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216話 アイスを食べて頭が痛くなるのは幻痛です
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バラドリンド大聖堂地下通路。
静寂が支配していた長い廊下に響く足音が、バラドリンド教最大の聖域である扉の前で止まった。
老人がシワだらけの手で扉を開けると、神語文字で埋め尽くされた部屋の中央に巨大な水晶が柱の如く据えられていた。
水晶の中では少女が1人、長い髪を揺らしている。
「姫巫女様」
白い法衣に身を包んだ老人が語り掛けると、少女がカッと目を見開く。
『久しいではないかボウズ! 今日はゆっくりしていくのだろうな?!』
頭の中に直接響いた少女の大声に、老人は顔を歪ませる。
「姫巫女様、大声は控えてくださいと以前も申し上げたではありませぬか」
『おおすまぬすまぬ! 久々に話すゆえ加減が出来なんだわ!』
注意しても尚も大きい少女の声に、老人の眉間のシワが深くなる。
「それとボウズはお止めください。私ももう70を過ぎ、周りから教皇と呼ばれる身なのです」
『ふん、70なんぞまだまだヨチヨチ歩きのひよっこではないか! 言い返したくばせめてその10倍は生きてからほざくがよい!』
「そうですか。私も何かと忙しい身、話しが出来ぬとあらばこれで失礼すると致しましょう」
バラドリンド教最高指導者はそう言い放つと、少女に背を向け出口へ足を延ばした。
『まぁ待たぬかアレサンドロよ! 仕方のない奴め、口を開くことを許そうではないか!』
「それはそれは有難き幸せにございます」
『うむ、苦しくないぞ!』
どこまでも上からな物言いをする少女に、好々爺の笑みを浮かべる教皇アレサンドロ。
しかしその内心は、毎度くだらないおしゃべりでなかなか本題に入れないことにイラついていた。
目の前の少女が神からの言葉を告げる姫巫女でなければ、教皇がここに足を運ぶこともなかった。
『して、外の様子はどうだ? なんぞ可笑しなことでも起きおったか?!』
「以前話した忍び頭のシャドウセイバーが異端者共の側に寝返りました」
『さもありなん。そうなるよう彼奴に道を示したのはワシだからな!』
教皇が忌々しき裏切り者の姿を思い出しながら報告するも、姫巫女はふんぞり返った。
「道をお示しになったとは、一体どういうことですかな?」
教皇が声を震わせながら問う
『ほれ、先日彼奴にウィッシュタニアへ行けと命じたであろう? 〝ウィッシュタニアへ行けば彼の者の悲願が成就される。これまでの行いに報いよ〟とバラドリンド様からの御達しでな』
「バラドリンド様の……? お、お待ちください、バラドリンド様の敵を増やす行いを、バラドリンド様御自身でなさられたということですか?」
『貴様はなにを言っておる? 彼奴が離れたのはこの国からであって、バラドリンド様とはなんら係わりは無かろう?』
「は?」
『え?』
〝バラドリンド神の信徒が暮らす国の敵になること、すなわちバラドリンド神の敵〟という認識の教皇と、〝人は人、神は神。人同士の争いに神が気にするところではない〟というバラドリンド神の認識をダイレクトに受け取る巫女。
大きな認識の齟齬に、双方の脳裏に巨大な〝?〟が表示される。
「い、今のはどういうことですか? 我々はバラドリンド様にすべてを捧げる敬虔なる信徒。そんな我らをバラドリンド様はどうなろうとも良いとおっしゃるのですか?」
『はっはっはっ! 敬虔な信徒だど?! 高い酒飲み肉を食らい、無知蒙昧な年端もいかぬ小娘を抱く貴様の口から、よもやそのような言葉が飛び出すとは思わなんだぞ!』
自身の行いが筒抜けであることに告げられ、教皇は無意識に顔を顰める。
『それと貴様ら信者がどうなろうと構わぬということは無いぞ? 貴様らの祈りこそ神々の糧となるのだ、それらが減ることにはバラドリンド様もさぞや御嘆きあそばすであろう』
「つまり、我々は神の餌に過ぎぬと申されますか……」
『祈りの見返りに傷を治し魔を払う奇跡を授かっておいて不服を申すか?』
「………いえ、ですが、これまで神託により我々を導いてくださったバラドリンド様が、何故我らに仇なす行いをされるのです?」
『さっきも言うたであろうが、これまで尽くしてくれた者への褒美であると』
追いすがる教皇へ、姫巫女は面倒くさげに告げる。
「その褒美を与えるために、我々が不利益を被ることは考慮してはくださらなかったのですか?」
『ならば貴様らが彼奴に報いてやればよかったではないか。彼奴は貴様に何を望んだ? ワシへの謁見を所望しなかったのか? ならばなぜ彼奴をワシの前に連れて来なんだ?』
「そ、それは、奴は異世界人、万が一に姫巫女様に凶刃を振るうのではと――」
『否だ!』
姫巫女が言い訳をする教皇の口を短い言葉で遮った。
『貴様は恐れたのだ。ワシをここから連れ出しかねん存在と、ワシの神託を独占して築き上げた今の地位が失われることをな! あっははははっ! バラドリンド様と繋がっておるワシを謀れると思うておるのか? まったくもって実に滑稽である!』
「………」
たまたま神に選ばれただけの小娘が……!
