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163話 悪い知らせ
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勇者よしのんの変態的な生態を聞いて眉を寄せたフリッツが、そんなものは無かったかのように表情を戻してよしのんの元へと赴く。
「やはり貴女がヨシノ様でしたか。先日こちらで御見かけし、特徴が似ていらしたのでそうではないかと思っておりました」
「え、あ、あの、そのッッッ!?」
さわやかな笑顔と共に差し出された手に、よしのんが狼狽レベルで戸惑った。
コミュ障かな?
「失礼しました。確か貴女の国では挨拶に〝お辞儀〟をするのでしたね」
よしのんの態度にフリッツは差し出した手を引っ込め胸に当てると、小さく頭を下げてから微笑みかける。
職務のために感情を隠し、相手に対する素早い気遣い。
その全ての所作が絵になる男だった。
イケメンな上に出来過ぎる男に湧くこの気持ち、正しく殺意!
逆にここまで様になっていると、自分では逆立ちしても太刀打ちできないので容易に諦めが付く。
「フリッツ、彼女は男に近付かれるのが苦手だから、あまり構わないでやってくれ」
「かしこまりました」
俺の注意にフリッツは素直に引き下がり、再び真正面の席に腰を下ろした。
「それよりもトシオ様、彼女がウィッシュタニアの勇者とはどういうことですの!?」
「クラウディア、そんな大声出さなくても聞こえているから落ち着いてくれ」
「わたくしや父に仰った〝逃亡した勇者を確認した〟というのはなんでしたの?!」
「ウィッシュタニアから逃亡中、行き倒れていた所を偶然通りかかった俺が保護。それ以来家で匿っていたの。ね、自分でちゃんと確認してるでしょ?」
「それは状況確認ではなく、隠匿の実行ですわ!」
「でも実際は同じようなもんだし間違っては無いでしょうが」
「そ、そうですけども!」
俺の言い分に理解は示すものの、感情的に納得いかないご様子。
むしろ他国に逃がさなかったのをほめてもらいたい。
「結局のところ、ウィッシュタニアにしろバラドリンドにしろ、アイヴィナーゼに攻めて来た軍は追い返すつもりだし、それが出来るだけの魔法も用意してある。リシア、それ貰うよ」
リシアが土間から完成した料理を持ってこようとしたのを、魔念動力で受け取りテーブルに置いた。
鍋が宙を浮いてテーブルに来るさまを、目を大きく開いて凝視するクラウディア。
フリッツも好機の眼差しでそれを観察している。
テーブルに置かれた料理と部屋に充満する晩御飯の香りに釣られ、俺とトトのお腹がグ~っと鳴る。
ご飯前はお腹が空いていないと思っていても、いざ匂いが漂ってくるとお腹って空くんだよなぁ。
「今のも魔法ですの?」
「自身の魔力を大気中のマナに混ぜることで掌握、それで対象を掴んだりぶつけたりする技ね。魔法と言うよりマナ操作に近いかな。念じれば思いのまま、使い勝手が極めて良好」
「軍隊を退ける程の魔法に卓越したマナ操作、まるで神話や伝承に出てくる大賢者ですね」
クラウディアの問いに答えると、フリッツがワザとらしく驚いた表情を見せた。
そんな見え透いた煽てに素直に喜べないのが、自己評価の低い男のサガである。
ちなみに軍隊相手の魔法はまだ構想段階。
けど仕組みは理解できているため、明日からの練習で習得を目指す予定だ。
「仮にですが、もし相手にトシオ様と同等の魔法使いが現れた場合、勝つ自信はありますの?」
「勝つ自信か……、普通に奇襲を成功させるか、一撃必殺の攻撃を打ち込んだら勝つんじゃない? ……あれ、これだと正面切っての戦闘だとどうなるか分からないって言ってるのと同じか」
クラウディアの問いに答えてはみたものの、不安しかない回答を返してしまった。
