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199話 事後処理
しおりを挟む事件から3日が過ぎ、ウィッシュタニア城内では未だ困惑の空気が流れてはいるが、ヴィクトルの後ろ盾を得たエルネストが騒動の翌日には国王として即位し国の方向性を示したことで、混乱は最小限に抑えられた。
玉座の間にて王太子派の投獄が完了した直後、老将ヴィクトルとエルネストの副官であったクロードから事の次第を聞かせてもらうことができた。
「この度の騒動は、全て我々反王太子派が仕向けた企てでありましてな」
「反王太子派って、ヴィクトルは王太子派の筆頭じゃなかったのか?」
「周囲にもそのように思われるよう動いておりました故。そうですなぁ、どこから話したものか――」
分厚い大剣を背負った老人が、白髪交じりの顎髭を手で触れながら語り始めた。
発端は物見の塔でセッツに聞かせてもらったのとほぼほぼ同じような内容で、ランペールの度重なる重税による地方財政の困窮と治安の悪化だった。
ヴィクトルは自身の領地を婿養子であり職務上の副官でもあった騎士のパトリックに譲り、自身は王都で名誉顧問的な立場で後進の育成などに明け暮れ領地に戻ることはなかった。
ある時パトリックは盗賊団が流した偽りの情報を掴まされ、手勢を率いて盗賊団のアジトに向かうもそこはモンスターが住み着いた洞窟だった。
討伐隊が留守となった隙に小さな砦兼領主の館は盗賊団により焼き討ちされ、ヴィクトルは実の娘と孫を失った。
老将は怒りと執念で盗賊団を壊滅させるも、こうなった原因が現政権にあることは明白なため、復讐の矛先を重税を課した王子2人と国政を放棄した国王に向けた。
国に戻るなり隣国バラドリンドの不穏な動きを理由に将軍職に復帰したヴィクトルは、この件での被害者の多さと恨みの深さ、そして自分1人では流石にどうにもならない戦力差を有している現状を鑑み、密かに復讐の同志を募ることにした。
それに応えた貴族たちも、〝ランペール王太子との間に強制的に結ばされた奴隷契約の解除〟を条件に、その大半がヴィクトルに協力する。
その結果、同時期に国民に「今こそ平民の血を宿す第三王子を担ぎあげ、国王と王子2人を倒そう!」とうわさを流布することで貴族たちに反乱を促していたエルネストを担ぐ者が現れない原因ともなる。
国民的人気と実績のある将軍と、かたや反政権の筆頭とはいえ実績も権限も無い小僧では、どちらに乗る方が打倒王太子派に近いかなんて分かり切ってるもんなぁ。
ただヴィクトルや貴族達も国王と王子2人をどうにかした後は、権力争いで更に国が疲弊するのを避けるため、エルネストに王位を継がせる予定だったそうだ。
そんなさ中、城内で共謀者となる者を探っていたヴィクトルは、エルネストの護衛であった兄を戦闘訓練と称して殺害されたクロードを見出し接触した。
このクロードがまた曲者で、フリッツたちが一目置くだけのこともあり、ヴィクトルと接触してからかなりのことをしでかした。
当時の反王太子派の最強戦力がヴィクトル1人なのに対し、王太子派はバレンティン率いる近衛騎士団だけでなく魔法師団と層はとても厚く、城内での戦力差は歴然。
また王子2人は平時では非常に警戒心が強く、その周囲は常に監視の目が曇ることは無かったそうだ。
そこでクロードが打った策は、少しでも王太子派の戦力を減らすべく、老将軍の権限と最近活発になってきたバラドリンド教国の領地侵犯を利用し、多くの兵士と騎士たちを国境付近に飛ばしたのだった。
さらに首都の戦力確保と称し、ヴィクトルと内通していた地方領主たちから兵や騎士を招き入れた。
それでも戦力差にはまだまだ開きはあったものの、国境の安定という名目1つで国王派の兵力を削り自分たちの味方となる者を首都に引き込むのを、まだ20そこらの青年が打ち出したのだから恐ろしい。
「地方領主の兵を連れてくる案は、エルネスト様の〝俺にヴィクトルの権限と貴族連中への人脈があればこうする〟という呟きから出たのをそのまま流用したものですがね」
「俺の眼を盗んで裏で何かをやっているとは思っていたが、まさか騎士たちの顔が少し変わっていたのはそういうことだったのか」
「ようやくお気付きになられたのですか」
「くっ……いいから説明を続けろ」
「よろこんで」
エルネストが恨みのこもった眼差しをクロードに向けるも、当の本人は涼し気に受け流した。
今回の騒動では、街の警備に当たっていた中途採用の新人は城門付近の倉庫に身を隠し謀反の機会を窺っており、左遷しきれなかったベテラン兵士は城に詰めさせていたのだとか。
中途採用の新人が街に配備され、ベテラン兵たちは王族の警護という栄誉あるお仕事だ。
結果、玉座に詰めていた王太子派の戦闘員の半数近くが死者な死屍累々の激戦地。
さぞ鼻を高くしてあの世に旅立ったことであろう。
