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209話 カウンターアタック
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「お待たせしました殿下、脱出の準備が整いましてございます」
「待ちかねたぞ」
アイヴィナーゼの王城の自室で軟禁されていたアルフォンスが、音も無く表れた異国の間者へ顔を向ける。
「それもこれも殿下のお陰であります」
「あの場所は我々王族しか知りえない最重要機密だからな。それよりクラウディアはどうした?」
「申し訳ございません。王女様におかれましては、警備が厳重で身柄を確保するに至りませんでした」
「ちっ、まぁ良い。事が上手く運べばアイヴィナーゼは私のモノ、不愉快だが今は置いていくしかあるまい」
あの黄色い猿は人種の女に興味が無い異常者だ、クラウディアが汚されることは無いだろう。
「流石は殿下、一流の戦士は自分を律することに長けるといいます。殿下こそまさに一流の戦士、王の器にございます」
「当然だ。それよりも早く脱出をするぞ」
「御意。私の後にお続きください」
男が深々と頭を垂れると、城で大きな爆発が起きる。
「待っていろクラウディア、我が愛しき妹よ。私は必ず戻って来る!」
アルフォンスが暗い情念を燃やし、間者の後に続き窓から部屋を抜け出した。
深夜に叩き起こされた俺は緊急招集を受けたウィッシュタニアの会議室で、両国で国王の暗殺未遂ならびに食糧庫や武器庫などの重要施設が破壊されたというものだった。
幸いにもグレアム陛下とエルネストは無事だったものの、食糧庫の大部分が爆破され少なからず死傷者も出ており、今も施設の爆発に巻き込まれた人たちの救助活動に大童なのだとか。
「捕らえた襲撃者は逃げられないとみるや全員その場で自害しおったわ」
「あの迷いの無さ、間違いなくバラドリンドの狂信者であろう」
マクシミリアン将軍とグレアム陛下が暗殺者の性質からそう予測する。
「それよりも問題は食料の方です。このままでは刃を交える前に我々が飢えることとなりましょう」
セドリック大臣が俺たちが直面している一番の問題点を指摘する。
小麦などの主食となる作物の収穫時期は秋。
今は真夏であるこの大陸で、季節の悪さに悶絶した。
数で劣る連合軍が砦で籠城しようも、このままではそれすらままならない。
「今の食糧でどれくらい持つの?」
「精々1ヵ月といったところです」
「つまり、1ヵ月は何とか持つってことか」
クロードの見積もりに猶予期間を口にする。
「なにか当てはあるのか?」
「迷宮で食料をドロップするモンスターを狩りまくって、なんとか作物の収穫期まで持ちこたえらないかな~っと」
「収穫期までの2ヶ月間もの間、2万人以上の胃袋を満たすだけの食糧を迷宮で確保か……その2万人が食の細い女であっても現実的とは思えんな」
「単純計算で1人1日3食として、砦には既に1ヵ月分の備蓄はあるとはいえ残り2ヵ月の間、毎日3万食分を確保しなければならないのか。ごめん、無茶だったわ」
エルネストの反論に考えを改める。
日産3万食って数字も、兵士の数が2万人って最低数での算出だもんなぁ。
となると、飢えて戦えなくなる前にケリをつけるしかないか。
戦略級魔法。
できればあんなものを人に向けて使いたくはない……。
爆発の後に降ってきた人肉を思い出し気分が落ち込む。
「それに、先手として我々の生命線ともいえる兵站を狙った連中が、黙って収穫期まで見過ごすとは思えません」
「確かに。仮に穀倉地帯を無作為に狙われようものなら、兵站のみならず国全体が飢饉に見舞われますな」
クロードの言葉にセドリック大臣も神妙な顔で今後起こりえる例を挙げた。
「大規模な穀倉地帯のみ広域索敵魔法で敵が居ないかを探り当てるとしても、そんなことしてたら
ウィッシュタニアの大貴族とかいうおっさんが「こちらもバラドリンドの食糧庫を爆破してやってはいかがですかな? さすれば向こうも軍の長期維持は不可能になるはず」なんて言い出したが、そんな作戦ともいえないような脊髄反射で頭の悪い発言は、発言者以外の全会一致で棄却された。
