四人で話せば賢者の知恵? ~固有スキル〈チャットルーム〉で繋がる異世界転移。知識と戦略を魔法に込めて、チート勇者をねじ伏せる~

藤ノ木文

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228話 神々の黄昏

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 バラドリンド教国の聖都にある大教会のとある一室。
 大きな地図が広げられた広い部屋には、バラドリンド、ハッシュリング、モンテハナムの各代表や軍事関係者が集っていた。
 その中心には1人の日本人青年の姿も。

「いやはや、作戦開始からわずか4刻ほどで異教徒共の街の大半を戦禍に巻き込むとは、誠に見事と言うよりほかにありえませんな」
「エンドー殿の采配の妙、感服いたします」
「新たに12人もの勇者を召喚するなど誰が思いつきましょうや!」
「なぁに、こんくらい大したことないすっよ」

 法衣を着た老人や犬のような耳を生やした男たちのご機嫌取りに、バラドリンドの6勇者と呼ばれる者たちのまとめ役に収まった猿藤直樹えんどうなおきが軽く受け流す。
 その両側には陰鬱いんうつな表情をした美女が、戦々恐々でナオキの機嫌をうかがっていた。

 バラドリンドの6勇者であるタカナシが、勇者のワープゲートを用いた多角的な侵攻によりアイヴィナーゼとウィッシュタニアの国中を混乱させ、その勢いで首都を陥落させる電撃戦をナオキに提案した。
 それを聞いたナオキはこのままウィッシュタニアとの国境にある砦を普通に攻めるより面白いと思い、作戦の荒である『都市間での移動時間』や『侵攻中のワープゲートの維持するだけの勇者の人数不足』を上げ、「2つの課題がクリア出来たら、俺が司祭じじいたちに言っといてやるよ」とタカナシに告げた。
 タカナシはその場ですこし考えこむと、『都市間の移動はオーラ系スキルによる身体強化を地竜に使って移動速度を上げる』、『ワープゲートの維持はハッシュリングとモンテハナムのダンジョンコアを使い俺たちを呼び出した方法で新たな勇者を呼び出す』と修正を加え、更には『進行中は都市を無視して首都に直接向かわせ、距離的にまだ安全だと思わせた所で首都に総攻撃を仕掛ける』『ついでに収穫目前の穀倉地帯を焼き払えば、戦争に勝てなくともこちらは穀倉地が燃え尽きるまでる相手の兵を釘付けにするだけで翌年にはもっと楽に攻め落とせますよ!』と嬉々として語った。
 現実的な実効性と二段構えの策にこれなら行けそうだと思ったナオキは、タカナシの作戦を自分が考えた作戦として上層部に進言し、タカナシには「例の作戦、通ったから」とだけ伝え自分の手柄にした。
 このことからナオキは、自分の父親よりも年上の男たちから軍略家としても一目置かれ、元の世界から新たに呼び寄せた12人の大学フットサルサークルの友人たちからも感謝される状況にご満悦だった。
 
 自分で言えばこうやってチヤホヤされるってのに――

高梨あいつってやっぱ馬鹿なんじゃね?」
「何か言いましたかな?」
「いやこっちの話。それよりも、相手の砦がソッコーで落ちたのとかちゃんとこの国の奴らに宣伝してくれてんすよね?」
「ご心配なさらずとも、各地の教会を通して信者たちには伝えられております。ちまたでは皆さんの話題で持ち切りだそうですぞ。はっはっはっ!」

 このまま戦争に勝って俺たちは英雄だ。
 今は教会こいつらが用意した陰気臭い女しか抱けないが、ことが終われば街を歩くだけで女が寄ってくるようになる。
 ナオキが豪奢な馬車の上で美女に囲まれ、民衆からの歓声を一身に浴びる凱旋パレードの妄想にひたる。

「異教徒共はこちらの真の目的が穀倉地の放火とも知らず、今頃テンヤワンヤで戦っているのでしょうな」
「ついに来たのだな、我らモンテハナムを属国とさげすむグレアムめを膝まづかせる日が!」
「レギルス様っ!」

 バラドリンド教の老司祭の言葉に褐色の肌をした青年が歓喜の声を上げると、青年のそばにいた背の低い老人がたしなめた。
 老人の視線の先にはバラドリンド教の法衣をまとったアイヴィナーゼ王国の元王子、アルフォンス・アイヴィナーゼの姿が目に留まる。

