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142話 一ノ瀬家の日常
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四十八階層を丸っとクリアした後で更にはっちゃければ、お腹だって減りもする。
愛欲が満たされると次は食欲を満たしたくなるのが人情と言うものだ。
普通は逆な気もするが、細かいことはイインダヨー。
時間的にもお昼時だしね。
我が家は朝は軽めで昼は程々、そして夜はがっつりといった具合だが、そこは身体が資本の冒険者の食卓。
女性が多いとはいえ朝であろうと一品は必ず山盛りで出てくるため、大食らいなトトやミネルバなんかは朝からがっつりといってしまう。
かくいう俺も、食べる事は嫌いではないので三食手料理が出てくる今の環境は非常に有り難い。
そもそもこの世界、女性と食べる事と魔法以外に楽しみはなく、大衆娯楽も演劇コンサートくらい。
祭りも年に一度の収穫祭や闘技大会がある程度と、娯楽の類が致命的に少なかった。
ならば数少ない楽しみの一つである食事を満喫しようではないか!
鶏肉ウメェ。
目の前の大皿に山盛りにされた大量の唐揚げに箸を伸ばし、揚げたてホカホカなジューシーから揚げにかじりつく。
油が染みアツアツの白身は柔らかく、香ばしい香りと旨味しかない肉汁が口の中に広がり、口の中で衣がザクリと音を奏でた。
塩を振らなくても美味いし、お好みで塩コショウやマヨネーズまであるのだから言うことなし。
火が通しやすい最低限の大きさを確保しつつも横に広いため、食べ応えの面でも満点である。
しかもウマウマなから揚げが、1人5個までみたいなみみっちい制限も無く食べ放題。
パンに野菜と一緒にはさんで照り焼きソースとマヨネーズをかけた〈から揚げサンド〉だって出来るとか最高かよ。
いつもながら男心を掴んだ料理に、毎日食事を作ってくれる料理班の皆のありがたみも噛みしめる。
ちなみに先ほど挙げた以外の遊びも有るには有るが、元の世界では普通に楽しめる事だって命がけの遊びとなりかねないので、普通の人はまずやらない。
例えばレジャー関係だ。
毎度魔法の使用実験でお馴染みのクレアル湖。
あそこなんて大自然の中を優雅に散歩としゃれこむだけで、人食いトンボや巨大熊が現れ、湖で水泳しようものなら10メートル級の肉食魚やワニ人間を警戒しなければならないのだ。
なんだよ10メートル級の肉食魚って、サイズだけで言えばジンベイザメ位あるぞ。
そんなのが水面から飛び出す程の速度をもって回遊しているのだから危険この上ない。
もっと分かり易く言えば、単純に全長を二倍にしたホオジロザメが琵琶湖に何匹も居ると想像してみ?
それだけでどれだけ危険かが分かろうと言うものだ。
実際にそんなことがあれば、滋賀県の夏の観光収入が激減ですよ。
それにライシーン近郊の大きな川だって海に繋がっているはずなので、巨大な生物が上ってきても不思議とは思えない。
そんな楽しめないレジャーなんかよりも、今は目の前にある食事タイムを楽しもう。
次に野菜スープに目を向ける。
湯気に乗って香るこの匂いは昆布ダシ。
透明度のある茶色の澄んだスープには、ぶつ切りにされた鶏肉にせりの様な青葉の野菜、いちょう切りされた大根やニンジンが入っている。
そしてそのスープの味はというと、正月に馴染みのあるあの味だった。
お餅入れたい。
でもこれなら店に出せばお金がとれるな。
近くに海が無いのに昆布ダシとか、コストを聞くのが凄く怖いけど。
「こんなに美味しいからあげを食べたの初めてです!」
よしのんが感動で声を震わせながら唐揚げを口に運ぶ。
先程までふらふらだった彼女だが、仮眠から目覚めてすぐの昼食で唐揚げなんてこってりな料理を出されて喜ぶってある意味凄い。
そんなよしのんの意見には賛同するが、奴は敵だ。
なぜなら唐揚げに柑橘系の果汁をかける邪悪な異教徒だった。
自分の分だけにかけていれば文句はないが、有ろうことか断りも無しに全ての唐揚げにぶっかけようとする暴挙を犯したのだ。
正に悪魔の所業である!