歯を食いしばって怒気をかみ殺す教皇に姫巫女が爆笑するも、すぐにスッと表情が消えた。
『もうよい下がれ、今日は貴様に告げるバラドリンド様の御言葉は無い』
「……はっ」
『――そうだ』
教皇が姫巫女の言葉を背中越しに受け立ち止まる。
『もう1人のエルフェノーラに〝無くした指輪はベッドの足と壁の隙間にある〟と伝えてやってくれ』
「……はっ……」
姫巫女が教皇には告げないと言った神託を、貧しい村から姫巫女の影武者として連れて来られた少女へと送る。
散々コケにされ、立ち去る間際には平民の小娘のパシリに使われた教皇は、憤怒で顔をどす黒く染め、姫巫女の部屋を後にした。
『バラドリンド様、悲願が成就されるまであと少しの辛抱です……』
神へ短い祈りを捧げると、姫巫女と呼ばれ数百年を生きた少女は再び目を閉ざした。
昼食後、イルミナさんたちが神語文字を解読するため、女神を連れて彼女が封印されていた場所へと向かった。
また、レイティシアが石碑に代わる依り代を必要とし、リシアがそれに立候補してしまったことからリシアも解読班に同行している。
「レイティシア様が我が家に来てくださったのには驚きましたわ~」
ローザがお昼寝中のサクラのピンク色の髪を優しく撫でながらそう述べる。
驚きとは程遠いおっとり口調にほっこりする。
まぁ俺的には背中に羽根と股間にナニが生えた少女が家に居ることにも驚きな訳だが。
そんなつい先日生まれたばかりのサクラだが、レベルUPの影響か、今では見た目が十代中頃の美少女だ。
ミネルバの前例があるため、今更サクラの成長速度の速さを驚きはしないところに慣れとは恐ろしいと素直に思う。
「でも、文字を解読してどうするんです?」
リビングで寝そべり如何わしい創作活動に打ち込んでいたよしのんが、上半身だけをこちらに向ける。
そういう人目がはばかられることは自室でやれと言ってやりたい。
「神様封印するのに使われた文字ともなれば、もし封印を解かれた後に暴れられても対抗手段の1つになるかなと」
ケンタウロス嫁の馬の背中を馬用のブラシで何度も流しながら答える。
短い茶色の体毛は光沢を宿し、薄皮の下の筋肉の盛り上がり具合が目視でもよくわかる。
ククやトトのもこもこな毛並みも良いが、馬肌も悪くない。
自宅に居ながら動物が触れる喜びを感じつつ、ケンタウロス好きは獣人好きなのか動物性愛者なのか、はたまた上半身は完全に人そのものだからノーマルなのかよくわからなくなる。
下半身の馬部分を受け入れてる時点でまぁノーマルじゃないな。
「神様を信用してないんですか?」
「リシアが信じてるレイティシアさんは信用してるよ? でも悪神ラートォースだっけ?」
「ラートゥースです」
ユニスが訂正しながら、慣れた手つきでテーブルに鎮座するミネルバの赤髪に櫛を入れる。
「そのラートゥースってのはレイティシアさんからも〝悪神〟なんて言われてるんだから、〝神様〟の一括りで信用なんてできない」
「神々への信用の基準がリシア殿なのがトシオ殿らしい」
「ははは」
乾いた笑いが漏らす俺にユニスも苦笑いを浮かべると、髪を整え終えたミネルバを今度は腹ばいにしてブラシでお腹の毛を立てていく。
職人並みのブラシ捌きであっという間に綿毛のようなふわふわお腹が出来上がり、猫吸いならぬハーピー吸いがしたい衝動に駆られる。
お腹側は尾羽の付け根くらいまでもふもふなのがすごく可愛い。
「神語文字ってそれだけでも強い力を持ってるんですよね? 今でも魔道具があるおかげですごく快適なんですから、もっとすごいことが出来るんじゃないですか?」
「例えば?」
「キャンピングカーみたいに家が移動するみたいなのとか、天空の城みたく空を飛んだりとか!」
「なんかロマンがあって面白そう」
「でね、それにネットとかスマホとか、あとペンタブレットが欲しいです!」
ファンシーな提案から一転、急に俗っぽいことを言い出すよしのん。
「ペンタブ? それはまぁ個人で扱う物だから気にならないけどスマホなぁ、世界観壊れるからちょっと嫌だなぁ」
脳内でよしのん先生が人には見せられない顔でSNSに破廉恥な創作物をネットにUPするイメージが思い浮かべながら、ユニスたちにネットやスマホの説明をする。
「解読できるといいですね」
「まぁ解読自体は文字そのものを使ってた当の御本尊様が居るんだから大丈夫でしょ」
妄想を膨らませてときめくよしのんに軽い口調で返しつつ、魔素以上に世界が汚染される未来は全力で阻止したいと心の中で決意する。
「トシオ殿は常日ごろから宗教に妙なこだわりをみせる割に、神々を前にしても変わられませんね」
俺の神を敬う姿勢が軽薄に思えたのか、ユニスがそんなことを口にした。
「俺にとってレイティシアさんは異教の神様だから、必要以上には敬ったりする気はないからね」
「そういえばトシオ殿の国の人々は無神論だと聞きおよんでおりますが、トシオ殿はそうではないのですか?」
「無神論者もそれなりに多いけど、事あるごとに節操なく神様に祈ってたりする人も居たりするからなぁ。ちなみに俺の神様論に関してぶっちゃけた話をすると、この世界に来るまで俺も神様が実在するなんて信じてなかった」
「「えっ!?」」
ユニスとよしのんが俺の顔を信じられないモノでも見る様な目で凝視した。
「いやだって、干渉してこない観測不可能な居ても居なくても一緒な存在、信じる必要なんて基本ないでしょ? だから俺にとって神様ってのは物語に登場する架空の存在だし、そもそも俺が崇めている〝猫神様〟だって、俺が猫を崇めたいためだけに生み出した想像の産物なんだから、〝神の存在証明〟なんて俺の信仰には関係無いんだよ」
「ユニスさん、一ノ瀬さんの言ってることわかります?」
「わかりはしますが、存在を否定した上で信仰するという思考が異質過ぎて理解が追いつきません。一体どのような人生を歩めばそのような発想になれるのか……」
「まぁちっさい頃から世界中の神様やモンスターを集めて悪魔合体と称し、別の悪魔を生み出すゲームで遊んでたせいじゃないかな?」
魔法でテーブルの上に2つの透明な円柱とその中にオーソドックスな天使と悪魔の映像を映すと、2体のクリーチャーを光と共に消し去り2つの筒の手前に書いた六芒星の上に1つ目象人間を出現させる。
「なんですかその冒涜的で悪趣味な遊びは……」
顔を引きつらせるユニスの腕から飛び出したミネルバが、映像のクリーチャーを踏みつけ小さな六芒星の上に直立し翼を広げる。
「私は妖鳥ミネルバ、今後ともよろしく……」
「まさにそんな感じ」
「あ、それ知ってます! 確か『オレサマ オマエ マルカブリ』とか言うやつですよね! 私のお父さんもプレイしてましたよ!」
