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145話 ライシーンの領主
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既存の魔法を片っ端から解析&模倣をし、精霊魔法の|透明化〈インビジブル〉や消音、神聖魔法の回復や痛覚遮断などの便利な魔法も習得していく。
その過程でマナ消失によって精霊魔法や神聖魔法が消えてしまう現象を理解した。
どちらも力を発現してほしい対象に祈りをマナに乗せるというプロセスを経ており、マナ消失はそのリンクを強制的に切ることで、魔法という超常の力が消えてしまうのだ。
それと精霊魔法は普通に精霊の力をコピーできたのに対し、神聖魔法は模倣は出来るがMPの消費の割に本職のプリーストと同等の効果が得られなかった。
リシア曰く「トシオ様の神聖魔法は神様の力を真似ているだけですから、神様と同じ効力には届いていないのかと」とのこと。
だってしょうがないじゃない、人間だもの。
としお
やさしい名言のはずなのに、俗物臭しかしやしない。
それからも魔法の構築速度を上げる練習をしていると、熱を出して寝込んでいたクラウディア王女が侍女に連れられ個室から出てきた。
そして開口一番、この街の領主に会うと言い出した。
「つきましては、トシオ様にも御同行願えますでしょうか?」
「まぁそれくらいなら別に良いけど」
王族が大貴族の居る街に来て顔も出さないでは、蔑ろにされたと思いかねないとかそんなところか?
この国でもかなり大きな街らしいし、そこを治める貴族ともなると、男爵程度とは思えない。
ならば王女として顔出し位はしに行くか。
まぁ本人が行きたいって言うんだったら行かせてやろう。
寝込んだ時よりも少し顔色も良いようだし。
「先程近衛騎士達を使いに出しましたので、話は通っているはずです」
「で、今から行くの?」
「はい。そうして頂けると助かります」
「わかった」
クラウディアが身支度を整えたところでもう一度疲労具合を窺っていると、家の表に一台の馬車と何頭もの動物の足音が聞こえてきた。
リビングの窓から覗き込むと、軒先には豪華な馬車が停車しており、その周りには騎士らしき男達が騎竜から続々と降りる。
騎竜はヴェロキラプトルの足を太く逞しくした見た目をしていた。
兵士の集団にはフルブライトさんも混ざっている。
そして兵達が馬車を囲み、騎士達勝手に人の庭に入り整列すると、豪華な馬車からは上品な身なりの太ましいおっさんと近衛騎士団の甲冑を着込んだ男が一人降りてきた。
そして隊列の中から3人の騎士をお供に引き連れ玄関へと向かって来る。
お供の職業はパラディンで、18、12、8と、初めて出会った頃のモーディーンさんと比べても現地人にしてはかなりの高レベルだ。
あれがクラウディアの迎えだなと判断する。
サーチエネミーにヒットしないとはいえ、一応警戒はしておく。
「どうやら迎えが来たみたいだ。向こうは武装した兵を複数連れている。敵では無いだろうけど警戒はしておいてくれ」
皆にそう言い残すと、収納袋様からロングソードを取り出し鞘に納まった状態で左手に持ち、玄関へと向かう。
向こうはベテランなため警戒は必要。
一応ククにも付いてきてもらう。
とりあえずマナ感知も発動っと。
マナ感知なら扉越しでもマナの動きから動く物体を感じとる事が可能なため、サーチエネミーと組み合わせれば不意打ちを食らうことはまずない。
更には即座に反撃できるよう意識下に魔法を構築する。
ビビリ過ぎだがそれらを怠って怪我をするよりは遥かにマシだ。
玄関わきのスリッパを一足だけ手に取り床に置くと、ドアがノックされるのを待って扉を開く。
そこには先程の恰幅の良い中年男性が立っていた。
〈侯爵〉ビレーデン・ディンズデール
人 男 45歳
年齢で言えば義父であるリベクさんと同じくらいか、かなりのイケメンなのだが残念なことに非常に太ましい。
イケメンデブってくくりで言えば大福さんに近いが、弛んだ顎と温和な表情のお陰でとても柔らかな印象を受ける。
赤に金の刺繍が施されたいかにも貴族然としたゴージャスな服装で、全ての指にはめられた指輪には何かしらの防御魔法が付与されている。
鼻の下の髭もゴージャスで、端っこが上に向かってクルンとカールした見事なカイゼル髭だった。
カイゼル髭なんて初めて見たわ。
髭の名前で唯一知ってるのが出てきたところにプチ感動である。
あと名前を知ってる髭……ちょび髭?
いや、ちょび髭のちょびは〈ちょびっと〉のちょびだと思うから名前とは違うか。
それにしてもこの人、誰かに似ているような…?
