四人で話せば賢者の知恵? ~固有スキル〈チャットルーム〉で繋がる異世界転移。知識と戦略を魔法に込めて、チート勇者をねじ伏せる~

藤ノ木文

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191話 戦術級魔法

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 リシア達と入れ替わりで入城したのは、ウィッシュタニア城2階にある待合室のような部屋だった。
 豪華なソファーと足の短いテーブルが置かれており、これまた高そうな絵画や調度品が並んでいる。
 位置的には玉座の間の正面出入口の近く。

「ワープゲートを閉じたら手はず通りよろしく」
「ヨロコンデ!」
「ぶふっ!?」

 ワープゲート越しに皆に告げると、フィローラが妙なイントネーションの日本語が返してきたため思わず吹き出してしまう。

 絶対過去の勇者から伝わったんだろうけど、どこでそんな居酒屋みたいなセリフを仕入れてくるんだか。
 知識欲の強いフィローラやセシルだけでなく、リシアやローザですらその手の知識があるので過去の勇者にまつわる伝承的なものは侮れない。

「と、とりあえず行ってくる」
「お待ちくださいトシオ様」

 気を取り直してワープゲートを閉じようとしたところをリシアに呼び止められた。

「これをお持ちください」

 渡されたのはアイヴィナーゼの勇者として呼び出された男が持っていた2つの勇者の遺物アーティファクトだった。

「ありがとね」
「気を付けてくださいね、あなた」
「うん。リシアも、危なくなりそうならすぐに引いてね」

 強張りの隠しきれない笑顔で見送ってくれる妻の額に口づけすると、名残惜しさを振り払いゲートを閉じた。
 暗い部屋の中で1人になり一度深呼吸を挟み、、強化装甲魔法〈エインヘリヤル〉を発動させた。
 黄緑に光るマナが全身を覆い外骨格となる甲冑が成形され、装甲が漆黒に染まる。
 装甲と共にエインヘリヤルに組み込まれた身体強化魔法が起動すると、全身に暴力的なまでの力がみなぎる。

 複数回の改修が施された今のエインヘリヤルなら、アメコミヒーローとだって渡り合えるな。
 
 だがこのまま突撃なんて馬鹿なまねはする訳もなく、もう1つ魔法を重ねておく。

「〈ロキ〉」 

 隣りに人が居ても気付かれないような小声で呟き、〈透明〉〈消音〉〈無臭〉〈魔力隠蔽〉〈探知妨害〉〈熱探知妨害〉の6つの能力を1つの魔法として発動。
〈サーチエネミー〉や〈マナ感知〉、〈物体探知スキルアナライズ〉等のボーナススキルにも引っかからないのはよしのんの協力で実証済みであるため、ほぼ探知不可の隠蔽魔法だ。
 複合索敵魔法〈フリズスキャールヴ〉も反則だが、我ながらやべぇ魔法を生み出したと自画自賛したくなる。
 ちなみにほぼ探知不可能という部分だが、空間そのものに魔力を張り巡らせ範囲内で動く物体を接触感知するようなのにはバレてしまう。
〝手に指を押し当てられて気付かない奴はいない〟的な理屈で。

 けど、全方位&広範囲に接触感知を伸ばすなんて脳の処理能力的に不可能だし、そうなるとフリズルキャールヴをもってしても長距離での索敵は困難だから、やっぱりやべぇ魔法でしかないな。

「さて、行くか」

 先程まで発動させていたロキ以外の妨害魔法を切り、気を引き締めながら扉の外へと索敵魔法を走らせる。
 扉の向こう、通路を挟んだ玉座のある広いホールの奥では、大勢の武装した男達に守られたランペール第一王子が国王と入れ替わりで玉座に座りふんぞり返っていた。

 国王どこ行った?
 まぁ国王は王太子の傀儡状態らしいしどうでもいいか。

 兵の配置状況を確認しつつ、ランペールを注意深く観察する。

「やはり出てこぬか。どうやらアイヴィナーゼの勇者は我々に恐れをなした腰抜けの臆病者のようだぞ!」

 周囲よりも高い位置から高らかにそうのたまうと、家臣達も「アイヴィナーゼの勇者は臆病風に吹かれやがったか!」「勇者専用のスキルを持ちながら弱い奴としか戦えない卑怯者の腑抜け野郎だ!」「異世界人の男は皆腰抜けばかりに違いねぇ!」などと口々にはやし立て馬鹿笑い。