よしのんの会話にちょいちょい出てくるヲタク趣味のお父さんの存在がすごく気になる。
親父さんとは良い酒が飲めそうだ……飲まないけど。
「あと、突然の不幸や未来への希望を前に神なんて上位存在に祈りたくなる気持ちはわからなくもないから、よほどのことが無い限り他人の信仰や神様の存在をわざわざ否定する気にはならないかな」
「拗らせてますね」
「それも否定できない」
自分でも宗教観と猫の2つで拗らせている自覚があるため、しみじみと言うユニスに素直に同意する。
「まぁ宗教に関して持論を述べるなら、〝宗教なんて他人を迷惑をかければ好きにしろ〟ってところかな」
「だからバラドリンドの所業はトシオ殿の琴線に触れるのですね」
「ただでさえ他人を不幸にしようとしてるくせに、自分の悪行を誤魔化すためのダシに神や教義を持ち出すなと言ってやりたい」
自分が思っていた以上に宗教にこだわりがあったことにようやく気付く。
「難しい話はその辺にして、おやつになさいません?」
憤慨する俺を宥めるように、ローザが優しい笑顔で立ち上がり木製の冷蔵庫に向うと、ガラス製の器に山盛りにされた赤紫色の小さな果物がテーブルに置いた。
皆が興味津々で集まる。
「なにかの木の実ですか?」
「イチゴです」
「イチゴ!?」
ユニスの言葉によしのんが驚きながら果物を凝視した。
「イチゴはこの街ではナシ、オレンジ、リンゴと同じくらいポピュラーな果物です」
「私の知ってるイチゴと違う……」
「イチゴというか木苺みたいな形だし、俺たちがイチゴと呼んでるものがこっちの世界には無いのかもしれない」
「だからこっちの世界ではこれがイチゴなんですね」
よしのんが器の中の果物を見つめたまましみじみと納得する。
山盛りの果物には霜が出来ており、凍っていることが一目でわかる。
「父の農園で採れたものを母が先程持ってきてくれましたの」
「リベクさん農園まで経営してたの!?」
「えぇ、主の見つからない方たちの働き口にと。そこで働いてご自身を買い戻された方も多くいらっしゃいますわ」
マンパワーを世に供給する側の奴隷商人がそのまま雇用するだけでなく、奴隷が解放されるまでの面倒もみるとか、奴隷商人の存在理由が根本から覆る所業である。
リベクさんぐう聖人すぐる。
「ローザ殿の御父上は素晴らしい御仁ですね」
「人としてリベクさんには一生敵わない気がする」
「そう言って頂けると父も喜びます♪ さ、溶けないうちに召し上がってください」
ローザの勧めで1つ摘まんで口に入れると、シャリっとした歯ごたえと共に濃厚な甘酸っぱさが広がる。
「うまっ!」
「美味しいです!」
「凍らせた果物がこれほど美味しいとは。夏に最適ですね」
「ちー!」
4人が冷凍イチゴに大絶賛。
「トシオさんの世界では果物を凍らせて食べることがあるそうなので試してみましたの。喜んでいただけたみたいで良かったですわ♪」
「でも硬くて小さな粒々がありますね」
「種じゃない? てかこの味好きかも」
魔法で果物を凍らせるなんてこちらの世界の一般家庭ではやらないし、冒険者ギルドで出されたジュースも氷も飲み物に入れて出す程度だから、文化として無いのだろう。
だが今のローザはその辺の冒険者よりも高レベルの魔法使いな上に、俺たちの魔法開発を身近で見ていることでちょっとしたオリジナル魔法なら簡単に出来てしまうため、最近はそれらを家事に応用し始めた。
この凍ったイチゴもその産物である。
「……これを粉雪みたいにして販売したら売れるかも」
「カキ氷の氷をすべて果物にするのですか? ……確かに欲しがる方は多いと思われますが、イチゴはかなり値段が張る果物。一般の方相手にはなかなか厳しいかもしれません」
「コスト面が問題か」
ユニスの分析を聞きながら、凍ったイチゴを口に入れる。
そのユニス目の前では、テーブルの上でうずくまった状態のミネルバがケンタウロスの姉からイチゴを食べさせてもらっている。
もきゅもきゅと愛らしい口を動かすその角から赤い果汁が垂れ、まるで血が滴っているみたいでホラーそのものだ。
「この世界にもかき氷ってあるんですね」
「かき氷も過去の勇者が持ち込んだものですし、冒険者ギルドの酒場や冒険者くずれの魔法使いが居るお店などではメニューに有りますね。オフの日などに氷を納品する魔法使いも居ると聞きます」
よしのんがなんともなしにつぶやくと、ユニスがそう教えてくれた。
夏に氷の魔法が使えたら、そりゃ日本人なら誰だって同じこと考えるわな。
「そうなると、ただのかき氷じゃお金にならないか」
「さっきの一ノ瀬さんの果物でかき氷ですけど、リンゴとかオレンジを使うのはどうですか?」
「リンゴは秋から冬の果物、オレンジも冬の果物です」
ユニスが果物の旬を告げる。
「今の季節でしたらナシが旬になりますわ。それとリンゴとオレンジでしたら、冬の間に仕入れて氷室のような場所で来年の夏まで凍らせておくのはいかがでしょう?」
「そうか、確かに冷凍保存してしまえば季節をずらして楽しむことが出来るな」
「それに気付くとはさすがはローザ殿!」
「そ、そんなことありませんわ……」
ユニスに褒められローザが恥ずかしそうに赤面しながらワタついた。
可愛いので水色の美しい髪を撫でさせてもらう。
「かき氷があるってことは、この世界にかき氷機もあるんだよね?」
「かき氷機はウィッシュタニアに行けば手に入りますよ」
「ウィッシュタニアに? なんでまた?」
「魔導具だからですが?」
ユニスがさも当然の如くそう言った。
「かき氷機って魔道具なの!?」
てっきり手動なのだと思っていただけに意外過ぎた。
「えぇ。からくり仕掛けはドワーフの鍛冶職人が得意とするところではありますが、プライドの高い彼らは武具や城塞兵器こそ作れど、かき氷機など作ったりはしませんから。それにドワーフの職人よりもウィッシュタニアの魔導技師の方が多いため、からくり仕掛けの物は必然的に値段も割高で入手も困難になります」
「さすが魔法王国と言うべきか、それともドワーフの技術者が偏屈なのか。でもアレッシオは滅茶苦茶素直でいいやつなんだが」
「両方でしょうね。アレッシオ殿やジルケ殿に関していえば、彼らはドワーフとは思えないほど素直で純朴なので例外と思った方がよろしいかと。むしろメリティエ殿の方がよっぽどドワーフらしいくらいです」
「中身半魔半蛇のラミアよりドワーフらしくない2人って……」
俺の脳裏に無表情の戦闘狂なロリ嫁と、レスティー班に所属するドワーフカップルが朗らかな笑みで蘇る。
でもまぁどんなのか調べてみたいし、試しに1台仕入れてやってみようかな?