なむなむ。
でもそれってつまり、邪魔な兵士を俺に始末させる腹積もりだった訳なんだよな。
余談としては、玉座の間の入り口を守っていた警備隊長らしき男は汚職の証拠が挙がっていたため、玉座の間の入り口警備という栄誉中の栄誉ともいえる役目をヴィクトルが直々に指名したのだそうだ。
あんな場所、本来なら真っ先に高火力で奇襲するべき場所なだけに、スルーされた警備隊長は純粋に運が良かったんだなと称賛しておく。
このあと投獄されることは目に見えていたし、実際この会話が終わった後すぐにとっ捕まっていたけど。
これを教えてくれた時のヴィクトルの表情は、何とも複雑な物だった。
利用された感が強いと言うか、明らかに利用されているのだが、話しはまだまだ最初の序盤の先っちょだけだからなため、この時は口を挟まず黙って頷きながら聞いていた。
そんなこんなで兵士の大幅な人事異動で手勢を大量に引き入れたがつい最近の話で、残りの兵や騎士たちも、最もらしい理由を付けてアイヴィナーゼや北のハッシュリング山岳国の国境警備に順次飛ばしていく計画となっていた。
しかし、国家や軍隊同士の戦略でならば劇的な効果があった反面、肝心の近衛騎士の数にたいした変化はなく、城内での致命的な戦力差は依然開いたままだった。
「流石に戦闘力の高い近衛騎士ともなると1人暗殺するにもリスクが高い。左遷するにもバレンティンの眼がある故、ワシの一存ではどうにもならなんだわ」
ヴィクトルが困り顔でぼやいていた。
近衛騎士の切り崩しに手間取っていた所、新たな問題も発生した。
我らが汚腐れ様、勇者よしのんが満を持しての御光臨あそばされたのである。
これには老将を含め、反王太子派の歴戦の騎士たちも慌てふためいた。
敵に勇者が加わる上に、国費を使っての魔水晶によるレベル上げがセットで来る。
ヴィクトルたちもその恩恵を受けるが、反王太子派のレベルが上がったところで、その数十倍の敵戦力も一緒にレベルが上がるのだ。
せっかく少しは縮んだ戦力差もこれでは焼け石に水である。
ここに来て城内での戦力差がより開いてしまった中、彼らにとっては喜ばしい誤算も発生する。
よしのんへあてがったフェンレントという近衛騎士が彼女の篭絡に失敗した。
そこにクロードが見張りとしてよしのんの近辺に配置していたケットシーたちを使い国外逃亡を手助けすると、あとは何食わぬ顔でエルネストにアイヴィナーゼ方面への捜索隊を派遣するよう仕向けたのだ。
「あのケットシーお前の手先かよ!?」
「責任感と判断力、そして何より忠誠心といった概念が著しく欠落しているところが悩みではありますが、それでもどこに居ようと誰からも警戒されない存在は何かと便利なものです」
驚きすぎて思わず声をあげてしまった俺へクロードが表情一つ変えず答え、それを聞いていたよしのんが、お酒が抜けきれず青ざめた顔のイルミナさんにしがみつき口をパクパクさせていた。
こうした勇者という超常の生物兵器の逃亡はランペールたちを混乱させ、反王太子派の両陣営は彼女の確保に全力で乗り出すこととなる。
だがランペールたちにはヴィクトルによる妨害工作が行われていた。
「バレンティンには息子の失態を近衛騎士全体の責任にし、近衛騎士を含めた捜索隊を編成させ方々に飛ばしてやったわい。当然アイヴィナーゼ方面には探索に不向きな者を向かわせる小細工も抜かりなしじゃ」
老将そういってがガハハと豪快に笑った。
どうみても王太子派の更なる切り崩しとしか言わないな。
戦力削減のためとはいえ、その芸の細かさに苦労が伺える。
「じゃが、捜査に向った者たちは今は何処で油を売っておるのやら」
「自分が送り出しておいて把握していないのか?」
「バレンティンからの大まかな報告は聞いておりましたが、部隊の管理はバレンティンがsぢ斬っておりました故、詳細までは」
エルネストの問いにはまじめな口調で答えるヴィクトル。
「余計なことをされる前に呼び戻しておいた方がいいのでは?」
「勇者殿の仰る通りですな」
「勇者呼ぶな」
「これは失礼いたした、トシオ殿」
ヴィクトルが軽い口調で詫びの言葉を口にする。
「てか逃がすにしても、もっと自分たちが確保しやすい場所に逃がしたほうが良かったんじゃ?」
「我々がすぐに確保できる場所とは、即ちランペールどもの手も届き易いということだ」
「あぁ、だから目立った動きができない騎士たちの手が早々届きそうもない国外にまで逃したのか」
エルネストの言葉に納得を示すと、実行者であるクロードもうなずき肯定を示す。
「聡明な国王を要するアイヴィナーゼ王国に確保される方が、王太子側に捕まるよりもはるかにマシですから」
「彼の将軍は情に厚いと聞き及ぶ。事情を話せば悪いようにはせんだろうて」
クロードの言葉に続き、ヴィクトルがまるで旧知であるかのように、ヤクザの大親分のような面構えをしたマクシミリアン将軍をそう評した。