「結果が予想できているのであれば、その対策を講じれます。それが明確な差として現れることもあるでしょう」
「あぁ、確かに」
フリッツにフォローされ納得する。
対勇者戦闘……、防御結界魔法〈ブリーシンガメン〉や強化外骨格魔法〈エインヘリヤル〉、そして手持ちでは最強火力の〈クラウ・ソラス〉でどうにかなれば良いんだけど。
完成した料理を魔念動力で次々とテーブルに並べていくと、モティナが実母を呼びにモリーさんの武器屋へと走っていく。
今晩はリシアお手製の春巻きに卵スープ、酢豚に野菜炒めと完全に中華仕様。
春巻きのイメージとしてうま〇棒サイズなのを想像していたが、実際に出て来たのは小さな筆箱くらいの大きさだった。
カリっと揚げられたきつね色の生地から香ばしい匂いを漂わせ、並べられた料理によしのんまでお腹を鳴らす。
異世界なのに中華がある不思議。
日本人に合う味覚の料理を持ち込んでくれた過去の勇者サマサマだ。
全員がそろったところで彼女達を労い手を合わせる。
「それでは、いただきます」
「「「いただきます」」」
当然最初に手を伸ばしたのは春巻きだ。
口に運ぶとパリっとした皮の中には細切れ肉と野菜がぎっしりと詰まり、それらにトロトロの春雨と肉汁の旨味が絡まった贅沢な一品。
そして味の方はゴマの風味が肉や野菜を包み、リシアが得意料理と言うだけあってめちゃくちゃうまい。
リシアと結婚して良かった……。
完全に胃袋を掴まれているため、食事をする度に心底そう思う。
以前は少し自炊していた手前、料理がいかに大変でセンスが必要なモノか理解しているつもりだ。
これ程の完成度の料理を毎日3食出してくれるのだから尊敬しかない。
「はぁ、うめぇ……」
「あなたの好みはもう把握済みですから♪」
笑顔で得意げなリシアさんマジ可愛い。
……あ、そうだ。
大事なことを思い出したので、また忘れない内に先程の続きをフリッツに振る。
「それでさっきの続きだけど、ここに来た用件はなんなの?」
「これは失礼。家庭の温かさに触れ、つい失念していました」
職を忘れて食に勤しんでいた軍人が匙を止める。
「残念ながら悪い知らせが2つあります。バラドリンド教国が軍を動かし、ウィッシュタニアに向かっているそうです」
「えらい急だな、兵を集めてるって聞いたの昼間だけど?」
「申し訳ありません。バラドリンドの情報を握っていたのが第一王子派の人間で、正確な情報を我が主に降ろさなかったのが原因です」
「国が亡ぶかどうかの瀬戸際にも拘わらず派閥争いか、大した余裕だな」
「派閥争いと言うよりもただの嫌がらせの部類でしょうね。以前も申しましたが、我々第三王子派には戦力らしいものを持ち合わせておりませんので」
「それで将来クーデターを狙っているんだから気長だなぁ」
「忍耐強いと言って頂けると助かります」
「悪い、口が過ぎた」
「いえいえ、言いつくろったところで事実ですからお気になさらず。それにしましても、このスープはとろみのある口当たりと深い味わいがたまりませんね」
俺の謝罪にフリッツも水に流す様に卵スープに話題を変える。
「こういった家庭料理には滅多にありつけませんので有り難い」
「お口に合う様でしたらおかわりしてくださいね」
「遠慮なく頂きます」
ローザの勧めに、フリッツが目の前の巨大鍋に突っ込まれた大きな匙ですくい、空のお椀に黄色の混じった黄金色のスープをそそぐ。
テーブル全体を見渡すと、料理の半分が既に消失していた。
俺も負けてはいられない。
気持ちではガツガツ行きたい所だが、生来の猫舌がそれを許してはもらえない。
だが俺には魔法がある!
魔法で熱を奪い食べる速度をUPさせようとするも、すごく冷めた卵スープになってしまった。
これがズルをしようとした報い……いや、ここに熱々の追いスープで逆転だ!