魔道具の時点でかき氷機そのものは高価そうだし、屋台でかき氷売ってる店は見たことないから、量産して屋台かき氷屋として展開すれば行ける気がする。
よし、あとで別宅の人たちと相談してみよう。
ダメそうだったら我が家で使えばいいし。
「そういえばメリーちゃんとトトちゃんがいませんね?」
「2人なら昼食後すぐに遊びに行かれましたよ」
ユニスがミネルバの口に次々とイチゴを放り込みながら教えた。
女神と対面した際は退屈そうにしていたトトとメリティエ。
2人もイルミナさんたちに付いて行こうとしていたが、最下層の魔物と戦うのが目的であることが見え透いていた。
そのため先手を打ってダンジョンコアがあったドーム内から出るのを禁止したところ、予定を変更して街へ遊びに行ってしまった。
「あれ絶対に街の外まで遊びに行くヤツや」
「ダンジョン攻略が思いのほかあっさりと終わったので暴れたりないのでしょう。2人のガス抜きにもなりますし、ついでに食材も手に入るのですから良いではありませんか」
「2人が居ないのもそうだけど、いつも居るはずのリシアさんが居ないのもなんだか落ち着きませんね」
2人が余計なことに首を突っ込まないかと心配していると、ユニスが優雅にお茶を嗜み、よしのんが広い部屋を見渡す。
一度に20人近くが食事をするリビングでたった7人(?)は、どうしても部屋の広さを意識させられた。
そしてよしのんが言うように、リシアが傍に居ないのは俺にとってもすごい違和感で落ち着かない。
「レイティシアさんにリシアを取られたみたいでなんかモヤモヤする」
「取られたって、相手は神様じゃないですか。それにちょっと出かけてるだけですよ?」
「トシオ殿は時々子供じみたことを言われますね」
「ふふふっ」
不満気にぼやく俺によしのんとユニスが苦笑を浮かべ、ローザが朗らかに笑う。
昼寝をするサクラに寄り添って寝ていたケットシーのルーナが「ふにゃ~」と大あくび。
そこで一瞬の静寂が入り、その静けさに寂しさが胸に生まれる。
「最初はリシアとローザ、それにククとトトしかいなかったことを思うと、大所帯になったなぁ」
「今となっては別宅の方を合わせて大体50人を超えるほどです」
「そうですわ」
ユニスの別宅発言に、ローザが何かを思い出す。
「お昼前にフルブライトさんがお見えになられて、別宅の方たちの新居が用意出来たとおっしゃっていましたわ」
「あ、やっと決まったんだ」
アイヴィナーゼ王国に別宅に人のための新しい家を頼んでいたのがようやく手配されたようだ。
「だったら引っ越しのついでにちゃんとした家具も買わないとだなぁ」
このまま慎ましく暮らしていく分には今のところ問題はないが、冬用の衣類も買わなきゃだし、家具だってちゃんとしたものを揃えなければならない。
それに忘れてならないのがスラムの子らだ。
彼らの衣食住も考えなきゃだし、孤児たちの支援活動を国全体に拡大していきたい。
そういう意味では戦争なんてしている場合ではないのだが、そういうことをするためにもまず戦争に勝たなければならない。
「ん~~」
「トシオ殿、突然唸られてどうされました?」
「バラドリンドの勇者に話し合いで解決できないかな~なんて」
「影剣殿がお調子者集団と言っておられたバラドリンドの勇者たちですか」
ユニスの身もふたもない認識に話し合う気が消えそうになる。
「でも旨みをちらつかせれば戦争回避の方向で結託できたりしないかなと」
「結託っていうと、なんだか悪いことしようとしてるようにしか聞こえませんね」
「悪いことしかしてないよしのんに言われると説得力が違うなぁ」
「わ、私がなにをしたって言うんですか!?」
「あぁごめん。よしのんは何も悪くない。ただ腐ってるだけだから……」
「なっ!? ……むぅ~っ」
腐女子なのをからかわれたことに気付いたよしのんが、頬をぷくーと膨らませる。
可愛いかよ。
「でもまぁ話し合うなら影剣さんに話し合いの場をセッティングしてもら――」
そこまで言いかけたところに家の外から〝ドーン!〟と何かがぶつかる大きな音が響く。
その場にいた全員が音の方へ顔を向けた。
「なんだ!?」
「納屋の方からです!」
慌てて立ち上がり納屋へと向かうと、中は土埃で視界不良。
だが索敵魔法でそこに人が2人居るのを捉える。
身体の骨格的に2人とも男だ。
「ゴホッゴホッ!」
「誰だ!」
土煙の中の男たちに無数の魔法剣を生み出し突き付ける。
「ねこ殿待たれよ!」
聞き覚えのある男の声。
晴れた視界には土埃にまみれた騎士と黒い忍び装束。
話をすればなんとやらだ。
「――影剣さん?」
「いかにも。いやぁ危ない所でござった」
何事もないかのような口調だが、影剣さんの全身はズタボロの裂傷まみれ。
特にひどいのは右腕で、肘から先が失われ大量の鮮血が納屋の土にこぼれ続けた。
まったく笑えない友人の状態に、俺は軽く取り乱しながらも回復魔法を発動させた。
