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206話 感謝を込めて
しおりを挟む「ここがねこ殿の住まいでござるか。一般家庭にしては良い家に住んでいるでござるな」
「大所帯だからちょっと狭いかもだけどね。時間的に慌ただしいのも気にしないで」
空が紫かかり始めたた時刻に影剣さんとフリッツを自宅に招くと、リビングと土間は夕食の支度でてんやわんや。
影剣さんとの顔合わせを簡単に済ませたリシアたちにはそのまま家事を続けてもらった。
「夕飯前だしお冷でいいよね?」
「かたじけない。それにしても、ねこ殿は魔力そのものを完全に使いこなしているでござるな」
黒頭巾と忍び装束を脱いだ影剣さんが、魔念動力でコップと冷蔵庫から冷水の入ったケトルが運ばれて来るの眺めている。
村人スタイルとなった影剣さんの肉体は瘦せ型体系だが鍛え抜かれており、鋭利で強靭な刺突剣を連想させた。
「本当にこの世界に来て2ヵ月でござるか?」
「まぁレンさんたちと情報交換しながらだから、この世界に対する理解やスキルなんかの熟練度は早い方かも」
それにリベクさんから譲り受けた〈魔導書〉や、魔法に精通しているイルミナさんの存在も極めて大きい。
「通信スキルも皆にかかれば立派なチートスキルでござるな」
「チートといえば、バラドリンドのほかの勇者たちの能力ってどんなのがあるの?」
「そうでござるなぁ、6人のリーダー格であるナオキ殿でござるが」
ナオキ、レンさんの本名と同じ名前だ。
「攻撃中限定ではござるが、放った攻撃は一部例外を除き防御不可でなおかつ行動も阻害されなくなる効果を付与するスキルがあるでござる」
「それって貫通攻撃の類ですか?」
「似てはいるが微妙に違うでござる」
フリッツの問いに影剣さんが少し考えこむようなしぐさをみせて否定する。
「例えばフリッツとそやつが同時に射撃攻撃を放ったとするでござる。すると、攻撃力に関係なくフリッツ殿の攻撃は押し返され、ナオキ殿の攻撃は軌道に沿って向ってくるといった具合でござるな。これだけならば貫通攻撃なのでござるが、それに加えて攻撃中に金縛りなどの状態異常系を受けたとしても関係なく攻撃モーションが継続され、攻撃終了後に金縛り効果が発動して動けなくなるといった具合に、攻撃行動の阻害が一切聞かないでござる。拙者らはこのスキルを〈唯我独尊〉と呼んでいるでござる」
「攻撃は必ず発動する上に、威力に関係なくその攻撃は止められない、か。相打ち覚悟でやられるとキツイなぁ」
「回避は可能なのですか?」
「出来るでござるぞ。それと、特に注意せねばならないことは、攻撃を受けた際、万が一地面や壁を背にして体が挟まれればそのまま切断コース。得物がたとえその辺に落ちてるロープであったとしても一発アウトでござる」
「もしそうなった場合、地面や壁そのものを消すほうが堅実ですね」
「その手があったでござるな」
フリッツの対処法に影剣さんが感心を示す。
普通に思いつきそうなもんだけどなぁ、というか思いつかない方がどうかしてるレベルだと思うんだが。
「とにかく無茶苦茶の一言に尽きるでござるが、その者が広域攻撃手段を所持していないのが唯一の救いでござるな」
「そんな奴に広範囲攻撃なんてされたらもうどうしようもないもんなぁ」
けど、ウィッシュタニアには様々な勇者の遺物があったのだ、広範囲攻撃を備えている可能性も考慮に入れるべきであろう。
いや、そもそも――
「影剣さんの言う例えだと、砂を投げたらかなり凶悪なんじゃ?」
一握りの砂を投げただけで防御不能な数万の針として向かってくるのだ、これを凶悪と言わずしてなんと言う。
「砂、その発想も無かったでござる。拙者は戦闘指導時に鉄球を投げさせていたでござるが、突き詰めて考えると確かに砂で十分でござるな」
鉄球でも十分エグいんですがそれは。
「そのような攻撃を受けようものなら、とっさに反応出来るかわかりませんね」
「わかる」
よくパニックから思考停止する俺としては、フリッツに同意せざるを得ない。
「そこは〈思考加速術〉で時間を稼ぐでござるよ」
「ダブルアクセルは脳の負担が大きいからきついんよな」
「それも慣れでござる」
「慣れかぁ」
ほかにも相手から自分の存在を知覚できなくする〈認識阻害〉を持つエイタ、自身の周囲にあらゆる攻撃を受け付けない防御フィールドを張る〈絶対防壁〉を持つシュウジ、一定時間あらゆる能力値を数倍にする〈限界突破〉を持つタカナシが居ると教えてくれた。
「エイタ殿の〈認識阻害〉は気配や敵意が完全に消え、そこに居ても目視で認識できないと、普通では厄介極まりないスキルでござるが、拙者の侵入を看破したねこ殿であれば問題なく対処可能でござる」