「けど、俺の住んでた地域の味に似てて、ライシーンに来て良かったと心底思うわ。そしてこの味を提供してくれるリシア達には、いくら感謝してもし足りないよ」
「これくらいお安い御用です」
「そう言って頂けると、作った甲斐がありますわ♪」
俺の感謝にリシアとローザが笑顔を浮かべる。
ククは〝リシア達〟の中に自分が入っていることに気付いていないのかそもそも話を聞いていないのか、野菜炒めに舌鼓を打っている。
「私も感謝しています!」
「だったら少しは家事を手伝ってもええんやで、居候さん」
「あははー……」
よしのんに釘をさすと、愛想笑いで誤魔化した。
この子には何か当番を与えないとダメだな。
「そう言えば一ノ瀬さん、うどんが食べたいって言ってましたけど、お家はうどん県ですか?」
「いや、大阪だよ。よしのんは?」
「京都です」
「え、マジで? 全然京都っぽくないんだけど」
「実は元々千葉に居ました。中学に上がる解きに引っ越して来たんですよ。そういう一ノ瀬さんも時々大阪弁ですけど、それ以外は大阪の人っぽくないですよ?」
「あー、俺はテレビっ子な上にネット三昧だったから、口調が変に混じっちゃったんよ。ってまた話が逸れてるし」
「ごめんなさい」
「原因は自分にありますので、ヨシノ様は謝らないでください」
「まったく、フリッツは悪い奴ちゃで」
「「「ブフッ!?」」」
フリッツがよしのんを庇ったところに便乗し、他人事のように全ての罪をなすり付けると、よしのんとユニス、セシルとクラウディアまでもが口の中のモノを吹きだした。
「あーあー汚いなぁ、なにやってんの、行儀悪いし勿体ない」
「トシオ殿がそれを言いますか!?」
「貴方様は鬼畜かなにかですの!?」
「今のは一ノ瀬さんが悪いと思います!」
「くくく、何のことやら」
ニヤニヤと笑いながら4人を非難して差し上げると、ユニスとクラウディアとよしのんが反論してきたので、ワザとらしくすっとぼけてやった。
そんな俺達を見て更に下を向き咳込むセシルを、イルミナさんが背中を擦る。
どうやらツボにはまったみたいで、咳き込みながらもなかなか笑いの波が収まらない。
普段は内気で大人しい彼女だが、この手のネタに対するアンテナの感度は良いようだ。
「今のは何が面白いのー?」
「話が逸れた原因の1人であるトシオさんが、自分の責任も全部フリッツさんのせいにしちゃったところでしゅよ」
いつもの如く俺のボケを理解できなかったトトに、フィローラが的確な解説をつける。
お願いだからボケを説明するのホントやめて。
それかなり恥ずかしいから。
「おー、そうなんだー……?」
トトが納得したような口ぶりから首を傾げると、メリティエが親友に呆れた眼差しを向けた。
説明を受けてもやはりトトにはわからなかったのね。
だがそんなアホの子でも、いや、アホの子だからこそ愛おしい。
いと惜しいでは決してない。
そんなやり取りを見てケラケラと笑うモティナをモリーさんが「食事中だよ」と静かに注意するが、その表情は柔らかかった。
ミネルバとルーナは我関せずとばかりにマイペースに食事を続けるが、ミネルバの赤毛には先程ユニスが吹いた野菜炒めのもやしが乗っかっており、吹いた本人が苦笑いを浮かべながら布巾で綺麗にぬぐい取った。
ククも食べることに夢中だが、こちらは会話に加わることその物を忘れて食に没頭している。
特にリシアの春巻きが気に入ったようで、ウサギ顔の美女が幸せそうに咀嚼する姿も可愛かった。
「トシオ様、食事中ですのであまり変なことはやめましょうね?」
「はい……」
ククとは真逆で食より話すことに意識が行っていた俺を、リシアが笑顔で窘める。
怒らせると怖いので冗談はこれくらいにして、いい加減話しを進めよう。
「それで、もう1つの知らせは?」
「ウィッシュタニアで新たな勇者を召喚するようです」
「また勇者呼ぶんか!?」
これは呼ばれる前に対処すべきか?