その彼の直ぐ後ろには近衛騎士団の騎士と、フル武装の厳つい騎士が三人控えている。
「私はビレーデン・ディンズデール。ここライシーンの領主をしておる。クラウディア王女がこちらにご滞在と聞き馳せ参じた。目通り願えるかな?」
「どうぞこちらへ」
鑑定眼でビレーデン本人と確認できているため、言われるがまま直ぐにリビングへとお通しする。
そしてフィローラとセシルに念話で命じ、俺達がリビング入ると同時に部屋をまるごと防御結界で封鎖。
奇襲し辛い状況を作り出す。
まさか領主本人が直接来るとは驚いた。
「おぉクラウディア、本当にこの様な場所に居ようとは!」
「連絡が遅くなり申し訳ありません、ビレーデン侯爵」
「侯爵などと他人行儀な呼び方はやめてくれんか。でないと伯父さんすねちゃうよ?」
「ふふっ、そうでしたね、ビレーデン伯父様。お元気そうで何よりです」
俺達の前では見せたことのない無邪気な笑みを浮かべるクラウディア。
その親し気な会話から、2人が親類縁者の間柄であることが分かる。
「いやいやそれにしてもびっくりしたよも~。近衛騎士団のミハエルくんが突然やって来たかと思うと、こんなところにクラウディアが居るとか言うじゃないか。もう慌てて来ちゃったよ! それにしても顔が妙に赤いが大丈夫かい? 疲れているのなら、城でゆっくりと休むが良い。そうだ、クラウディアが好きな桃が今年は豊作でな、すぐに用意させようじゃないか」
高速に打ち込まれる言葉の弾丸に、病み上がりのクラウディアが目を回しはじめた。
この人もマシンガン使いだったでござる。
てかこんなところで悪かったな。
しかし、そこでビレーデンさんの口が一旦止まると、今度はローザとリシアを確認し、そのままの流れで俺を観察するように見つめてきた。
「ところで、ローザやリシアがここに居るという事は、君がリベクが言っていたトシオくんかね?」
「えぇ、そうですけど」
「そうか、やはり君があのトシオ君か!」
ビレーデンさんが俺の名を聞き表情がパッと明るした。
あのってなんだよ……。
「話はリベクから聞いているよ。なんでも駆け出し冒険者にも拘わらず、あのモーディーン君と互角にやり合ったんだって? 凄いじゃないか! 彼は優秀な男でねぇ、以前仕官を勧めたんだが断られてしまったよ。冒険者ギルドとしても彼に去られると困る様だし、無理強いは出来なかったが実に惜しい事をした。そう言えばリベクが持ってきてくれたエアレーの毛皮も君が手に入れたんだってね? 初め見た時は何処の馬の骨ともわからん頼りなさそうな男だとは思ったがなかなかどうして! そうだ、君も私の元に来ないかね? 今なら騎士に取り立てても良い!」
胡乱な眼差しでビレーデンさんを見るも、全く意に返さず口から言葉を吐き続ける。
しかも左腕を俺の肩に手を回し、急に仕官を進めてきた。
おい、少しは歯に衣着せろよ正直すぎるだろっ。
あと距離感を保ってくれません?
人のパーソナルスペースにガンガン入ってくるのは勘弁してほしい。
その辺リベクさんは分かってるよなぁと今更ながらに感心する。
夫婦揃ってすごくしゃべるけど。
リベクさん夫婦を思い浮かべると、彼が誰に似ているのかを思い出す。
この人、お義母さんに少し似てるな。
全体的に太いのにイケメン顔。
ローザやジョゼットさんも痩せていたらクラウディアにも負けない程の美人だろうし、もしかして親戚だったりしてな。
まぁローザは痩せていなくてもクラウディア王女より魅力的だが。
なんて思っていると、PT念話でリシアから『ビレーデン様はジョゼットおばさんのお兄さんで、ローザちゃんの伯父に当たります』と教えてくれた。
リシアにはありがとうと念話で返すと、今の情報を元に会話の糸口とさせてもらう。
「もしかして、ローザの御親戚の方ですか?」
「うむ、ジョゼットはワシの妹、我がディンズデール家の長女だよ。クラウディアの母ジャネット現王妃の姉にあたる。確かクラウディアとは同い年だが、ローザの方が先に生まれたはずだよ」
今明かされる衝撃の事実。
ローザの親戚に王族が居るとは驚きだ。
驚いたと言っておきながら、お姫様や王族って奴になんら憧れが無いので感慨なんてありはしないが。
だが従妹同士でも片や王女で片やよくわからん得体のしれない男の妻とは、数奇な運命を感じずにはいられない。
その訳の分からん男である俺としては、何処の馬の骨とも知られる事無くひっそりと生きていきたいのだが。
俺が平穏を夢見ている一方でクラウディアはといえば、ローザを見ながら「貴女が私の従姉……ローザお姉様……」と呟き、妙に目を輝かせ始めた。
当のローザはいつものにこにこ顔でクラウディアを見ているが、クラウディアの様子に少し困惑しているのか、頭に「?」が付いている。
なんぞ?
そんなクラウディアにビレーデンさんが向き直る。
「その話の続きは後でゆっくりするとして、今は城へ行こうじゃないか。部屋も用意してある、湯にでも浸かって疲れを取ると良い」
「お待ちください伯父様。叔父様に御会いする目的が果たせた以上、アイヴィナーゼへと帰還するその日まで私はここを動く訳には参りません」
「どうしてまたそのような……はっ、よもや彼に何か弱みでも握られているとか!? 確かに彼ならそういう事もしそうだね! だが安心おしクラウディア、我が騎士団は近衛騎士にも劣らない精鋭揃いだよ!」
だからもう少しオブラートに包めや……。
そもそもさっき仕官まで進めてきた俺に対するその認識おかしくない?