向こうは勇者が6人も居るんだぞ、〈収納スキル〉で兵站を隠されたら倉庫なんて襲っても意味ないだろ。
てか逆襲を予想して待ち伏せされてる可能性もでかすぎるし。
「若はバラドリンドの姫巫女の所在を求め、目下バラドリンド大教会の中枢に潜伏中。忍び衆もビラ撒きに奔走しており、潜入工作を仕掛けるにも土地に明るいモノの手勢が足りませぬ」
大貴族様に気を使ってか、作戦遂行が困難であることを説明したのは、忍び衆の族長で前任の忍び頭という初老の男性だ。
ちなみに若とは影剣さんのことである。
影剣さんのワープゲートを使っているとはいえ、忍び衆の人たちには連日バラドリンド中で僧兵相手に命がけの隠れんぼや追いかけっこをしているのに、こんなバカな作戦にまで駆り出すのはさすがに心が引けるなぁ。
「悪いことは続くのう」
「まったくじゃのう」
老将たちが渋い顔でぼやく。
「と言いますと?」
「どさくさに紛れて〈召喚の間〉も爆破されてしもうてな」
「は?」
マクシミリアン将軍の予想外の言葉に、俺の口から思わずマヌケな声が漏れる。
召喚の間は各国にあるとされる異世界から勇者を召喚のに必要な物がすべて揃った特殊な部屋だ。
すべての物が揃っているということは、当然あれもあるはず。
「……ダンジョンコアは?」
「念入りに壊されていたぞ」
「マジか……」
エルネストの回答にショックを受ける。
影剣さんにダンジョンコアの利用可能報告を受けた時にさっさと使ってしまうんだったと、切り札となるかもしれないアイテムの消失に後悔してもし足りない。
「召喚の間は王族にしか伝えられぬ国の最高機密、奴らは魔法も無くどうやって探り当てたのやら」
マクシミリアンさんが腕を組みながら頭をひねる。
魔法禁止のバラドリンド教国ではなく、もしかするとハッシュリングやモンテハナムに俺と同等かそれ以上の魔法使いが居る可能性も否定できない。
「ごめんなさい、僕が敵が来たことに気付いてたらこんなことには……」
「いや、トモノリくんのせいじゃないから気にしなくていいよ」
この世界に来て日の浅い彼が、索敵魔法を使えないのはどうしようもない。
相手もただ殴られるだけのサンドバッグじゃないのだ、むしろ過失という意味ではこれだけ魔法を使いこなしていながら襲撃に備えなかった俺の方が問題だ。
これだけの失態を演じ、そんな中でも首脳陣が無事だったことだけが唯一の救いと言えよう。
忍び衆のビラでバラドリンドで暴動が起こり、戦争やってる場合じゃねぇとなると思った矢先にこれはたまったもんじゃないなぁ。
てか純粋にダンジョンコアを失ったのが痛い……。
イスの上で胡坐をかき、膝に肘をつきながら手で口をふさいだ姿で呻く。
「こほん」
隣に居たクラウディアがこちらを見ながらの咳払いで自分の行儀の悪さに気付き、姿勢を正してイスの下のサンダルを履き直す。
よれよれのシャツと薄いズボンにサンダルと、どう見ても王侯貴族の前に出るような姿じゃない。
寝起きだからでは通用しないダメさ加減と悶絶流なんて冗談すら頭から抜け落ちるほどの余裕の無さに、自分の思考が空転していることを自覚する。
しっかしどうしたものか。
危険を冒してでも新しいダンジョンコアを取りに行くか、それとも現状維持に徹するべきか……。
急激に悪化した状況に、今のままでは最悪の未来が訪れるのではないかと想像してしまう。
「報告申し上げます!」
若い騎士が扉の開かれた会議室に声を張り上げ入ってきた。
「なにがあった?」
「監禁中のランペール元王太子が、牢より姿を消しました!」
「なんだと?」
「爆破の騒動に紛れて脱獄したものと思われます! 直ちに7つの小隊を捜索に当たらせておりますが、逃げた足取りを未だ掴めず!」
「わかった。各小隊はそのまま捜索を続行。ダンクマールにはこれまで通り負傷者の救助と城内の警戒を厳重にしろと伝えよ」
「はっ!」
