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173話 上級魔族
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むしゃくしゃしてやった。
どこでもよかった。
家族を狙われた怒りを爆裂魔法で吐き出したモノの、それでも怒りは収まらない。
個人でもやられっぱなしでは相手に付け上がられるのだ、俺の家族に手を出せばどうなるかを分からせてやる必要がある。
たとえそれが国家であろうと。
今からウィッシュタニアの王城に爆裂魔法でもぶち込んでやるかと短絡的思考に陥るも、
憎むべきはウィッシュタニア首脳陣であって、そこで働く人間や、フリッツの主であるエルネスト第三王子にまで被害が及ぶのは問題だ。
単独で乗り込み寝首を掻けば被害も危険も最小限か……。
よし、これで行こうと思い立ち上がった時には、俺のすぐそば、土を踏みしめる2人分の足音が聞こえた。
急に横に沸いた存在に、複合索敵魔法〈世界を見渡す高座〉と強化外骨格魔法〈エインヘリヤル〉を即座に発動させる。
「先程の素晴らしい魔法はキミがやったのかねえ?」
声をかけて来たのは2人組の男。
1人は俺より頭2つ程背の高い細身の男。
もう1人は横幅が広く、筋骨隆の分厚い岩の様な男だった。
2人の服装はいかにも貴族といった出で立ちで、こんな場所にうろつくにはあまりにも不自然な身なりをしていた。
ルネッサ~ンス。
これで無駄にデカいワイングラスでも持っていたら1笑いだったのにな。
そんな貴族な恰好をしているが、男達の頭部には角を生やしており、その肌は青黒い。
細身の男の方は背中に禍々しい翼、巨漢の男は短く太い尻尾がそれぞれ生やしている。
〈斬鬼〉ミストリック Lv623
魔族 男 368歳
〈殴殺〉バドーラント Lv557
魔族 男 291歳
なかなかおっかない称号とレベルをお持ちですこと。
声をかけて来たミストリックって人のレべル、今の俺の3倍はあるんだが……。
いくら世界のシステムから逸脱し始めたとはいえ、その世界の加護とも言えるシステムの恩恵をこれ程受けた2人を相手に勝てるのか甚だ疑問だ。
そもそもこんな規格外なレベルの物体にここまで接敵を許した時点で、後衛魔法職である俺的にはかなり詰んでいる。
エンジェル戦で稼いだ経験値なんてが焼け石に水もいいとこだ。
サーチエネミーに頼り、索敵魔法を切っていたのが仇となった。
何だってこんなやばい物体がこんな辺鄙な場所に現れやがった?
唐突過ぎる上に下手に動けば即〝死〟が舞い降りかねない状況ではパニックにも陥れず、それでいて冷静なようで思考が緩やかに空転していることに自覚する。
「……こんばんは」
「おぉう、挨拶も無くこれは失礼したぁ。こんばんはだあ」
「………」
とりあえずはと挨拶してみたところ、長身の男は独特な口調で気さくに応対し、巨漢のは黙したまま微かに頭を縦に揺らした。
会釈したのかな?