静寂が支配していた長い廊下に響く足音が、バラドリンド教最大の聖域である扉の前で止まった。
老人がシワだらけの手で扉を開けると、神語文字で埋め尽くされた部屋の中央に巨大な水晶が柱の如く据えられていた。
水晶の中では少女が1人、長い髪を揺らしている。
「姫巫女様」
白い法衣に身を包んだ老人が語り掛けると、少女がカッと目を見開く。
『久しいではないかボウズ! 今日はゆっくりしていくのだろうな?!』
頭の中に直接響いた少女の大声に、老人は顔を歪ませる。
「姫巫女様、大声は控えてくださいと以前も申し上げたではありませぬか」
『おおすまぬすまぬ! 久々に話すゆえ加減が出来なんだわ!』
注意しても尚も大きい少女の声に、老人の眉間のシワが深くなる。
「それとボウズはお止めください。私ももう70を過ぎ、周りから教皇と呼ばれる身なのです」
『ふん、70なんぞまだまだヨチヨチ歩きのひよっこではないか! 言い返したくばせめてその10倍は生きてからほざくがよい!』
「そうですか。私も何かと忙しい身、話しが出来ぬとあらばこれで失礼すると致しましょう」
バラドリンド教最高指導者はそう言い放つと、少女に背を向け出口へ足を延ばした。
『まぁ待たぬかアレサンドロよ! 仕方のない奴め、口を開くことを許そうではないか!』
「それはそれは有難き幸せにございます」
『うむ、苦しくないぞ!』
どこまでも上からな物言いをする少女に、好々爺の笑みを浮かべる教皇アレサンドロ。
しかしその内心は、毎度くだらないおしゃべりでなかなか本題に入れないことにイラついていた。
目の前の少女が神からの言葉を告げる姫巫女でなければ、教皇がここに足を運ぶこともなかった。
『して、外の様子はどうだ? なんぞ可笑しなことでも起きおったか?!』
「以前話した忍び頭のシャドウセイバーが異端者共の側に寝返りました」
『さもありなん。そうなるよう彼奴に道を示したのはワシだからな!』
教皇が忌々しき裏切り者の姿を思い出しながら報告するも、姫巫女はふんぞり返った。
「道をお示しになったとは、一体どういうことですかな?」
教皇が声を震わせながら問う
『ほれ、先日彼奴にウィッシュタニアへ行けと命じたであろう? 〝ウィッシュタニアへ行けば彼の者の悲願が成就される。これまでの行いに報いよ〟とバラドリンド様からの御達しでな』
「バラドリンド様の……? お、お待ちください、バラドリンド様の敵を増やす行いを、バラドリンド様御自身でなさられたということですか?」
『貴様はなにを言っておる? 彼奴が離れたのはこの国からであって、バラドリンド様とはなんら係わりは無かろう?』
「は?」
『え?』
〝バラドリンド神の信徒が暮らす国の敵になること、すなわちバラドリンド神の敵〟という認識の教皇と、〝人は人、神は神。人同士の争いに神が気にするところではない〟というバラドリンド神の認識をダイレクトに受け取る巫女。
大きな認識の齟齬に、双方の脳裏に巨大な〝?〟が表示される。
「い、今のはどういうことですか? 我々はバラドリンド様にすべてを捧げる敬虔なる信徒。そんな我らをバラドリンド様はどうなろうとも良いとおっしゃるのですか?」
『はっはっはっ! 敬虔な信徒だど?! 高い酒飲み肉を食らい、無知蒙昧な年端もいかぬ小娘を抱く貴様の口から、よもやそのような言葉が飛び出すとは思わなんだぞ!』
自身の行いが筒抜けであることに告げられ、教皇は無意識に顔を顰める。
『それと貴様ら信者がどうなろうと構わぬということは無いぞ? 貴様らの祈りこそ神々の糧となるのだ、それらが減ることにはバラドリンド様もさぞや御嘆きあそばすであろう』
「つまり、我々は神の餌に過ぎぬと申されますか……」
『祈りの見返りに傷を治し魔を払う奇跡を授かっておいて不服を申すか?』
「………いえ、ですが、これまで神託により我々を導いてくださったバラドリンド様が、何故我らに仇なす行いをされるのです?」
『さっきも言うたであろうが、これまで尽くしてくれた者への褒美であると』
追いすがる教皇へ、姫巫女は面倒くさげに告げる。
「その褒美を与えるために、我々が不利益を被ることは考慮してはくださらなかったのですか?」
『ならば貴様らが彼奴に報いてやればよかったではないか。彼奴は貴様に何を望んだ? ワシへの謁見を所望しなかったのか? ならばなぜ彼奴をワシの前に連れて来なんだ?』
「そ、それは、奴は異世界人、万が一に姫巫女様に凶刃を振るうのではと――」
『否だ!』
姫巫女が言い訳をする教皇の口を短い言葉で遮った。
『貴様は恐れたのだ。ワシをここから連れ出しかねん存在と、ワシの神託を独占して築き上げた今の地位が失われることをな! あっははははっ! バラドリンド様と繋がっておるワシを謀れると思うておるのか? まったくもって実に滑稽である!』
「………」
たまたま神に選ばれただけの小娘が……!