そらぁもう犬派VS猫派、きのこ派VSたけのこ派、妹派VS姉派レベルの戦争勃発ですわ。
だが、かけられる寸前でリシアが止めに入り、笑顔のまま常識を説いてくれたので事なきを得た。
犬猫って柑橘系の臭いが苦手みたいだし、リシアもそうなのかな?
なら私の同志になれ、私が喜ぶ。
たかがレモン一つ、クラウ・ソラスで吹き飛ばしてやる!
肉を租借しながらどこかで聞いたようなアニメのセリフを改変し頭の中でタレ流していると、ふと〝鶏肉ってこんなに簡単に手に入るものなのだろうか?〟と疑問が浮かぶ。
だって大きなお皿山盛り三つ分ですよ?
迷宮のモンスターと違い、地上のモンスターはあくまでも交配して増えるため、種族が同じでも結構個体差が大きかったりする。
それは家畜に関してもそうなので、卵をとるための鳥をこうも簡単に肉にするものだろうか。
まぁ食べ比べなんてしてはいないので、これが雄鳥なのか雌鳥なのか分からないけど。
……いやまてよ、そもそもこれ、本当に鶏肉なのか?
コカトリスの肉とかだったら一笑いだな。
気になってきたのでとりあえず聞いてみることにする。
「ホント美味しいね、ところでこれって何の肉?」
「今朝水揚げされたばかりのレッサーブラックダイルのよ」
護衛として家に居てくれたサラさんが、口に含んでいたものを水で流し込んでから教えてくれた。
「ダイル? ……もしかしてワニですか?」
「そうでしゅ」
フィローラが肯定であると頷く。
爬虫類の肉って鶏肉に似てるって言うし、ワニの肉は昔から一度食べてみたいなとは思っていたので、まさかこんなところで念願がかなうとは思わなかった。
皿からひときわ大きなのを箸で掴むと、手にしたリーフレタスっぽい野菜に乗せ、口を大きく開いてそのまま手掴みで齧り付く。
瑞々しい野菜のシャキシャキ感が油っぽさを包み込む。
それを食べ終えると澄んだ冷水で口をリセットし、今度は食パンに唐揚げとキャベツらしき野菜を挟み、タルタルソースとテリヤキ風ソースをかけてかぶり付く。
ウメェ!なんちゃってケバブめっちゃウメェー!
食パンに唐揚げなので、唐揚げサンドと言うべきだけど、とにかく美味い!
食レポやらせれば右に出る者しかいないと自分に定評のある俺の語彙力に、日本列島で失笑の嵐!
