナク〉!」
「〈マスタースパーク〉!」
「〈火遁・火之迦具土〉!」
「「「なん――!?」」」
皆が岩陰から飛び出し、膨大なエネルギーを纏った矢や超大な巨岩、大男の姿をした劫火や稲妻球の十字砲火が荒野で困惑する異世界人たちを強襲した。
「風よ風よ烈風よ~、渦巻け~巻き上げ~薙ぎ払え~吹き飛ばせ~、叩きつ~け~ろ~~~~♪」
最後に出っ歯エルフのアーヴィンがイケボで熱唱、豪風が勇者たち諸共全てを飲み込む竜巻となって容赦なく中身をシェイクする。
地面がめくれ土砂で染まった黒い竜巻の中では破壊エネルギーが逃げ場を失い荒れ狂う。
「〈ソール〉!」
俺の空へと放った光球が弾丸の速さで上昇し、かなりの高度に達したところでより輝きを発した。
その光量はバラドリンドの街と照らしているのと同等の明るさで、深夜の荒地を肉眼でも不便なく視認できるほど鮮明に映し出した。
『あらやだトシオ、竜巻の中にまだ手応えがあるわよ!』
『了解。〈エインヘリヤル〉!』
レスティーからの野太い声での報告に短く返すと、俺は魔法で生み出した強化外骨格の黒い鎧を身に纏う。
『後衛はバックアップに移行、前衛抜刀――突撃!!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
俺の号令でそれぞれが得物を手に軍靴を荒野に響かせた。
―バラドリンド教国・大教会―
「スイ!」
「!?」
高梨がバラドリンドの勇者たちと決別後、自身と親密な関係を持つ少女の名を呼び大教会にある自室の扉を勢いよく開く。
その声に驚いたのか両手を合わせ窓の外へ祈りを捧げていた修道女姿の少女が、肩を大きくはねさせ振り向いた。
少女は顔に焦燥を浮かべ瞳を赤く腫らし、先ほどまで涙を流していたであろうことが高梨にも容易に察することが出来たが、何に対しての涙なのかまでは想像が及ばなかった。
「な、あ……、あぁ、だ、大丈夫かい?」
後ろ手にドアを閉めながら気の利いた言葉はないかと口を開くも、場慣れしていない男の口から出たのは女性を安心させるセリフとしては落第点だ。
アニメの主人公のように格好よく決められない自分自身の不甲斐なさに苦笑いを浮かべる高梨を、少女は虚ろな瞳で見つめる。
「その、なんだ、こんな時に1人にしてしまってすまっ」
「信徒たちを戦争に向かわせバラドリンド様の御心を踏みにじって、さぞ楽しかったことでしょうね……」
高梨が少女の焦燥を不安が顔に現れたものだと思い謝罪と共に部屋に入るも、少女はか細い声で恨みを口にした。
「なにを言って……?」
「貴方が言ったのではありませんか、凄い作戦を考えたと、このベッド上で! ……そうよ、私は、このベッドの上で、貴方に何度も……汚されて……」
少女はうわごとのようなつぶやきでゆらりと立ち上がると、すぐそばのテーブルの上にあった果物ナイフを握りしめ高梨を睨みつけた。
愛らしい少女の虚ろだった表情が、嫌悪や憎悪といった負の感情が入り混じったものへと変貌し、鬼気迫る形相と凶器を向けられた高梨が床に尻を着た。
「……貴方さえ、貴方さえ居なければ!」
「ひっ!?」
スイが逆手に握ったナイフを腰の抜けた高梨めがけ振り下ろすも、高梨も無我夢中でナイフを握るスイの腕を掴んだ。
日頃モンスター相手にレベル差にものをいわせたダンジョン攻略をしていた高梨が、初めて経験する直接的な殺意。
〈サーチエネミー〉のスキルも彼女が敵であると告げていた。
「マママテマテマテマテテ落ち着けっよスヒ!」
「生まれてすぐに捨てられて、孤児院でもグズやのろまと蔑まれ、貴方に見初められてこれから幸せになるんだと思ってたのに! どうしてよ、どうして私ばかりずっと不幸なのよ! 私は幸せになっちゃいけないって言うの?! でも今度こそ私は報われるの! 悪魔を殺して御使い様に差し出せば、バラドリンド様はきっと私を天国へ迎え入れてくださるはず!!」
涙を溢れさせ感情を爆発させるスイが小柄な少女とは思えない力でナイフを押し込み、高梨も刺されまいと必死で足掻く。
レベルが拮抗した2人のもみ合いは、男女の地力の差で何とか押しとどめていた。
そうだ、魔法!