「すまんねぇ、御覧の通り相棒は無口なものでなぁ。気を悪くせんでくれたまえぇ」
「い、いえ、会釈してくれたのは見えてますから大丈夫です」
「それにしてもキミはあ、この姿を見てもなお動じないのだねぇ。……キミには我々のレベルが見えているのであろお? 異世界より来た者よお」
俺の外見からか先程の爆裂魔法で判断したのか、長身の男は俺を異世界人であると言ってのけた。
「はい、ミストリックさん、バドーラントさん。ただ動じないというよりも、唐突過ぎて心が反応出来ていないだけです」
「その割には戦闘態勢をしっかりと取れているじゃあないかぁ。んん~、実に素晴らしいぃぃぃ」
ミストリックがそう評してくれたが、強者に因る上からの誉め言葉に、格下である俺が素直に喜べる要素なんて微塵もない。
サーチエネミーが反応がないため敵ではないと思いたいが、機嫌を損ねられれば次の瞬間に殺されてもおかしくないだけに、対峙しているだけで精神が摩耗する。
こうなったらもう開き直るしかない。
「それで、御用はなんですか? もし無いのであればこちらの用件を聞いて頂きたいのですが」
「ほほぉぅ、我々を前にして要求を突き付けてくるとはこれまた面白い、実に面白いぃっ! 是非キミの用件とやらを伺おうではないかあ! なぁバドよぉ?」
「………」
ミストリックさんが相方に問うと、バドーラントさんが首を縦に振る。
なんだろう、とても良い人そうではあるのだが、何をどうやったらそんなイントネーションになるのか不思議なほどに口調がくどい。
疲れていない時なら普通にツッコミを入れて終わるのだが、今の精神状態ではかなり辛いものがある。
てかその内「ぶるああああああ!!」とか言い出しそう。
「それでだ、用件とはどういったものかねぇぇぇ?」
「実は家で魔族の少年を2人保護しています。出来れば親御さんの元に送り届けてあげたいのですが、お願いできますでしょうか?」
「ふうむ、同族のこととあっては、こちらとしても協力はやぶさかではなぁい。だあがぁぁぁ、キミは人間で彼らは魔族ぅ、なぁにゆえキミは彼らに手を差し伸べるう?」
「何故と言われましても…… 苦しんでる人が居れば助けてあげたいと思っちゃうのが人情ってやつじゃないですか」
「そうしたかったからそうした、とお?」
「えぇ、そうです」
「ふうむ……。では彼らに関してはあ、我が責任をもって親元へ送ろうではないかあ」
「ありがとうございます」
「なあに気にするなぁ。こちらこそ感謝申し上げよう。しかし、人族のキミが魔族に肩入れとは増々興味深い」
男は恭しく紳士っぽいお辞儀をしたのでこちらも会釈する。
「いえいえ、人族とか魔族とか言っても、自分からすればただ肌の色が違う人だけですから」
メリティエの半魔半蛇の姿を思い浮かべながら女性としてはドストライクな部類だと思うも、それを口に出す訳にもいかず。
「それに少年達とも少し話しましたが、普通の子供にしか見えませんでしたし」
彼らは、自分達の置かれている状況にどうすることもできなかった、無力なその辺に居る少年だった。
その普通の子供があんな目に有っていたのかと思うと怒りがこみ上げ、それに吊られてウィッシュタニア首脳陣に対する怒りも再燃する。
「んん~? なにか気に障ることでもあったのかねえ?」
「いえ、最近起きた嫌なことが頭に過ぎっただけです。申し訳ありません」
「なぁにい、そんなものは誰にでも有ることだぁ、気にするでなあい」
「そう言ってもらえると助かります。それで、あなた方の用事をお聞きしてもよろしいですか?」
「あぁそうだなぁ……しかし君はあ、先程からずいぶんとへりくだった口ぶりであるなあ」
「目上の人ですし、礼儀正しい人には礼を持って接するのが当然じゃないですか?」
例え目上でも、一切礼儀を払おうとは思わない奴も中には居るがな。
アウグストとかアウグストとかアウグストとか。
「我の知る限りではあ、勇者は横暴で自己中心的な生き物だと思っていたがぁ、これは考えを改めねばならんなぁ」
「あぁ、わかります。この世界に来て周囲にもてはやされ、遊び感覚で魔族に戦いを挑んで自滅する物体みたいな感じですから」
「ふあーっはっはーあ! キミもなかなかに辛辣ではないかぁ!」
「先日出会った奴がまさにそんな奴でしたから。お陰でこっちは痛い目に合うし、人を殺さなきゃいけないはで……ははっ……」
アイヴィナーゼの元勇者に受けた理不尽な所業を思い出し、乾いた笑いとなって口から洩れる。
そのやるせなさに気持ちが落ち込み、膨らんだ怒気が抜けてしまう。
感情の乱高下に心が追いつかない。