自国のよりも他国の首脳陣の方が信用にたるとか悲しいなぁ。
ここまでが俺とよしのんが出会う迄にウィッシュタニアで起きたことだ。
この頃にはエルネストもクロードが裏でコソコソと何かをしていたことに勘付いてはいたが、クロード自身が何も言ってこないため具体的に何をしているのかまでは解らず、それでいて敢えて詮索はしなかったそうだ。
「よくこんなんで信頼が成り立っているな」
「こいつとはもう十年来の付き合いでな、不本意だが俺にとってはもう半身のみたいなモノだ。こいつに裏切られるようでは俺もそれまでの男だったと割り切るしかあるまい」
「私の様な貧乏貴族の若輩風情にそこまで思って頂けるとは光栄の極みです。不肖な身なれど、今後も殿下に尽くす所存です」
半身と言われての自身を卑下する返しに含まれた毒素。
それに気付いたエルネストが顔面へ拳を飛ばすも、若き副官はぬけぬけと回避した。
「何を荒ぶっておられるのですかエルネスト様」
「ダンクマール、奴を取り押さえよ。ランペールの前にこやつの首を城門前に晒してやる」
ダンクマール大隊長はこんなやり取りに見慣れているのか、エルネストの命令に苦笑いとも微笑みともとれる笑顔で命令を無視した。
クロードよりも若くて今回の事件ではただとっ捕まっただけのエルネストには、さぞかしキツイ毒であったのだろう。
だが俺への対処を間違えず、フリッツという適任者を当てたのはエルネストの功績であり、それは今回のクーデターの成功に大きく関わっているため無能などでは断じてない。
てかなになにその絆感。
長年親友と呼べる人間が居なかった俺には眩しすぎて見てらんないよ大福さーん!
それにしてもこのクロードと言う青年、若さに見合わない落ち着きと大胆な発想なんなの?
でもフリッツと違いクロードは傍には置きたくないと思うのは、俺の器が小さいからですかね?
そういう意味でも、クロードを傍に置いて自由にさせているエルネストの器の大きさは非凡に過ぎだな。
次にこの数日の出来事で、よしのんの所在がランペール側にもバレたのと、クロードが寝返ったりした辺りの話になる。
近衛騎士の数がすこし減ったとはいえその戦力の変化は微々たるものであったため、エルネストやヴィクトルなどの反第一王子派だけではどうあがいても返り討ちに遭うのが目に見えていた。
そんな中にもたらされたのが、フリッツたちに探らせていた冒険者ギルドでの俺の実績だった。
具体的には俺がモンスターカードを買いあさったこと、カードが複数枚刺さったおかしな装備を持ち込んで大金を得ていたことなどを職員からそれとなく聞き出していたのだ。
ここでレスティーたちに身バレしたのと同じ理由で、異世界人の野良勇者だと確信を持たれてしまう。
それから唯一受けた依頼である初心者強化キャンプでの出来事を、当時参加していた新米冒険者数名から「ベテラン冒険者数名を含んだほぼ全員を一撃で瀕死にまで追い込んだ巨大なモンスターを1人で撃破した」という新米冒険者視点の多数の証言を聞き出した。
1人で撃破ってトドメを刺したところだけを見たらまぁ確かにそうかもだが、今なら兎も角、当時の俺があんなもん1人で倒せる訳ないだろ。
おまけに冒険者ギルド御用達の竜車の御者をしていたおっさんからは「ライシーン第五迷宮に運んだ」ことや、ご近所さんからは「大所帯にも拘らず、昼食時以外は朝から夕方まで基本静かすぎる」との言質も取っていた。
そもそもフリッツ達がご近所なので、既に把握していた情報でもある。
二階の窓から家のリビングを望遠鏡で覗けば、ローザやモリーさん達、あとローザの護衛をしているサラさん親子しか居ないことがもろバレだわな……。
けど金貨10枚以上の貢献をした冒険者ギルドや、ズワローグ戦ではあいつらにとって命の恩人であるはずなのに、個人情報駄々洩れとか何やってんの?
まぁ個人情報なんて概念があるのかも怪しいから仕方がないか……。
それと、極めつけがアイヴィナーゼの勇者として召喚されたアキヤの存在だった。
召喚後から連日大勢の女を引き連れて派手にやっていた奴の動向は、エルネストたちの手の内である。
しかも第五迷宮の攻略に向かってから数日誰も帰って来なくなったことから、迷宮の魔物にやられたか、俺たちとなんらかのトラブルを起こして死亡したと結論づけた。
そこでクロードは〝朝から夕方まで迷宮に籠っているのだから、迷宮攻略でかなり実戦慣れしているはず。野良勇者とそのPTならウィッシュタニアの近衛騎士を相手にしても問題なく勝てるのでは?〟と、それを元にした計画をくわだてはじめた。
しかもフリッツから次々ともたらされる情報で、〝勝てるのでは?〟から〝勝てる〟に変わったそうだ。
あれだけ必死に隠蔽していたつもりでいたのに、フリッツに話す前から的確にバレているのなんなの?