力がほぼ互角なら、身体強化魔法で!
「このっ!」
魔法を発動させ少女の腹に足の裏を当てると、そのまま一気に蹴りぬいた。
状況を打破することに気が行きすぎて力加減など出来ず、少女は壁に激突した。
スイはそのまま壁をぶち抜いて3階にある個室から大教会の中庭に落る。
「スイ!?」
高梨が自分のやらかしに慌てて穴の開いた壁から身を乗り出す。
レベルの高さが身体の頑強さにも表れる世界での3階からの落下など少女には大したダメージにもならない。
だが3階の壁を粉砕して地面に倒れる修道女とそこから顔を出す男の構図、そしてタイミングが最悪だった。
「おい、女の子が飛んできたぞ!?」
「大丈夫か嬢ちゃん?!」
偶然大教会の中庭まで入り込んでいた暴徒の集団が、落下し倒れた少女を心配して駆け寄る。
暴徒と称される彼らだが、その本質は敬虔なバラドリンド教徒の集まりで、目的は上空に浮かぶ神秘的な存在に神の敵と認定された教皇と6勇者と呼ばれた者たちの糾弾であり、暴行や略奪に来たわけではなかった。
「私は大丈夫です……。それよりもあそこに、バラドリンド様の怨敵である6勇者と呼ばれた悪魔の1人があそこに居ます!」
「「「なにぃっ!?」」」
少女が指さす先に皆の視線が集まると、当然そこには高梨の姿が。
時刻は深夜だが空の発光により聖都中が昼間のような明るさに照らされていたため、高梨の顔は暴徒たちからもはっきりと見てとれた。
「アレが悪魔!?」
「思ったより普通の見た目だな」
「見た目に惑わされるな! バラドリンド様が御使い様をお寄越しなさるほどの災いだ、きっと恐ろしい力を持っているに違いない!」
「その通りだ! 御使い様もおっしゃっていただろ、すでに2万人もの同胞が命を落としたと!」
「大教会に努める甥にも聞いたが、友人や顔見知りの僧兵の多くが戻って来ていないそうだ」
「道理で見張りの僧侶が少ない訳だ」
「俺たちがすんなり中庭まで入れたのはそういうことだったのか!」
「おのれ悪魔め!」
少女の告発に周囲の男たちが殺気立つと、スイが追い打ちの言葉を口にする。
「信徒の皆さま、私はあの悪魔を討たねばなりません。討って御使い様に捧げなければならないのです! どうか、どうか皆さまのお力をお貸しください!!
「お安い御用だぜお嬢さん、なぁ皆?!」
「えぇ!」
「おうよ!」
「任せろ嬢ちゃん!」
「悪魔を御使い様に捧げろ!」
「そこから降りてきやがれ悪魔!」
「他の悪魔どもはどうしたぁ!」
「〈祝福〉〈聖属性付与〉聖属性防御障壁〉!」
スイの神聖魔法による強化を受けた人々が、中庭に転がる石を高梨めがけ投げつけた。
「スイが、俺の敵……?」
強化された投石は砲弾と化し魔法障壁に大きな音を響かせるごとに、異世界人の理不尽さに高梨の怒りが増していく。
「いきなり人を異世界に呼び出して、勝手に勇者と持ち上げておいて、作戦だって良かれと思って考えたのに、御使いが現れた途端今度は悪魔だと?! 勝手なことばかり言いやがって、そんな身勝手がお前らのやり方だっていうならもう知るか! こんな国こっちから出て行ってやる! 〈インフェルノ〉!」
高梨の点に掲げた手のひらに巨大な火球を出現させると、怒りに任せて集団の先頭めがけて投げつけた。
火球は非常に殺傷能力が高く、スイの防御魔法を抜け減衰した威力ですら着弾と同時に爆発し、爆炎が男たちを容易く吹き飛ばした。
それでも自分が愛した少女を巻き込まなかったのは、無意識で避けたのかたまたまなのか……。
「火がぁぁぁ!?」
「腕が、俺の腕がないぃぃぃ!?」
「待ってろ、すぐに回復魔法をかけてやる!」
「あいつ攻撃魔法を使ったぞ! やはり邪悪な悪魔だ!」
「俺たちも神聖魔法で対抗するんだ!」
「「「ホーリープロテクション!!!」」」
中庭は一瞬で地獄と化すも、神聖魔法の習得率が高いバラドリンド人の多くの者が踏みとどまり防御魔法で守りを固めた。
「さっさと逃げればいいものを!」
高梨は雷球や光球を放ち続け、スイと暴徒たちが力を合わせて耐え凌ぐ。
「なんでなんだスイ、愛してるって言ってくれたのは嘘だったのか!」
高梨の悲痛な訴えも、喧騒と魔法防壁に阻まれ少女には届かない。
御使いさえ現れなければが、俺たちは愛し合っていたはずなのに!