エルネストが騎士が走り去る後姿をみながら「奴め、余計なマネを……」と憎々し気に言葉を吐いた。
「タイミングがあまりにも良すぎます。これはすべてが一連の流れで起きたと考えるべきではないでしょうか?」
「だろうな。国の重要拠点をこうも正確に破壊されたのだ、ランペールが内通者だったとみるのが自然だろう」
クロードの意見にエルネストが理論的に予測し「マルケオスと共にさっさと処刑すべきだった」と付け加えた。
その間にセドリック大臣がアイヴィナーゼに念話を飛ばし、アルフォンス王太子の所在を確認する。
「アルフォンス殿下の姿がどこにも無いそうです」
「………」
額に血管を浮き上がらせながら告げるセドリックさんに、グレアム陛下が目を細めて押し黙る。
一見小さな変化だが、もしアルフォンスがこの場に居たら命は無いなと確信できるほどの怒りと殺意が見て取れた。
「猊下、アイヴィナーゼ、ウィッシュタニア両国の国有倉庫と召喚の間の破壊に成功しました」
「そうか、でかしたぞガーランドよ」
バラドリンド教国王城、通称〈大教会〉の執務室。
白に金の刺繍が施された法衣を身にまとった老人へ、赤い鎧を着こんだ若い男が恭しく傅く。
「ですが、両国王の身辺の守りが思いのほか固く、暗殺は失敗に終わりました」
「そうか……。ところで、外の騒ぎが収まったようだがいかがした?」
「経典第四章十五節を改めて認識させ、教義に反した者が神の御許へ迎えられると思うなかれと説き伏せましてございます」
「魔法とは、地下深くに眠る邪神の力を源に、魔族により生み出されし悪魔の理。魔法を使うはこれ即ち邪神を崇めるに等しき所業なり……か」
「いかな理由であれ、邪神崇拝者は粛清すべきで存在」
経典の一説を口にする教皇の言葉を聞きながら、〝圧政に苦しめられた民を権力者から解放する〟と大義名分を称賛した民衆が、それとは真逆の教義を改めて説かれることで騒動が鎮まる人心の変わり様に、若い男は複雑な心境になる。
「それで信者は納得したのか?」
「納得させました。誰しも、神に嫌われ死後の安寧を失うのは怖いものです」
「………」
「それと――、猊下?」
教皇が硬い表情で押し黙るのを、ガーランドが訝しむ。
「あ、あぁ、なんでもない。話しを続けよ」
「はい。教会内を嗅ぎまわる鼠についてでありますが」
「シャドウセイバーか?」
「どうやら姫巫女様の居場所を探していると思われます」
「あの裏切り者め、一体何が目的で姫巫女様を狙っておるのだ」
教皇のとぼけ具合に、ガーランドが鼻で笑いそうになる。
何をも何も、シャドウセイバーのただ1つの願いを拒み続けた貴様が知らぬはずはなかろう……。
勇者である男と神官騎士団長であるガーランドは、職務上何度となく顔を合わせていた。
酒の席で彼の特殊性癖を知ったガーランドは「姫巫女様の神託をもってすれば、どんな探し物でもきっと見つかるだろうさ」と話した。
それからの彼は姫巫女への謁見を求め、断られても信用を得るためにと忠実に職務をこなし、今ではバラドリンド最強の男にまで上り詰めた。
だが職務に真っ当であった男に対し、目の前の老人は頑なに姫巫女との謁見を拒み続けた。
そんな中で影剣が裏切ったのであれば、十中八九彼の願いが叶ったか、いつまで経っても聞き入れられない要望に愛想が尽きたかのどちらかであろうと推測していた。
姫巫女様を未だ求めるということは、おそらく後者か……。
今更それを言ったところで、教皇が姫巫女とシャドウセイバーとの謁見を許すとも思えないかったガーランドは、教皇の不興を買うのを避け、あえて双方の妥協案を口にしなかった。
「姫巫女様を攫い、兵たちの戦意を挫くのが狙いではないでしょうか?」
「無神論者の異世界人め、重用してやった恩を仇で返すとはまさにこのこと。ガーランドよ、手法はそなたに一任する。急ぎ奴の始末に取りかかれ」
「御意」
赤い鎧の男が短く言葉と共に踵を返し、分厚い扉1枚隔てて報告業務を終了させる。
なにが〝手段は一任〟だ、クソジジイ。あんな化け物の対処など、それこそ姫巫女様の神託で聞きたいくらいだ。
