四人で話せば賢者の知恵? ~固有スキル〈チャットルーム〉で繋がる異世界転移。知識と戦略を魔法に込めて、チート勇者をねじ伏せる~

藤ノ木文

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203話 忍術

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「ぼさっとするな、退避しろ! マクシミリアン!」
「わかっておるわい、シタデルウォール!」

 グレアム陛下の指示に会議参加者が駆け足で逃げるとマクシミリアン将軍が大盾を取り出し、自分たちとシャドウセイバーと名乗る忍者男との間を分厚い防壁スキルで隔絶した。

「セブンソード!」
 
 ヴィクトルが硬質ガラスの様な7本の剣を出現させ、隔離された中でも攻撃の隙をうかがう。
 室内で警備に当たっていた騎士たちも、剣を抜いて忍者男を取り囲んだ。

「ほぅ、レベル400超えの者も居るでござるか。これはなかなかに侮れんでござるな」

 鑑定眼に一切反応しない黒装束の侵入者が、その目元を細くして笑う。
 だが視線は俺とトモノリから離れはしない。

 1人だけ鑑定眼で視れない奴が居たら、そら警戒されるわな。
 こんなことならここに居る全員に索敵妨害さくてきぼうがいをかけておくんだった。

 異世界人が2人居る事実の隠蔽に失敗し、あまつさえダミーの情報を用意していなかった自分の迂闊うかつさを悔やむ。

「フリッツ、フルブライトさん、クラウディアを連れて避難してください。トモノリも」
「分かった。姫、行きましょう」
「えぇ。……トシオ様、お気をつけくださいまし」
「あいあい」

 クラウディアの気遣いに、あえて軽い言葉で流す。

「ト、トシオさん、僕も戦います!」
 
 トモノリが震える声で気丈にも俺の後に続こうとする。

「ありがたいけど、俺以外に今ここでワープゲートが使えるのがキミだけなんだ、皆の避難を頼みたい。任せて良いかな?」
「は、はい!」

 素直に聞き入れてくれたトモノリが、お偉いさんたちの元へ走る。

「戦場慣れしていない者を横に立たせないのは良い判断でござる」
「こういうのは、一緒に戦おうって気持ちを示してくれるだけでも嬉しいもんなんだよ」
「むぅ、わかり味が深いでござる。拙者せっしゃのところの勇者殿にも、トモノリ殿の爪の垢をせんじてやりたいでござる」

 俺の言葉に共感し、うんうんと頷くバラドリンドの刺客。
 
 勇者殿って、お前のほかにも勇者居んのかよ。
 日本語が使えるだけで、実はこっちの世界の人間とか?

「そんで、そのバラドリンドの侵入者が、何の用があってここに来やがった?」
「お主の実力を知るために参ったでござるよ、一ノ瀬敏夫・・・・・殿」

 俺のフルネームを知っているのは、家族と俺の自宅に寄りつく極一部の人間のみ。
 なのにこいつは俺の名前を知っている。

 自宅の侵入を許したのか?
 いや、それならこいつを見つけた時みたく、フリズスキャールヴで発見しているはずだ。
 俺の予想外の何かで知ったのか?
 例えば異世界人が持つユニークスキルとか。

「どこで俺の名を?」
「それは企業秘密というやつでござる」

 素直に聞いてみたが、当然素直に教えてはもらえない。

「そうでござるな、拙者に傷の1つでもつけてみせたら教えいたそう」

 刀を順手で抜刀し下段に構える。
 やや短めの片刃の直刀、いはゆる忍者刀というやつだ。
 男は測るように刃の角度を徐々に変えていく。
 人生で二度目となる実物の刀を前に、こっちの世界に来る以前に大福さんの実家で見せてもらった刀を思い出す。



「よく日本刀はその切れ味ばかりが脚光を浴びとるが、真に恐ろしいのはそこやない」

 大福さんの家に日本刀の実物があると聞き、見せてもらうことなったある日のことだ。
 自宅の道場で刀を腰に差した大福さんが、いつになく真剣な表情でその刀身を抜いてみせた。
 
「日本刀は薄くて鋭利な反面、薄さゆえに刃の進入角度が少し狂っただけで曲がってしまうほどもろいっちゅう欠点を抱えとる」

 滑らかな動作から振り抜いた刃が〝ビュッ!〟と風を切る音を上げると、その切っ先をこちらに向けられた。
 決して届かない十分な距離があるにも関わらず、向けられた死を連想させる道具を前に手の汗がにじむ。

「けどそこの薄さに鏡のような白刃が合わさるとマジでやばい。どうやばいかと言うと、日本刀の刃は――」



 俺の視界から消えた。

 来るっ!
 