上空に浮かぶ白い鎧の竜を呪いを込めて見上げると、竜の右腕にある砲身のような物が自分に向けられていることに気付いた。
危険を感じた高梨が咄嗟に部屋の奥へと後退すると、聖都を覆う防御魔法を貫通して今し方高梨が立っていた場所を重たい音と共に破砕した。
少し遅れて上空で打ち上げ花火に似た音が轟く。
「神器は契約者である俺の魔法と神聖魔法以外の全ての魔法を無効化するはず。だとすると、今の攻撃は魔法ではない物理的な何かを撃ってきたのか?」
高梨は偶然の僥倖に安堵しながらも独り言をつぶやき分析する。
「御使い様が我々に加勢してくださったぞ!」
「バラドリンド様は俺たちを見捨ててはいないのだ!」
「すぐに死体を確認しろ!」
「待て、今ので悪魔が死んだとは限らない、油断はするな!」
白竜からの砲撃に暴徒たちが活気付き、警戒しつつ建物の入り口を目指す。
向かう先は高梨の居る部屋だ。
高梨もサーチエネミーでその接近を察知する。
「くっ、このままだと囲まれる、早くここから逃げないと……。スイ、どうしてなんだ……!」
高梨が少女への未練を引きずったままその場を後にした。
「でさぁ猿藤、やっぱ女すぐ欲しいっしょや? 良いの見つかったら攫っちまっても良いよな?」
「これから愉快に生きて行くって決めたんだ、女くらい好きにしろ」
開かれた空間の歪みから談笑が漏れ、表情を緩ませた無警戒な男たちが姿を現す。
「とりま辛気臭い国からの脱出記念にパーっと飲みに――どこよここ?」
「なんだよ猿藤、街に行くんじゃなかったのか?」
「こんな石しか無いところに何か用っスか?」
「用なんてある訳無ぇだろ! お前ら戻れ、何かおかしいぞ!」
エンドウという男が慌ててほかの男たちを押し戻そうとするも、自分たちが潜ってきたワープゲートは既に閉じた後で、振り向いた先もただ草原が広がるだけだった。
異変にこそ気付いても、ワープゲートの出口を捻じ曲げられ誘導されたとまでは気付くまい。
「なにゲート閉じてんだよ、ワープ! また開かねぇじゃねぇか!?」
「おいおい、なにそんなに慌ててんだよ」
「ワープゲートくらい……マジ開かねぇじゃん」
「またー? 使えたり使えなかったり、このスキル使えなくなるのになにか条件とかあるのか?」
ワープゲートが開かないことに騒ぐ男たちを、俺と仲間たちは魔法で透明化した状態で岩陰から観察する。
『クロード殿の読みがバチコリ大当たりでござるな』
『俺も盛大に踊らされた口なだけにちょっとワロエない……』
思惑通りの展開でどこか楽し気な影剣さんの念話とは裏腹に、以前ウィッシュタニア城に殴り込みをかけた苦い思い出がよみがえり頭を掻きむしりたくなる。
ウィッシュタニア魔法王国エルネスト国王の腹心であるクロードは、信仰に因る高い忠誠心が強みのバラドリンド教国の特性を逆手にとり、〝聖都の上空に神秘的な事象を発生させ要求を突きつけることで内部分裂や暴動、果ては勇者たちの国外逃亡などに繋がる〟と予見した。
ウィッシュタニアの軍師兼宰相とはいえ20代前半の若造の言うこと、そんなので上手く行くのかと半信半疑なアイヴィナーゼ上層部だったが、ウィッシュタニアの政権転覆を経験した人間でそれを疑う者は誰もおらず、俺も先述の通りこいつの作戦にしてやられた側の人間なため、クロードの作戦を強く後押しした。
それに砦を人ごと消し飛ばすよりも人命の被害が少ないのが何よりも魅力的だった。
『よく見ると聞いていたのより人数が1人足りないでござるが……高梨殿が居らぬでござる』
『唯一魔法が使えるってやつか、面倒だな』
思考することで力を発現させる魔法は体に力を入れる延長で能力やスキルが発動する近接職と比べて瞬発力で劣るものの、想像力次第でほぼ万能に近い。
それだけに俺の様に少ない力で高威力広範囲な魔法を使いかねない異世界人の魔法使いは警戒すべき危険な存在だ。
タカナシがリシアたちの張る防御結界を抜け大規模攻撃魔法などでアイヴィナーゼやウィッシュタニアに攻撃を仕掛けた場合、それを防ぐのは至難の技。
放っておいて良い存在ではない。
『どうする? このまま仕掛けるか、それとも奴らにタカナシのことを聞き出すか?』