歯を食いしばって怒気をかみ殺す教皇に姫巫女が爆笑するも、すぐにスッと表情が消えた。
『もうよい下がれ、今日は貴様に告げるバラドリンド様の御言葉は無い』
「……はっ」
『――そうだ』
教皇が姫巫女の言葉を背中越しに受け立ち止まる。
『もう1人のエルフェノーラに〝無くした指輪はベッドの足と壁の隙間にある〟と伝えてやってくれ』
「……はっ……」
姫巫女が教皇には告げないと言った神託を、貧しい村から姫巫女の影武者として連れて来られた少女へと送る。
散々コケにされ、立ち去る間際には平民の小娘のパシリに使われた教皇は、憤怒で顔をどす黒く染め、姫巫女の部屋を後にした。
『バラドリンド様、悲願が成就されるまであと少しの辛抱です……』
神へ短い祈りを捧げると、姫巫女と呼ばれ数百年を生きた少女は再び目を閉ざした。
昼食後、イルミナさんたちが神語文字を解読するため、女神を連れて彼女が封印されていた場所へと向かった。
また、レイティシアが石碑に代わる依り代を必要とし、リシアがそれに立候補してしまったことからリシアも解読班に同行している。
「レイティシア様が我が家に来てくださったのには驚きましたわ~」
ローザがお昼寝中のサクラのピンク色の髪を優しく撫でながらそう述べる。
驚きとは程遠いおっとり口調にほっこりする。
まぁ俺的には背中に羽根と股間にナニが生えた少女が家に居ることにも驚きな訳だが。
そんなつい先日生まれたばかりのサクラだが、レベルUPの影響か、今では見た目が十代中頃の美少女だ。
ミネルバの前例があるため、今更サクラの成長速度の速さを驚きはしないところに慣れとは恐ろしいと素直に思う。
「でも、文字を解読してどうするんです?」
リビングで寝そべり如何わしい創作活動に打ち込んでいたよしのんが、上半身だけをこちらに向ける。
そういう人目がはばかられることは自室でやれと言ってやりたい。
「神様封印するのに使われた文字ともなれば、もし封印を解かれた後に暴れられても対抗手段の1つになるかなと」
ケンタウロス嫁の馬の背中を馬用のブラシで何度も流しながら答える。
短い茶色の体毛は光沢を宿し、薄皮の下の筋肉の盛り上がり具合が目視でもよくわかる。
ククやトトのもこもこな毛並みも良いが、馬肌も悪くない。
自宅に居ながら動物が触れる喜びを感じつつ、ケンタウロス好きは獣人好きなのか動物性愛者なのか、はたまた上半身は完全に人そのものだからノーマルなのかよくわからなくなる。
下半身の馬部分を受け入れてる時点でまぁノーマルじゃないな。
「神様を信用してないんですか?」
「リシアが信じてるレイティシアさんは信用してるよ? でも悪神ラートォースだっけ?」
「ラートゥースです」
ユニスが訂正しながら、慣れた手つきでテーブルに鎮座するミネルバの赤髪に櫛を入れる。
「そのラートゥースってのはレイティシアさんからも〝悪神〟なんて言われてるんだから、〝神様〟の一括りで信用なんてできない」
「神々への信用の基準がリシア殿なのがトシオ殿らしい」
「ははは」
乾いた笑いが漏らす俺にユニスも苦笑いを浮かべると、髪を整え終えたミネルバを今度は腹ばいにしてブラシでお腹の毛を立てていく。
職人並みのブラシ捌きであっという間に綿毛のようなふわふわお腹が出来上がり、猫吸いならぬハーピー吸いがしたい衝動に駆られる。
お腹側は尾羽の付け根くらいまでもふもふなのがすごく可愛い。
「神語文字ってそれだけでも強い力を持ってるんですよね? 今でも魔道具があるおかげですごく快適なんですから、もっとすごいことが出来るんじゃないですか?」
「例えば?」
「キャンピングカーみたいに家が移動するみたいなのとか、天空の城みたく空を飛んだりとか!」
「なんかロマンがあって面白そう」
「でね、それにネットとかスマホとか、あとペンタブレットが欲しいです!」
ファンシーな提案から一転、急に俗っぽいことを言い出すよしのん。
「ペンタブ? それはまぁ個人で扱う物だから気にならないけどスマホなぁ、世界観壊れるからちょっと嫌だなぁ」
脳内でよしのん先生が人には見せられない顔でSNSに破廉恥な創作物をネットにUPするイメージが思い浮かべながら、ユニスたちにネットやスマホの説明をする。
「解読できるといいですね」
「まぁ解読自体は文字そのものを使ってた当の御本尊様が居るんだから大丈夫でしょ」
妄想を膨らませてときめくよしのんに軽い口調で返しつつ、魔素以上に世界が汚染される未来は全力で阻止したいと心の中で決意する。
「トシオ殿は常日ごろから宗教に妙なこだわりをみせる割に、神々を前にしても変わられませんね」
俺の神を敬う姿勢が軽薄に思えたのか、ユニスがそんなことを口にした。
「俺にとってレイティシアさんは異教の神様だから、必要以上には敬ったりする気はないからね」
「そういえばトシオ殿の国の人々は無神論だと聞きおよんでおりますが、トシオ殿はそうではないのですか?」
「無神論者もそれなりに多いけど、事あるごとに節操なく神様に祈ってたりする人も居たりするからなぁ。ちなみに俺の神様論に関してぶっちゃけた話をすると、この世界に来るまで俺も神様が実在するなんて信じてなかった」
「「えっ!?」」
ユニスとよしのんが俺の顔を信じられないモノでも見る様な目で凝視した。
「いやだって、干渉してこない観測不可能な居ても居なくても一緒な存在、信じる必要なんて基本ないでしょ? だから俺にとって神様ってのは物語に登場する架空の存在だし、そもそも俺が崇めている〝猫神様〟だって、俺が猫を崇めたいためだけに生み出した想像の産物なんだから、〝神の存在証明〟なんて俺の信仰には関係無いんだよ」
「ユニスさん、一ノ瀬さんの言ってることわかります?」
「わかりはしますが、存在を否定した上で信仰するという思考が異質過ぎて理解が追いつきません。一体どのような人生を歩めばそのような発想になれるのか……」
「まぁちっさい頃から世界中の神様やモンスターを集めて悪魔合体と称し、別の悪魔を生み出すゲームで遊んでたせいじゃないかな?」
魔法でテーブルの上に2つの透明な円柱とその中にオーソドックスな天使と悪魔の映像を映すと、2体のクリーチャーを光と共に消し去り2つの筒の手前に書いた六芒星の上に1つ目象人間を出現させる。
「なんですかその冒涜的で悪趣味な遊びは……」
顔を引きつらせるユニスの腕から飛び出したミネルバが、映像のクリーチャーを踏みつけ小さな六芒星の上に直立し翼を広げる。
「私は妖鳥ミネルバ、今後ともよろしく……」
「まさにそんな感じ」
「あ、それ知ってます! 確か『オレサマ オマエ マルカブリ』とか言うやつですよね! 私のお父さんもプレイしてましたよ!」