 シャドウセイバーの黒装束姿が霞み、前方にかざした槍の柄になぞるような金属の衝撃。
 その感触だけを残し、男は瞬きする間もなく俺の背後に抜けていた。
 刃の軌道に関しては、知覚できない程の速度だった。

「初見で〈かす飛燕ひえん〉を防いだのは称賛に値するでござる――が、本気を出さねば次は首を刈らせていただくでござる」

 振り返った先で忍者男アクロバットな動きで着地すると、握っていた刀が〝チン〟と短く澄んだ音を響かせ納刀した。
 音と共に俺の右手がきれいな断面でずれ落ちる。

「に"ゃあっ!?」

 痛覚カット!!!

 激痛が来る前に魔法で痛覚を遮断すると同時に右腕の切断面を相手に向け、血しぶきをまき散らしながら鳥の羽根を模した光の散弾をぶっ放す。
 忍者が回避行動から安全圏に退いたのを確認し、魔法の紐で傷口を縛る。

「羽根手裏剣の光の散弾とは小洒落ているでござるな。腕を落とされた直後にしては良い反応でござる」
「他人の手を切り落とした奴から余裕の口ぶり褒められてもうれしく無いわ」
「くふふ、確かに」

 部屋に満ちた魔力の乱れから察するに、俺の脇を抜けながらすくい上げの一太刀を槍に浴びせ、衝撃で力が入り硬直したところに体を回転させながらの切り返しで手首を落とされた。
 おそらくクイックスピードの上から俺も使う弾速強化ブリットスピードを自分自身に乗せやがった。
 そんな速度で動き回れるだけの脳の状況処理速度を考えると、精神をさらに加速させ時間の流れを減速させる二重加速ダブルアクセルも併用しているとみて間違いない。
 あまりの速さと目視出来なかった刃で初撃しか防げなかった。

 魔法で強化されたアダマンタイトの槍が無ければ間違いなく初撃で首が落ちていたことに、凄まじいまでの寒気が走る。

 やつの言う通り本気で行かないと次は首が落ちかねない。

「エインヘリヤル!」

 多機能強化外骨格による魔法装甲で体を包み、こちらも加速魔法を2つ同時に発動する。

「魔法装甲服でござるか」
「単純だけど使い勝手は良いからな」

 落ちている腕を魔念動力で拾うと、傷口をクリエイトウォーターで洗い流してから回復魔法で癒着させた。
 自分の手なのに、体から離れた途端に気持ち悪い異物に思える。
 そして拾い上げた際、傷口には毒物が付着しているのも確認する。

「ボーナススキルの〈毒無効〉があるからいいけど、殺意が高すぎだろ」

 神経がちゃんと接続できたか手で握って開いてを繰り返して確認する。

「腕を落とされてその冷静さと迅速な処置、精神安定スキルクリアマインドをもってしてもなかなか出来ることではござらん」
「さっきからやけに褒めてくれるけど、その上をいかれてる時点で褒めてないからな」
「これは確認の際の拙者の口癖でござる。もし嫌味に聞こえたなら申し訳ござらん」
「口調に悪意を感じないのに結果的に嫌味になってる不思議」
「誠に申し訳ござらんデュフフフフ」
 
 シャドウセイバーが気持ちの悪い笑い方をする。
 その反応にこいつは間違いなく俺と同じ日本人だと確信した。

「俺としては下段構えなのに刀身を視えなくする技術と、ゼロから音速に達する急加速に意識が正常でいられるお前を褒めてやりたいわ」
「敵であるお主にお褒め預けるとは恐悦至極。刀身を消す技法は以前友人に聞いていたのを修練したでござるよ。〈縮地しゅくち〉も習得には試行錯誤したものでござる」