亡命者の神官騎士ガーランドが意見を仰いで来る。
タカナシのことは確かに無視できないが、あの9人の異世界人も放ってはおけない。
今でこそ防御魔法でワープゲートを封じてはいるが、こいつらが強引に防御魔法の突破を図ろうものなら簡単に破られてしまう。
バラバラに逃げられでもしたら最悪だ。
ここで迷っている時間はない。
『――いや、タカナシのことは後回しでいい。それよりも戦力が分散している今が好機だ、奴らが混乱してる今の内にまとめて始末する』
『了解だぜ大将』
『腕が鳴るな』
『やっとこいつの出番だな』
ガーランドが兜の面を下すとメリティエが獰猛な笑みを浮かべ、ユーベルトがダンジョンで手に入れた素材をふんだんに使い新調したバスタードソードの柄に手をかけた。
毒耐性無効化付きの毒付与武器だ、いくらボーナススキルで状態異常耐性を持つ勇者であってもかすめれば無事じゃすまない。
他のメンバーもユーベルトの持つ武器と同レベルに凶悪な装備を身に着けている。
しかも連日ベテラン冒険者のしごきを受けレベルだけでなく腕も上げている連中だ、正直こんな集団に襲われる奴らには同情したくなるが、戦災に合った人たちのことを想うとそんな気も失せるどころか苦しんで死ねとすら思えた。
かと言って、弄るような舐めプして反撃に合うような間抜けにはなりたくない。
最初から全力で行かせてもらう!
『総員、戦闘用意! 後衛の第一斉射後に突っ込むぞ!』
『『『了解』』』
念話での指示に皆が身構えた。
勇者たちの出現から周囲の緊張は感じていたが、肌に刺さるようなピリピリした空気が伝わってくる。
『後衛、最大火力で射撃用意―――放て!!』
「〈フェイルノート〉!」
「〈ロッククラッシャー〉!」
「〈ミョルニル〉!」
「〈ブリューナク〉!」
「〈マスタースパーク〉!」
「〈火遁・火之迦具土〉!」
「「「なん――!?」」」
皆が岩陰から飛び出し、膨大なエネルギーを纏った矢や超大な巨岩、大男の姿をした劫火や稲妻球の十字砲火が荒野で困惑する異世界人たちを強襲した。
「風よ風よ烈風よ~、渦巻け~巻き上げ~薙ぎ払え~吹き飛ばせ~、叩きつ~け~ろ~~~~♪」
最後に出っ歯エルフのアーヴィンがイケボで熱唱、豪風が勇者たち諸共全てを飲み込む竜巻となって容赦なく中身をシェイクする。
地面がめくれ土砂で染まった黒い竜巻の中では破壊エネルギーが逃げ場を失い荒れ狂う。
「〈ソール〉!」
俺の空へと放った光球が弾丸の速さで上昇し、かなりの高度に達したところでより輝きを発した。
その光量はバラドリンドの街と照らしているのと同等の明るさで、深夜の荒地を肉眼でも不便なく視認できるほど鮮明に映し出した。
『あらやだトシオ、竜巻の中にまだ手応えがあるわよ!』
『了解。〈エインヘリヤル〉!』
レスティーからの野太い声での報告に短く返すと、俺は魔法で生み出した強化外骨格の黒い鎧を身に纏う。
『後衛はバックアップに移行、前衛抜刀――突撃!!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
俺の号令でそれぞれが得物を手に軍靴を荒野に響かせた。
―バラドリンド教国・大教会―
「スイ!」
「!?」
高梨がバラドリンドの勇者たちと決別後、自身と親密な関係を持つ少女の名を呼び大教会にある自室の扉を勢いよく開く。
その声に驚いたのか両手を合わせ窓の外へ祈りを捧げていた修道女姿の少女が、肩を大きくはねさせ振り向いた。
少女は顔に焦燥を浮かべ瞳を赤く腫らし、先ほどまで涙を流していたであろうことが高梨にも容易に察することが出来たが、何に対しての涙なのかまでは想像が及ばなかった。
「な、あ……、あぁ、だ、大丈夫かい?」
後ろ手にドアを閉めながら気の利いた言葉はないかと口を開くも、場慣れしていない男の口から出たのは女性を安心させるセリフとしては落第点だ。
アニメの主人公のように格好よく決められない自分自身の不甲斐なさに苦笑いを浮かべる高梨を、少女は虚ろな瞳で見つめる。
「その、なんだ、こんな時に1人にしてしまってすまっ」