なので基本的に食事をすると「これも凄く美味しいよ」と「美味い美味い」だけ言ってモリモリもきゅもきゅと笑顔で食いまくることで、いかに喜んでいるかをアピールさせてもらっている。
「ウメェ、めっちゃウメェ」
実際に超絶美味いので、食が進んで仕方がない。
今の家に引っ越して来てすぐのこと、ローザに好き嫌いに関して聞かれていた。
その際、お酢などの酸っぱいものと魚を煮込んだ時の様な生臭い物は苦手だと伝えておいたので、その手のモノが出る時は、必ず別の品を余計に出してくれる。
ちゃんと逃げ道を用意してくれるローザの気遣いにも感謝である。
しかし、この街の味覚が日本寄りでホントに良かった。
そういえばレンさんの所は極めてイギリスっぽいとぼやいていたな。
一緒に居るぼっちさんも、社畜時代は仕事に行って帰ってきて少しゲームして寝るの繰り返しな日常を送っている為、料理が出来るとは思えない。
そもそも料理出来る人間が、同じ定食屋のメニューを制覇しそうになったり、一週間同じ外食チェーン店で「今日はコールスローとみそ汁だよ」「今日はなんとけんちん汁だ!」などと、サイドメニューだけが違う牛丼+αな写真をSNSにアップするなんて暴挙を冒すはずがない。
ぼっちさんの外食チェーン店通いの件に関しては、あまりの居た堪れなさからレンさんがお高い洋食店に連れて行って奢る事態にまで発展したなんてエピソードを聞いた覚えがある。
……その内料理目的で勇者召喚を使って料理人を呼び出さなければいいけど。
確か鬼灯さんがお父さんと一緒に小さな洋食屋を営んでいるとか言っていたな……。
いやいや、まさかな。
なんて皆の食生活に想いを馳せていると、あれだけ嬉々として唐揚げを食べていたよしのんの手がピタリと止待っていた。
青ざめた表情で食べかけのから揚げサンドを見つめている。
まぁ察しはつくが聞いてあげよう。
「よしのん、どうかした?」
「い、いえ、何でもないです……」
「そうか。前衛は何より丈夫な体を作らなきゃだから、いっぱい食べるんだよ」
「は、はい……」
消沈した声で返事を返すも、手に持つワニ肉のから揚げを口に運ぶまでには至らない。
流石に意地悪が過ぎたな。
「今のは冗談だから、食べれないなら無理に食べなくても大丈夫だからね?」
「折角ローザさんが作ってくれたものですから、ちゃんといただきます……!」
そうは言うも、覚悟が付かないのか中々口に運べない。
俺は爬虫類に嫌悪感が無いから良いけど、普通の日本人の感覚から言えば、ワニの肉なんてゲテモノの類だもんな。
そんなよしのんにミネルバが傍に寄って行くと、彼女の肩に頬をすり寄せた。
「ちー……」
「ミネルバちゃん、どうしたの?」
「それ欲しい……」
それとはよしのんが手にした食べかけのから揚げサンドだ。
手の無いミネルバには自分で唐揚げサンドを作ることが出来ない為、単純に欲しがっているようにも見えなくもない。
ただそれだけならば、いつも世話をしてくれるユニスに頼んでいるだろう。
それを敢えてよしのんにおねだりしているのだから、人頭の梟の優しさを再確認させられる。
尊さ5000兆点。
しかし、残念なのは助け舟を出されたよしのんの方だった。
ワニの肉を食べるかどうしようかの葛藤中に突然ミネルバに話しかけられたものだから、余計に混乱しその意図がくみ取れず、慌てて手にした唐揚げサンドを皿に置くと、新たなものを作ろうとパンに手を伸ばした。
そんなよしのんの服の袖に噛み付いて引き留めると、振り向くよしのんに首を横に振って違うと示す。
「そのお皿に置いたのが良い……」
「え、でもこれ食べかけだよ?」
「良いの……」
よしのんがためらいながらも要求に従うと、差し出されたモノを嬉々として頬張り食らい尽くす。
女の子の食事シーンってなんか良いよね?
こう可愛い顔して欲望が丸出しになってる感じが……わかる?