「……それではあ、我々の本題に入らせて頂こうじゃあないかあ」
俺の仕草を観察していたミストリックさんが、ようやく本題を切り出す。
「数週間前だがあ、この辺りで我々の仲間が何者かに殺された様でねえ。ドラゴンを盾に縮めて横に広くした様な見た目なのだがあ、キミぃ、心当たりは無いかねえ?」
「……あー、それだったら俺ですね。結界に閉じ込められ殺されそうになったので殺りました」
頭が疲れ過ぎてて誤魔化すという概念がまたも欠落してしまい、馬鹿正直に即答してしまった。
どのみちこの思考力ではボロを出しかねないからしょうがないと開き直る。
そして、不自然にもこんな辺鄙な場所に彼らが居る理由が、仲間の死因を探るためだったのかと納得する。
「やはりキミかねえ。先程の爆破魔法でそうではないかは思っていたがあ、まぁさか正直に答えてくれるとは思ってもみなかったぁ」
「自分でも馬鹿正直すぎて呆れてます。けど、あの時はまだサンダーアローなどの初級魔法くらいしか使えませんでしたから、爆裂魔法は関係ないですよ?」
「というと何かねえ、キミは児戯に等しい魔法程度であやつを倒したと言うのかねえ?」
「滅茶苦茶大変でしたが倒せちゃいましたねー」
軽く受け答えしているが、内心は冷や汗だらだらである。
雲行きが怪しくなってきたので、そろそろ退散しておきたい。
あー、魔族の少年を引き渡さなきゃかー、このまま逃亡したい。
「それでは自分はこれで失礼しますねー」
「ま~ぁ待ちたまえぇ、話しは終わっちゃあいないのだよお」
逃がしてはもらえませんでした。
「どんな者があアレを倒したのか興味があったがあってねぇ。それがまさかこれ程面白い者に出会えるとはあ思ってもみなかったあ! 我は断っ然っキミに興味が湧いてきたぁ! そういえばキミぃ、名はなんと申すう?」」
「敏夫です。一ノ瀬敏夫」
「ではトシオよぉ、魔王軍に入る気はないかねえ?」
「は? 魔王軍ですか?」
ものすごいレベルの人からものすごい勧誘が飛んできた。
やべぇ、魔王軍とかかなり惹かれるパワーワードだ!
魔王軍幹部、一ノ瀬敏夫。
あああ、すごく痺れる憧れるぅ!
「おぉ? どおやら魔王軍に興味がある様子だなぁ?」
「魔王軍とか、聞いただけでもトキメキしかないじゃないですか!」
「あぁ、君はそっち系かねえ……。だが話が早いっ。我々の主な活動内容は人族の監視とお、魔族領に踏み入った勇者の排除だあ。幹部ともなると魔王様にお目通りすることもありうるがどうかね? なぁに、キミならばすぐに幹部となるであろう」
「ミストリックさん達は幹部ではないのですか?」
これ程のレベルの人が幹部ではないとしたら、魔王軍とやらの層の厚さと強大さは脅威にほかならず、興味本位に尋ねてみた。
「我々は上級幹部ではあるがあ、城に引きこもるのはしょうにあわなくてねぇ、どの道誰かがやらねばならんことであるからして、我々が率先して受け持っているう」
「なるほど。……ちなみに給料はどれくらい出ますか?」
「んん~? 給料とは、なんぞや?」
え、何その反応、給料だよ給料、お給金。
そんなものは知らないみたいな反応やめてくれます?
「えっと、労働の対価は無いのですか?」
「あぁあ、報酬かねえ。そんなものは決まっているであろぉ、魔王様に仕えることこそが上位魔族にして上級幹部である我々にとっての最大の対価だあ。なぁ、バドーよお?」
ミストリックさんの振り再び相棒に問うと、バドーラントさんが無言でうなずいた。
どこのブラック企業だよ!?
だがここで即否定して良いものかどうか、下手をするとなんぞ琴線に触れて激昂される恐れもある。
ここは慎重に言葉を選ぼう。
「……えーっとすみません、確かに魔王様に仕えるのは名誉な事でしょう。ですが、家族を養わなければならない身としましては、名誉だけでそちらに御奉公する訳にもいかなくて……」
「ふぅむ、そういうものかねえ?」
ミストリックさんが顎に手を当てて再びバドーラントさんに尋ねると、バドーラントさんも首を傾げた。
そこは嘘でも頷いてほしかった……。
「御2人には疑問に思われるかもしれませんが、人族間ではそれが普通でして、お誘いは大変ありがたいのですが、今回は丁重にお断りさせて頂きます」
「ふむぅ、君がそう言うのであるのなら無理強いはできんなぁ。よろしいぃ、今の話は忘れてくれたまええ」
「申し訳ありません」
セーフ、セェェェェェフ!
セーフですよ!
何とか断ることができた。
てかなんだよ奉仕こそ最大の喜びみたいなの!
ブラック企業の社訓そのまんまじゃねーか!