それ以前に人ん家に上がり込んでその家主を犯罪者呼ばわりとはどういう了見なんだ。
「トシオ様は勇者をも凌ぐ力を有し、我が国の為に力を貸してくれると約束してくださった大事な方です」
「……それは本当なのかい?」
「はい。トシオ様、伯父様に私がここに居る経緯をお話しする許可を頂けます?」
「許す、存分に語って聞かせてやってくれ」
何も考えずに脊髄反射で許可を与えると、クラウディアが例の芝居がかった口上と共に勇者召喚からアキヤの所業、俺との出会いと別れと再会までを話し始めた。
特にアキヤの所業に関しては、「俺は元の世界では誰にも負けた事は無い」「戦士のグループで頭張ってた」など、迷宮に挑む前の城での立ち振る舞いや言動なんかも詳細に教えてくれた。
言動や行動がDQNだが、完全に死体蹴りなのでやめて差し上げろ。
それにもし俺も死んでもこんな言われ方するのか?
クラウディア、恐ろしい子……。
てか戦士のグループってなんだよ。
どう考えても凶悪犯罪者集団だろ!
ウォンテッドカードの罪状を思いすと、なんであんなのが野放しにされていたのか国家権力なにやってんだと切に言いたい。
「そこへ颯爽と現れた凛々しいお姿。それはまるで天界より遣わされた白馬の騎士!」
うっとりとした表情でこちらに目を向け手をかざし、俺との下りを完全に美化しやがる王女様。
ちょっと言葉が出てこない。
いや、放置すると尾ひれどころかジェットエンジンまで搭載しかねないので否定せねば。
「俺が凛々しく見えるなら眼科に行け。もしくは白い壁のある病院に隔離されてしまえ」
「ああん、辛辣なお言葉も素敵ですわぁ」
クラウディアがまたも芝居かかった素振りで顔を赤らめ呼吸を乱す。
自身の病気まで演出に利用する根性だけは素直に尊敬する。
『トシオ様にしては珍しく女性にキツク当たりますね』
『だって面倒なんだもん』
リシアの念話に率直に返すと、リシアの口元に苦笑いが浮かぶ。
「ま、まぁトシオ君がどういった者かは分かったが、クラウディアがここに残る必要はあるまい。私の城でゆっくりしていきなさい」
「いいえ、トシオ様は私の夫になられるお方です。一時たりとも離れたくはありませんわ」
「なんと!?」
気を取り直したビレーデンさんが再び入城を促すも、クラウディアはきっぱりと拒否。
しかも優雅な足取りで俺に近付き抱き着いてきた。
それを腕だけを動かしアイアンクローで顔面を受け止め阻止する。
痛みを感じさせない程度に彼女の顔面を五指で固定し動きを封じる。
「認めてませんけどね」
「酷いですわトシオ様。ですがそういう冷たいところもス・テ・キ♪」
王女様ともあろう人がレスティーみたいな事を口走んなし。
だがクラウディアは俺の掌に自分の顔が密着しているのを良い事に、あろうことか舌でペロペロと舐めてきやがった。
「んに”ゃ!?」
唐突なその感触に怖気が背筋に走る。
だがここで放すと抱き着きを再開されかねないので放すに放せない。
王女がレスティー以上の変態性を見せるなあああああああ!