わかって。
「ありがとう……」
「その、私の方こそありがとう」
そこで漸くミネルバの気遣いを察したよしのんの顔に笑顔が戻る。
駄目だ、尊すぎて目頭が熱くなる。
よしのんがパンに野菜を盛ってソースをかけただけのシュールな物体を作り出し、笑顔で食べ始めたのを確認すると、一緒に食事をとっていたサラさんが口を開く。
「そうだトシオ、最近この国では大々的に兵士を募っているみたいよ。知ってた?」
「あぁ、冒険者ギルドの掲示板にも張り出されてましたね」
「なんでも王様が勇者を召喚したって話だし、もしかすると戦争もあるかもね」
「君も腕に覚えがあるならどうかね? 今なら一旗揚げる絶好の機会だぞ。ワシも旦那様に使えるまでは首都の兵士だったしな」
サラさんの親父さんであるギデオンさんがニカっと笑って腕に力こぶを作り、奥さんのエスターさんに行儀が悪いと窘めた。
「ははは、見ての通り腕っぷしには自信が無いので自分には無理ですよ。……それに、その勇者死んでますしね……」
「「え?」」
最後のは聞き取れるか取れないかというぎりぎりの小声でつぶやいたので、サラさんと親父さんが素っ頓狂な声をあげて聞き返す。
俺は俺で、殺した相手の顔を思い出し、嫌悪感が表情に出そうになるのを何とか堪える。
殺しの感触が手に残っていないとはいえ、人殺しをした事実は消えてくれない。
死んでからも俺を煩わすな……!
フラッシュバックする苛立ちを心の中で抑え込む。
そしてサラさん達に詳細を話す気はないので、2人の「え?」に聞こえていない風を装い、そのまま何事もなく食事を続けた。
それで聞き間違いだと思ったか、2人もこれ以上は言及してこなかった。
てかローザはリベクさんの一人娘で、その旦那である俺はもしかするとその内奴隷商の若旦那になるかもしれないんよ?
そんな人間を、戦争が起こりそうな時期に兵に志願させようとするのはどうなんだ?
まぁ『実力がないならやめておけ』と言っているようなものでもあるので、冗談のつもりなのだろう。
それと、国王はまだ勇者が死んだことを知らないはずだ。
知っていたとしてもどのみち防衛のためにも兵を集めざるを得ないので、募集はしばらくかかり続けるだろう。
あぁ、どうせ昼から暇になるし、よしのんには空中走法の練習がてらアイヴィナーゼの首都まで走ってもらうか。
疲れたらワープゲートで帰ってこいとだけ言っておけばいいだろう。
念のためミネルバも就けておこう。
食後の事を考えながら、〝この唐揚げサンドを商品化出来ないものか〟などとぼんやりと頭の片隅を過ぎった。
愛欲が満たされると次は食欲を満たしたくなるのが人情と言うものだ。
普通は逆な気もするが、細かいことはイインダヨー。
時間的にもお昼時だしね。
我が家は朝は軽めで昼は程々、そして夜はがっつりといった具合だが、そこは身体が資本の冒険者の食卓。
女性が多いとはいえ朝であろうと一品は必ず山盛りで出てくるため、大食らいなトトやミネルバなんかは朝からがっつりといってしまう。
かくいう俺も、食べる事は嫌いではないので三食手料理が出てくる今の環境は非常に有り難い。
そもそもこの世界、女性と食べる事と魔法以外に楽しみはなく、大衆娯楽も演劇コンサートくらい。
祭りも年に一度の収穫祭や闘技大会がある程度と、娯楽の類が致命的に少なかった。
ならば数少ない楽しみの一つである食事を満喫しようではないか!
鶏肉ウメェ。
目の前の大皿に山盛りにされた大量の唐揚げに箸を伸ばし、揚げたてホカホカなジューシーから揚げにかじりつく。
油が染みアツアツの白身は柔らかく、香ばしい香りと旨味しかない肉汁が口の中に広がり、口の中で衣がザクリと音を奏でた。
塩を振らなくても美味いし、お好みで塩コショウやマヨネーズまであるのだから言うことなし。
火が通しやすい最低限の大きさを確保しつつも横に広いため、食べ応えの面でも満点である。
しかもウマウマなから揚げが、1人5個までみたいなみみっちい制限も無く食べ放題。
パンに野菜と一緒にはさんで照り焼きソースとマヨネーズをかけた〈から揚げサンド〉だって出来るとか最高かよ。
いつもながら男心を掴んだ料理に、毎日食事を作ってくれる料理班の皆のありがたみも噛みしめる。
ちなみに先ほど挙げた以外の遊びも有るには有るが、元の世界では普通に楽しめる事だって命がけの遊びとなりかねないので、普通の人はまずやらない。
例えばレジャー関係だ。
毎度魔法の使用実験でお馴染みのクレアル湖。
あそこなんて大自然の中を優雅に散歩としゃれこむだけで、人食いトンボや巨大熊が現れ、湖で水泳しようものなら10メートル級の肉食魚やワニ人間を警戒しなければならないのだ。
なんだよ10メートル級の肉食魚って、サイズだけで言えばジンベイザメ位あるぞ。
そんなのが水面から飛び出す程の速度をもって回遊しているのだから危険この上ない。
もっと分かり易く言えば、単純に全長を二倍にしたホオジロザメが琵琶湖に何匹も居ると想像してみ?