「魔力での接触感知でいける類いなんだ」
「うむ。なので、探知できる者からすれば、6人の中では最弱といって過言ではないでござる」
「それでも視認できないのは近接戦闘じゃ結構キツイでしょ」
ついさっき見えない刃で右手が切り落とされただけに、その恐ろしさは侮れない。
「そうでござるか? 拙者は目を瞑っていても余裕でござるが?」
俺の腕を切り落とした張本人が、誇るでもなく普通にのたまう。
「コンマ何秒で刃が飛んでくる状況で目を閉じたまま戦えるとか、何をやったらそんな達人みたいなことできんの?」
「くふふ、ねこ殿も修行したら出来るようになるでござるよ」
影剣さんが誇らしげに笑う。
さっきの目を瞑っていても近接戦闘出来る発言といい、どんな修行をどんだけやったらその域に達するのやら想像もつかない。
「それよりも続きでござるが、シュウジ殿の〈絶対防壁〉は自身を守ることにかけては鉄壁でござるが、有効半径1メートルと効果範囲は非常に狭いでござる。自身と自身の女子を守るのが精々でござるな」
ククの〈城塞防壁〉ほどの防御面積ではないにしろ、正面に立たれたらそこからその後方が鉄壁なのに変わりない。
「そいつ単体でも十分面倒だわ」
「ちなみにでござるが、先程の〈唯我独尊〉をもってしても貫けなかったのは、拙者が知る限りで唯一そのスキルだけでござった。攻撃を受けてもその場にとどまり続けるところを見ると、空間固定型のようでござる」
そのまま地面深く溶岩帯まで埋められたらどうなるんだろうなと思ったが、頑張ってもそうはならないようである。
「正直なところ、拙者もシュウジ殿だけは攻略法が見出せぬでござる」
影剣さんが匙を投げるって、俺にどうにかできるのか?
攻撃の利かない相手の攻略法か……とりあえず勇者はもう1人居るのだ、考えるのは後にしよう。
「んで、最後のタカナシって、なんで1人だけ苗字なん?」
「ツッコむところはそこでござるか?」
「いや、なんか1人だけ浮いてるなぁと」
「事実1人だけ浮いているでござるよ。本人から聞いた話では、大学デビューで陽キャサークルに入ったものの周りに馴染めないと申していたでござる。そのタカナシ殿でござるが、能力の〈限界突破〉は持続時間が1分でござる」
「戦闘時間の1分って結構長いなぁ」
「うむ。しかも彼だけが6人のなかで唯一魔法を使うことが出来るでござる」
「魔法使えるんかい!?」
「彼だけ陰でこっそり冒険者ごっこをしているでござるからな。この世界に来てワクワクする気持ちは拙者もよくわかるゆえ、上には報告せず見守っていたでござる。陰ながら手助けはしていたでござるが」
「なにその接待プレイ」
「くふっ、否定は出来んでござるな。ほかに聞きたいことはあるでござるか?」
「ん~……あ、姫巫女って人とはすぐ会えるの?」
「そうでござった。姫巫女殿でござるが、実は拙者もどこに居るのかわからんでござる」
「どういうこと?」
「彼女の居場所は教皇殿と極一部の世話係しか知る者が居らんでござる。今回の拙者への言伝も、彼女に聞きたいことがあった拙者が彼女が表舞台に現れるバラドリンド教の祭事を狙って近寄ったことで聞くことが出来たでござる」
「影剣さんの聞きたいこと?」
「ふたなり娘とどこで出会えるか聞きたかったでござる」
「お、おう」
神の声が聴けるほどの巫女様相手になに変なこと聞いてるんだこの人は。
いや、この世界に来て理想の女性と出会えないのだ、神のお告げを聞くことが出来る巫女に縋りたくなるのも無理はないか。
フリッツが「先程も会議室で仰っていましたが、ふたなりとはなんなのです?」と聞いてきたので、まぁフリッツになら良いかと教えたところ、何かを考えこむしぐさからすぐにいつものさわやかな笑みに戻り、何事もなかったかのように追及してこなかった。
影剣さんは高い戦闘力を持つ異世界の勇者だ、ツッコんでヘソを曲げられるよりは超法規的措置で見逃すだろう。
俺がフリッツの立場であってもそうしている。
「姫巫女殿が言うには、あの場所に行けば拙者の長年の想いが成就すると聞いたのでござるが……」
影剣さんが周囲に魔力を走らせながらうちの奥さんたちに視線を向ける。
この魔力はおそらく人体スキャンのためだろうが、そんなものは当然妨害させてもらう。
「人の嫁をスキャンするんじゃない」
「ややっ、これは失礼いたした! 2年も探し続けてようやく得た手が狩ゆえ、つい我を忘れてしまったでござる」
慌てて本気謝罪を繰り出す影剣さん。
態度からして無意識にやってしまったのが窺える。
けど、家に来るたびにやられては非常に迷惑なので、早急に何とかして――あげられるんじゃね?