まるで見ていたかのような鋭さで気持ち悪い。
しかし、ここで大きな事件その2が発生する。
第二王子、マルケオスの暴走だ。
ならず者集団と化した旧冒険者ギルドを支配するマルケオスにとって新冒険者ギルドの存在は我慢ならなかったようで、お抱えのゴロツキ冒険者と憲兵を引き連れ新冒険者ギルドを襲撃すると、適当な言いがかりで罪をでっちあげて職員たちを捕縛した。
その中には新冒険者ギルドの出資者の1人で、エルネストが裏で取り仕切っていることを知る大商人が混じっていたことだ。
「その大商人の方が新冒険者ギルドに訪れる日をリークしたのが実の弟さんでして、跡目争いにマルケオス王子を利用したのでしょう」
クロードがせちがらい裏話を聞かせてくれたが、心底どうでもいいので全員がスルーした。
当初マルケオスはこの者こそ新冒険者ギルドのギルマスだと思っていたようだ。
そして大商人への尋問とは名ばかりの拷問で新冒険者ギルドのギルドマスターがエルネストであるとバレるであろうことは、クロードでなくても容易に想像が着く。
しかも民の間では〝反国王の御旗〟として囁かれているエルネストがこのまま捕まれば、即死刑も十分にあり得る。
これは不味いとクロードはかねてより計画していたこと+αを即座に実行に移す。
まずは自らヴィクトルの奴隷に成り下がると、ヴィクトルには「流石は殿下、奴隷化で貴族たちを黙らせる手腕には感服致します」「黒髪の小僧の動きがきな臭く、自分も殿下に倣ってこやつを奴隷にしてやりましたぞ」などの世辞を言わせることで、英雄と称される老将軍が自分をリスペクトしているのだとランペールに思わせた。
これに気分を良くした王太子からは、直接的な思考思想への追及を避けることに成功するだけでなく、もしもの事態になっても自分が牢に入れられるのを避け、尚且つ王太子派と思われるヴィクトルとの緊密な連絡を容易にした。
正に一石三鳥以上の効果である。
この時のヴィクトルの心境はと言うと――
「娘と孫の仇である小僧の太鼓持ちをせねばならん苦痛といったら、つい手が出そうになったわい。クロードの思惑通りに動く奴め滑稽さでなんとか溜飲を下げておった」
だそうだ。
わかりみが深い。
更に計画の+αな部分では、「野良勇者の庇護化でよしのんがライシーンに居り、エルネストと繋がっている」と「新冒険者ギルドのトップが実はエルネストだ」との情報を手土産に、エルネストを見限ったと信じさせた。
この頃にはよしのんのことを諜報部もおおむね掴んでいたので時間の問題、エルネストのことも大商人を尋問すれば直ぐに手に入る情報だ。
にも拘らずクロードのリークの方が僅かに早かったため、マルケオスと共に大いに喜んだそうだ。
手の上コロコロ。
てか王太子派と第三王子派、両陣営の情報をすべて掌握して操るとか普通にヤバ過ぎだろ。
投獄された大商人はと言うと、大商人と顔見知りであるクロードを尋問官の後ろに立たせて「クロードからの言質は得ている」と言われては頷かざるを得ず、用が済んでしまった大商人は拷問が行われることは無く現在も投獄中だとか。
早く出してやれよ。
こうして裏付けが取れたマルケオスはエルネストの殺害を計画するが、それを阻止したのもまたクロードであった。
「クロードを使い黒髪の小僧にクーデターの準備をさせ現場を押さえてしまえば、いかに流血を好まぬ国王といえど納得せざるを得ない状況を作り出せましょう。更にはエルネストや適当な女を人質に、野良勇者とヨシノをおびき寄せるのも悪くない。暴れるようなら力でねじ伏せ従わせるまでよ」と、ヴィクトルがクロードの作ったシナリオを読み上げて進言した。
お陰で俺の危険度が跳ね上がったが、状況的に〝アイヴィナーゼの野良勇者をおびき出すための餌〟とすることでエルネストの安全確保のためには仕方が無いか。
後で危険手当を請求してやる。
これをヴィクトルの発案だと信じて疑わなかったランペールとマルケオスは、平民の血が流れる分際で王族として居座る目障りな弟の始末と、勇者が戻ってくる計画に飛びついた。
クロードも「ヴィクトル将軍をエルネスト側に引き入れたと言えば簡単に乗ってきますよ」と言い、ランペールが弟の副官であるクロードが率先してエルネストを裏切る策を出してきたことに、ほくそ笑んで実行の許可が下りた。
そしてすぐさまエルネストの元へ訪れたクロードは「自分の娘と孫が死んだ原因はランペールたちにある。それを諭せばこちらに引き入れられるはず」「私に任せて頂ければ、ヴィクトル将軍を引き入れてみせます」と説いた。
あまりに自信たっぷりに言うものだから、エルネストもお手並み拝見とばかりに一任することに。
俺がウィッシュタニアを襲撃する前日、クロードから「ヴィクトル将軍の抱き込みに成功しました。ライシーンの野良勇者もこちらに駆け付ける手はずが整いました」と進言されたエルネストだったが、話があまりにも上手く行きすぎているとさすがに警戒した。
しかしフリッツの報告と照らし合わせると、例えヴィクトルと近衛騎士団が敵に回っても、今の野良勇者とその一行なら勝てると踏んだエルネストは、「動くなら早い方が良い。明日クーデターを決行する」と、その進言に敢えて乗っかった。
結果、俺がウィッシュタニアに乗り込んだ日の昼頃、ランペール率いるクロードとヴィクトルに取っ捕まり、あとは俺が知ってるように玉座の間に引き出された。
ここだけ見ると計画が行き当たりばったりすぎじゃね?