いや、でも大義名分も無く押し込んで強引にことに及ぶとか、押し込み強盗以外の何者でもない。
「けどまぁ勇者召喚が出来るだけの魔力が有るならそら呼ぶか」
「えぇ、やはり勇者が居ると居ないとでは大違いですから」
「無詠唱による速射が出来るだけでも常人を遥かに凌ぎおる。しかも魔法の同時発動に連続発射まで可能と来れば、大軍を持ってせねば太刀打ち出来ぬわ」
俺のボヤキにフリッツが頷くと、イルミナさんがグラスに入った酒を飲み干し補足を入れる。
「しかも即死を含め、ほぼすべての状態異常に無効化を持ったのが勇者以外にも47人も湧くんだから、相手からしたらたまったもんじゃないわなぁ」
最悪その47人に戦わせて〝勇者様は安全な場所から見ているだけ〟なんてこともできるんだよなぁ。
距離が離れすぎるとスキルの恩恵が受けれなくなるのは、レスティー達と一度別れた時に実証されているが、それでも悪質なのに変わりない。
「いえ、人数は無制限ですよ」
「……は? マジで?」
「大マジです」
脳内で勇者と〈大規模PT作成〉の悪用に想いを巡らせていると、フリッツがまたとんでもないことを告げた。
「どういうことだってばよ」
「軍用スキルの〈軍隊PT作成〉を用いれば、何千何万とPTメンバーを拡張できます。……あぁ、ですから24人まで〈経験値獲得ボーナス〉の恩恵をと言っていたのですね」
大規模PT作成の上位互換スキルの存在を知らなかった俺に気付いたフリッツが、以前レンさんに提案されそのまま告げた情報提供の見返り条件を口にした。
たった1人で1国の全兵士に勇者のボーナススキルの恩恵を与えられるのか。
ここまですごいと勇者なんて呼ばず、バッファーって呼んだら良いんじゃないかな?
冗談は兎も角、そうなると俺が思っていた以上に勇者の存在価値はデカい……。
てかもしかするとレンさんもまだ〈軍隊PT作成〉の存在に気付いてない可能性が微レ存だ。
後で連絡しておこう。
食後、フリッツを玄関まで見送った。
ローザが「ご友人の方にも」と、先程俺達が食べていた料理を包んでフリッツに渡す。
旦那の客をもてなす気遣いが出来る、俺にはもったいない良い女房である。
「いつもありがとうね」
扉が閉まったところで妻に感謝の言葉を述べ、その頬に口づける。
唇に伝わる心地の良い肉厚の弾力はオパーイの様なぷにぷにで、はにかむ笑顔はとても艶っぽかった。
「やはり貴女がヨシノ様でしたか。先日こちらで御見かけし、特徴が似ていらしたのでそうではないかと思っておりました」
「え、あ、あの、そのッッッ!?」
さわやかな笑顔と共に差し出された手に、よしのんが狼狽レベルで戸惑った。
コミュ障かな?
「失礼しました。確か貴女の国では挨拶に〝お辞儀〟をするのでしたね」
よしのんの態度にフリッツは差し出した手を引っ込め胸に当てると、小さく頭を下げてから微笑みかける。
職務のために感情を隠し、相手に対する素早い気遣い。
その全ての所作が絵になる男だった。
イケメンな上に出来過ぎる男に湧くこの気持ち、正しく殺意!
逆にここまで様になっていると、自分では逆立ちしても太刀打ちできないので容易に諦めが付く。
「フリッツ、彼女は男に近付かれるのが苦手だから、あまり構わないでやってくれ」
「かしこまりました」
俺の注意にフリッツは素直に引き下がり、再び真正面の席に腰を下ろした。
「それよりもトシオ様、彼女がウィッシュタニアの勇者とはどういうことですの!?」
「クラウディア、そんな大声出さなくても聞こえているから落ち着いてくれ」
「わたくしや父に仰った〝逃亡した勇者を確認した〟というのはなんでしたの?!」
「ウィッシュタニアから逃亡中、行き倒れていた所を偶然通りかかった俺が保護。それ以来家で匿っていたの。ね、自分でちゃんと確認してるでしょ?」
「それは状況確認ではなく、隠匿の実行ですわ!」
「でも実際は同じようなもんだし間違っては無いでしょうが」
「そ、そうですけども!」
俺の言い分に理解は示すものの、感情的に納得いかないご様子。
むしろ他国に逃がさなかったのをほめてもらいたい。
「結局のところ、ウィッシュタニアにしろバラドリンドにしろ、アイヴィナーゼに攻めて来た軍は追い返すつもりだし、それが出来るだけの魔法も用意してある。リシア、それ貰うよ」
リシアが土間から完成した料理を持ってこようとしたのを、魔念動力で受け取りテーブルに置いた。
鍋が宙を浮いてテーブルに来るさまを、目を大きく開いて凝視するクラウディア。
フリッツも好機の眼差しでそれを観察している。
テーブルに置かれた料理と部屋に充満する晩御飯の香りに釣られ、俺とトトのお腹がグ~っと鳴る。