それだけでどれだけ危険かが分かろうと言うものだ。
実際にそんなことがあれば、滋賀県の夏の観光収入が激減ですよ。
それにライシーン近郊の大きな川だって海に繋がっているはずなので、巨大な生物が上ってきても不思議とは思えない。
そんな楽しめないレジャーなんかよりも、今は目の前にある食事タイムを楽しもう。
次に野菜スープに目を向ける。
湯気に乗って香るこの匂いは昆布ダシ。
透明度のある茶色の澄んだスープには、ぶつ切りにされた鶏肉にせりの様な青葉の野菜、いちょう切りされた大根やニンジンが入っている。
そしてそのスープの味はというと、正月に馴染みのあるあの味だった。
お餅入れたい。
でもこれなら店に出せばお金がとれるな。
近くに海が無いのに昆布ダシとか、コストを聞くのが凄く怖いけど。
「こんなに美味しいからあげを食べたの初めてです!」
よしのんが感動で声を震わせながら唐揚げを口に運ぶ。
先程までふらふらだった彼女だが、仮眠から目覚めてすぐの昼食で唐揚げなんてこってりな料理を出されて喜ぶってある意味凄い。
そんなよしのんの意見には賛同するが、奴は敵だ。
なぜなら唐揚げに柑橘系の果汁をかける邪悪な異教徒だった。
自分の分だけにかけていれば文句はないが、有ろうことか断りも無しに全ての唐揚げにぶっかけようとする暴挙を犯したのだ。
正に悪魔の所業である!
そらぁもう犬派VS猫派、きのこ派VSたけのこ派、妹派VS姉派レベルの戦争勃発ですわ。
だが、かけられる寸前でリシアが止めに入り、笑顔のまま常識を説いてくれたので事なきを得た。
犬猫って柑橘系の臭いが苦手みたいだし、リシアもそうなのかな?
なら私の同志になれ、私が喜ぶ。
たかがレモン一つ、クラウ・ソラスで吹き飛ばしてやる!
肉を租借しながらどこかで聞いたようなアニメのセリフを改変し頭の中でタレ流していると、ふと〝鶏肉ってこんなに簡単に手に入るものなのだろうか?〟と疑問が浮かぶ。
だって大きなお皿山盛り三つ分ですよ?
迷宮のモンスターと違い、地上のモンスターはあくまでも交配して増えるため、種族が同じでも結構個体差が大きかったりする。
それは家畜に関してもそうなので、卵をとるための鳥をこうも簡単に肉にするものだろうか。
まぁ食べ比べなんてしてはいないので、これが雄鳥なのか雌鳥なのか分からないけど。
……いやまてよ、そもそもこれ、本当に鶏肉なのか?