 修行の日々でも懐かしむように答える黒装束の男。
 しかし、技の弱点も何となくわかってしまった。

「で、その〈縮地〉の発展形みたいなさっきの〈霞み飛燕〉だっけ? あれ2撃目は初撃の軌道に引っ張られるでしょ?」
「ほぅ……まさかそれを見破られるとは驚いたでござる」
「そりゃあれだけ速さを追求したんだ、技の発動中に好き勝手動いたら、いくら強化しようと体がバラバラになってもおかしくない」

 でも奴が〈縮地〉と名付けた技、要は急激な移動の際に発生するGや遠心力による体内の血液のかたよりが原因で起こる〈レッドアウト〉や〈ブラックアウト〉をどうにかすればいい訳だから、たぶんできなくはないんじゃないかな?
 確かロボットものだとコックピットの中を液体で満たせば、加速によるGを軽減できるんだったか。

 エインヘリヤルの中だけでなく体中も魔力で満たすと、何の予備動作もブリットスピードを発動させ、男の至近に出現してみせた。
 出現と同時に槍の穂先を男の足に食い込ませる。

「なんと――」
「よしできた」

 そのまま槍で押し込み男の身体を壁に縫い付けようとするも、男は姿を霞ませ抜け出した。
 先程まで確かにあった肉を貫いた感触が、不自然に消失をする。

「くふふ、物理ダメージを受けるのは久方ぶりでござる。拙者の〈縮地〉に着いて来れるならお遊びはここまでにいたそう。雷遁らいとん鳴神飛礫なるかみつぶて!」

 男が後退と同時に手に謎の印を結ぶと、俺の前には豆粒ほどの紫色の雷球が無数に表れた。
 その小さな球体1つ1つに、凄まじいまでの魔力を感じる。

 最近まともに受けたらアカンなヤツばっか飛んでくるな。

「ワープゲート・オープン!」

 バチバチと鳴る稲妻のつぶが殺到したところにワープゲートを開き、ライシーン第五迷宮の第一階層に繋いでのみ込ませた。
 開いたのが大広間であったため、湧いていたゴブリン数匹が犠牲となる。

 忍術っぽく言っているが、どう見たって俺と同じでジョブやスキルに依存してないオリジナル魔法じゃねぇか。
 それに手の印っぽい動作も別に要らんやろ。

「ゴブリン殺すべし、慈悲は無いでござる」 
「ドーモ、ゴブリンゴロシ=サンっと、ダークファランクス!」

 お返しとばかりに弾速強化と対魔法防御マジックピアッシングの付与されたダークアローを連続展開。
 魔法の矢をガトリングガンの回転バレルの様に回しながら、分間数百発の魔法の矢を連射する。
 MPにダメ―ジを与える闇属性魔法の効果を見込み、相手の消耗を狙った攻撃だ。
 
「土遁・畳返たたみがえしの術!」

 シャドウセイバーが手の平で床を〝バン!〟と叩き、眼前に出現させた石の壁がダークアローを完璧に遮断される。

 それなんてストーンウォール?

 本来ならば魔法を押し広げる様に弾く効果のあるマジックピアッシングも、質量を持った魔法まではその限りでは無かった。
 その石壁の上から忍者の片手だけが飛び出す。

「火遁・風魔手裏剣ふうましゅりけん!」

 巨大な灼熱しゃくねつ手裏剣が、オレンジの光を放って飛んできた。
 ランス系を多重展開して放つ〈業禍剣乱〉の刃を一本に集約した攻撃力重視型だ。
 そんな魔法をまともに受けて無事で済むはずも無い。

 潰させてもらう!