ご飯前はお腹が空いていないと思っていても、いざ匂いが漂ってくるとお腹って空くんだよなぁ。
「今のも魔法ですの?」
「自身の魔力を大気中のマナに混ぜることで掌握、それで対象を掴んだりぶつけたりする技ね。魔法と言うよりマナ操作に近いかな。念じれば思いのまま、使い勝手が極めて良好」
「軍隊を退ける程の魔法に卓越したマナ操作、まるで神話や伝承に出てくる大賢者ですね」
クラウディアの問いに答えると、フリッツがワザとらしく驚いた表情を見せた。
そんな見え透いた煽てに素直に喜べないのが、自己評価の低い男のサガである。
ちなみに軍隊相手の魔法はまだ構想段階。
けど仕組みは理解できているため、明日からの練習で習得を目指す予定だ。
「仮にですが、もし相手にトシオ様と同等の魔法使いが現れた場合、勝つ自信はありますの?」
「勝つ自信か……、普通に奇襲を成功させるか、一撃必殺の攻撃を打ち込んだら勝つんじゃない? ……あれ、これだと正面切っての戦闘だとどうなるか分からないって言ってるのと同じか」
クラウディアの問いに答えてはみたものの、不安しかない回答を返してしまった。
「結果が予想できているのであれば、その対策を講じれます。それが明確な差として現れることもあるでしょう」
「あぁ、確かに」
フリッツにフォローされ納得する。
対勇者戦闘……、防御結界魔法〈ブリーシンガメン〉や強化外骨格魔法〈エインヘリヤル〉、そして手持ちでは最強火力の〈クラウ・ソラス〉でどうにかなれば良いんだけど。
完成した料理を魔念動力で次々とテーブルに並べていくと、モティナが実母を呼びにモリーさんの武器屋へと走っていく。
今晩はリシアお手製の春巻きに卵スープ、酢豚に野菜炒めと完全に中華仕様。
春巻きのイメージとしてうま〇棒サイズなのを想像していたが、実際に出て来たのは小さな筆箱くらいの大きさだった。
カリっと揚げられたきつね色の生地から香ばしい匂いを漂わせ、並べられた料理によしのんまでお腹を鳴らす。
異世界なのに中華がある不思議。
日本人に合う味覚の料理を持ち込んでくれた過去の勇者サマサマだ。
全員がそろったところで彼女達を労い手を合わせる。
「それでは、いただきます」
「「「いただきます」」」
当然最初に手を伸ばしたのは春巻きだ。
口に運ぶとパリっとした皮の中には細切れ肉と野菜がぎっしりと詰まり、それらにトロトロの春雨と肉汁の旨味が絡まった贅沢な一品。
そして味の方はゴマの風味が肉や野菜を包み、リシアが得意料理と言うだけあってめちゃくちゃうまい。
リシアと結婚して良かった……。
完全に胃袋を掴まれているため、食事をする度に心底そう思う。
以前は少し自炊していた手前、料理がいかに大変でセンスが必要なモノか理解しているつもりだ。
これ程の完成度の料理を毎日3食出してくれるのだから尊敬しかない。
「はぁ、うめぇ……」
「あなたの好みはもう把握済みですから♪」
笑顔で得意げなリシアさんマジ可愛い。
……あ、そうだ。
大事なことを思い出したので、また忘れない内に先程の続きをフリッツに振る。
「それでさっきの続きだけど、ここに来た用件はなんなの?」
「これは失礼。家庭の温かさに触れ、つい失念していました」
職を忘れて食に勤しんでいた軍人が匙を止める。
「残念ながら悪い知らせが2つあります。バラドリンド教国が軍を動かし、ウィッシュタニアに向かっているそうです」
「えらい急だな、兵を集めてるって聞いたの昼間だけど?」
「申し訳ありません。バラドリンドの情報を握っていたのが第一王子派の人間で、正確な情報を我が主に降ろさなかったのが原因です」
「国が亡ぶかどうかの瀬戸際にも拘わらず派閥争いか、大した余裕だな」
「派閥争いと言うよりもただの嫌がらせの部類でしょうね。以前も申しましたが、我々第三王子派には戦力らしいものを持ち合わせておりませんので」
「それで将来クーデターを狙っているんだから気長だなぁ」
「忍耐強いと言って頂けると助かります」
「悪い、口が過ぎた」
「いえいえ、言いつくろったところで事実ですからお気になさらず。それにしましても、このスープはとろみのある口当たりと深い味わいがたまりませんね」
俺の謝罪にフリッツも水に流す様に卵スープに話題を変える。
「こういった家庭料理には滅多にありつけませんので有り難い」
「お口に合う様でしたらおかわりしてくださいね」
「遠慮なく頂きます」
ローザの勧めに、フリッツが目の前の巨大鍋に突っ込まれた大きな匙ですくい、空のお椀に黄色の混じった黄金色のスープをそそぐ。
テーブル全体を見渡すと、料理の半分が既に消失していた。
俺も負けてはいられない。
気持ちではガツガツ行きたい所だが、生来の猫舌がそれを許してはもらえない。
だが俺には魔法がある!