でもまぁ俺もその頃はまだ攻め込もうなんて微塵も思ってもいなかったし、状況的には結構ギリギリの綱渡りってところか。
てか相手に渡したい情報を的確に流し、第一王子派の動向を掴んでいたからこそ出来た対応なんだから、やはり情報って重要だなぁ。
ランペールの奴隷化を受けたエルネストは、尋問中にヴィクトルと共にクーデターを画策したことは認めるも、知っていることを洗いざらい吐いたところで「はははっ、ヴィクトルが本気で貴様に付くと思っていたのか? バカめ、それはクロードの流した偽りの情報だ。自分の腹心に裏切られるというのはどんな気分だ?」と、嬉々としてネタ晴らしをしていたとか。
マウント取らないと気が済まない人っているよなぁ。
逆に言うと、マウント取らせてやりさえすれば、容易にコントロールが出来ると言うことか?
いや、いくら何でもそんなんで動かされるのって、考えがなさすぎるこいつらだけだろ。
でもレスティーたちに裏切られたら、俺だったら普通にへこむな……。
「普通裏切られたと思ったらへこまないか?」
「腹黒いこいつの話に乗った時点で、必ず何か裏があると確信を持っていたからそれほどでもない。ここからどう覆す気なのか特等席で楽しませてもらったさ」
エルネストから余裕の言葉が返って来た。
ラヴラヴですやんと思ってた瞬間、クロードの太ももにエルネストのローキックが叩き込まれた。
「御乱心なされましたか殿下?」
「五月蠅い、貴様が俺を捕らえに来た時に見せた薄ら笑い、思い出しただけで腹立たしい。それに何より、あのランペールどもに上から目線で小馬鹿にされたことが無性に我慢ならん!」
「仕方がありません。あの場では完全に裏切ったと思わせませんと、計画が露呈する危険がありましたので」
「それとこれとは話が別だ」
続いてエルネストの拳が、今度は回避される事無くクロードの額に打ち付けられた。
圧倒的レベル差で全然痛みを感じていないクロードと、拳よりも硬い部分を殴り仏頂面で自分の手を擦るエルネスト。
何やってんだか。
「それにだ、失敗した場合は俺と部下達だけが貧乏くじを引く公算が高かったであろう」
「ご安心ください、その時は自分もランペール王子を道連れに後を追う所存であります」
ここまでくると流石にこの主従の絆が気持ち悪く思えるが、他人の人間関係なんてそれこそ本人たちにしか理解出来ないものなため、気にしないことにする。
こういうのって無理に理解しようとしない方が良いモノだ。
レスティーとディオンみたいな関係みたいにな。
だが、このエルネスト捕獲からの俺の強行突入が実行される迄の間に、再びヴィクトルたちを震撼させる事態が発生した。
ウィッシュタニアの新勇者、トモノリとルージュの召喚である。
しかも召喚に気付いたのがエルネストを捕獲に向かった際で、ランペールの腕に抱き着く珍妙な身なりの少女が居たからだというのだから笑えない。
「よしのんと言いトモノリたちと言い、大将軍の意見を聞かずに勇者召喚とか、この国の戦略は第一王子の思い付きで決まってるのか?」
「その御慧眼、感服いたします」
クロードがまたも真面目腐った口調で褒められた。
馬鹿にされた気分になるのはなんなんだろうな。
エルネストがイライラを拳でぶつけたくなる気持ちがわかる。
「トシオ様には勇者の居ないウィッシュタニアの精鋭を粉砕して予定でしたが、いつの間にやら勇者召喚。セイテンノヘキレキとはまさにこのことです」
変なところで日本語発音をはさむなし。
「あの珍妙な顔の娘を見た瞬間、生きた心地がせなんだわい」
「私もあの時ばかりは寿命が縮まるかと思いました」
ヴィクトルとクロードが心底苦りきった表情を浮かべた。
俺が負けてたら本当に危なかったのか……。
だがエルネストが捕まっている以上、動き出した計画は止められない。
そして計画の肝である次の策こそが、俺がヴィクトルを含めたこいつらに敬称を付けない理由である。
俺をランペールたちにぶつける策として用いたのが、例のゴロツキ襲撃事件だった。