「はぁっ!」

 投げ放たれた巨大手裏剣を、気迫と共に短槍の穂先にマジップピアッシングを高出力で宿して切り付けた。
 即席の対魔法兵器と化した槍の穂先が、魔法手裏剣をその下にひそんでいた苦無クナイごと切り裂く。
 灼熱の刃が瞬時に霧散し、部屋が熱風で蒸し風呂に変わる。

 投擲とうてき武器を魔法の下に潜ませる姑息さ、汚いなさすが忍者きたない。

影苦無かげくないをも見破ったでござるか!?」
「魔法の応戦と騙し合いで後衛魔法職の俺が後れを取ってたまるか」
「せ、拙者のは魔法ではなく忍術でござる! 音速殺法・乱れはやぶさ!」
「そうか、すまんな」

 シャドウセイバーが鬼気迫る語気で四方八方へと投げたクナイが、破裂音を響かせながら音速で飛来。
 そのことごとくを〈ブリージンガメン〉による無数の小型魔法盾で封殺する。

 卑怯な手を使われた側の俺がなんで謝ってんだよ。

「その盾ごと持っていかせてもらうでござる、風遁・豪風弾の術!」

 異常なまでの乱気流を魔法の膜で閉じ込めた巨大な砲弾が直進してくる。
 砲弾の中にはパチンコ玉のようなものを無数に混入させているのを俺は見逃さない。

「だから地味に殺意が高いんだよ、フェンリル!」 
「うおっ!?」

 超音速で飛ぶ金属の両円錐を6つ、乱気流のかたまりに打ち込み粉砕するも、射線上に居たシャドウセイバーが俺の投擲モーションを見て飛び退いた後だった。
 奴の魔法が破裂し金属片が周囲に飛び散る中、俺の放った金属錘きんぞくすいが会議室の壁を爆散させる。
 そこへスローイングナイフを収納袋様から直接射出して追撃をかける。
 なにも無い空間から突如襲いかかった投擲武器だったが、忍者男が前方に展開した不可視の壁に触れた途端、ナイフが灼熱に熔解した。

「え、なにそれこわい」
「超圧縮した空気は凄まじい熱を持つ。大気圏突入時に発生する大気圧縮で発生する熱と同じ原理の術でござる」
「わざわざ解説どうもっ」
「なんのなんの」

 軽口を叩き合いながら、互いに攻撃を仕掛けるタイミングをうかがう。

 そういえば自宅でクーラーを作ろうとした際、シンくんが空気は膨張させれば冷えて圧縮させると~~とか言ってたなぁ。

「後衛魔法使いと言うだけあり、なかなかやるでござるな」
「そういうあんたは近中距離主体の魔法剣士スタイルだろ? だったら俺の腕を落とした時にそのまま近接格闘に持ち込むべきだったな」
「もう懐に飛び込ませない宣言でござるか?」
「どうだろうなぁ」

 シャドウセイバーの問いに口角を上げて応える。

 実力は向こうが上かもしれない、しかも狭い空間なため地の利も向こうに分がある。
 しかし、狭いなら狭いなりの戦い方をすれば良い。

 迷うことなく槍の穂先に高密度の光の刃を生み出す。

 生け捕りなんておそらく不可能だ。
 狭い空間を生かし、逃げ場のないここで削り殺す。

「なんと猛々しい魔力、ならば拙者も奥の手を出すとするでござる。水遁・くるみずち!」

 男が水の巨刃を左右の手に2振り、中空に2振りの計4本出現させた。
 魔力の流れをよく見ると、形状が固定された水刃の内部は超高速の水流が出来ていた。  

「水の剣で四刀流か」
「超水圧の刃はあらゆるものを両断するでござる。そして水であるがゆえに武器で防ぐこと叶わず、また形状も変幻自在であるゆえ回避も至難。連撃の極致をとくと御覧ごろうじろでござる」
「見せられるものなら見せてみろ、クラウ――」
「2人共、そこまでです」

 攻撃を仕掛けようとしたその時、クロードが俺たちの間に体ごと割って入ってきた。
 常軌を逸した行動に、2人揃って振りかぶった姿のまま硬直する。
 いくらジョブが〈マナロード〉のクロードでも、俺たちの本気の攻撃を防ぐ手段があるとは思えない。
 止めなければミンチになること請け合いだ。
 想像しただけでもゾッとする行為をした当の本人は、お構いなしと涼し気な表情で忍者男に向き直った。