 味方を鼓舞するのに人をダシにするんじゃねぇ。

「どうだエルネスト、頼みの綱は貴様よりも自分の命が大事な様だが」
 
 ランペールが縛られ跪く異母弟を見下し勝ち誇るも、当のエルネストは悔しがるでもなくポーカーフェイスを決め込んだ。

 だからマウント取るためのダシに俺を使うな。

「ふん、私に歯向かえばどうなるか思い知るがいい。まずはそこの女から殺せ!」

 ランペールが人質達の殺害を命じると、熱狂した家臣達も足を踏み鳴らし殺せコールが開始された。

 なんだこの蛮族怖いわー。
 周囲が賛同してるから何しても許されるってこの手の集団心理ホント嫌い。

「そんなこと誰がやらせるか」

 魔念動力で処刑を命じられた中年兵士の剣と鞘を固定し抜けなくしてやる。
 そうとは知らずに男が剣を抜こうとするも、突然抜けなくなった剣にいぶかしみながらも悪戦苦闘を始める。

「んぐっー!」とか「ふぬぬーっ!」とか、いとワロス。
 けど〝剣が駄目なら斧を使えばいいじゃない〟なんて言い出される前に突入しなければ。

 そのためにも、最優先事項として、まずは人質にされている人達の奴隷化解除である。
 それに関しては以前アイヴィナーゼで奴隷契約を強制解除した実績があるので問題はない。
 通路や壁を越えた遠距離から奴隷化の解除を終えると、扉の向こう側に人間が居ない事を確認し、ワープゲートを正面に開いて通路に出てすぐ左へ進む。
 進んだ先の角を右に曲がると、その先に玉座の間の入り口があり、多くの兵士達が警備にあたっていた。
 
 お務めご苦労様であります。

 人垣となっている兵達の頭上を飛行魔法で悠々と飛び越えると、正面には荘厳すぎて光景が広がり、思わず言葉を失った。
 中学校の体育館よりも広いその空間は白い壁に囲まれ、マーブル模様の大理石の床を走る真っ赤な絨毯が最奥の段差の上にある玉座にまで伸びている。
 高い天井には豪華極まる金色のシャンデリアが魔法の明かりで周囲を照らし、ガラス細工の水鳥やペガサスを煌めかせる。

 こうして直に見ると圧巻だなぁ。
 アイヴィナーゼの玉座の間もそれなりに広かったけど、こことは段違いだな。
 もしかして夜会もここでやってたりして――って、感心してる場合じゃないか。

 そんな豪勢で広い空間では、壁際に一般兵、玉座の前では中央の赤絨毯の外から向かい合い整列する騎士達、玉座周辺には宮廷魔術師といった布陣が敷いていた。
 騎士達だけで60人を下らず、魔法使いも50人前後、兵も100人以上がその場に詰めている。
 フル装備の大人が大勢いることに窮屈さはないものの、殺気立つ戦士達の圧迫感を強く感じる。

『トシオより各員、玉座のある部屋に到着。これより念話妨害魔法を発動させる。作戦を次のフェーズに移行させてくれ。オーバー』
『臨時作戦室よりユニス了解。出入口の封鎖と部屋の強化を開始します。オーバー』
『トシオ了解。通信終了アウト

 作戦のまとめ役を担う人馬の嫁へ念話で指示を出すと、宣言通り念話に対する妨害魔法を発動させた。
 それとほぼ同時タイミングで、玉座の間の出入り口を認識阻害魔法と共にワープゲートで全く別の場所に繋へ繋ぎ、部屋の外壁全体に強化魔法と消音魔法が施され、巨大な密室が完成した

 これで少しは増援の到着を遅らせられるはずだ。

 ちなみにこれらも作戦決行前にレンさんが立てた作戦である。
 異世界転移1か月ちょいでクーデターを成功させた男は、作戦立案も手慣れたものだった。
 だがこれからこいつらと殺り合うのかと思うと、気の重さよりも家族の命を狙われたことに対する怒りが再燃した。

 落ち着け、相手は格上。
 やるべきことを冷静にこなしていけ。

〝猫さんが怒る気持ちもわかるけど、戦う時は冷静にならんと命落とすぞ。けど相手に勝ちたい、大会に優勝したい、みたいな熱い気持ちもんは絶対に忘れたらアカン。せやからそういうもんは胸の中に収めしまっとくんや〟
 作戦決行前に大福さんに言われた言葉を反芻はんすうしながら深呼吸を繰り返す。
 最後の大きく空気を吸い込むと、腹部に力を入れた状態で力強く息を吐き、空手の息吹のように空気を出し切った。

 覚悟完了。
 さっきお前らが馬鹿にした存在が、どれ程危険な物体か分からせてやる。

「何をもたついている、早くせぬか!」

 こちらが覚悟を決めなおしている間、玉座では金髪の美青年がまごつく兵士をせっついていた。
 その肩にはパーカー姿にくすんだ白髪ロングヘアーの女勇者のルージュが、デレデレの顔でしな垂れている。

 なにあの顔面逆パンダな配色の黒ギャル……? ヤマンバ?
 お胸がお留守な絶壁の黒ギャルとか、どこに需要があるんだろ?