「それでは魔族の子らを連れてきますので、少しお待ちください」
「うんむ、待たせてもらおう」
俺はエインヘリヤルを解除し、別宅に居る魔族の子供の部屋に行くと、少年たちに話しかける。
「夜遅くにすまない。君達を親御さんの元へ連れて行ってくれる魔族の人が見つかったんだ」
少年2人にそう告げるも、俺を見るその瞳は警戒と不安で揺れている。
人間にあんな目にあわされて、これまた出会って数日しか経たない人間にんなこと言われて信用する奴は、それこそ危機認識に異常がある。
だがそれでも安心させてやる努力を試みる。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、キミ達がここに残りたいって言うならこの話は無かったことにしてもらうし。でも、魔族領に戻りたいのなら着いて来てくれ」
口元に笑みを創りながら、2人の返事を待つ。
最初こそ怯えていた少年達だったが、次第に表情が困惑から思考へと向かい、最後には決意に変わる。
「どうする? このままここに残る? それとも魔族領に帰る?」
「帰りたい」
「お母さん達に会いたい……!」
「わかった。じゃぁ魔族の人の元に送るから付いて来てくれるかな?」
「うん!」
「……わかった」
マルクと違いリオナスはまだ警戒を解いてはいないが、今は彼らが親元に帰る可能性が高い場所に身を置くのが先決だ。
それにLv600オーバーの魔王軍幹部様に引き渡せば、あとは彼らがなんとかしてくれるはず。
これで丸く収まりめでたしめでたし、たまに彼らの様子を見に行き、元気で暮らしてるかの確認ができればそれでいい。
ワープゲートを先程の場所に開き、少年達が直ぐにミストリックさん達を目に出来るようにする。
彼らの姿を見て納得した少年達が、クレアル湖の湖岸に足を踏み出した。
「でえはあ、早速君たちを親元へと送って差し上げよお」
ミストリックさんがまどろっこしい口調で少年達に言葉をかける。
俺は心の中で少年達の背に〝家族に会えると良いね〟と願った。
ミストリックさんの右手が霞む。
少年達の頭が夜空に舞い、血風が白い月光を真っ赤染めた。
―――――――――――――――――――――――――――――
大幅な修正に手間取り遅くなりました。
この後も修正作業が大量にあるため後れるかもしれませんが、出来る限り早く上げられるよう頑張ります。
どこでもよかった。
家族を狙われた怒りを爆裂魔法で吐き出したモノの、それでも怒りは収まらない。
個人でもやられっぱなしでは相手に付け上がられるのだ、俺の家族に手を出せばどうなるかを分からせてやる必要がある。
たとえそれが国家であろうと。
今からウィッシュタニアの王城に爆裂魔法でもぶち込んでやるかと短絡的思考に陥るも、
憎むべきはウィッシュタニア首脳陣であって、そこで働く人間や、フリッツの主であるエルネスト第三王子にまで被害が及ぶのは問題だ。
単独で乗り込み寝首を掻けば被害も危険も最小限か……。
よし、これで行こうと思い立ち上がった時には、俺のすぐそば、土を踏みしめる2人分の足音が聞こえた。
急に横に沸いた存在に、複合索敵魔法〈世界を見渡す高座〉と強化外骨格魔法〈エインヘリヤル〉を即座に発動させる。
「先程の素晴らしい魔法はキミがやったのかねえ?」
声をかけて来たのは2人組の男。
1人は俺より頭2つ程背の高い細身の男。
もう1人は横幅が広く、筋骨隆の分厚い岩の様な男だった。
2人の服装はいかにも貴族といった出で立ちで、こんな場所にうろつくにはあまりにも不自然な身なりをしていた。
ルネッサ~ンス。
これで無駄にデカいワイングラスでも持っていたら1笑いだったのにな。
そんな貴族な恰好をしているが、男達の頭部には角を生やしており、その肌は青黒い。
細身の男の方は背中に禍々しい翼、巨漢の男は短く太い尻尾がそれぞれ生やしている。
〈斬鬼〉ミストリック Lv623
魔族 男 368歳
〈殴殺〉バドーラント Lv557
魔族 男 291歳
なかなかおっかない称号とレベルをお持ちですこと。
声をかけて来たミストリックって人のレべル、今の俺の3倍はあるんだが……。
いくら世界のシステムから逸脱し始めたとはいえ、その世界の加護とも言えるシステムの恩恵をこれ程受けた2人を相手に勝てるのか甚だ疑問だ。
そもそもこんな規格外なレベルの物体にここまで接敵を許した時点で、後衛魔法職である俺的にはかなり詰んでいる。
エンジェル戦で稼いだ経験値なんてが焼け石に水もいいとこだ。
サーチエネミーに頼り、索敵魔法を切っていたのが仇となった。
何だってこんなやばい物体がこんな辺鄙な場所に現れやがった?
