四人で話せば賢者の知恵? ~固有スキル〈チャットルーム〉で繋がる異世界転移。知識と戦略を魔法に込めて、チート勇者をねじ伏せる~

藤ノ木文

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138話 コンディション

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 四十八階層ボス部屋の前。
 視界はぐにゃぐにゃと波打つように歪み、時折地震でも発生したかと思えるほど身体が縦に跳ねるようにずれる。
 完全無欠のMP酔いだ。
 チャットルームでの会話から約1時間、道中吐瀉物を粒子散乱させ、迷宮に霧散するのを何度確認したことか。

 吐瀉物これってきっと、切り離された身体の一部みたいな判定で、死体と同じ扱いなんだろうな。

 そんな俺と同レベルに真っ青な顔をしていたのがよしのんだった。
 寝不足な上にオーラ制御の修行でへばりきっている。

「全然上手く出来ませんでした……」
「まだ訓練を開始して2時間ですし、最初はこんなものですにゃ」
「修行を始めて2時間だろ? それで〈バトルオーラ〉、全身のオーラ化まで出来ているなら、ペーペーの頃のモーディーンより才能あるぜ」

 モーディーンさんに続き、ベテラン冒険者でイケメンエルフのベクスさんがフォローを入れる。

 どうやらベクスさんもモーディーンさんの修行時代を知っているようだ。

 しかし全身のオーラ化を維持して戦闘となると、やはり勝手が違う様で、剣を振るうだけでもオーラが霧散し実用化には程遠かった。
 ちなみに〈バトルオーラ〉は踏破者級近接職である〈バトルマスター〉でも習得できるため、先にバトルマスターに転職してからでも遅くはない。
 既にトトとメリティエが習得しており、2人は一度感触を掴むとジョブスキル無しで発動できるまでになっていた。
 
 好きこそ物の上手なれとはよく言ったものだけど、それで手遊び歌で慣らし運転しているのだから、2人の才能が恐ろしい。
 今も全身を青や金色に淡く発光させながら〝ドガッ! バシッ! ベゴッ! ボゴッ!〟と、恐ろし気な打撃音を鳴らして遊んでいたかと思うと、その音が単発から高速連打にシフトした。
 2人の手の動きも目では負いきれないものとなる。

 バトルマスターには〈クイックスピード〉なる速度上昇スキルもあるため、おそらくはそれを使ったのだろう。

 そんな2人の遊びを、よしのんが羨まし気に眺めている。
 
「あの2人は特別だから気にしなくていいと思うよ」
「だ、だよな」
「彼女達は小さな体に凄まじい才能を秘めているな。俺ももっと励まねば」
 
 よしのんに対するフォローのつもりが、レスティー班の前衛を務めるユーベルトとディオンが反応する。

 わかる。
 自分に才能が無いのではなく、2人が人並み以上の才能を持っていると思わないと心がえぐられるんだよな……。

 元の世界で散々味わった苦渋を思い出し、黒い気持ちに胸が締め付けられる。

 しかし、2人共その若さで既にバトルマスターに転職しているのだ。
 周囲から羨望を向けられる側だと思うぞ。

 自分にも言えた事なため、慣れない立ち位置を自覚し手に嫌な汗をかく。
 まるで昨日までクラスの陰キャだった自分が、突然スクールカーストの上位グループに放り込まれた気分である。

 嫌なプレッシャーだ……。

「人は皆ぁ~~幾度の後悔と挫折を乗り越え~~前へ進むのさぁぁぁぁ~~~♪」

 イケメンじゃない方のエルフが唐突によしのんの真横に現れると、リュートを鳴らして美声を上げる。
 不意に現れたアーヴィンを間近で見たものだから、よしのんが咄嗟に口元を手で押さえて下を向き咳込んだ。

 励ましてくれた相手に対し、まったくもって失礼なJKだ。
 ほら見ろ、カリオペさんがすごい形相で睨んでるじゃないか。
 多分と言うか十中八九、失礼云々うんぬんではなく、自分以外の人間がアーヴィンと絡んでいるからだろうが。