 頭のネジが何本飛んだらそんなことができるのか、誰か本気で教えてくれ。

「シャドウセイバー殿にうかがいたいのですが」
「う、うむ、なんでござる?」

 クロードの狂気ともいえる胆力に気圧けおされたシャドウセイバーが、ドモリながら問い返す。

「先程〝傷をつけたら教える〟とおっしゃられた。ならトシオ様の初撃で既に条件は満たしているはず。そしてそのような条件を提示されたということは、あなたの目的はこの度のいくさとは別のところにあるのでは?」
「いかにも。拙者の目的はそこの一ノ瀬殿と接触することでござる」
「目的が俺って、どういうことだってばよ?」
「デュフ……っこほん。まずお主はバラドリンド教国の〈姫巫女〉と呼ばれる存在をご存じか?」

 ……聞いたこと有るような無いような。

「この世界でバラドリンド神の神託を唯一受けられるとされる女性ですね。名をエルフェルノーラとおっしゃいましたか」

 首を横にひねっていると、クロードが解説するかのように答えてくれると、シャドウセイバーもこくりと頷く。

 神託って、地底に封じられて魔素を呪いとして垂れ流してる神様(?)以外にも現存する神様が居んのかよ。

「左様。そして2日前に下された神託により、お主を姫巫女殿の前に連れてくるよう本人に頼まれたでござる」
「頼まれたって……なんで俺なんだよ」
「理由も神託の内容も知らされてはおらぬゆえ、姫巫女殿にしかわかりもうさぬ」

 要はその姫巫女とやらの使いっ走りか、普通に忍者してるのな。
 でもまぁ向こうの要件はわからないが、こちらにも合うメリットがあるなら行くこともやぶさかではない。

「……バラドリンドの政治に関わっていそうな人間と会うのは戦争を回避する上でもありか」
「あ、それは不可能でござる」
「なんで?」
「1つはバラドリンド教国を支配運営しているのが教皇殿であり、姫巫女殿に戦争を止める権限がござらん。2つ目は、其処許そこもとの国は長年の圧政により無辜むこの民を苦しめた。それを哀れんだ教皇殿は貴国の人々を苦しみから救う為に立ち上がったのだ。よって、此度の戦は聖戦にござる」

 確かに、民にとってこれまでのウィッシュタニア王家の非道は許し難いものがある。
 そこで圧政からの解放をうたうのは、大義名分としては筋が通っている。
 この大義名分を隣国に与えたのはランペール元第一王子なのだから、奴の存在そのものが呪いか何かに違いない。

 はやく死刑にして魂諸共浄化すべきだな。

 それはさて置き、向こうの言い分はもっともなものだが、当然こちらにも言い分がある。

「つい先日その圧政を強いていた首謀者の王太子と国王含む王族3名、それと加担していた貴族やそれら末端を含めて粛清しゅくせいしたばかり。おまけに1年の無税とその後の減税を打ち出したばかりだけど?」
「……は?」

 俺の言葉に間抜けな声を上げる忍者さん。

 知らんかったんかい……。

「その方の言い分では、これでバラドリンドが侵攻する理由が無くなった訳だが、それでも攻めてくるのであれば、例えどんな言葉を尽くそうとも、それはもう侵略戦争に外ならないな」
「あ、いや、えぇ……」
 
 防御スキル越しにエルネストが追い打ちをかける。
 圧政を敷いていた者達が消え、国民は重税から解放された。
 バラドリンドは大義名分を失ったのだ。
 もしこのまま攻めてくるのなら、非はバラドリンド側にあることになる。

「そして隣国のアイヴィナーゼともこうして和解もしている。それに水を差すというのであれば、こちらも黙ってはいないが?」
「え、ええ、えぇぇぇ……」

 エルネストが毅然きぜんとした言葉でオロオロする侵入者を睨みつける。

 うろたえすぎやろ忍者。
 ええ~以外にも何とか言えや。

「そして今お前が話しをしてるにーちゃんが、ウィッシュタニアの新たな国王として即位されたエルネスト陛下、そしてあそこの王冠を頂いたヤクザの幹部みたいな人がアイヴィナーゼ王国の国王、グレアム陛下だ」