廊下に待機していた近衛が入れ替わりで教皇の部屋に入るのを後ろに、長い廊下を歩きながら頭をひねった。
「待ちかねたぞ」
アイヴィナーゼの王城の自室で軟禁されていたアルフォンスが、音も無く表れた異国の間者へ顔を向ける。
「それもこれも殿下のお陰であります」
「あの場所は我々王族しか知りえない最重要機密だからな。それよりクラウディアはどうした?」
「申し訳ございません。王女様におかれましては、警備が厳重で身柄を確保するに至りませんでした」
「ちっ、まぁ良い。事が上手く運べばアイヴィナーゼは私のモノ、不愉快だが今は置いていくしかあるまい」
あの黄色い猿は人種の女に興味が無い異常者だ、クラウディアが汚されることは無いだろう。
「流石は殿下、一流の戦士は自分を律することに長けるといいます。殿下こそまさに一流の戦士、王の器にございます」
「当然だ。それよりも早く脱出をするぞ」
「御意。私の後にお続きください」
男が深々と頭を垂れると、城で大きな爆発が起きる。
「待っていろクラウディア、我が愛しき妹よ。私は必ず戻って来る!」
アルフォンスが暗い情念を燃やし、間者の後に続き窓から部屋を抜け出した。
深夜に叩き起こされた俺は緊急招集を受けたウィッシュタニアの会議室で、両国で国王の暗殺未遂ならびに食糧庫や武器庫などの重要施設が破壊されたというものだった。
幸いにもグレアム陛下とエルネストは無事だったものの、食糧庫の大部分が爆破され少なからず死傷者も出ており、今も施設の爆発に巻き込まれた人たちの救助活動に大童なのだとか。
「捕らえた襲撃者は逃げられないとみるや全員その場で自害しおったわ」
「あの迷いの無さ、間違いなくバラドリンドの狂信者であろう」
マクシミリアン将軍とグレアム陛下が暗殺者の性質からそう予測する。
「それよりも問題は食料の方です。このままでは刃を交える前に我々が飢えることとなりましょう」
セドリック大臣が俺たちが直面している一番の問題点を指摘する。
小麦などの主食となる作物の収穫時期は秋。
今は真夏であるこの大陸で、季節の悪さに悶絶した。
数で劣る連合軍が砦で籠城しようも、このままではそれすらままならない。
「今の食糧でどれくらい持つの?」
「精々1ヵ月といったところです」
「つまり、1ヵ月は何とか持つってことか」
クロードの見積もりに猶予期間を口にする。
「なにか当てはあるのか?」
「迷宮で食料をドロップするモンスターを狩りまくって、なんとか作物の収穫期まで持ちこたえらないかな~っと」
「収穫期までの2ヶ月間もの間、2万人以上の胃袋を満たすだけの食糧を迷宮で確保か……その2万人が食の細い女であっても現実的とは思えんな」
「単純計算で1人1日3食として、砦には既に1ヵ月分の備蓄はあるとはいえ残り2ヵ月の間、毎日3万食分を確保しなければならないのか。ごめん、無茶だったわ」
エルネストの反論に考えを改める。
日産3万食って数字も、兵士の数が2万人って最低数での算出だもんなぁ。
となると、飢えて戦えなくなる前にケリをつけるしかないか。
戦略級魔法。
できればあんなものを人に向けて使いたくはない……。
爆発の後に降ってきた人肉を思い出し気分が落ち込む。
「それに、先手として我々の生命線ともいえる兵站を狙った連中が、黙って収穫期まで見過ごすとは思えません」
「確かに。仮に穀倉地帯を無作為に狙われようものなら、兵站のみならず国全体が飢饉に見舞われますな」
クロードの言葉にセドリック大臣も神妙な顔で今後起こりえる例を挙げた。
「大規模な穀倉地帯のみ広域索敵魔法で敵が居ないかを探り当てるとしても、そんなことしてたら
ウィッシュタニアの大貴族とかいうおっさんが「こちらもバラドリンドの食糧庫を爆破してやってはいかがですかな? さすれば向こうも軍の長期維持は不可能になるはず」なんて言い出したが、そんな作戦ともいえないような脊髄反射で頭の悪い発言は、発言者以外の全会一致で棄却された。
向こうは勇者が6人も居るんだぞ、〈収納スキル〉で兵站を隠されたら倉庫なんて襲っても意味ないだろ。