 目元が白く塗られ、唇はピンク色に厚く塗られ大きく見せようとしているためか、その顔面アートは自虐か何かの罰ゲームなのかと心の病み具合が心配になる。
 きっと美的センスが崩壊しているだけなのだと信じたい。

 見た目が面白過ぎてさっきしたばかりの覚悟が飛んじまったじゃねぇか。
 真面目に怒っていた自分が馬鹿らしくなるわ。
 まぁ緊張が解れたので良しとするか。
 んで、この子も王太子もマナロードか――あれ? この子どこかで見たことあるような……?

 強い既視感に首をひねりながらも周囲の戦力を分析しつつ、床に足が着かないギリギリの高さを維持して滑るように飛行する。
 特に障害らしいものはないため、エルネストの傍にあっさりと辿り着く。
 どんな顔をしているのか第三王子様の顔を覗き込むと、黒髪に青い瞳の美青年(19)だった。

 なにこのイケメン王子様、兄貴共々顔だけで既に勝ち組じゃねーか。

 だが顔や引き締まった細身の身体を包んだ軍服などには傷やほころびが有り、暴行を受けたのが見て取れる。
 頬に出来た青痣がなかなかに痛々しい。
 そんなエルネスト殿下の肩をぽんぽんと軽く叩くと、一方通行の念話で『お待たせ、とりあえず何とかするわ。あと奴隷化は解いたから』とだけ告げる。

 何もないところから肩を触れたっていうのに、エルネストは視線すら動かさず手の置かれた肩をわずかに上げただけで反応を返した。

 さてと、何とかするとは言ったものの、どう何とかしてやろうか。

 周囲を見渡すとサーチマジックが騎士達の防具から魔法反応を示し、鑑定眼が殆どの鎧に魔法無効が付与されている事を示している。
 さらには玉座そのものにも〝半径1メートル以内の攻撃魔法無効化〟の効果を持つ魔道具であることをいま初めて確認した。
〈マジックピアッシング〉は防御魔法を魔法で貫通するための付与魔法なので、魔法そのものを無効化する物品に有効に働くのか非常に怪しい。

 特殊金属くらいなら普通に貫通出来そうだけど、魔法無効には自信がないなぁ。
 石や氷みたいな質量系ならいけるのか?
 いつの間にか習得している〈穿つ者〉の称号効果に30%貫通とかあるけど、これは魔法無効にも有効かな?

「貴様、ふざけておるのか!」
「めめめ滅相もありません!? ですが、何度やっても剣が抜けず!」
「なら槍を使えばよかろう!」

 悠長に考えている間にも、ランペールから兵士へ更なる叱責が飛んだ。
 美形の敵がイライラを露わにするのは見ていて滑稽だが、命令内容が全く笑えない。

 てか人を殺せとか命令してる奴にデレデレな黒ギャルとか、人の生き死ににそれって現代人として精神構造的にヤバいだろお前ルージュ

 兵士のおっさんが近くの同僚から槍を借りると、怯える奴隷ぽっちゃりドワーフ娘に近づいていく。

「ひぃっ、お助けください!」 

 少女が恐怖に顔を歪ませ懇願するも、男は槍の穂先をその少女に向けた。

「恨みは無いが……御免!」
「御免で済むかよ」
 
 怯える少女に突き出された槍を強化外骨格に覆われた手で掴むと、ロキの〈透明化〉と〈消音〉の機能を解除する。
 突然出現した黒い甲冑姿の俺に周囲がざわめく。

「そこに誰か居るぞ!?」
「曲者め、殿下をお守りしろ!」
「精霊魔法のインビジブルか?!」
「索敵班は何をやっている!」
「油断するな!」

 騒然としながらもウィッシュタニアの兵士たちは一瞬で警戒態勢に移り、騎士たちもランペールの前には重厚な壁として立ちはだかる。

 おーおー、よく訓練されてますなぁ。

 俺に槍を掴まれた男が今度は掴まれた槍を引き抜こうとしているが、例え高レベルの戦士でも腕力でどうこうできるレベルではないためビクともしない。
 このまま槍を掴んでいても仕方がないため、男の首に喉輪を決めるとそのまま壁際の兵たちに投げ付けた。
 男たちは飛んできた仲間を素早く避け、おっさん兵士が壁に打ち付けられる。