「これは失礼、アルフォンス殿には実の父親でしたな」
「なぁに、奴とは既に決別した身、モンテハナム殿の気に病むことではない。むしろこれまでアイヴィナーゼがモンテハナムへ行っていた所業をかんがみれば、貴殿のお気持ちは察するに余りある。我が父だった者に代わり陳謝ちんしゃ致そう」
「なんのなんの、これからは互いに手を取り歩んで行く者同士。今後も懇意こんいにして参りましょうぞ!」

 モンテハナムの若き指導者が国を裏切った元王子に近付き手を差し伸べると、アルフォンスはその手を握り返した。
 この戦争が終わった領土分割では、レギルスはアイヴィナーゼの南部と西部、アルフォンスはアイヴィナーゼの王都を含めた中央部をそれぞれが納める話し合いが済んでおり、その点では互いに手を取り合う存在の両者。
 しかし、アイヴィナーゼの至宝と称えられるクラウディア第一王女をこの戦争の最中に手に入れ、やがてはアイヴィナーゼ中央部をも手中に収める足掛かりにしたいレギルスと、いずれは分割されたアイヴィナーゼを取り戻すつもりでいるアルフォンス。
 空々しい笑顔の下にそれぞれの野心を隠す。
 そんな2人のやりとりを、妄想から抜け出したナオキが興味なさ気に見ていたところに念話が届く。

『ナオキさぁん、ウィッシュなんたらってとこの王都?に着いたんだけど、急にワープゲートが出なくなったんすよ。どうしたら良っすか?』

 念話の相手はウィッシュタニアの首都へ単独先行中である6勇者の1人、エイタだ。
 王都に先行するメンバーが敵の王都に到着後は、報告の後に自分の担当する砦に戻って待機する予定となっていた。
 先行メンバーの1人であるエイタが担当するのは、バラドリンドの最東の砦であった。

『はぁ? こんな時になに冗談みたいなこと言ってやがる、もっと真面目にやれよな』

 エイタを叱りながら、東の砦で何かあったのかもしれないと思ったナオキは、東の砦へのワープゲートを開こうと試みる。

『……っ、マジで開かねえじゃねぇか、どうなってやがんだ? おいタカキ、ワープゲートが開きやがらねぇ、そっちはどうなってる?』
『ちょと待ってくれ。こっちはこっちで忙しいってのになんなんだ』

 ナオキからの確認にナオキとは同じ歳のタカキが、製造系チートスキルで武器を作成するのを一旦止めた。

『おいおいこっちも開かないぞ、どうなってるんだ? ……まてよ、こっちがダメってことは―――』

 タカキが何かを言いかけるも言葉が途切れる。

『言いかけて急に黙るんじゃねぇよ』
『そうっすよタカキさん。……タカキさん?』
『どうしたタカキ? 何とか言えよ』
『タカキさん?』
『聞いてるのかタカキ!』

 2人が呼びかけるも、タカキからの応答はそれっきり返ってこなくなった。

『……ちっ、なんだってんだ、ったくよぉ。ナオキだ、急にワープゲートが使えなくなったんだが、お前らの方は自分の砦に行けるか?』
『は? ――こっちは普通に使えんぜ?』

 他の勇者たちに飛ばされた念話に、別の砦を拠点で待機していたモンテハナムの勇者として召喚されたオオグリが応答する。

『俺も使えるぞ』
『俺もだ』
『こっちもだぜ』
『俺の方はワープゲート出ねぇわ』
『こっちも出ない』
『出ないぞ?』
『俺は出るけどな』
『俺とかこっちじゃわかんねんだよ!』

 オオグリの報告を皮切りに、連絡が取れる十数人からの報告を受け、ナオキがツッコミを入れた。
 ツッコミながらも頭の中で報告主の声と彼らが受け持つ兵士の集合場所を冷静に照らし合わせる。

『……つーことは、タカキの居た砦だけゲートが使えねぇ感じか?』

 そしてそのタカキは突然音信不通。
 ナオキが嫌な予感を覚えながらも現状をおぼろげに掴みかけたその時だった。

 ドンッッッッッ!!!!!!!