「信徒たちを戦争に向かわせバラドリンド様の御心を踏みにじって、さぞ楽しかったことでしょうね……」
高梨が少女の焦燥を不安が顔に現れたものだと思い謝罪と共に部屋に入るも、少女はか細い声で恨みを口にした。
「なにを言って……?」
「貴方が言ったのではありませんか、凄い作戦を考えたと、このベッド上で! ……そうよ、私は、このベッドの上で、貴方に何度も……汚されて……」
少女はうわごとのようなつぶやきでゆらりと立ち上がると、すぐそばのテーブルの上にあった果物ナイフを握りしめ高梨を睨みつけた。
愛らしい少女の虚ろだった表情が、嫌悪や憎悪といった負の感情が入り混じったものへと変貌し、鬼気迫る形相と凶器を向けられた高梨が床に尻を着た。
「……貴方さえ、貴方さえ居なければ!」
「ひっ!?」
スイが逆手に握ったナイフを腰の抜けた高梨めがけ振り下ろすも、高梨も無我夢中でナイフを握るスイの腕を掴んだ。
日頃モンスター相手にレベル差にものをいわせたダンジョン攻略をしていた高梨が、初めて経験する直接的な殺意。
〈サーチエネミー〉のスキルも彼女が敵であると告げていた。
「マママテマテマテマテテ落ち着けっよスヒ!」
「生まれてすぐに捨てられて、孤児院でもグズやのろまと蔑まれ、貴方に見初められてこれから幸せになるんだと思ってたのに! どうしてよ、どうして私ばかりずっと不幸なのよ! 私は幸せになっちゃいけないって言うの?! でも今度こそ私は報われるの! 悪魔を殺して御使い様に差し出せば、バラドリンド様はきっと私を天国へ迎え入れてくださるはず!!」
涙を溢れさせ感情を爆発させるスイが小柄な少女とは思えない力でナイフを押し込み、高梨も刺されまいと必死で足掻く。
レベルが拮抗した2人のもみ合いは、男女の地力の差で何とか押しとどめていた。
そうだ、魔法!
力がほぼ互角なら、身体強化魔法で!
「このっ!」
魔法を発動させ少女の腹に足の裏を当てると、そのまま一気に蹴りぬいた。
状況を打破することに気が行きすぎて力加減など出来ず、少女は壁に激突した。
スイはそのまま壁をぶち抜いて3階にある個室から大教会の中庭に落る。
「スイ!?」
高梨が自分のやらかしに慌てて穴の開いた壁から身を乗り出す。
レベルの高さが身体の頑強さにも表れる世界での3階からの落下など少女には大したダメージにもならない。
だが3階の壁を粉砕して地面に倒れる修道女とそこから顔を出す男の構図、そしてタイミングが最悪だった。
「おい、女の子が飛んできたぞ!?」
「大丈夫か嬢ちゃん?!」
偶然大教会の中庭まで入り込んでいた暴徒の集団が、落下し倒れた少女を心配して駆け寄る。
暴徒と称される彼らだが、その本質は敬虔なバラドリンド教徒の集まりで、目的は上空に浮かぶ神秘的な存在に神の敵と認定された教皇と6勇者と呼ばれた者たちの糾弾であり、暴行や略奪に来たわけではなかった。
「私は大丈夫です……。それよりもあそこに、バラドリンド様の怨敵である6勇者と呼ばれた悪魔の1人があそこに居ます!」
「「「なにぃっ!?」」」
少女が指さす先に皆の視線が集まると、当然そこには高梨の姿が。
時刻は深夜だが空の発光により聖都中が昼間のような明るさに照らされていたため、高梨の顔は暴徒たちからもはっきりと見てとれた。
「アレが悪魔!?」
「思ったより普通の見た目だな」
「見た目に惑わされるな! バラドリンド様が御使い様をお寄越しなさるほどの災いだ、きっと恐ろしい力を持っているに違いない!」
「その通りだ! 御使い様もおっしゃっていただろ、すでに2万人もの同胞が命を落としたと!」
「大教会に努める甥にも聞いたが、友人や顔見知りの僧兵の多くが戻って来ていないそうだ」
「道理で見張りの僧侶が少ない訳だ」
「俺たちがすんなり中庭まで入れたのはそういうことだったのか!」
「おのれ悪魔め!」
少女の告発に周囲の男たちが殺気立つと、スイが追い打ちの言葉を口にする。
「信徒の皆さま、私はあの悪魔を討たねばなりません。討って御使い様に捧げなければならないのです! どうか、どうか皆さまのお力をお貸しください!!