よしのんの会話にちょいちょい出てくるヲタク趣味のお父さんの存在がすごく気になる。
親父さんとは良い酒が飲めそうだ……飲まないけど。
「あと、突然の不幸や未来への希望を前に神なんて上位存在に祈りたくなる気持ちはわからなくもないから、よほどのことが無い限り他人の信仰や神様の存在をわざわざ否定する気にはならないかな」
「拗らせてますね」
「それも否定できない」
自分でも宗教観と猫の2つで拗らせている自覚があるため、しみじみと言うユニスに素直に同意する。
「まぁ宗教に関して持論を述べるなら、〝宗教なんて他人を迷惑をかければ好きにしろ〟ってところかな」
「だからバラドリンドの所業はトシオ殿の琴線に触れるのですね」
「ただでさえ他人を不幸にしようとしてるくせに、自分の悪行を誤魔化すためのダシに神や教義を持ち出すなと言ってやりたい」
自分が思っていた以上に宗教にこだわりがあったことにようやく気付く。
「難しい話はその辺にして、おやつになさいません?」
憤慨する俺を宥めるように、ローザが優しい笑顔で立ち上がり木製の冷蔵庫に向うと、ガラス製の器に山盛りにされた赤紫色の小さな果物がテーブルに置いた。
皆が興味津々で集まる。
「なにかの木の実ですか?」
「イチゴです」
「イチゴ!?」
ユニスの言葉によしのんが驚きながら果物を凝視した。
「イチゴはこの街ではナシ、オレンジ、リンゴと同じくらいポピュラーな果物です」
「私の知ってるイチゴと違う……」
「イチゴというか木苺みたいな形だし、俺たちがイチゴと呼んでるものがこっちの世界には無いのかもしれない」
「だからこっちの世界ではこれがイチゴなんですね」
よしのんが器の中の果物を見つめたまましみじみと納得する。
山盛りの果物には霜が出来ており、凍っていることが一目でわかる。
「父の農園で採れたものを母が先程持ってきてくれましたの」
「リベクさん農園まで経営してたの!?」
「えぇ、主の見つからない方たちの働き口にと。そこで働いてご自身を買い戻された方も多くいらっしゃいますわ」
マンパワーを世に供給する側の奴隷商人がそのまま雇用するだけでなく、奴隷が解放されるまでの面倒もみるとか、奴隷商人の存在理由が根本から覆る所業である。
リベクさんぐう聖人すぐる。
「ローザ殿の御父上は素晴らしい御仁ですね」
「人としてリベクさんには一生敵わない気がする」
「そう言って頂けると父も喜びます♪ さ、溶けないうちに召し上がってください」
ローザの勧めで1つ摘まんで口に入れると、シャリっとした歯ごたえと共に濃厚な甘酸っぱさが広がる。
「うまっ!」
「美味しいです!」
「凍らせた果物がこれほど美味しいとは。夏に最適ですね」
「ちー!」
4人が冷凍イチゴに大絶賛。
「トシオさんの世界では果物を凍らせて食べることがあるそうなので試してみましたの。喜んでいただけたみたいで良かったですわ♪」
「でも硬くて小さな粒々がありますね」
「種じゃない? てかこの味好きかも」
魔法で果物を凍らせるなんてこちらの世界の一般家庭ではやらないし、冒険者ギルドで出されたジュースも氷も飲み物に入れて出す程度だから、文化として無いのだろう。
だが今のローザはその辺の冒険者よりも高レベルの魔法使いな上に、俺たちの魔法開発を身近で見ていることでちょっとしたオリジナル魔法なら簡単に出来てしまうため、最近はそれらを家事に応用し始めた。
この凍ったイチゴもその産物である。
「……これを粉雪みたいにして販売したら売れるかも」
「カキ氷の氷をすべて果物にするのですか? ……確かに欲しがる方は多いと思われますが、イチゴはかなり値段が張る果物。一般の方相手にはなかなか厳しいかもしれません」
「コスト面が問題か」
ユニスの分析を聞きながら、凍ったイチゴを口に入れる。
そのユニス目の前では、テーブルの上でうずくまった状態のミネルバがケンタウロスの姉からイチゴを食べさせてもらっている。
もきゅもきゅと愛らしい口を動かすその角から赤い果汁が垂れ、まるで血が滴っているみたいでホラーそのものだ。
「この世界にもかき氷ってあるんですね」
「かき氷も過去の勇者が持ち込んだものですし、冒険者ギルドの酒場や冒険者くずれの魔法使いが居るお店などではメニューに有りますね。オフの日などに氷を納品する魔法使いも居ると聞きます」
よしのんがなんともなしにつぶやくと、ユニスがそう教えてくれた。
夏に氷の魔法が使えたら、そりゃ日本人なら誰だって同じこと考えるわな。
「そうなると、ただのかき氷じゃお金にならないか」
「さっきの一ノ瀬さんの果物でかき氷ですけど、リンゴとかオレンジを使うのはどうですか?」
「リンゴは秋から冬の果物、オレンジも冬の果物です」
ユニスが果物の旬を告げる。
「今の季節でしたらナシが旬になりますわ。それとリンゴとオレンジでしたら、冬の間に仕入れて氷室のような場所で来年の夏まで凍らせておくのはいかがでしょう?」
「そうか、確かに冷凍保存してしまえば季節をずらして楽しむことが出来るな」
「それに気付くとはさすがはローザ殿!」
「そ、そんなことありませんわ……」
ユニスに褒められローザが恥ずかしそうに赤面しながらワタついた。
可愛いので水色の美しい髪を撫でさせてもらう。
「かき氷があるってことは、この世界にかき氷機もあるんだよね?」
「かき氷機はウィッシュタニアに行けば手に入りますよ」
「ウィッシュタニアに? なんでまた?」
「魔導具だからですが?」
ユニスがさも当然の如くそう言った。
「かき氷機って魔道具なの!?」
てっきり手動なのだと思っていただけに意外過ぎた。
「えぇ。からくり仕掛けはドワーフの鍛冶職人が得意とするところではありますが、プライドの高い彼らは武具や城塞兵器こそ作れど、かき氷機など作ったりはしませんから。それにドワーフの職人よりもウィッシュタニアの魔導技師の方が多いため、からくり仕掛けの物は必然的に値段も割高で入手も困難になります」
「さすが魔法王国と言うべきか、それともドワーフの技術者が偏屈なのか。でもアレッシオは滅茶苦茶素直でいいやつなんだが」
「両方でしょうね。アレッシオ殿やジルケ殿に関していえば、彼らはドワーフとは思えないほど素直で純朴なので例外と思った方がよろしいかと。むしろメリティエ殿の方がよっぽどドワーフらしいくらいです」
「中身半魔半蛇のラミアよりドワーフらしくない2人って……」
俺の脳裏に無表情の戦闘狂なロリ嫁と、レスティー班に所属するドワーフカップルが朗らかな笑みで蘇る。
でもまぁどんなのか調べてみたいし、試しに1台仕入れてやってみようかな?