コカトリスの肉とかだったら一笑いだな。
気になってきたのでとりあえず聞いてみることにする。
「ホント美味しいね、ところでこれって何の肉?」
「今朝水揚げされたばかりのレッサーブラックダイルのよ」
護衛として家に居てくれたサラさんが、口に含んでいたものを水で流し込んでから教えてくれた。
「ダイル? ……もしかしてワニですか?」
「そうでしゅ」
フィローラが肯定であると頷く。
爬虫類の肉って鶏肉に似てるって言うし、ワニの肉は昔から一度食べてみたいなとは思っていたので、まさかこんなところで念願がかなうとは思わなかった。
皿からひときわ大きなのを箸で掴むと、手にしたリーフレタスっぽい野菜に乗せ、口を大きく開いてそのまま手掴みで齧り付く。
瑞々しい野菜のシャキシャキ感が油っぽさを包み込む。
それを食べ終えると澄んだ冷水で口をリセットし、今度は食パンに唐揚げとキャベツらしき野菜を挟み、タルタルソースとテリヤキ風ソースをかけてかぶり付く。
ウメェ!なんちゃってケバブめっちゃウメェー!
食パンに唐揚げなので、唐揚げサンドと言うべきだけど、とにかく美味い!
食レポやらせれば右に出る者しかいないと自分に定評のある俺の語彙力に、日本列島で失笑の嵐!
なので基本的に食事をすると「これも凄く美味しいよ」と「美味い美味い」だけ言ってモリモリもきゅもきゅと笑顔で食いまくることで、いかに喜んでいるかをアピールさせてもらっている。
「ウメェ、めっちゃウメェ」
実際に超絶美味いので、食が進んで仕方がない。
今の家に引っ越して来てすぐのこと、ローザに好き嫌いに関して聞かれていた。
その際、お酢などの酸っぱいものと魚を煮込んだ時の様な生臭い物は苦手だと伝えておいたので、その手のモノが出る時は、必ず別の品を余計に出してくれる。
ちゃんと逃げ道を用意してくれるローザの気遣いにも感謝である。
しかし、この街の味覚が日本寄りでホントに良かった。
そういえばレンさんの所は極めてイギリスっぽいとぼやいていたな。
一緒に居るぼっちさんも、社畜時代は仕事に行って帰ってきて少しゲームして寝るの繰り返しな日常を送っている為、料理が出来るとは思えない。
そもそも料理出来る人間が、同じ定食屋のメニューを制覇しそうになったり、一週間同じ外食チェーン店で「今日はコールスローとみそ汁だよ」「今日はなんとけんちん汁だ!」などと、サイドメニューだけが違う牛丼+αな写真をSNSにアップするなんて暴挙を冒すはずがない。
ぼっちさんの外食チェーン店通いの件に関しては、あまりの居た堪れなさからレンさんがお高い洋食店に連れて行って奢る事態にまで発展したなんてエピソードを聞いた覚えがある。
……その内料理目的で勇者召喚を使って料理人を呼び出さなければいいけど。
確か鬼灯さんがお父さんと一緒に小さな洋食屋を営んでいるとか言っていたな……。
いやいや、まさかな。
なんて皆の食生活に想いを馳せていると、あれだけ嬉々として唐揚げを食べていたよしのんの手がピタリと止待っていた。
青ざめた表情で食べかけのから揚げサンドを見つめている。
まぁ察しはつくが聞いてあげよう。
「よしのん、どうかした?」
「い、いえ、何でもないです……」
「そうか。前衛は何より丈夫な体を作らなきゃだから、いっぱい食べるんだよ」
「は、はい……」
消沈した声で返事を返すも、手に持つワニ肉のから揚げを口に運ぶまでには至らない。
流石に意地悪が過ぎたな。
「今のは冗談だから、食べれないなら無理に食べなくても大丈夫だからね?」
「折角ローザさんが作ってくれたものですから、ちゃんといただきます……!」
そうは言うも、覚悟が付かないのか中々口に運べない。
俺は爬虫類に嫌悪感が無いから良いけど、普通の日本人の感覚から言えば、ワニの肉なんてゲテモノの類だもんな。
そんなよしのんにミネルバが傍に寄って行くと、彼女の肩に頬をすり寄せた。
「ちー……」
「ミネルバちゃん、どうしたの?」
「それ欲しい……」
それとはよしのんが手にした食べかけのから揚げサンドだ。
手の無いミネルバには自分で唐揚げサンドを作ることが出来ない為、単純に欲しがっているようにも見えなくもない。
ただそれだけならば、いつも世話をしてくれるユニスに頼んでいるだろう。
それを敢えてよしのんにおねだりしているのだから、人頭の梟の優しさを再確認させられる。
尊さ5000兆点。
しかし、残念なのは助け舟を出されたよしのんの方だった。
ワニの肉を食べるかどうしようかの葛藤中に突然ミネルバに話しかけられたものだから、余計に混乱しその意図がくみ取れず、慌てて手にした唐揚げサンドを皿に置くと、新たなものを作ろうとパンに手を伸ばした。
そんなよしのんの服の袖に噛み付いて引き留めると、振り向くよしのんに首を横に振って違うと示す。
「そのお皿に置いたのが良い……」
「え、でもこれ食べかけだよ?」
「良いの……」
よしのんがためらいながらも要求に従うと、差し出されたモノを嬉々として頬張り食らい尽くす。
女の子の食事シーンってなんか良いよね?