まぁ美少女にそんな事されて嫌な気はしないんだけど。
『……トシオ様、楽しんでます?』
『え、そんなことないよ?』
リシアが疑いの眼差しを向けて来たので誤魔化そうとするも、口元の笑みが隠しきれていないなと自覚する。
それを見ていたククが、クラウディアの服の襟をつまんでビレーデンさんに引き渡すと、俺の腕に自分の腕を絡めてしがみつき、クラウディアを睨みつける。
ククが嫉妬するとは珍しい。
何時も控えめで静かに寄り添ってくれている印象が強かっただけに、この反応は意外で新鮮だ。
「ほらクラウディア、私の城に一緒に行こう、な?」
「いーやーでーすー! 私もトシオ様と一緒に居たいのです!」
「クラウディアが我がままを言うなんて!?」
クラウディアに強く拒絶され、今度はビレーデンさんが困惑する。
「もしやこれが、は、反抗期!?」
違うと思う。
あと頼むから40半ばのおっさんが少女の様に目元に涙を浮かべて言わないでくれ。
「そそそうだ、トシオ君も一緒に城に来てもらうという事ではどうかな? それならクラウディアも一緒に居られるだろ? それでどうかね?」
「いえ、〝こんなところ〟かもしれませんが、ここが俺の城なので、家を空けるなんて事はしませんよ?」
それを聞いたクラウディアの表情が、毒沼にでも突き落とされたかのように落ち込んだ。
いや、お前俺の事そんなに好きじゃないだろ。
なのになんでそんな表情出来るんだよ。
「では仕方あるまい、私もこの家に泊まるぞ!」
ビレーデンさんがトチ狂った事を宣った。
錯乱し過ぎだ。
だがこちらとしても泊める訳にはいかない事情がある。
ただでさえ表には豪華な馬車が止まり屈強な兵士がたむろしている状況は、世間体的には完全にアウト過ぎる。
見ろ、はす向かいの窓からフリッツの仲間が何事かと覗いてるじゃねぇか。
視力拡大でシーフの地味少女が緊張した面持ちで様子を伺っているのを視認する。
それに馬車や騎竜を納屋に入れたとしても、彼とその護衛達を泊める部屋までは流石に無い。
「家にはもう空いている部屋はありませんのでそれも無理です」
家の間取りは個室が三部屋と個室3つ分の広さをもつ大部屋(現寝室)が一部屋、廊下を跨いでリビング&キッチン(土間)とリビングと同サイズの風呂場、それに廊下のトイレ。そして二階には個室二つ分の広さの部屋が一つなので、現在個室はよしのんとケットシー五匹と王女が占拠しており、本当にもう部屋は無い。
モリーさんの家財道具を寝室に運ぶか、ケットシーをよしのんか王女の部屋に押し込めば空きは出来そうだが、ビラーデンさん一人が精いっぱいだ。
そしてリビングに兵士を泊めるのも、衛生的に避けたい。
ではやはり、と王女だけでも自分の城に招こうとしたが、王女はまたも拒絶した。
「私はどうすればよいのだ……」
大の大人が本気涙を流して床に倒れ伏せた。
いい歳して泣き崩れるなよ……。
このままでは埒が明かないな。
仕方がないし代替え案を出してやるか。
「クラウディア、伯父さんの身になって考えてみてくれ。このままでは君の安否が気になってストレスから胃に穴が開きかねないぞ。それにもし仮にこのまま引き下がった場合、君に万が一何かあれば伯爵家が潰れる可能性だってありえる」
クラウディアに兄が居るので第一王女と言っても第一王位継承者ではない。
尚且つ、当代の王妃を輩出した家を廃絶なんてあり得るのかは貴族の感覚に疎いため微妙なところだが。
そんな俺の援護にときめく乙女の眼差しでこちらを見つめてくるビレーデンさん。
気持ち悪いので本気でやめて欲しい。
「ですが、勇者以上のお方が傍に居て、これ以上の安全がどこにありますか?」
「ん~……」
ぐうの音も出ない核心を突かれ、言葉に詰まる。
病み上がりの少女に言い負かされてしまった。
だから五十路手前のおっさんが、世界の絶望を前に涙ぐむ少女みたいな目でこっちを見るな!
だがしかし、こちらとしてもここで折れる訳にはいかない。
なぜなら、失礼だがこのおじさんは仮にもこの街の領主である。
この街を拠点にしている以上、その街のトップであるこの人に恩を売っておけば何かと便宜を図ってもらえるはずだ。
というのは建前で、本当はこのおじさん経由でローザの両親であり恩人でもあるリベクさんやジョゼットさんに良い顔したいだけだが。
それに領主の覚えも良ければ、リシアの両親にも喜んでもらえるだろう。
なので俺も全力で抗わせてもらう!
「じゃぁこうしよう。俺が家に居る間だけワープゲートでこことビレーデンさんのお城に直通パスを通しておく。これでいつでも行き来可能だろ?だから一先ずそれで手を打ってくれ」
「……わかりました」
クラウディアは少し思案すると、大人しく引き下がってくれた。
あれ程拒絶していた彼女が大人しすぎて拍子抜けする程だったが、自身の望みが通る以上、ここでごねても仕方あるまい。
それに、彼女は俺の傍に居る事が目的の為の一番の手段と考えているみたいなので、さして問題もないのだろう。
傍に居るだけで俺がオチると思われているのなら、勘違いも甚だしいが。
むしろここで侍女のジャクリーンを正体を知った上で色仕掛けで差し向けてきたら、分析能力と策略家としての手腕を評価する。
彼女の心情を予想しながら願望を垂れ流していると、ビレーデンさんが俺の右手を自身の両手で握りしめてきた。
「ありがとうトシオ君、ありがとう!」
何故か思っていた以上に感謝されてしまった。
けどおっさんの汗ばんだ手で強く握られ、俺の不快指数が初っ端からファイナルラウンドだぜ。
なので早く手を放してほしいです。
「クラウディアは一度言い出すと何があっても言葉を曲げない頑固な子でな。本当に助かるよ!」
単に彼女の望みを的確にとらえ、折衷案を出せなかっただけでは?