「同僚だろ? そこは受け止めてやれよ」
「前衛〈キャッスルウォール〉で抑え込めろ! 急げ!」

 俺の軽口などスルーし明確な指示を出したのは、ランペールの傍に立っていた中年騎士バレンティンだった。
 バレンティンは唇の上に髭を生やしたナイスミドルで、レンさんと同じ体操選手の様な体格をしている。

 ウィッシュタニアの近衛騎士団長だっけ?
 要警戒対象だな。

 バレンティンに魔法でしるしをバレないように打ち込むと、兵士たちが人質共々俺を取り囲み、盾を掲げ分厚い防壁スキルを発動し押し込んできた。
 それを魔念動力で受け止め押し込ませない。

 殺傷能力こそないが汎用性高すぎるぞ魔念動力。

「マナ消失、放てっ!」

 バレンティンの号令で、後方に控えるマナロード達が一斉に〈マナ消失〉を打ち込んできた。
 周囲のマナを取り込み魔法を打ち消すスキル〈マナ消失〉。

 残念ながら〈マナ消失〉はジョブで習得した魔法しか消せないから俺には効かないぞ?
 
 なんて思ったが、周囲のマナを掌握して自在に操る〈魔念動力〉が消失させられキモを冷やす。
 慌てて発動させたフィールドプロテクションの反発力で狭まる包囲を食い止めた。

 あっぶな。
 けどマナ消失を発動させたってことは、次は肉弾戦か物理攻撃スキルしかないんじゃね?
 だったら――

 先読みした俺は収納袋様から切り札の1つである〈魔力蓄電池マナバッテリー〉をこっそり取り出すと、空いた方の手を天へ掲げる。

「攻撃始めっ!」
「グランドインパクト!」
「パニッシュメント!」
「クラッシュウォール!」
「スラッシュソード!」

〈ブリージンガメン〉!

 バレンティンの号令の元、騎士達がそれぞれの得物を手に統制のとれた攻撃スキルを放ってくるも、こちらも無数の〈マジックシールド〉を全方位へ展開。
 エルネストや女性たちを囲う様に周囲を回転する小型のマジックシールドが、砕け散りながらも攻撃を相殺。
 ガラスが割れるような音の連続に女性たちが悲鳴を上げるも、すべての攻撃を完全に遮断してみせた。

「なんだあのガラスのような物は!」
「勇者の固有スキルか?!」
「あのような小さなものが我々の攻撃を阻むだと!?」
「構うな、あのガラスの様な物は砕けている、我々の攻撃が効いている証拠だ!」
「あれだけの量だ、そう長くは持ちはせん! 攻撃を継続させろ!」
「撃て撃て! 撃ち続けろ!」

 全方向から飛んでくる攻撃スキルに魔法の小盾が次々と砕かれるも、右手に握りしめられたマナバッテリーから供給されるMPで無尽蔵に生み出し続ける。
 同じ魔法を同時展開出来るということは、MPの多さが魔法の威力に直結するということだ。
 そしてマナバッテリーを皆に渡して分散させるよりも1人の方が管理がし易いので、今回は敢えて単騎で突入したのだ。

「この国の精鋭ですら打ち破れない防御結界とは、これが勇者の力なのか?」 
「いや、ウチの奥さんでも出来る魔法だから勇者は関係無いと思うぞ。あと勇者って呼ぶのやめてくれる? こっ恥ずかしいから」

 自国の精鋭たちが手も足も出ない状況に感嘆を漏らすエルネストに、マナバッテリーを交換しながら気楽な口調で返す。

「それはすまんな。だがこれなら安心して任せられそうだ」

 エルネストが肩をすくめてお道化てみせると、挙句の果てには丸投げ宣言までしやがった。
 憎らしいが不思議と嫌味は感じず、〝こいつは持ってる奴なんだなぁ〟と、勝手に納得してしまう。

 居るよねー、クラスの誰からも好かれる奴って。

「任されてやっても構わんけど、報酬的なの出してくれてもええんやで?」
「出してやりたいのはやまやまだが、生憎と御覧の通りの無一文。無い袖は振れんさ」

 冗談めかしにそう言ってやると、エルネストも負けじと軽口で返してくる。

「だが、お前が何とかしてくれるのだろ? だったら早く何とかしてくれ、そうすれば俺も何とかしてやるさ」

 含みのある口ぶりでエルネストがにやりと笑う。

 手持ちがないからこいつらを倒して自分を王にしろってか?
 簡単に言ってくれる。

「――もっとも、只でさえ馬鹿共の浪費と税収の悪化で財政は逼迫している現状に加え、ヨシノに使った魔石だけでも年間軍事費の一割が消え、新たに呼び出した勇者にはヨシノに使用した以上の魔石が大量に投入された後だ。今のウィッシュタニアにお前を満足させるだけの報酬を払えるとは思えんがな」
「無い袖は振れないって国家予算もかよ! なんとなくそんな気がしてたわクソがっはははははは!!」
「あっははははははは!!」