てか逆襲を予想して待ち伏せされてる可能性もでかすぎるし。
「若はバラドリンドの姫巫女の所在を求め、目下バラドリンド大教会の中枢に潜伏中。忍び衆もビラ撒きに奔走しており、潜入工作を仕掛けるにも土地に明るいモノの手勢が足りませぬ」
大貴族様に気を使ってか、作戦遂行が困難であることを説明したのは、忍び衆の族長で前任の忍び頭という初老の男性だ。
ちなみに若とは影剣さんのことである。
影剣さんのワープゲートを使っているとはいえ、忍び衆の人たちには連日バラドリンド中で僧兵相手に命がけの隠れんぼや追いかけっこをしているのに、こんなバカな作戦にまで駆り出すのはさすがに心が引けるなぁ。
「悪いことは続くのう」
「まったくじゃのう」
老将たちが渋い顔でぼやく。
「と言いますと?」
「どさくさに紛れて〈召喚の間〉も爆破されてしもうてな」
「は?」
マクシミリアン将軍の予想外の言葉に、俺の口から思わずマヌケな声が漏れる。
召喚の間は各国にあるとされる異世界から勇者を召喚のに必要な物がすべて揃った特殊な部屋だ。
すべての物が揃っているということは、当然あれもあるはず。
「……ダンジョンコアは?」
「念入りに壊されていたぞ」
「マジか……」
エルネストの回答にショックを受ける。
影剣さんにダンジョンコアの利用可能報告を受けた時にさっさと使ってしまうんだったと、切り札となるかもしれないアイテムの消失に後悔してもし足りない。
「召喚の間は王族にしか伝えられぬ国の最高機密、奴らは魔法も無くどうやって探り当てたのやら」
マクシミリアンさんが腕を組みながら頭をひねる。
魔法禁止のバラドリンド教国ではなく、もしかするとハッシュリングやモンテハナムに俺と同等かそれ以上の魔法使いが居る可能性も否定できない。
「ごめんなさい、僕が敵が来たことに気付いてたらこんなことには……」
「いや、トモノリくんのせいじゃないから気にしなくていいよ」
この世界に来て日の浅い彼が、索敵魔法を使えないのはどうしようもない。
相手もただ殴られるだけのサンドバッグじゃないのだ、むしろ過失という意味ではこれだけ魔法を使いこなしていながら襲撃に備えなかった俺の方が問題だ。
これだけの失態を演じ、そんな中でも首脳陣が無事だったことだけが唯一の救いと言えよう。
忍び衆のビラでバラドリンドで暴動が起こり、戦争やってる場合じゃねぇとなると思った矢先にこれはたまったもんじゃないなぁ。
てか純粋にダンジョンコアを失ったのが痛い……。
イスの上で胡坐をかき、膝に肘をつきながら手で口をふさいだ姿で呻く。
「こほん」
隣に居たクラウディアがこちらを見ながらの咳払いで自分の行儀の悪さに気付き、姿勢を正してイスの下のサンダルを履き直す。
よれよれのシャツと薄いズボンにサンダルと、どう見ても王侯貴族の前に出るような姿じゃない。
寝起きだからでは通用しないダメさ加減と悶絶流なんて冗談すら頭から抜け落ちるほどの余裕の無さに、自分の思考が空転していることを自覚する。
しっかしどうしたものか。
危険を冒してでも新しいダンジョンコアを取りに行くか、それとも現状維持に徹するべきか……。
急激に悪化した状況に、今のままでは最悪の未来が訪れるのではないかと想像してしまう。
「報告申し上げます!」
若い騎士が扉の開かれた会議室に声を張り上げ入ってきた。
「なにがあった?」
「監禁中のランペール元王太子が、牢より姿を消しました!」
「なんだと?」
「爆破の騒動に紛れて脱獄したものと思われます! 直ちに7つの小隊を捜索に当たらせておりますが、逃げた足取りを未だ掴めず!」
「わかった。各小隊はそのまま捜索を続行。ダンクマールにはこれまで通り負傷者の救助と城内の警戒を厳重にしろと伝えよ」
「はっ!」
エルネストが騎士が走り去る後姿をみながら「奴め、余計なマネを……」と憎々し気に言葉を吐いた。
「タイミングがあまりにも良すぎます。これはすべてが一連の流れで起きたと考えるべきではないでしょうか?」