 俺の紹介に両国王が頷き、頷いた直後、グレアム陛下が氷刃の眼光をこちらに向けられた――もとい向けられた気がした。
 その間もしどろもどろなシャドウセイバーは、パニックになり過ぎてどう反応して良いのかわからないといった様子だった。

 出てきた時のクールさはどこに行かれましたかシャドウセイバー=サン。
 まぁ普通の日本人ならこんなお偉いさんの居る舞台での交渉なんて、テンパらない方がおかしいわな。

「し、しばしお待ちあれ、今すぐ上の者に問い合わせる故!」
「早くしろ」

 慌てて上司に掛け合う忍者に、エルネストが平常心を乱す追い打ちをかける。
 些細だが嫌らしい駆け引きである。

「――! ――! ……お待たせ致した」

 念話で何やら慌ただしいやり取りを終えると、男はエルネストに向き直る。

「それで、向こうはなんと?」
「それがですな……『また同じ過ちを犯さないとどうして言い切れる? 〝救済〟に中止などあり得ない』と……」
「oh……」

 なんとも申し訳なさそうに、消え入りそうな声で伝言を述べる忍び頭。

「振り上げたこぶしは全力で振り下ろさねば気が済まない、という訳ですな」
「周辺国に喧嘩を売りまくるバカ国家だ、大方の予想は出来ていた。じゃがこうも清々しいと呆れるしかないのう」
「まったくじゃ」

 セドリック大臣が呆れた声を出すと、マクシミリアン将軍とヴィクトル将軍も悪態をつき、その場にいた誰もがうんざりといった表情を浮かべる。

「ならば、戦は避けられない、か」
「で、あるな」

 エルネストにグレアム陛下が頷く。

「それで、こいつは使者としてではなくこの場に無許可で入って来た侵入者な訳だから、始末しても構わないんだよな?」
「待て」

 俺が今度こそ仕留めてやろうと魔法を紡ぎ直すと、エルネストが待ったをかけた。
 今この場で殺しておかないと、ワープゲートを使っていつでも襲撃してこれるだけに、こいつを逃すという選択肢はない。
 
「シャドウセイバーと言ったな? 貴公にはこれが侵略戦争であると分かったであろう? それでもなお奴らに加担するのか?」

 エルネストの問いに忍者男の肩がピクリと震える。

 なるほど、正当性を訴えて勇者であろうこの男をこちらに引き込む算段か。

「不本意ではあるが、拙者にも一宿一飯の恩義がある故……」
「戦争の道具にするために勝手に呼び出し世話をしているだけのことを、貴公の世界では恩と言うのか?」
「そ、それは……!」

 呆れ交じりのエルネストの指摘に、シャドウセイバーは大きく目を見開いて驚きを見せた。

 あ、こいつアレだ、異世界に呼ばれたことで舞い上がっていたクチだ。
 元の世界で不満を抱いていた人間からすれば、異世界で魔法――奴からすれば忍術が使い放題なこの世界は、確かに召喚されただけでも狂喜乱舞するくらい嬉しいもんな。
 ソースは俺。
 その上で至れり尽くせりで接待されれば、それこそ自分を呼んでくれた国に恩を感じることだろう。

「バラドリンドは魔法を一切認めない国だ。そのような者達が魔法の根差したこの国に雪崩れ込めば、無辜むこの民にまでその手が及ぶ。何千何万もの人命を奪うことに加担するのが貴公の言う恩義を返すことなのか?」
「っ……」 

 若き王の真っ直ぐな眼差しから逃れる様に、黒装束の男は険しい目で下を向く。

 現在の見通しで、2国連合軍総勢2万人、対するバラドリンド軍は諜報員の知らせでは3万人。
 両軍合わせて約5万だ。
 流石に全員死ぬなんてことは無いだろうが、それでもぶつかれば必ず多くの死者が出る。
 そして連合軍が敗れ去れば、その後ろにある都市だけでなく、途中の町や村にまで被害が及ぶ。
 それを強行しようとしている国に自分が加担するということは、自分も虐殺者の仲間入りをするということに他ならない。