そう、ライシーンに潜伏していたウィッシュタニア諜報員たちを使ってアネットを脅し、ゴロツキを雇わせたのは他でもなくクロードの発案でヴィクトルが実行したものだったのだ。
まんまと踊らされた俺はウィッシュタニア襲撃を決意する訳だが、その事実を聞いた瞬間、回収したスローイングナイフでヴィクトルとクロードの太ももを打ち抜いた。
「あの時はトシオ様を説得する時間すら惜しむあまり、強硬手段を取らざるを得ませんでした」
「まことに申し訳なく思う」
謝罪の言葉を聞いて尚、家族の命を危険に晒した2人への怒りは収まらなかった。
「お前らの都合で他人ん家に襲撃したんだ、死ぬ覚悟は出来てんだろうな?」
「お待ちくだされトシオ殿、この度はワシの至らなさ故に襲撃作戦を実行せざるを得なんだ。この老骨の命をもって、どうか他の者への怒りを鎮めてくだされ! なにとぞお頼み申す!」
「あのような作戦しか出せなかったのは私の落ち度、罰せられるべきは私です。それにヴィクトル様はこの国に無くてはならない御方、どうかこの方の命だけはご容赦ください」
互いをかばい合うクロードとヴィクトル。
家族を失う悲しみを蔓延させまいと執った行動なのは理解できる。
だからと言って、それで全く無関係で戦闘能力の無いローザたちまで巻き込んで良いという理由には決してならないし、ウィッシュタニアと言う脅威から家族を守るためにその家族を危険に晒す選択を取らざるを得なかったのは絶対に許してなるものか。
だが国民は疲弊し上層部は一新された混乱の火中にあるウィッシュタニア魔法王国には、ヴィクトルのカリスマ性とクロードの知性はこの国を立て直す上で無くてはならないモノだと頭では分かっている。
「……この2人の命を買い取らせてやる。値段はお前が決めろ」
「わかった。相応の額を払わせてもらう」
結果論とウィッシュタニアの未来を考慮し感情と理性をすり合わせて無理やり振り絞った俺の言葉に、エルネストが即答で了承した。
今回の件をレンさんに報告したところ、『個人の感情なんてそう易々と収まる物ではない。しかし、離婚調停には慰謝料や財産分与とかがあるだろ? あれもそういった収まらない感情を無理やりにでも金で解決するためにある。だからいつまでもこのことに固執せず、金でさっぱりと解決しておいた方が良いと俺は思う。それに聞いている限りでウィッシュタニアの現状を鑑みても、今は金を要求されるのが一番キツイだろうな』と、理性的な言葉で宥められた。
「お前様はまだ過ぎたことで気に病んでおるのかえ?」
リビングで食前酒をたしなんでいたイルミナさんが、浮かない顔をしている俺に問う。
「ん~、これでよかったのかなぁと」
「あれだけのことをして誰も死んではおらんのじゃ、最高の結果ではないか」
「まぁそうなんですけど……」
「危険を承知で首を突っ込んだのはお主ではないか。リスクを最小限に減らしたかったのであれば、城ごと潰せばそれで済んだはず。お前様ならば城の結界を突破して粉砕することも出来たであろう?」
「たぶん出来たとは思いますけど」
ウィッシュタニア城の城壁には、物理魔法問わず外部からのあらゆる攻撃を遮断する結界で覆われている。
それを突破する術は俺の頭の中に無いこともないが、実行した際の城外への被害を考慮すると、とてもじゃないが使えなかった。
「お主は優しすぎるのじゃ。1人ができることなんぞたかだか知れておる。その優しさは我らだけに向けておれば良い。それが分相応というものじゃ」
「うちはレスティーさんたちやリシアさんのご家族も含めると50人以上の大所帯でしゅから、1人で支えられる分はとっくに超えちゃっていまふしね」
金髪癖っ毛のフィローラが、イルミナさんの膝の上で眼鏡越しに視線をこちら向けた。
「そのトシオさんを私達が支えるから……」
「でふでふ!」
「ありがとね、セシル、フィローラ」
イルミナさんにくっ付きながら恥ずかし気にそう言ったエルフに化けたダークエルフとロリエルフに化けた狐娘へ礼を述べる。