「お安い御用だぜお嬢さん、なぁ皆?!」
「えぇ!」
「おうよ!」
「任せろ嬢ちゃん!」
「悪魔を御使い様に捧げろ!」
「そこから降りてきやがれ悪魔!」
「他の悪魔どもはどうしたぁ!」
「〈祝福〉〈聖属性付与〉聖属性防御障壁〉!」
スイの神聖魔法による強化を受けた人々が、中庭に転がる石を高梨めがけ投げつけた。
「スイが、俺の敵……?」
強化された投石は砲弾と化し魔法障壁に大きな音を響かせるごとに、異世界人の理不尽さに高梨の怒りが増していく。
「いきなり人を異世界に呼び出して、勝手に勇者と持ち上げておいて、作戦だって良かれと思って考えたのに、御使いが現れた途端今度は悪魔だと?! 勝手なことばかり言いやがって、そんな身勝手がお前らのやり方だっていうならもう知るか! こんな国こっちから出て行ってやる! 〈インフェルノ〉!」
高梨の点に掲げた手のひらに巨大な火球を出現させると、怒りに任せて集団の先頭めがけて投げつけた。
火球は非常に殺傷能力が高く、スイの防御魔法を抜け減衰した威力ですら着弾と同時に爆発し、爆炎が男たちを容易く吹き飛ばした。
それでも自分が愛した少女を巻き込まなかったのは、無意識で避けたのかたまたまなのか……。
「火がぁぁぁ!?」
「腕が、俺の腕がないぃぃぃ!?」
「待ってろ、すぐに回復魔法をかけてやる!」
「あいつ攻撃魔法を使ったぞ! やはり邪悪な悪魔だ!」
「俺たちも神聖魔法で対抗するんだ!」
「「「ホーリープロテクション!!!」」」
中庭は一瞬で地獄と化すも、神聖魔法の習得率が高いバラドリンド人の多くの者が踏みとどまり防御魔法で守りを固めた。
「さっさと逃げればいいものを!」
高梨は雷球や光球を放ち続け、スイと暴徒たちが力を合わせて耐え凌ぐ。
「なんでなんだスイ、愛してるって言ってくれたのは嘘だったのか!」
高梨の悲痛な訴えも、喧騒と魔法防壁に阻まれ少女には届かない。
御使いさえ現れなければが、俺たちは愛し合っていたはずなのに!
上空に浮かぶ白い鎧の竜を呪いを込めて見上げると、竜の右腕にある砲身のような物が自分に向けられていることに気付いた。
危険を感じた高梨が咄嗟に部屋の奥へと後退すると、聖都を覆う防御魔法を貫通して今し方高梨が立っていた場所を重たい音と共に破砕した。
少し遅れて上空で打ち上げ花火に似た音が轟く。
「神器は契約者である俺の魔法と神聖魔法以外の全ての魔法を無効化するはず。だとすると、今の攻撃は魔法ではない物理的な何かを撃ってきたのか?」
高梨は偶然の僥倖に安堵しながらも独り言をつぶやき分析する。
「御使い様が我々に加勢してくださったぞ!」
「バラドリンド様は俺たちを見捨ててはいないのだ!」
「すぐに死体を確認しろ!」
「待て、今ので悪魔が死んだとは限らない、油断はするな!」
白竜からの砲撃に暴徒たちが活気付き、警戒しつつ建物の入り口を目指す。
向かう先は高梨の居る部屋だ。
高梨もサーチエネミーでその接近を察知する。
「くっ、このままだと囲まれる、早くここから逃げないと……。スイ、どうしてなんだ……!」
高梨が少女への未練を引きずったままその場を後にした。
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