 空から落雷に似た大きな音と共に、足元から刃縦に揺れるような衝撃が直撃した。
 まるで地震のような揺れではあったが、衝撃は一度だけだった。

「なんだ今のは!?」
「敵襲ではないのか!?」
「異変はないか報告せよ!」
「警戒を怠るな!」

 地面からの衝撃にナオキの周囲は慌ただしく支持を飛ばす。

『今の揺れはなんだったんだ?』
『地震か?』
『お前も感じたか?』
『俺も俺も』
『やっべ、地震とか超やっべ』

 他の勇者たちも衝撃にざわつく。

「ナオキ殿、バーニッシュ砦との連絡が途絶えたと報告が上がっております。至急ご確認頂けませんか?」
「あ、ああ、今やっていたところだ」

 状況に混乱するナオキが再びタカキの居る砦へのワープゲートを試みると、今度は問題無く開くことができた。
 が、開いた先が問題だった。

「あ? 開けるじゃ――」

 出現したワープゲートの先ではオレンジ色の光が煌々こうこうと広がり猛烈な熱気を噴き出したのだ。

「アっチぃ!?」
「―――――――!!!!」
「「きゃああああああああああ!?」」

 凶悪なまでの輻射熱がワープゲートからあふれ、近くに居た使用人が熱にあぶられ床にのたうち回り、ナオキの隣りに居た女性たちが恐怖に悲鳴を上げた。
 熱風が直撃したナオキが慌ててワープゲートを閉じた。
 低レベルの人が一瞬で全身に大火傷を負う程の熱量に、部屋の中がサウナと化す。

「今度は何事だ!?」
「俺が知るかよ! タカキが居たところにワープを開けたらこうなったんだ!」

 状況が飲み込めず説明を求めるレギルスにナオキが怒鳴り返す。
 先ほどワープゲートが開かないと言っていた勇者たちの中からも、同じような目にあったと想像できる様子が念話で届く。

「やはり難攻不落のあの要塞に何かあったのでは!?」
「有りえん! 自爆したウィッシュタニアの要塞と違い、あそこには約1万もの兵士が詰めていたのだぞ!」
「憶測で決めるのは危険だ。ナオキ殿、大至急原因の調査をお願い致す!」

 その後の確認作業により、バーニッシュ砦のあった場所では数キロ単位で地面が大きくえぐれが発見され、その場で城塞の痕跡こんせきどころか兵士の姿は1人たりとも見つからなかった。
 これによりバラドリンド教国の戦略拠点からバーニッシュ砦の存在が抹消された。



――バーニッシュ砦消失の数分前――

 成層圏まであとわずかな高高度の眼下では雲海うんかいが広がり、白い雲の隙間から地表の緑や海の青さがが輝いて見え、俺は素直に美しいと思った。

壮観そうかんだな……」
「ちー……」

 それっぽく作られたコックピットの中でのつぶやきに、俺の肩の上で潰れ饅頭まんじゅうと化したハーピーが小さな鳴き声で返してくれた。
 左ほほに触れる彼女の柔らかな髪が心地よい。
 2人だけの穏やかな時間が流れるも、足元に見えるバラドリンド教国の城塞と小さなうごめく何かを目にすると、心臓が締め付けられ緊張で体が強張る。
 そのうごめくモノをあえて何かと称さないと、これからやることに踏み切れない。
 高高度で吹き荒れる風に機体が揺らぎ、それが自分の心が揺らいでいるかのような錯覚に捕らわれそうになる。
 強風で揺れる機体を魔力マナで空間に固定。
 魔法無効化の結界に因り魔法が通用しない要塞を消し飛ばすための魔法をつむぐ。
 
「〈グングニル〉」

 言葉と共に機体の右前腕部の下に100メートルはあろうロングバレルの砲身を出現させる。
 砲身の後ろに普段〈収納袋様〉と呼ぶ〈異次元収納空間〉を取り付けると、発射口を真下にある要塞に向け機体と同じように空間に固定させる。
 
「砲身、強度不足かも……。衝撃も逃すようにしないと……」
「わかった」

 ミネルバの忠告に砲身に魔力を注いで補強し、機体と砲の両方に射出時に発生する衝撃を逃す流れを魔法で組み込む。
 長い砲身の内部には、通過した物体を加速させ弾体を高速で射出するための弾速強化魔法ブリッドスピードがありったけ敷き詰めてある。