3人は実の親子のようにベッタリしているが、イルミナさんの実の娘であるメリティエは、家の庭で親友と黒犬を巻き込んで楽し気に大乱闘中だ。
そりゃ庭の芝も禿げますわ。
「身内の弁護にしかなりませんが、今回のこちらへの襲撃の件、クロードは〝この程度の者達であれば、ご家族に危害が及ぶことは無い〟と、あの程度の者達を実行犯に起用したのではないでしょうか?」
未だ顔にモヤモヤを張り付けた俺へ、フリッツが料理をテーブルへ並べながらそう語る。
「だから許せ、と?」
人馬の娘が珍しくとげのある口調でフリッツを刺す。
「いえ、彼の皆さまへの行いは決して許されるものではありません。ですが私はウィッシュタニア人として、自ら汚れることを厭わなかった彼を擁護しなければなりません」
ユニスの気持ちは俺も同じ思いではあるが、言われてみれば確かに王太子派と第三王子派を手玉に取ったクロードにしては、襲撃者の人選がゴロツキに毛が生えたレベルなのはお粗末にすぎる。
それに家族を連れて逃げるという選択も取れたのに、お礼参りと言わんばかりに殴り込んだのは俺たち自身だ。
やはりレンさんの言うように、お金で解決するのが落とし所なのだろうと自分に言い聞かせる。
そして会話に同調して俺たちへの心象を良くしておけばいいフリッツが、あえて反論してまで自国の為に危険で損な役割を引き受けたクロードを庇いたいとする気持ちもわかる。
結局はイルミナさんの言う通り、誰も失わなかった喜びをかみしめ、恨みつらみを忘れるのが一番健全ということだ。
「ま、結果良ければすべてよし、か」
そう言って矛を収めることを示した。
「トシオ様なら割り切ってくださると信じていましたよ」
エプロン姿のフリッツがモティナから山盛りのお蕎麦受け取ると、個別の皿に盛っていく。
フリッツが身に着けているエプロンを家で見たことが無いことから察するに、あれは恐らく自前だろう。
紺色のエプロンの左胸に愛らしくデフォルメされた白猫のアップリケが付いており、自然と目がそれを追ってしまう。
男の胸なんぞについ意識してしまう不愉快さたるや。
「うるさい、お陰で――なんでもない……」
終わり良ければとは言ったものの、全然良くないことも残っている。
あの時殺した死者の顔や凄惨な光景が脳裏をよぎるようになったことだ。
その都度映像をかき消すために「あ”ー!」とか「に”ゃー!」とか呻くものだから、リシアたちには心配をかけてしまっている。
アキヤの死にざまを思い出す度に悶絶していたのだ、こうなることなんて簡単に予想出来ていた。
ウィッシュタニアの新冒険者ギルド前では〈ヨルムンガンド〉で生きた人間を串刺しにし、玉座の間では様々な方法で死体を量産した。
至近で腹をぶち抜いた騎士の死に際の顔なんて、一生忘れられそうにない。
何の罪悪感も抱かず人を殺さないよう自分を戒めるため、こうなると分かっていて敢えてそうした。
大福さんに言わせると、『ねこさん生真面目すぎやろ。そんなもん、自分がどう力を振るうかを戒めとけば良ぇねん。悪人なんぞに心を砕く必要は無いんとちゃうか?』だそうだ。
確かに、俺が気にしなければいけないのは人を苦しめる奴に尻尾を振っていた死者よりも、守らなければいけない家族や仲間なので、ウジウジしていても仕方がない。
今後誰かを殺す際は、出来る限り相手の死体を見ないようしよう。
人を殺すなんて事態にならなければそれに越したことはないが、至近の問題としてはバラドリンド教国に対する防衛戦が待ち受けている。
話し合いで決着がつけばいいが、たぶん無理なんだろうなぁと、半ばあきらめの境地であった。
そして最後に気になっていたことをヴィクトルへ訪ねてみた。
「なんで最初から俺と協力して戦わなかったんだ?」
「元よりトシオ殿が現れ次第、ランペールめを背後から捕らえる公算でしてな。ところが待てども一向に連絡が来ず、こちらからの呼びかけにも応答が無かった故、そこで異変に気付き急ぎ駆け付けた次第である」
まさかの俺の念話妨害魔法が原因だった!?