まぁ何にしろ喜んで頂けたのなら何よりである。
「いえいえ、当然のことをしたまでです。他にも何かあれば仰ってください。〝リベクさん夫妻のご親戚〟ならいつでも大歓迎ですよ」
「おお、ローザはなんと素晴らしい青年を婿に持ったのだ。家の娘にも君の様な青年が婿に来てくれれば……!」
社交辞令を述べると、新たな肥満美少女の存在が浮上した。
何にしろ話が纏まったところで、ビレーデンさん達に連れられ城へと向かい、ワープゲートのパスを確保した。
その過程でマナ消失によって精霊魔法や神聖魔法が消えてしまう現象を理解した。
どちらも力を発現してほしい対象に祈りをマナに乗せるというプロセスを経ており、マナ消失はそのリンクを強制的に切ることで、魔法という超常の力が消えてしまうのだ。
それと精霊魔法は普通に精霊の力をコピーできたのに対し、神聖魔法は模倣は出来るがMPの消費の割に本職のプリーストと同等の効果が得られなかった。
リシア曰く「トシオ様の神聖魔法は神様の力を真似ているだけですから、神様と同じ効力には届いていないのかと」とのこと。
だってしょうがないじゃない、人間だもの。
としお
やさしい名言のはずなのに、俗物臭しかしやしない。
それからも魔法の構築速度を上げる練習をしていると、熱を出して寝込んでいたクラウディア王女が侍女に連れられ個室から出てきた。
そして開口一番、この街の領主に会うと言い出した。
「つきましては、トシオ様にも御同行願えますでしょうか?」
「まぁそれくらいなら別に良いけど」
王族が大貴族の居る街に来て顔も出さないでは、蔑ろにされたと思いかねないとかそんなところか?
この国でもかなり大きな街らしいし、そこを治める貴族ともなると、男爵程度とは思えない。
ならば王女として顔出し位はしに行くか。
まぁ本人が行きたいって言うんだったら行かせてやろう。
寝込んだ時よりも少し顔色も良いようだし。
「先程近衛騎士達を使いに出しましたので、話は通っているはずです」
「で、今から行くの?」
「はい。そうして頂けると助かります」
「わかった」
クラウディアが身支度を整えたところでもう一度疲労具合を窺っていると、家の表に一台の馬車と何頭もの動物の足音が聞こえてきた。
リビングの窓から覗き込むと、軒先には豪華な馬車が停車しており、その周りには騎士らしき男達が騎竜から続々と降りる。
騎竜はヴェロキラプトルの足を太く逞しくした見た目をしていた。
兵士の集団にはフルブライトさんも混ざっている。
そして兵達が馬車を囲み、騎士達勝手に人の庭に入り整列すると、豪華な馬車からは上品な身なりの太ましいおっさんと近衛騎士団の甲冑を着込んだ男が一人降りてきた。
そして隊列の中から3人の騎士をお供に引き連れ玄関へと向かって来る。
お供の職業はパラディンで、18、12、8と、初めて出会った頃のモーディーンさんと比べても現地人にしてはかなりの高レベルだ。
あれがクラウディアの迎えだなと判断する。
サーチエネミーにヒットしないとはいえ、一応警戒はしておく。
「どうやら迎えが来たみたいだ。向こうは武装した兵を複数連れている。敵では無いだろうけど警戒はしておいてくれ」
皆にそう言い残すと、収納袋様からロングソードを取り出し鞘に納まった状態で左手に持ち、玄関へと向かう。
向こうはベテランなため警戒は必要。
一応ククにも付いてきてもらう。
とりあえずマナ感知も発動っと。
マナ感知なら扉越しでもマナの動きから動く物体を感じとる事が可能なため、サーチエネミーと組み合わせれば不意打ちを食らうことはまずない。
更には即座に反撃できるよう意識下に魔法を構築する。
ビビリ過ぎだがそれらを怠って怪我をするよりは遥かにマシだ。
玄関わきのスリッパを一足だけ手に取り床に置くと、ドアがノックされるのを待って扉を開く。
そこには先程の恰幅の良い中年男性が立っていた。
〈侯爵〉ビレーデン・ディンズデール
人 男 45歳
年齢で言えば義父であるリベクさんと同じくらいか、かなりのイケメンなのだが残念なことに非常に太ましい。
イケメンデブってくくりで言えば大福さんに近いが、弛んだ顎と温和な表情のお陰でとても柔らかな印象を受ける。
赤に金の刺繍が施されたいかにも貴族然としたゴージャスな服装で、全ての指にはめられた指輪には何かしらの防御魔法が付与されている。
鼻の下の髭もゴージャスで、端っこが上に向かってクルンとカールした見事なカイゼル髭だった。
カイゼル髭なんて初めて見たわ。
髭の名前で唯一知ってるのが出てきたところにプチ感動である。
あと名前を知ってる髭……ちょび髭?
いや、ちょび髭のちょびは〈ちょびっと〉のちょびだと思うから名前とは違うか。
それにしてもこの人、誰かに似ているような…?