魔法で熱を奪い食べる速度をUPさせようとするも、すごく冷めた卵スープになってしまった。
これがズルをしようとした報い……いや、ここに熱々の追いスープで逆転だ!
「けど、俺の住んでた地域の味に似てて、ライシーンに来て良かったと心底思うわ。そしてこの味を提供してくれるリシア達には、いくら感謝してもし足りないよ」
「これくらいお安い御用です」
「そう言って頂けると、作った甲斐がありますわ♪」
俺の感謝にリシアとローザが笑顔を浮かべる。
ククは〝リシア達〟の中に自分が入っていることに気付いていないのかそもそも話を聞いていないのか、野菜炒めに舌鼓を打っている。
「私も感謝しています!」
「だったら少しは家事を手伝ってもええんやで、居候さん」
「あははー……」
よしのんに釘をさすと、愛想笑いで誤魔化した。
この子には何か当番を与えないとダメだな。
「そう言えば一ノ瀬さん、うどんが食べたいって言ってましたけど、お家はうどん県ですか?」
「いや、大阪だよ。よしのんは?」
「京都です」
「え、マジで? 全然京都っぽくないんだけど」
「実は元々千葉に居ました。中学に上がる解きに引っ越して来たんですよ。そういう一ノ瀬さんも時々大阪弁ですけど、それ以外は大阪の人っぽくないですよ?」
「あー、俺はテレビっ子な上にネット三昧だったから、口調が変に混じっちゃったんよ。ってまた話が逸れてるし」
「ごめんなさい」
「原因は自分にありますので、ヨシノ様は謝らないでください」
「まったく、フリッツは悪い奴ちゃで」
「「「ブフッ!?」」」
フリッツがよしのんを庇ったところに便乗し、他人事のように全ての罪をなすり付けると、よしのんとユニス、セシルとクラウディアまでもが口の中のモノを吹きだした。
「あーあー汚いなぁ、なにやってんの、行儀悪いし勿体ない」
「トシオ殿がそれを言いますか!?」
「貴方様は鬼畜かなにかですの!?」
「今のは一ノ瀬さんが悪いと思います!」
「くくく、何のことやら」
ニヤニヤと笑いながら4人を非難して差し上げると、ユニスとクラウディアとよしのんが反論してきたので、ワザとらしくすっとぼけてやった。
そんな俺達を見て更に下を向き咳込むセシルを、イルミナさんが背中を擦る。
どうやらツボにはまったみたいで、咳き込みながらもなかなか笑いの波が収まらない。
普段は内気で大人しい彼女だが、この手のネタに対するアンテナの感度は良いようだ。
「今のは何が面白いのー?」
「話が逸れた原因の1人であるトシオさんが、自分の責任も全部フリッツさんのせいにしちゃったところでしゅよ」
いつもの如く俺のボケを理解できなかったトトに、フィローラが的確な解説をつける。
お願いだからボケを説明するのホントやめて。
それかなり恥ずかしいから。
「おー、そうなんだー……?」
トトが納得したような口ぶりから首を傾げると、メリティエが親友に呆れた眼差しを向けた。
説明を受けてもやはりトトにはわからなかったのね。
だがそんなアホの子でも、いや、アホの子だからこそ愛おしい。
いと惜しいでは決してない。
そんなやり取りを見てケラケラと笑うモティナをモリーさんが「食事中だよ」と静かに注意するが、その表情は柔らかかった。
ミネルバとルーナは我関せずとばかりにマイペースに食事を続けるが、ミネルバの赤毛には先程ユニスが吹いた野菜炒めのもやしが乗っかっており、吹いた本人が苦笑いを浮かべながら布巾で綺麗にぬぐい取った。
ククも食べることに夢中だが、こちらは会話に加わることその物を忘れて食に没頭している。
特にリシアの春巻きが気に入ったようで、ウサギ顔の美女が幸せそうに咀嚼する姿も可愛かった。
「トシオ様、食事中ですのであまり変なことはやめましょうね?」
「はい……」
ククとは真逆で食より話すことに意識が行っていた俺を、リシアが笑顔で窘める。