「よし、そんな影剣さんに奇跡も魔法もあるってことを教えてやるっ!」
俺はおもむろに〈収納袋様〉から楕円形の物体を取り出すと、目の前のテーブルにそれを置いた。
それは大きな卵だった。
影剣さんが〈鑑定眼〉が発動すると、彼は驚きと興奮が入り混じった表情で瞳を大きく見開いた。
「こ、これは……これはよもや!?」
「ライシーンの迷宮で拾った天使の卵。女性型の成体のあそこにもっこりとしたふくらみも確認してる」
「マジですか!?」
天使の卵を前に、見開かれた影剣さんの目からは涙が滝の如くあふれ出す。
ござる口調が吹き飛んでいるでござるよ?
「大事にしてくれるのなら差し上げることもやぶさかじゃない」
俺がそう言った瞬間、影剣さんがまるで騎士が王に対して臣下の礼を示すように片膝を着き頭を下げた。
「ねこ殿――いえ、殿! 拙者は今日より殿に一生着いて行くでござる!」
「え、あー、うん。とりあえずあとは魔物契約して孵化袋に入れておけばその内生まれるから」
卵を影剣さんとの魔物契約を施してから孵化袋に入れて手渡すと、卵を抱えた影剣さんが俺の手をがっちりと握りしめた。
「苦節2年、ようやくこの時が訪れたでござる! 拙者はこの日この刻、殿に受けた恩義を一生忘れませぬぞ!」
喜んでもらえたのなら俺も嬉しいけど、頼むから手を放してほしい。
いくら友人でも汗まみれの男に手を握られされるのは気持ちが悪い。
「とりあえずその殿ってのはやめてくれる? 今まで通りで良いからね?」
「殿の仰せのままに!」
だから殿はやめいと言うに。
影剣さんがしばらく少年の様な瞳で卵が入った孵化袋を見詰めてトリップしてしまったが、その後はチャットルームを用いてレンさんたちの意見を聞きながら作戦会議を再開すると、勇者の攻略法からバラドリンド軍の切り崩しまで、さまざまなアイデアを頂くことが出来た。
夕食後、フリッツと影剣さんが後片付けを終えると、先にフリッツがはす向かいのアジトへと退散した。
「ねこ殿が近くに居る時限定とはいえ、よもや〈チャットルーム〉の共有化が出来るとは」
「共有化を言い出したのはシンくんだけどね」
シンくんに『PTの遠距離会話を魔法化したものがねこさんの念話でしょ? だったら念話を使って〈チャットルーム〉に影剣さんたちをこっちに呼ぶこって出来ないんですか?』と言われ、試しに念話で〈チャットルーム〉と俺の周囲をリンクしてみたところ、思いのほか上手く行ってしまったのだ。
正直俺も出来るとは思わなかった。
「では、拙者もそろそろお暇するでござる」
影剣さんが玄関へ向かうと、見送りに行く俺の後ろからリシアとローザも続く。
「この後ってどうするの?」
靴を履く影剣さんの背中に問う。
「国元には拙者を慕ってくれている部下も居るでござる。一旦彼らと合流し、進退を決めさせてからレン殿の考案した作戦を実行するでござる」
レンさんの考案した作戦とは、バラドリンド軍に参加予定の一般人を戦争に参加させないためのものだ。
「なる。気を付けてね」
「うむ。ねこ殿、天使の卵有難く頂戴いたすでござる」
「生まれてくる子には人格があるから、そこだけは本気で注意してね」
「心得ているでござるよ。それと奥方殿、遅くまでお邪魔いたした。それとあれほど美味しい食事は久々でござった、感謝いたす」
「お粗末様でした」
「トシオさんのご友人ならいつでも大歓迎です。また遊びにいらしてくださいね」
「またね」
「またでござる」
ワープゲートを閉ざす影剣さんへ片手をあげて見送った。
「……ごめんね、急に客を連れて来ちゃって」
影剣さんが消えた玄関で、俺は申し訳なさと感謝と込めてリシアたちに詫びた。
「お客様をもてなすのは妻の務めですわ。ですから謝らないでくださいね」
「料理も日ごろから多めに作ってますから、急なお客さんの対応もへっちゃらよ」
「収納魔法があるおかげで、作り過ぎたオカズもこうやって温かいままですわ」
ローザが自身の収納袋様を開いて見せると、先程夕食に出た餃子が見えた。
「最近では別宅の方たちとオカズを交換し合うのも楽しみになってますのよ」
「珍しい料理を教えてもらったり、その日の献立を一緒に考えたりするのも助かるわ」
「「ねー」」
リシアとローザが楽し気に教えてくれた。
楽し気に話す2人に釣られ、俺の口元にも自然と笑みが生まれる。
家が回っているのは間違いなく2人のお陰である。
そんな2人にはいくら感謝してもし足りない。
「いつもありがとね」
感謝の言葉と共に妻たちの髪を優しく撫で、俺は幸せを嚙みしめた。
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