 多分そうなるんじゃないかなぁとは予想が出来ていた。
 ダメな方向でも予想通り過ぎて笑えて来たので我慢することなく大声で笑ってやると、エルネストも俺の反応が面白かったのか、心底楽し気に笑いやがった。

 殴りたい、この笑顔。

「だがアネットの時のやらかしは、これが終わったらその分だけでも絶対取り立てるからな?」
「あぁ、そんなこともあったな」

 俺の負け惜しみに、ニヤニヤと笑みを浮かべ忘れてましたと言わんばかりの軽い口調が返してきた。

「ここから蹴り出してもいい?」
「冗談だ。仮に国庫が空だとしても、俺のポケットマネーからきっちり払わせてもらうさ」

 そんな冗談をやっている間にも、マナ消失の効果時間が切れ周囲にマナが戻り始めた。

 そろそろ攻撃魔法が飛んでくるんじゃないかな?

 また先読みをしたところで、騎士達がキャッスルウォールの包囲網だけを残して急速後退。
 魔法使いや騎士たちがアイシクルスピアやブリザードランスなどを大量に投射してきた。

 流石魔法王国と言うだけあって、近接職の騎士や兵士まで魔法を使いやがるか。

 それらも魔法防壁で防ぐも、防壁内の女性達が更に悲鳴を上げる。
 相殺されず跳弾した氷槍は明後日の方へと飛んで行き、シャンデリアを直撃すると、運の悪い兵士が落下したシャンデリアの下敷きとなり胴体が腹部から上下に分断された。
 それでもHPの高さから死なず、苦し気に呻きながら這いずる姿は完全にホラーである。

 俺まだ何もやっていないんですけど……ん? 合唱?

 玉座の方ではマナロード達による魔法詠唱が聞こえてきた。

「こんな場所で戦術級魔法だと!? 奴ら正気なのか! 気をつけろ、あんなものをまともに受ければただでは済まん!」

 エルネストから初めて聞く単語に警戒をするも、魔法である以上たぶん大丈夫かなと楽観する。

「あー大丈夫大丈夫。ただこのままだと守り切れないかもだから、もっとこっちに寄ってくれる?」

 そういうと復活した周囲のマナを用いた魔念動力で全員を近くに引き寄せると、合唱さながらに唱えていた魔法使いたちの呪文が完成する。

「「「戦術級合体魔法・フロストノヴァ!」」」

 キャッスルウォールの結界の中と言う限定された空間で吹き荒れる高密度の凍結魔法。
 数十人によって紡がれたその魔法は、俺たちが使う凍結榴弾魔法〈フレズヴェルク〉以上の威力を誇る大寒波だった。
 猛吹雪の中は20センチ前後の氷塊が飛び交い、視界は白一色となりブリージンガメンによる魔法盾があっさりと全壊させられた。

 これ手を入れただけで瞬間冷凍&粉微塵にされるやつや……。

 迫る白に恐怖を覚えるも、俺を中心に半径2メートル。
 直径4メートルの円形の結界が魔法を完全に遮った。
 リシアに渡されたアイヴィナーゼの元勇者産アーティファクト〈魔滅の守護環〉がその効力を発揮したのだ。
 半径2メートルより向こうからの魔法の一切をシャットアウトする反則級アイテムが、ウィッシュタニアの切り札の一つであろう超級の魔法を封殺する。

 極寒の寒波と氷の塊による二段構えは殺傷力高そうだなぁ。
 にしても、戦術級って響きがなんかかっこいい。
 戦術級魔法・フレズヴェルク!
 戦略級魔法・ラグナロク!
 うん、かっこいい。

 だが冷やされた床から足元に冷気が伝わり、薄着の女性たちが寒さに凍える。
 いつまでもこんなところに彼女たちを置いておくのは忍びないと、闇属性魔法のダークネスで視界封じの暗闇を発生させた。
 その暗闇のどさくさに紛れ、女性たちと王子様をワープゲートでリシア達の元に送り届ける。

 ワープゲートから流れ込む夏の空気が暖かく心地良かった。


―――――――――――――――――――
 お待たせしました。
 これよりウィッシュタニア編ラストバトルの開幕です。
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