怒らせると怖いので冗談はこれくらいにして、いい加減話しを進めよう。
「それで、もう1つの知らせは?」
「ウィッシュタニアで新たな勇者を召喚するようです」
「また勇者呼ぶんか!?」
これは呼ばれる前に対処すべきか?
いや、でも大義名分も無く押し込んで強引にことに及ぶとか、押し込み強盗以外の何者でもない。
「けどまぁ勇者召喚が出来るだけの魔力が有るならそら呼ぶか」
「えぇ、やはり勇者が居ると居ないとでは大違いですから」
「無詠唱による速射が出来るだけでも常人を遥かに凌ぎおる。しかも魔法の同時発動に連続発射まで可能と来れば、大軍を持ってせねば太刀打ち出来ぬわ」
俺のボヤキにフリッツが頷くと、イルミナさんがグラスに入った酒を飲み干し補足を入れる。
「しかも即死を含め、ほぼすべての状態異常に無効化を持ったのが勇者以外にも47人も湧くんだから、相手からしたらたまったもんじゃないわなぁ」
最悪その47人に戦わせて〝勇者様は安全な場所から見ているだけ〟なんてこともできるんだよなぁ。
距離が離れすぎるとスキルの恩恵が受けれなくなるのは、レスティー達と一度別れた時に実証されているが、それでも悪質なのに変わりない。
「いえ、人数は無制限ですよ」
「……は? マジで?」
「大マジです」
脳内で勇者と〈大規模PT作成〉の悪用に想いを巡らせていると、フリッツがまたとんでもないことを告げた。
「どういうことだってばよ」
「軍用スキルの〈軍隊PT作成〉を用いれば、何千何万とPTメンバーを拡張できます。……あぁ、ですから24人まで〈経験値獲得ボーナス〉の恩恵をと言っていたのですね」
大規模PT作成の上位互換スキルの存在を知らなかった俺に気付いたフリッツが、以前レンさんに提案されそのまま告げた情報提供の見返り条件を口にした。
たった1人で1国の全兵士に勇者のボーナススキルの恩恵を与えられるのか。
ここまですごいと勇者なんて呼ばず、バッファーって呼んだら良いんじゃないかな?
冗談は兎も角、そうなると俺が思っていた以上に勇者の存在価値はデカい……。
てかもしかするとレンさんもまだ〈軍隊PT作成〉の存在に気付いてない可能性が微レ存だ。
後で連絡しておこう。
食後、フリッツを玄関まで見送った。
ローザが「ご友人の方にも」と、先程俺達が食べていた料理を包んでフリッツに渡す。
旦那の客をもてなす気遣いが出来る、俺にはもったいない良い女房である。
「いつもありがとうね」
扉が閉まったところで妻に感謝の言葉を述べ、その頬に口づける。
唇に伝わる心地の良い肉厚の弾力はオパーイの様なぷにぷにで、はにかむ笑顔はとても艶っぽかった。
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勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
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アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
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最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

男:女=1:10000の世界に来た記憶が無いけど生きる俺
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突然公園で目覚めた青年「優心」は身辺状況の記憶をすべて忘れていた。分かるのは自分の名前と剣道の経験、常識くらいだった。
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