「だろうな。国の重要拠点をこうも正確に破壊されたのだ、ランペールが内通者だったとみるのが自然だろう」
クロードの意見にエルネストが理論的に予測し「マルケオスと共にさっさと処刑すべきだった」と付け加えた。
その間にセドリック大臣がアイヴィナーゼに念話を飛ばし、アルフォンス王太子の所在を確認する。
「アルフォンス殿下の姿がどこにも無いそうです」
「………」
額に血管を浮き上がらせながら告げるセドリックさんに、グレアム陛下が目を細めて押し黙る。
一見小さな変化だが、もしアルフォンスがこの場に居たら命は無いなと確信できるほどの怒りと殺意が見て取れた。
「猊下、アイヴィナーゼ、ウィッシュタニア両国の国有倉庫と召喚の間の破壊に成功しました」
「そうか、でかしたぞガーランドよ」
バラドリンド教国王城、通称〈大教会〉の執務室。
白に金の刺繍が施された法衣を身にまとった老人へ、赤い鎧を着こんだ若い男が恭しく傅く。
「ですが、両国王の身辺の守りが思いのほか固く、暗殺は失敗に終わりました」
「そうか……。ところで、外の騒ぎが収まったようだがいかがした?」
「経典第四章十五節を改めて認識させ、教義に反した者が神の御許へ迎えられると思うなかれと説き伏せましてございます」
「魔法とは、地下深くに眠る邪神の力を源に、魔族により生み出されし悪魔の理。魔法を使うはこれ即ち邪神を崇めるに等しき所業なり……か」
「いかな理由であれ、邪神崇拝者は粛清すべきで存在」
経典の一説を口にする教皇の言葉を聞きながら、〝圧政に苦しめられた民を権力者から解放する〟と大義名分を称賛した民衆が、それとは真逆の教義を改めて説かれることで騒動が鎮まる人心の変わり様に、若い男は複雑な心境になる。
「それで信者は納得したのか?」
「納得させました。誰しも、神に嫌われ死後の安寧を失うのは怖いものです」
「………」
「それと――、猊下?」
教皇が硬い表情で押し黙るのを、ガーランドが訝しむ。
「あ、あぁ、なんでもない。話しを続けよ」
「はい。教会内を嗅ぎまわる鼠についてでありますが」
「シャドウセイバーか?」
「どうやら姫巫女様の居場所を探していると思われます」
「あの裏切り者め、一体何が目的で姫巫女様を狙っておるのだ」
教皇のとぼけ具合に、ガーランドが鼻で笑いそうになる。
何をも何も、シャドウセイバーのただ1つの願いを拒み続けた貴様が知らぬはずはなかろう……。
勇者である男と神官騎士団長であるガーランドは、職務上何度となく顔を合わせていた。
酒の席で彼の特殊性癖を知ったガーランドは「姫巫女様の神託をもってすれば、どんな探し物でもきっと見つかるだろうさ」と話した。
それからの彼は姫巫女への謁見を求め、断られても信用を得るためにと忠実に職務をこなし、今ではバラドリンド最強の男にまで上り詰めた。
だが職務に真っ当であった男に対し、目の前の老人は頑なに姫巫女との謁見を拒み続けた。
そんな中で影剣が裏切ったのであれば、十中八九彼の願いが叶ったか、いつまで経っても聞き入れられない要望に愛想が尽きたかのどちらかであろうと推測していた。
姫巫女様を未だ求めるということは、おそらく後者か……。
今更それを言ったところで、教皇が姫巫女とシャドウセイバーとの謁見を許すとも思えないかったガーランドは、教皇の不興を買うのを避け、あえて双方の妥協案を口にしなかった。
「姫巫女様を攫い、兵たちの戦意を挫くのが狙いではないでしょうか?」
「無神論者の異世界人め、重用してやった恩を仇で返すとはまさにこのこと。ガーランドよ、手法はそなたに一任する。急ぎ奴の始末に取りかかれ」
「御意」
赤い鎧の男が短く言葉と共に踵を返し、分厚い扉1枚隔てて報告業務を終了させる。
なにが〝手段は一任〟だ、クソジジイ。あんな化け物の対処など、それこそ姫巫女様の神託で聞きたいくらいだ。
廊下に待機していた近衛が入れ替わりで教皇の部屋に入るのを後ろに、長い廊下を歩きながら頭をひねった。
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