 俺はウィッシュタニアで暴れた以上、人殺しの汚名を浴びる覚悟は出来ているけど、はてさてこの忍者はどうなんだろうな。

 興味深く見守っていると、シャドウセイバーがおもてを上げてエルネストを見つめ返した。

「……解り申した。圧政者が居なくなっても戦争を止めないのであれば、大義名分を失ったバラドリンドに非があるのは誰の目にも明らかでござる。微力ながら戦争回避に向けて尽力致す所存にござる」

 おお、まさか本当に説得してみせやがった!?
 話が分かる奴で助かった。

「しかし、それには条件がござる」

 条件とな?

「伺おう」
「この件がどう転ぶにしても、バラドリンド国民への報復はしないと約束して頂きたい」
「………」
 
 シャドウセイバーの出した条件に、エルネストのみならずほぼ全員が思案顔になる。
 侵略の報復に無辜のバラドリンド人への加害では、本末転倒もいいところなだけに、シャドウセイバーの出した条件は至極全うだ。
 バラドリンドの勇者としては、だが。

「……随分虫のいい話だな」

 グレアム陛下が低い声でそう告げた。

 攻められる側としてはまぁそうなるか。

 そもそも、攻められて報復無しでは、国王として民や臣下に対して示しが付かないのではないだろうか。
 それを分かっているからこそ、エルネストも即答出来ないのだ。

 ならば俺が悪役を買って出てやるか。
 そんなことくらいでこの場が丸く収まり、こいつがこちら側に引き入れられるなら安いものだ。

「俺もそいつの条件には賛成だ。バラドリンド軍が全滅しようが自業自得だけど、一般市民に被害が及ぶのだけは俺も避けたい」
「じゃがのお」

 マクシミリアン将軍が何かを言い出そうとしたが、俺はそれを手で止めて遮った。
 老将の言いたいことは解る。
 兵を動かすにもお金がかかるし、死者が出れば傭兵は兎も角、兵や騎士には遺族に金を払わねばならないだろう。
 そのお金の賠償などを考えると、相手国に損害賠償請求などしないとやっていられない。
 兵は兵で、侵略した町や村での略奪はお約束のようなものだから、綺麗事では済まされない。
 だが爺さんの意見を聞く前に、言いたい事を言わせてもらう。

「戦後の事後処理で国そのものが亡びるのは構わない。けど、それでバラドリンド国民が虐げられるなんてことになるなら、今度は俺があんたらの敵に回る」

 これにはウィッシュタニアの会議参加者から騒めきが起きたが、アイヴィナーゼで似たようなことを口にしていただけに、アイヴィナーゼ側の一部では「あ~あ、言いやがったよ」といった顔をした。
 この発言で両国の俺へのヘイトが溜まることになるだろうが、そんな物はいまさら気にしない。
 だが、俺がゴネたことで〝仕方がなく言うことを聞かなくてはならなくなった〟両国首脳陣。
 ざわつく空気の中、クロードが片手をあげて皆の注目を集める。

「では、バラドリンド軍を打ち破った後、バラドリンドの領土に侵攻しても民への危害は一切加えない。これを破った者は厳罰に処す。ただし、我々に反抗した者はその限りではない。〝諸々の結果、バラドリンドを併合〟しようと、バラドリンド国民を迫害することはない。こうされてはいかがでしょうか?」
「……その上で信仰の自由と姫巫女殿の身の安全を確約してくださるのならば」
「よかろう、アイヴィナーゼは参謀殿の案に賛同する」
「アイヴィナーゼ側がそれでよいなら、ウィッシュタニアもそれに従おう」

 最後にグレアム陛下とエルネスト陛下の採決が下り、こうしてシャドウセイバーとの裏取引が交わされた。

 勇者の居ないバラドリンドなら楽勝だな。

 なんて安堵したところに、シャドウセイバーが爆弾を投下した。

「残る問題は、数で勝るバラドリンド軍と6人の勇者をどうするかでござるな」
「……ハイ?」

 今ナント言イヤガリマシタ?