唐突過ぎる上に下手に動けば即〝死〟が舞い降りかねない状況ではパニックにも陥れず、それでいて冷静なようで思考が緩やかに空転していることに自覚する。
「……こんばんは」
「おぉう、挨拶も無くこれは失礼したぁ。こんばんはだあ」
「………」
とりあえずはと挨拶してみたところ、長身の男は独特な口調で気さくに応対し、巨漢のは黙したまま微かに頭を縦に揺らした。
会釈したのかな?
「すまんねぇ、御覧の通り相棒は無口なものでなぁ。気を悪くせんでくれたまえぇ」
「い、いえ、会釈してくれたのは見えてますから大丈夫です」
「それにしてもキミはあ、この姿を見てもなお動じないのだねぇ。……キミには我々のレベルが見えているのであろお? 異世界より来た者よお」
俺の外見からか先程の爆裂魔法で判断したのか、長身の男は俺を異世界人であると言ってのけた。
「はい、ミストリックさん、バドーラントさん。ただ動じないというよりも、唐突過ぎて心が反応出来ていないだけです」
「その割には戦闘態勢をしっかりと取れているじゃあないかぁ。んん~、実に素晴らしいぃぃぃ」
ミストリックがそう評してくれたが、強者に因る上からの誉め言葉に、格下である俺が素直に喜べる要素なんて微塵もない。
サーチエネミーが反応がないため敵ではないと思いたいが、機嫌を損ねられれば次の瞬間に殺されてもおかしくないだけに、対峙しているだけで精神が摩耗する。
こうなったらもう開き直るしかない。
「それで、御用はなんですか? もし無いのであればこちらの用件を聞いて頂きたいのですが」
「ほほぉぅ、我々を前にして要求を突き付けてくるとはこれまた面白い、実に面白いぃっ! 是非キミの用件とやらを伺おうではないかあ! なぁバドよぉ?」
「………」
ミストリックさんが相方に問うと、バドーラントさんが首を縦に振る。
なんだろう、とても良い人そうではあるのだが、何をどうやったらそんなイントネーションになるのか不思議なほどに口調がくどい。
疲れていない時なら普通にツッコミを入れて終わるのだが、今の精神状態ではかなり辛いものがある。
てかその内「ぶるああああああ!!」とか言い出しそう。
「それでだ、用件とはどういったものかねぇぇぇ?」
「実は家で魔族の少年を2人保護しています。出来れば親御さんの元に送り届けてあげたいのですが、お願いできますでしょうか?」
「ふうむ、同族のこととあっては、こちらとしても協力はやぶさかではなぁい。だあがぁぁぁ、キミは人間で彼らは魔族ぅ、なぁにゆえキミは彼らに手を差し伸べるう?」
「何故と言われましても…… 苦しんでる人が居れば助けてあげたいと思っちゃうのが人情ってやつじゃないですか」
「そうしたかったからそうした、とお?」
「えぇ、そうです」
「ふうむ……。では彼らに関してはあ、我が責任をもって親元へ送ろうではないかあ」
「ありがとうございます」
「なあに気にするなぁ。こちらこそ感謝申し上げよう。しかし、人族のキミが魔族に肩入れとは増々興味深い」
男は恭しく紳士っぽいお辞儀をしたのでこちらも会釈する。
「いえいえ、人族とか魔族とか言っても、自分からすればただ肌の色が違う人だけですから」
メリティエの半魔半蛇の姿を思い浮かべながら女性としてはドストライクな部類だと思うも、それを口に出す訳にもいかず。
「それに少年達とも少し話しましたが、普通の子供にしか見えませんでしたし」
彼らは、自分達の置かれている状況にどうすることもできなかった、無力なその辺に居る少年だった。
その普通の子供があんな目に有っていたのかと思うと怒りがこみ上げ、それに吊られてウィッシュタニア首脳陣に対する怒りも再燃する。
「んん~? なにか気に障ることでもあったのかねえ?」
「いえ、最近起きた嫌なことが頭に過ぎっただけです。申し訳ありません」
「なぁにい、そんなものは誰にでも有ることだぁ、気にするでなあい」
「そう言ってもらえると助かります。それで、あなた方の用事をお聞きしてもよろしいですか?」
「あぁそうだなぁ……しかし君はあ、先程からずいぶんとへりくだった口ぶりであるなあ」