魔道具の時点でかき氷機そのものは高価そうだし、屋台でかき氷売ってる店は見たことないから、量産して屋台かき氷屋として展開すれば行ける気がする。
よし、あとで別宅の人たちと相談してみよう。
ダメそうだったら我が家で使えばいいし。
「そういえばメリーちゃんとトトちゃんがいませんね?」
「2人なら昼食後すぐに遊びに行かれましたよ」
ユニスがミネルバの口に次々とイチゴを放り込みながら教えた。
女神と対面した際は退屈そうにしていたトトとメリティエ。
2人もイルミナさんたちに付いて行こうとしていたが、最下層の魔物と戦うのが目的であることが見え透いていた。
そのため先手を打ってダンジョンコアがあったドーム内から出るのを禁止したところ、予定を変更して街へ遊びに行ってしまった。
「あれ絶対に街の外まで遊びに行くヤツや」
「ダンジョン攻略が思いのほかあっさりと終わったので暴れたりないのでしょう。2人のガス抜きにもなりますし、ついでに食材も手に入るのですから良いではありませんか」
「2人が居ないのもそうだけど、いつも居るはずのリシアさんが居ないのもなんだか落ち着きませんね」
2人が余計なことに首を突っ込まないかと心配していると、ユニスが優雅にお茶を嗜み、よしのんが広い部屋を見渡す。
一度に20人近くが食事をするリビングでたった7人(?)は、どうしても部屋の広さを意識させられた。
そしてよしのんが言うように、リシアが傍に居ないのは俺にとってもすごい違和感で落ち着かない。
「レイティシアさんにリシアを取られたみたいでなんかモヤモヤする」
「取られたって、相手は神様じゃないですか。それにちょっと出かけてるだけですよ?」
「トシオ殿は時々子供じみたことを言われますね」
「ふふふっ」
不満気にぼやく俺によしのんとユニスが苦笑を浮かべ、ローザが朗らかに笑う。
昼寝をするサクラに寄り添って寝ていたケットシーのルーナが「ふにゃ~」と大あくび。
そこで一瞬の静寂が入り、その静けさに寂しさが胸に生まれる。
「最初はリシアとローザ、それにククとトトしかいなかったことを思うと、大所帯になったなぁ」
「今となっては別宅の方を合わせて大体50人を超えるほどです」
「そうですわ」
ユニスの別宅発言に、ローザが何かを思い出す。
「お昼前にフルブライトさんがお見えになられて、別宅の方たちの新居が用意出来たとおっしゃっていましたわ」
「あ、やっと決まったんだ」
アイヴィナーゼ王国に別宅に人のための新しい家を頼んでいたのがようやく手配されたようだ。
「だったら引っ越しのついでにちゃんとした家具も買わないとだなぁ」
このまま慎ましく暮らしていく分には今のところ問題はないが、冬用の衣類も買わなきゃだし、家具だってちゃんとしたものを揃えなければならない。
それに忘れてならないのがスラムの子らだ。
彼らの衣食住も考えなきゃだし、孤児たちの支援活動を国全体に拡大していきたい。
そういう意味では戦争なんてしている場合ではないのだが、そういうことをするためにもまず戦争に勝たなければならない。
「ん~~」
「トシオ殿、突然唸られてどうされました?」
「バラドリンドの勇者に話し合いで解決できないかな~なんて」
「影剣殿がお調子者集団と言っておられたバラドリンドの勇者たちですか」
ユニスの身もふたもない認識に話し合う気が消えそうになる。
「でも旨みをちらつかせれば戦争回避の方向で結託できたりしないかなと」
「結託っていうと、なんだか悪いことしようとしてるようにしか聞こえませんね」
「悪いことしかしてないよしのんに言われると説得力が違うなぁ」
「わ、私がなにをしたって言うんですか!?」
「あぁごめん。よしのんは何も悪くない。ただ腐ってるだけだから……」
「なっ!? ……むぅ~っ」
腐女子なのをからかわれたことに気付いたよしのんが、頬をぷくーと膨らませる。
可愛いかよ。
「でもまぁ話し合うなら影剣さんに話し合いの場をセッティングしてもら――」
そこまで言いかけたところに家の外から〝ドーン!〟と何かがぶつかる大きな音が響く。
その場にいた全員が音の方へ顔を向けた。
「なんだ!?」
「納屋の方からです!」
慌てて立ち上がり納屋へと向かうと、中は土埃で視界不良。
だが索敵魔法でそこに人が2人居るのを捉える。
身体の骨格的に2人とも男だ。
「ゴホッゴホッ!」
「誰だ!」
土煙の中の男たちに無数の魔法剣を生み出し突き付ける。
「ねこ殿待たれよ!」
聞き覚えのある男の声。
晴れた視界には土埃にまみれた騎士と黒い忍び装束。
話をすればなんとやらだ。
「――影剣さん?」
「いかにも。いやぁ危ない所でござった」
何事もないかのような口調だが、影剣さんの全身はズタボロの裂傷まみれ。
特にひどいのは右腕で、肘から先が失われ大量の鮮血が納屋の土にこぼれ続けた。
まったく笑えない友人の状態に、俺は軽く取り乱しながらも回復魔法を発動させた。
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