「……勇者が、6人?」
「いかにも」
「あんたを含めて?」
「いや、それがしを除いてでござる」

 ですよね~。

「実力は?」
「1人1人であるなら拙者もそう遅れは取らぬが、2人同時では分が悪いでござるな」
「各自の性格は?」
「ほぼ全員が俗にいうウェイ系にござる」
「ウェ~~イ。……ちなみに説得とかできないの?」
「無理でござるな。全員が教団の女子おなごを恋人に持っておる」
「教団の女子ってつまり、教皇ってやつの意のままに動く女ってこと?」
「いかにもでござる」
「あ~……」

 つまりはこいつ程ではないにしろ、それに近い戦闘力で説得の通じそうに無い奴らが他に六人も居るということか。
 アカン(白目)
 考えただけでも頭痛が痛いレベルの厄介事だ。
 てかどこから湧いて出た勇者6人!
 いや、なんとなく想像が付く。
 大方ダンジョンコアに大勢の人間が毎日マナチャージをし続けたとかなんとかだろう。
 色々と落ち着いたらそんなことが本当に出来るのか試してみたいと思っていたことだし。
 バラドリンドは魔法が禁止され、神聖魔法が推奨される国なのだから、神聖魔法でそういった悪用を研究する土壌は出来ていたのかもしれない。
 もしかするとこの瞬間にも新たな勇者が呼ばれている可能性がある。
 流石にレベル上げに必要な魔水晶を短期間で確保できるとは思わないので、大丈夫だと信じたいが……。

 ぐんにょりした絶望感を振り払おうとしたが、絶望を感じていたのは俺だけでは無かった。

「終わったな……」
「あぁ……」

 エルネストが誰につぶやくでもなく言葉をこぼすと、グレアム陛下が同意を示す。

「妻の元に居る娘と孫に再会する日も近そうだのお」
「ワシも妻に会えるのが今から楽しみじゃ」
「そうだマクシミリアン殿、あの世で再会を果たせた際は、お手合わせ願えぬか?」
「おお、殺戮将軍キリングジェネラル、8角の剣鬼との手合わせか。これはあの世に旅立つ楽しみが増えおったわい」
「ワシも常々アイヴィナーゼの守護神と謳われるお主と切り結んでみたかった」

 ヴィクトルとマクシミリアン両将軍が、獰猛な笑みで現実逃避に花を咲かせる。

「本国に戻り、夜逃げの準備をせねばいけませんな」
「私もそうさせて頂きます」

 セドリックさんがまたも窓の外を見ながらつぶやくと、バクストンさんも泥船からの逃亡に便乗する構えを見せた。
 そこで会議室の扉が扉が勢いよく開かれる。

「トシオ、面白い奴見つけたわよ! 見てよこの娘――ってなにこの状況?」

 入ってきたのは冒険者仲間で筋肉ムッキムキの顔だけ美少女マルグリットさん。
 町娘風の服装の袖やスカートから覗く四肢がムキムキ過ぎてとても厳つく、思わず変な笑いが漏れそうになる。
 そんな彼女が肩を抱いて連れてきたのは、色白で中学生と見まごう小柄な美少女だった。
 鑑定眼が、彼女が女勇者のルージュであると告げている。

「げっ、あんたの知り合いってアイツかよ!?」

 ルージュを確認して俺の眉間にしわが寄るのと同時に、俺を視認し笑顔を仏頂面に変えたルージュがうめく。
 その後ろから長身美形の男騎士も現れる。

「なに、あんたら知り合いだったの?」
「まぁ一応」
「ふん!」

 嫌そうに答える俺と不機嫌にそっぽを向くルージュ」

「で、どうかしたの?」
「アイヴィナーゼ&ウィッシュタニア終了のお知らせですわよ、奥さん」
「誰が奥さんよ。あ、もしかして私を奥さんにしてくれる気になったとか?」

 1人能天気にはしゃぐマルグリットさんとは対照的に、逃れきれぬ暗雲が会議室を支配し、連合軍首脳陣が途方に暮れる。

 重苦しさに支配された会議室で、何をしたら女性の腕がこんなにムッキムキになるのだろうかと、マルグリットさんの腕を見ながら俺も現実逃避を開始した。
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