「目上の人ですし、礼儀正しい人には礼を持って接するのが当然じゃないですか?」
例え目上でも、一切礼儀を払おうとは思わない奴も中には居るがな。
アウグストとかアウグストとかアウグストとか。
「我の知る限りではあ、勇者は横暴で自己中心的な生き物だと思っていたがぁ、これは考えを改めねばならんなぁ」
「あぁ、わかります。この世界に来て周囲にもてはやされ、遊び感覚で魔族に戦いを挑んで自滅する物体みたいな感じですから」
「ふあーっはっはーあ! キミもなかなかに辛辣ではないかぁ!」
「先日出会った奴がまさにそんな奴でしたから。お陰でこっちは痛い目に合うし、人を殺さなきゃいけないはで……ははっ……」
アイヴィナーゼの元勇者に受けた理不尽な所業を思い出し、乾いた笑いとなって口から洩れる。
そのやるせなさに気持ちが落ち込み、膨らんだ怒気が抜けてしまう。
感情の乱高下に心が追いつかない。
「……それではあ、我々の本題に入らせて頂こうじゃあないかあ」
俺の仕草を観察していたミストリックさんが、ようやく本題を切り出す。
「数週間前だがあ、この辺りで我々の仲間が何者かに殺された様でねえ。ドラゴンを盾に縮めて横に広くした様な見た目なのだがあ、キミぃ、心当たりは無いかねえ?」
「……あー、それだったら俺ですね。結界に閉じ込められ殺されそうになったので殺りました」
頭が疲れ過ぎてて誤魔化すという概念がまたも欠落してしまい、馬鹿正直に即答してしまった。
どのみちこの思考力ではボロを出しかねないからしょうがないと開き直る。
そして、不自然にもこんな辺鄙な場所に彼らが居る理由が、仲間の死因を探るためだったのかと納得する。
「やはりキミかねえ。先程の爆破魔法でそうではないかは思っていたがあ、まぁさか正直に答えてくれるとは思ってもみなかったぁ」
「自分でも馬鹿正直すぎて呆れてます。けど、あの時はまだサンダーアローなどの初級魔法くらいしか使えませんでしたから、爆裂魔法は関係ないですよ?」
「というと何かねえ、キミは児戯に等しい魔法程度であやつを倒したと言うのかねえ?」
「滅茶苦茶大変でしたが倒せちゃいましたねー」
軽く受け答えしているが、内心は冷や汗だらだらである。
雲行きが怪しくなってきたので、そろそろ退散しておきたい。
あー、魔族の少年を引き渡さなきゃかー、このまま逃亡したい。
「それでは自分はこれで失礼しますねー」
「ま~ぁ待ちたまえぇ、話しは終わっちゃあいないのだよお」
逃がしてはもらえませんでした。
「どんな者があアレを倒したのか興味があったがあってねぇ。それがまさかこれ程面白い者に出会えるとはあ思ってもみなかったあ! 我は断っ然っキミに興味が湧いてきたぁ! そういえばキミぃ、名はなんと申すう?」」
「敏夫です。一ノ瀬敏夫」
「ではトシオよぉ、魔王軍に入る気はないかねえ?」
「は? 魔王軍ですか?」
ものすごいレベルの人からものすごい勧誘が飛んできた。
やべぇ、魔王軍とかかなり惹かれるパワーワードだ!
魔王軍幹部、一ノ瀬敏夫。
あああ、すごく痺れる憧れるぅ!
「おぉ? どおやら魔王軍に興味がある様子だなぁ?」
「魔王軍とか、聞いただけでもトキメキしかないじゃないですか!」
「あぁ、君はそっち系かねえ……。だが話が早いっ。我々の主な活動内容は人族の監視とお、魔族領に踏み入った勇者の排除だあ。幹部ともなると魔王様にお目通りすることもありうるがどうかね? なぁに、キミならばすぐに幹部となるであろう」
「ミストリックさん達は幹部ではないのですか?」
これ程のレベルの人が幹部ではないとしたら、魔王軍とやらの層の厚さと強大さは脅威にほかならず、興味本位に尋ねてみた。
「我々は上級幹部ではあるがあ、城に引きこもるのはしょうにあわなくてねぇ、どの道誰かがやらねばならんことであるからして、我々が率先して受け持っているう」
「なるほど。……ちなみに給料はどれくらい出ますか?」
「んん~? 給料とは、なんぞや?」
え、何その反応、給料だよ給料、お給金。
そんなものは知らないみたいな反応やめてくれます?