「へ、へぇ~。それじゃすぐに来れなかったのもしょうがないわなぁ」
自分のやらかしにその場では言葉を濁すことしか出来なかった。
コレ絶対あの場に居た全員にバレてるヤツや。
死にたい……。
一連の事件はこんな感じで片が付き、その後の事後処理は食事中にフリッツから聞かせてもらった。
まずエルネストがやったことは、翌日には国王の退位とエルネスト自身の戴冠を簡易的にさっさと済ませ、重税分の撤廃と、更に来年度の税の免除を国内へ向けて表明した。
これには国民が沸きに沸いたが、「免税とか国的にやばくね?」と昨晩の夕食時の話題で漏らすと、フリッツが「国王や王太子一派の資産没収、並びに旧冒険者ギルドの解体でなんとか賄えたそうです」とのこと。
そして国王、ランペール王太子、マルケオス第二王子には死刑が発表されていた。
ランペールの重税もあれだけど、マルケオスは首都のあちこちで乱暴狼藉の限りを尽くしていたため、城下で暮らす住民のヘイトは第二王子の方が高い様だ。
で、その日の内にランペール以外の2人は即打ち首。
序でにというか、ランペールとマルケオスの実母である女王陛下とその取り巻き数名の首も一緒に跳ねた。
なんでも女王はエルネストの母をいびり倒した挙句自殺に追いやったことは、城内では有名な話だとか。
そら報復されて当然だわな……。
そして真打のランペールだが、奴が貴族達に施した奴隷契約を全て解除した後に、国王達と同じ運命を歩ませるのだそうだ。
それと騎士たちはバレンティン達も含めて全員の爵位剥奪が決まった。
今はエルネストとの奴隷契約を結ばされ、国内の治安回復に務めさせる方向で決まった。
そうそう、大きな問題の1つであるトモノリとルージュだが、今後はウィッシュタニアのために働くということで無罪放免となった。
ルージュはルージュで死刑が決まったランペールを早々に見切りをつけ、直ぐさまエルネストに媚を売っていたそうだ。
ウィッシュタニアの勇者としては正義感の強いトモノリが居る時点で、ルージュに御咎め無しとは甘い判断だなぁと思いつつ、懐柔の一環なのだろうと口には出さなかった。
ちなみに〝売っていた〟と過去形なのは、ルージュには元ウィッシュタニア近衛騎士団副団長でバレンティンの息子でもあるフェンレントという男とくっつけてしまったからだ。
「そいつ、よくあんな白黒逆パンダを引き取ったな」
「近衛騎士への復帰と騎士の爵位をちらつかせたところ、ふたつ返事で引き受けたそうです。プライドの高い方でしたので、平民どころか奴隷兵という立場には耐えられなかったのでしょう」
「あの方は女なら誰でも良いのですね」
「みたいでしゅね」
〈まじかる洗濯機〉の構想をイルミナさんたちと話し合っていたリシアが呆れ気味で吐息をつき、フィローラが眉間にシワを寄せて同意した。
「ん? リシアとフィローラはそいつのことを知ってるの?」
「いいえ、なにも存じあげません♪」
リシアに問うてみるも露骨な作り笑いを浮かべてはぐらかされ、フィローラは必至なまでに高速で首を横に振る。
さらにフィローラの隣に居たセシルが下を向いて「ふひひ……」と気持ちの悪い笑みを浮かべて肩を震わせていた。
まぁよく笑う様になったのは良いことだけど、明らかに何かを隠しているんだよなぁ。
一体何があったのやら。
「それと彼女ですが、トシオ様との戦闘後に回復魔法を施したところ、色白の愛らしい少女に変化したのだとか」
「マジか――って、レモンかけんなし!」
「えっ!?」
よしのんが二分割されたレモンを取り出し、嬉々として山盛りとなった揚げ魚の上でしぼろうとしたを慌ててやめさせた。
ちっ、日焼けも治すのかよ回復魔法。
あのままの方が面白かったのに。
あとよしのんは〝えっ!?〟ちゃうわ。
前もから揚げで同じことやろうとしてたよね?
ホント学習して?
「まぁ元は可愛かったからな。性格が受け付けないけど」
「性格と言いますと?」
「戦闘狂の自己中DQN。アイヴィナーゼが召喚した男勇者よりはマシだけど、性質的には全く同じ部類だ」
「倒しても気分が悪くならずに済むという意味では、都合が良い性格ですね」
これ以上は関わりたくないので適当にそう分析して吐き捨てと、フリッツが辛辣で身もふたもないことを言いやがった。
アキヤに対する罪悪感そのものは一切ないし、言われてみると確かにそうだな。
とりあえず、次にあいつが敵意を向けたり、目の前で時間停止をしようものなら容赦しねぇ。
ルージュの心臓には時間停止対策の時にセットした魔力塊をそのままにしておいたので、もし何かあったらまたあの「悔しい、でも心臓止まっちゃう!(ビクンビクン)」状態にしてやろう。
城を出る前、解除されたらわかる〝お知らせ機能〟まで付ける念の入れようだ。
具体的には「解除しようとしたら魔力塊が圧縮して心臓を握りつぶす」仕掛けである。
奴にはワープゲートを開くかPTの経験値ブースト&状態異常対策要員として、今後は無害に生きていけ。
それと、ウィッシュタニアでの俺の立場だが、エルネストたちは俺を英雄に祭り上げようと思っていたようだ。
人を殺し過ぎた俺はと言うと「必ず誰かの恨みを買っているはずだから、『バラドリンドに逃亡した』とでも振れ回ってくれ」と、それを辞退した。
恨まれる相手としては、死んだ兵士の遺族とかだけど、正直んなもんにまで気を遣うのが面倒この上ない。
国際情勢に限らず、俺にはやらなければならないことが山積みなのだ、祭り上げられることで生じる時間が惜しい。
以上がウィッシュタニアで起きた事の顛末だ。
ウィッシュタニアの今後はどうなるかわからないが、少しでもいい方向に向かってくれることだけ願う。
目の前で山盛りの料理が減っていくのを眺めながら、俺も甘酸っぱいあんのかかった揚げ魚にかぶりつき、大根おろしの入っためんつゆを絡ませた蕎麦をすすった。
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