その彼の直ぐ後ろには近衛騎士団の騎士と、フル武装の厳つい騎士が三人控えている。
「私はビレーデン・ディンズデール。ここライシーンの領主をしておる。クラウディア王女がこちらにご滞在と聞き馳せ参じた。目通り願えるかな?」
「どうぞこちらへ」
鑑定眼でビレーデン本人と確認できているため、言われるがまま直ぐにリビングへとお通しする。
そしてフィローラとセシルに念話で命じ、俺達がリビング入ると同時に部屋をまるごと防御結界で封鎖。
奇襲し辛い状況を作り出す。
まさか領主本人が直接来るとは驚いた。
「おぉクラウディア、本当にこの様な場所に居ようとは!」
「連絡が遅くなり申し訳ありません、ビレーデン侯爵」
「侯爵などと他人行儀な呼び方はやめてくれんか。でないと伯父さんすねちゃうよ?」
「ふふっ、そうでしたね、ビレーデン伯父様。お元気そうで何よりです」
俺達の前では見せたことのない無邪気な笑みを浮かべるクラウディア。
その親し気な会話から、2人が親類縁者の間柄であることが分かる。
「いやいやそれにしてもびっくりしたよも~。近衛騎士団のミハエルくんが突然やって来たかと思うと、こんなところにクラウディアが居るとか言うじゃないか。もう慌てて来ちゃったよ! それにしても顔が妙に赤いが大丈夫かい? 疲れているのなら、城でゆっくりと休むが良い。そうだ、クラウディアが好きな桃が今年は豊作でな、すぐに用意させようじゃないか」
高速に打ち込まれる言葉の弾丸に、病み上がりのクラウディアが目を回しはじめた。
この人もマシンガン使いだったでござる。
てかこんなところで悪かったな。
しかし、そこでビレーデンさんの口が一旦止まると、今度はローザとリシアを確認し、そのままの流れで俺を観察するように見つめてきた。
「ところで、ローザやリシアがここに居るという事は、君がリベクが言っていたトシオくんかね?」
「えぇ、そうですけど」
「そうか、やはり君があのトシオ君か!」
ビレーデンさんが俺の名を聞き表情がパッと明るした。
あのってなんだよ……。
「話はリベクから聞いているよ。なんでも駆け出し冒険者にも拘わらず、あのモーディーン君と互角にやり合ったんだって? 凄いじゃないか! 彼は優秀な男でねぇ、以前仕官を勧めたんだが断られてしまったよ。冒険者ギルドとしても彼に去られると困る様だし、無理強いは出来なかったが実に惜しい事をした。そう言えばリベクが持ってきてくれたエアレーの毛皮も君が手に入れたんだってね? 初め見た時は何処の馬の骨ともわからん頼りなさそうな男だとは思ったがなかなかどうして! そうだ、君も私の元に来ないかね? 今なら騎士に取り立てても良い!」
胡乱な眼差しでビレーデンさんを見るも、全く意に返さず口から言葉を吐き続ける。
しかも左腕を俺の肩に手を回し、急に仕官を進めてきた。
おい、少しは歯に衣着せろよ正直すぎるだろっ。
あと距離感を保ってくれません?
人のパーソナルスペースにガンガン入ってくるのは勘弁してほしい。
その辺リベクさんは分かってるよなぁと今更ながらに感心する。
夫婦揃ってすごくしゃべるけど。
リベクさん夫婦を思い浮かべると、彼が誰に似ているのかを思い出す。
この人、お義母さんに少し似てるな。
全体的に太いのにイケメン顔。
ローザやジョゼットさんも痩せていたらクラウディアにも負けない程の美人だろうし、もしかして親戚だったりしてな。
まぁローザは痩せていなくてもクラウディア王女より魅力的だが。
なんて思っていると、PT念話でリシアから『ビレーデン様はジョゼットおばさんのお兄さんで、ローザちゃんの伯父に当たります』と教えてくれた。
リシアにはありがとうと念話で返すと、今の情報を元に会話の糸口とさせてもらう。
「もしかして、ローザの御親戚の方ですか?」
「うむ、ジョゼットはワシの妹、我がディンズデール家の長女だよ。クラウディアの母ジャネット現王妃の姉にあたる。確かクラウディアとは同い年だが、ローザの方が先に生まれたはずだよ」
今明かされる衝撃の事実。
ローザの親戚に王族が居るとは驚きだ。
驚いたと言っておきながら、お姫様や王族って奴になんら憧れが無いので感慨なんてありはしないが。
だが従妹同士でも片や王女で片やよくわからん得体のしれない男の妻とは、数奇な運命を感じずにはいられない。
その訳の分からん男である俺としては、何処の馬の骨とも知られる事無くひっそりと生きていきたいのだが。
俺が平穏を夢見ている一方でクラウディアはといえば、ローザを見ながら「貴女が私の従姉……ローザお姉様……」と呟き、妙に目を輝かせ始めた。
当のローザはいつものにこにこ顔でクラウディアを見ているが、クラウディアの様子に少し困惑しているのか、頭に「?」が付いている。
なんぞ?
そんなクラウディアにビレーデンさんが向き直る。
「その話の続きは後でゆっくりするとして、今は城へ行こうじゃないか。部屋も用意してある、湯にでも浸かって疲れを取ると良い」
「お待ちください伯父様。叔父様に御会いする目的が果たせた以上、アイヴィナーゼへと帰還するその日まで私はここを動く訳には参りません」
「どうしてまたそのような……はっ、よもや彼に何か弱みでも握られているとか!? 確かに彼ならそういう事もしそうだね! だが安心おしクラウディア、我が騎士団は近衛騎士にも劣らない精鋭揃いだよ!」
だからもう少しオブラートに包めや……。
そもそもさっき仕官まで進めてきた俺に対するその認識おかしくない?