こう可愛い顔して欲望が丸出しになってる感じが……わかる?
わかって。
「ありがとう……」
「その、私の方こそありがとう」
そこで漸くミネルバの気遣いを察したよしのんの顔に笑顔が戻る。
駄目だ、尊すぎて目頭が熱くなる。
よしのんがパンに野菜を盛ってソースをかけただけのシュールな物体を作り出し、笑顔で食べ始めたのを確認すると、一緒に食事をとっていたサラさんが口を開く。
「そうだトシオ、最近この国では大々的に兵士を募っているみたいよ。知ってた?」
「あぁ、冒険者ギルドの掲示板にも張り出されてましたね」
「なんでも王様が勇者を召喚したって話だし、もしかすると戦争もあるかもね」
「君も腕に覚えがあるならどうかね? 今なら一旗揚げる絶好の機会だぞ。ワシも旦那様に使えるまでは首都の兵士だったしな」
サラさんの親父さんであるギデオンさんがニカっと笑って腕に力こぶを作り、奥さんのエスターさんに行儀が悪いと窘めた。
「ははは、見ての通り腕っぷしには自信が無いので自分には無理ですよ。……それに、その勇者死んでますしね……」
「「え?」」
最後のは聞き取れるか取れないかというぎりぎりの小声でつぶやいたので、サラさんと親父さんが素っ頓狂な声をあげて聞き返す。
俺は俺で、殺した相手の顔を思い出し、嫌悪感が表情に出そうになるのを何とか堪える。
殺しの感触が手に残っていないとはいえ、人殺しをした事実は消えてくれない。
死んでからも俺を煩わすな……!
フラッシュバックする苛立ちを心の中で抑え込む。
そしてサラさん達に詳細を話す気はないので、2人の「え?」に聞こえていない風を装い、そのまま何事もなく食事を続けた。
それで聞き間違いだと思ったか、2人もこれ以上は言及してこなかった。
てかローザはリベクさんの一人娘で、その旦那である俺はもしかするとその内奴隷商の若旦那になるかもしれないんよ?
そんな人間を、戦争が起こりそうな時期に兵に志願させようとするのはどうなんだ?
まぁ『実力がないならやめておけ』と言っているようなものでもあるので、冗談のつもりなのだろう。
それと、国王はまだ勇者が死んだことを知らないはずだ。
知っていたとしてもどのみち防衛のためにも兵を集めざるを得ないので、募集はしばらくかかり続けるだろう。
あぁ、どうせ昼から暇になるし、よしのんには空中走法の練習がてらアイヴィナーゼの首都まで走ってもらうか。
疲れたらワープゲートで帰ってこいとだけ言っておけばいいだろう。
念のためミネルバも就けておこう。
食後の事を考えながら、〝この唐揚げサンドを商品化出来ないものか〟などとぼんやりと頭の片隅を過ぎった。
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