「えっと、労働の対価は無いのですか?」
「あぁあ、報酬かねえ。そんなものは決まっているであろぉ、魔王様に仕えることこそが上位魔族にして上級幹部である我々にとっての最大の対価だあ。なぁ、バドーよお?」
ミストリックさんの振り再び相棒に問うと、バドーラントさんが無言でうなずいた。
どこのブラック企業だよ!?
だがここで即否定して良いものかどうか、下手をするとなんぞ琴線に触れて激昂される恐れもある。
ここは慎重に言葉を選ぼう。
「……えーっとすみません、確かに魔王様に仕えるのは名誉な事でしょう。ですが、家族を養わなければならない身としましては、名誉だけでそちらに御奉公する訳にもいかなくて……」
「ふぅむ、そういうものかねえ?」
ミストリックさんが顎に手を当てて再びバドーラントさんに尋ねると、バドーラントさんも首を傾げた。
そこは嘘でも頷いてほしかった……。
「御2人には疑問に思われるかもしれませんが、人族間ではそれが普通でして、お誘いは大変ありがたいのですが、今回は丁重にお断りさせて頂きます」
「ふむぅ、君がそう言うのであるのなら無理強いはできんなぁ。よろしいぃ、今の話は忘れてくれたまええ」
「申し訳ありません」
セーフ、セェェェェェフ!
セーフですよ!
何とか断ることができた。
てかなんだよ奉仕こそ最大の喜びみたいなの!
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「それでは魔族の子らを連れてきますので、少しお待ちください」
「うんむ、待たせてもらおう」
俺はエインヘリヤルを解除し、別宅に居る魔族の子供の部屋に行くと、少年たちに話しかける。
「夜遅くにすまない。君達を親御さんの元へ連れて行ってくれる魔族の人が見つかったんだ」
少年2人にそう告げるも、俺を見るその瞳は警戒と不安で揺れている。
人間にあんな目にあわされて、これまた出会って数日しか経たない人間にんなこと言われて信用する奴は、それこそ危機認識に異常がある。
だがそれでも安心させてやる努力を試みる。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、キミ達がここに残りたいって言うならこの話は無かったことにしてもらうし。でも、魔族領に戻りたいのなら着いて来てくれ」
口元に笑みを創りながら、2人の返事を待つ。
最初こそ怯えていた少年達だったが、次第に表情が困惑から思考へと向かい、最後には決意に変わる。
「どうする? このままここに残る? それとも魔族領に帰る?」
「帰りたい」
「お母さん達に会いたい……!」
「わかった。じゃぁ魔族の人の元に送るから付いて来てくれるかな?」
「うん!」
「……わかった」
マルクと違いリオナスはまだ警戒を解いてはいないが、今は彼らが親元に帰る可能性が高い場所に身を置くのが先決だ。
それにLv600オーバーの魔王軍幹部様に引き渡せば、あとは彼らがなんとかしてくれるはず。
これで丸く収まりめでたしめでたし、たまに彼らの様子を見に行き、元気で暮らしてるかの確認ができればそれでいい。
ワープゲートを先程の場所に開き、少年達が直ぐにミストリックさん達を目に出来るようにする。
彼らの姿を見て納得した少年達が、クレアル湖の湖岸に足を踏み出した。
「でえはあ、早速君たちを親元へと送って差し上げよお」
ミストリックさんがまどろっこしい口調で少年達に言葉をかける。
俺は心の中で少年達の背に〝家族に会えると良いね〟と願った。
ミストリックさんの右手が霞む。
少年達の頭が夜空に舞い、血風が白い月光を真っ赤染めた。
―――――――――――――――――――――――――――――
大幅な修正に手間取り遅くなりました。
この後も修正作業が大量にあるため後れるかもしれませんが、出来る限り早く上げられるよう頑張ります。
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そこで彼は思った――もっと欲しい!
欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。
神様とゲームをすることになった悠斗はその結果――
※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

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