それ以前に人ん家に上がり込んでその家主を犯罪者呼ばわりとはどういう了見なんだ。
「トシオ様は勇者をも凌ぐ力を有し、我が国の為に力を貸してくれると約束してくださった大事な方です」
「……それは本当なのかい?」
「はい。トシオ様、伯父様に私がここに居る経緯をお話しする許可を頂けます?」
「許す、存分に語って聞かせてやってくれ」
何も考えずに脊髄反射で許可を与えると、クラウディアが例の芝居がかった口上と共に勇者召喚からアキヤの所業、俺との出会いと別れと再会までを話し始めた。
特にアキヤの所業に関しては、「俺は元の世界では誰にも負けた事は無い」「戦士のグループで頭張ってた」など、迷宮に挑む前の城での立ち振る舞いや言動なんかも詳細に教えてくれた。
言動や行動がDQNだが、完全に死体蹴りなのでやめて差し上げろ。
それにもし俺も死んでもこんな言われ方するのか?
クラウディア、恐ろしい子……。
てか戦士のグループってなんだよ。
どう考えても凶悪犯罪者集団だろ!
ウォンテッドカードの罪状を思いすと、なんであんなのが野放しにされていたのか国家権力なにやってんだと切に言いたい。
「そこへ颯爽と現れた凛々しいお姿。それはまるで天界より遣わされた白馬の騎士!」
うっとりとした表情でこちらに目を向け手をかざし、俺との下りを完全に美化しやがる王女様。
ちょっと言葉が出てこない。
いや、放置すると尾ひれどころかジェットエンジンまで搭載しかねないので否定せねば。
「俺が凛々しく見えるなら眼科に行け。もしくは白い壁のある病院に隔離されてしまえ」
「ああん、辛辣なお言葉も素敵ですわぁ」
クラウディアがまたも芝居かかった素振りで顔を赤らめ呼吸を乱す。
自身の病気まで演出に利用する根性だけは素直に尊敬する。
『トシオ様にしては珍しく女性にキツク当たりますね』
『だって面倒なんだもん』
リシアの念話に率直に返すと、リシアの口元に苦笑いが浮かぶ。
「ま、まぁトシオ君がどういった者かは分かったが、クラウディアがここに残る必要はあるまい。私の城でゆっくりしていきなさい」
「いいえ、トシオ様は私の夫になられるお方です。一時たりとも離れたくはありませんわ」
「なんと!?」
気を取り直したビレーデンさんが再び入城を促すも、クラウディアはきっぱりと拒否。
しかも優雅な足取りで俺に近付き抱き着いてきた。
それを腕だけを動かしアイアンクローで顔面を受け止め阻止する。
痛みを感じさせない程度に彼女の顔面を五指で固定し動きを封じる。
「認めてませんけどね」
「酷いですわトシオ様。ですがそういう冷たいところもス・テ・キ♪」
王女様ともあろう人がレスティーみたいな事を口走んなし。
だがクラウディアは俺の掌に自分の顔が密着しているのを良い事に、あろうことか舌でペロペロと舐めてきやがった。
「んに”ゃ!?」
唐突なその感触に怖気が背筋に走る。
だがここで放すと抱き着きを再開されかねないので放すに放せない。
王女がレスティー以上の変態性を見せるなあああああああ!
まぁ美少女にそんな事されて嫌な気はしないんだけど。
『……トシオ様、楽しんでます?』
『え、そんなことないよ?』
リシアが疑いの眼差しを向けて来たので誤魔化そうとするも、口元の笑みが隠しきれていないなと自覚する。
それを見ていたククが、クラウディアの服の襟をつまんでビレーデンさんに引き渡すと、俺の腕に自分の腕を絡めてしがみつき、クラウディアを睨みつける。
ククが嫉妬するとは珍しい。
何時も控えめで静かに寄り添ってくれている印象が強かっただけに、この反応は意外で新鮮だ。
「ほらクラウディア、私の城に一緒に行こう、な?」
「いーやーでーすー! 私もトシオ様と一緒に居たいのです!」
「クラウディアが我がままを言うなんて!?」
クラウディアに強く拒絶され、今度はビレーデンさんが困惑する。
「もしやこれが、は、反抗期!?」
違うと思う。
あと頼むから40半ばのおっさんが少女の様に目元に涙を浮かべて言わないでくれ。
「そそそうだ、トシオ君も一緒に城に来てもらうという事ではどうかな? それならクラウディアも一緒に居られるだろ? それでどうかね?」
「いえ、〝こんなところ〟かもしれませんが、ここが俺の城なので、家を空けるなんて事はしませんよ?」
それを聞いたクラウディアの表情が、毒沼にでも突き落とされたかのように落ち込んだ。
いや、お前俺の事そんなに好きじゃないだろ。
なのになんでそんな表情出来るんだよ。
「では仕方あるまい、私もこの家に泊まるぞ!」
ビレーデンさんがトチ狂った事を宣った。
錯乱し過ぎだ。
だがこちらとしても泊める訳にはいかない事情がある。