『ねこ殿、砦の周りにマナバッテリーを設置したでござる。ついでに拙者も離れたゆえ、いつでもイケるでござるぞ』
『了解』

 地表に居る影剣さんからの念話に短く返す。

「ミネルバ、砦の周囲に防御魔法を展開してくれ。あ、天辺は出来るだけ薄くね。ついでに念話の妨害も頼む」
「ちー!」

 マナバッテリーを媒介ばいかいに防御魔法の結界が砦をおおうのを、〈マナ感知〉を宿した瞳で視認する。

「…………」

 後は取り付けた収納袋様から発射する弾を砲に送り込むだけとなるも、発射にまでは踏み切れなかった。

 この感覚、子供の頃予約した歯医者に行く時間が迫ってるのに似てるなぁ……。
 
 似てはいるが、今感じているプレッシャーはあの頃感じた気の重さなど比ではない。
 だが戦略での負けを取り戻すには、こちらも相手の予想を上回る行動で戦況を覆さなければならない。
 ならないのだが、踏み切ったら最後、砦に居る
 
 「……代わる?」

 心配そうにこちらを覗き込むミネルバに、俺は首を横に振る。

「いや、これは俺がやるって決めたことだから、誰かに任せるつもりはないよ」

 だから今は考えるな。
 ただ粛々と事を進めろ。 

 大きく深呼吸を繰り返し、最後に肺いっぱいに取り込んだ空気をゆっくりと吐き出し無理やり覚悟を決める。
 
「……戦略級殲滅せんめつ魔法〈ラグナロク〉」

 静かだが明確な殺意を言葉に込め、収納袋様から全長8メートル直径50センチほどの金属の柱を砲身に送り込んだ。
 多重に展開された弾速強化魔法によって送り込まれた金属柱が、砲身の中で音速の10倍を超える速度まで一気に加速。
 空気を突き破る音の衝撃波に砲身が耐えられず、轟音を伴って砲身が破裂した。
 しかし砲が破裂するよりも早く、空気の圧縮熱で灼熱と化した赤い柱が超音速で射出されると、そのまま目標の砦のど真ん中に吸い込まれた。
 砲弾がドーンと大きな音で地面に着弾し、着弾地点が砦を地面ごと持ち上げるようゆっくりと紅く膨張ぼうちょうしたかと思うと、次の瞬間には大爆発となってあらゆるものを上空へ巻き上げた。

 戦略級殲滅魔法〈ラグナロク〉
 これは 本来なら低軌道上からマッハ9.7の速度で降下させる〈神の杖〉と呼ばれる理論だけの開発中の兵器を元に魔法で再現したものだ。
 魔法無効化対策として俺の中では定番となった魔法で加速させた物体によって攻撃する物理攻撃魔法〈フェンリル〉とは原理こそ同じではあるものの、その性質はまるで違う。
 フェンリルが金属の物体で相手に直接ダメージを与えるのに対し、ラグナロクは物体を加速させたことによって宿す速度をエネルギーとして着弾地点で放出する運動エネルギー攻撃で、その威力は核兵器に匹敵するとされている。
 無論柱その物にもでたらめな攻撃力はあるが、本質は運動エネルギーによる周囲の破壊のため、砲弾ではなく爆弾とみなすのが正しいのだろう。
 そしてたった今、その運動エネルギー爆弾によって、俺は大勢の命をこの手にかけた。
 爆心地は灼熱した土で構成された巨大なクレーターとなっており、それはあたかも紅い花の様だった。

「……はぁぁぁぁぁぁ……」

 自分の中の殺意を深い息と一緒に吐き出す。
 見つめた先には紅い罪の花。

 やった。
 やってしまった。

 一発で白金貨3枚分の特殊鋼の弾を消費し、数千人の命を根こそぎうばった。

 死んだら絶対地獄に落ちるな……。

 この戦果を相手に突きつけ降伏勧告を行う予定だが、被害は敵軍の10%に達したかどうか。
 それに相手はトチ狂った宗教国家、素直に降伏すると思えるほど楽観していない俺ガイル。
 あと何回この陰鬱な気持ちを味わうのか、想像しただけで余計に気持ちが沈む。

「お父様……。見て、人がゴミの様よ……」
「んふっ」

 ミネルバの特大のボケに思わず笑いで鼻から空気がもれ、笑ってしまった罪悪感で余計にヘコむ。

「元気付けようとしてくれたのは分かるけど、不謹慎ふきんしん過ぎるからやめなさい」

 サイコパス過ぎるハーピーをたしなめるも、怒られたミネルバは自身の羽毛に顔を埋めてしらを切る。
 本当に怒りをぶつけたいのは自分自身なだけに、八つ当たりもいいとこだ。
 
「……報告もしなきゃだし戻ろっか」
「ちー……!」

 大きな紅い花を今一度瞳に焼き付けると、俺は嫌悪感を胸に帰還きかんした。
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