ただでさえ表には豪華な馬車が止まり屈強な兵士がたむろしている状況は、世間体的には完全にアウト過ぎる。
見ろ、はす向かいの窓からフリッツの仲間が何事かと覗いてるじゃねぇか。
視力拡大でシーフの地味少女が緊張した面持ちで様子を伺っているのを視認する。
それに馬車や騎竜を納屋に入れたとしても、彼とその護衛達を泊める部屋までは流石に無い。
「家にはもう空いている部屋はありませんのでそれも無理です」
家の間取りは個室が三部屋と個室3つ分の広さをもつ大部屋(現寝室)が一部屋、廊下を跨いでリビング&キッチン(土間)とリビングと同サイズの風呂場、それに廊下のトイレ。そして二階には個室二つ分の広さの部屋が一つなので、現在個室はよしのんとケットシー五匹と王女が占拠しており、本当にもう部屋は無い。
モリーさんの家財道具を寝室に運ぶか、ケットシーをよしのんか王女の部屋に押し込めば空きは出来そうだが、ビラーデンさん一人が精いっぱいだ。
そしてリビングに兵士を泊めるのも、衛生的に避けたい。
ではやはり、と王女だけでも自分の城に招こうとしたが、王女はまたも拒絶した。
「私はどうすればよいのだ……」
大の大人が本気涙を流して床に倒れ伏せた。
いい歳して泣き崩れるなよ……。
このままでは埒が明かないな。
仕方がないし代替え案を出してやるか。
「クラウディア、伯父さんの身になって考えてみてくれ。このままでは君の安否が気になってストレスから胃に穴が開きかねないぞ。それにもし仮にこのまま引き下がった場合、君に万が一何かあれば伯爵家が潰れる可能性だってありえる」
クラウディアに兄が居るので第一王女と言っても第一王位継承者ではない。
尚且つ、当代の王妃を輩出した家を廃絶なんてあり得るのかは貴族の感覚に疎いため微妙なところだが。
そんな俺の援護にときめく乙女の眼差しでこちらを見つめてくるビレーデンさん。
気持ち悪いので本気でやめて欲しい。
「ですが、勇者以上のお方が傍に居て、これ以上の安全がどこにありますか?」
「ん~……」
ぐうの音も出ない核心を突かれ、言葉に詰まる。
病み上がりの少女に言い負かされてしまった。
だから五十路手前のおっさんが、世界の絶望を前に涙ぐむ少女みたいな目でこっちを見るな!
だがしかし、こちらとしてもここで折れる訳にはいかない。
なぜなら、失礼だがこのおじさんは仮にもこの街の領主である。
この街を拠点にしている以上、その街のトップであるこの人に恩を売っておけば何かと便宜を図ってもらえるはずだ。
というのは建前で、本当はこのおじさん経由でローザの両親であり恩人でもあるリベクさんやジョゼットさんに良い顔したいだけだが。
それに領主の覚えも良ければ、リシアの両親にも喜んでもらえるだろう。
なので俺も全力で抗わせてもらう!
「じゃぁこうしよう。俺が家に居る間だけワープゲートでこことビレーデンさんのお城に直通パスを通しておく。これでいつでも行き来可能だろ?だから一先ずそれで手を打ってくれ」
「……わかりました」
クラウディアは少し思案すると、大人しく引き下がってくれた。
あれ程拒絶していた彼女が大人しすぎて拍子抜けする程だったが、自身の望みが通る以上、ここでごねても仕方あるまい。
それに、彼女は俺の傍に居る事が目的の為の一番の手段と考えているみたいなので、さして問題もないのだろう。
傍に居るだけで俺がオチると思われているのなら、勘違いも甚だしいが。
むしろここで侍女のジャクリーンを正体を知った上で色仕掛けで差し向けてきたら、分析能力と策略家としての手腕を評価する。
彼女の心情を予想しながら願望を垂れ流していると、ビレーデンさんが俺の右手を自身の両手で握りしめてきた。
「ありがとうトシオ君、ありがとう!」
何故か思っていた以上に感謝されてしまった。
けどおっさんの汗ばんだ手で強く握られ、俺の不快指数が初っ端からファイナルラウンドだぜ。
なので早く手を放してほしいです。
「クラウディアは一度言い出すと何があっても言葉を曲げない頑固な子でな。本当に助かるよ!」
単に彼女の望みを的確にとらえ、折衷案を出せなかっただけでは?
まぁ何にしろ喜んで頂けたのなら何よりである。
「いえいえ、当然のことをしたまでです。他にも何かあれば仰ってください。〝リベクさん夫妻のご親戚〟ならいつでも大歓迎ですよ」
「おお、ローザはなんと素晴らしい青年を婿に持ったのだ。家の娘にも君の様な青年が婿に来てくれれば……!」
社交辞令を述べると、新たな肥満美少女の存在が浮上した。
何にしろ話が纏まったところで、ビレーデンさん達に連れられ城へと向かい、ワープゲートのパスを確保した。
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