 そんな他人の事よりも、問題は俺の方だ。
 スキルリセットをしてからの事だが、〈マナ操作〉と〈マナ感知は〉はスキルのオンオフを繰り返すことで、トト達同様かなり早い段階で習得できた。
 だがそれらを用いて1から魔法を構築する難しさと、MPの消費量の調整が上手く出来ず、体たらくっぷりをいかんなく発揮していた。
 そして魔法構築の練習中に痛いほど実感したのは、古代魔法人が構築したという〈ジョブシステム〉とそのスキルの優秀さだ。
 あらかじめ登録してある魔法を選択するだけで、望むMP消費量と威力を出してくれる。
 発動までの手順は同じなのに、感覚だけで出力調整が出来、リミッターもかかっているのだから、ぐうの音も出ない程秀逸だと言わざるを得ない。
 それに対して今の俺はと言えば、その固定化されたMP消費と威力の設定やリミッターが無いため、文字通り目を回しながらの絶賛悶絶中である。

 ルーナ、教えてくれ……俺達はあと何回嫉妬すればいい? 
 俺はあと何回無能さを晒し、何回嘔吐すればいいんだ……、猫神様は俺に何も言ってはくれない……。

 ワープゲートで自宅のリビングを覗き込むと、ペスルの黒い背中で丸まっている白いケットシーが、大きな伸びをしてまた寝息を立て始める。
 可愛い。
 
 革袋に入った冷水を飲み下して一息つくと、アーヴィンに因る奇面フラッシュでへたり込んだままのよしのんを気遣う。

「よしのん大丈夫?」
「だ、大丈夫です」

 アーヴィンの件は兎も角、原因が腐った小説を徹夜で書いてたことによる寝不足なのは明らかだが、その疲労具合は少し危険かもしれない。

「家に帰って休む?」
「いえ、大丈夫ですからやらせてください!」

 訴えには懸命さが見えるも、無茶はさせない方が良いだろう。
 今回は後衛に回ってもらうか。

「わかった。けど、夜更かしも程々にしてね」
「あはははは……すみません……」

 照れ隠しに笑ってごまかそうとするも、生来の生真面目さからか結局謝るよしのん。

 これで反省してくれれば良いんだけど。

「……じゃぁそんなよしのんに元気の出るおまじないをしてあげよう」
「おまじないですか?」

 そう言って彼女の耳元で囁くと、よしのんの瞳に輝きが戻り――否、いつも以上の輝きが燈ると、素早く取り出した紙に猛烈な勢いで筆を走らせはじめた。
 それも何かに憑りつかれているかの如く目を血走らせてだ。

「……ヨシノに何と言うたのじゃ?」
「〝ディオン×ベクス、おっと、ユーベルトが2人を羨ましそうにみつめているぞ〟とだけ」
「……はぁぁぁぁぁ」

 尋ねて来たイルミナさんにホモォなネタを口走ると、大きなため息を零された。
 そんなやり取りをする俺達をよそに、時折「ンンーンー!」「ウフフフヒヒッ…!」なる謎の奇声を発し、悶えながら執筆作業に勤しむよしのちゃんじゅうろくちゃい。
 ディオンはアイヴィナーゼ王都でも新進気鋭の若手冒険者として名をはせた肉体派のイケメンなので、よしのんが好みそうなネタを提供してあげたら御覧の有様だ。

 そんなよしのん先生のデビュー作にご期待ください。
 彼女の腐臭しかしない小説んぞ、一行たりとも読みたくないけど。
 てか元気になり過ぎだろ。

「それよりもどうじゃ、魔法構築の感覚は掴めたのかえ?」
「構築とMPの配分に手間取ってて全然だめですね」
「魔晶石の属性を移す程度の魔道具制作とは訳が違うからのぅ。なぁに、まだ始めたばかりじゃ。ゆるりとやるがよい。家でも手取り足取り教えてやるえ」

 イルミナさんが艶っぽい声音を出しながら、その巨大質量の胸を押し付けられる。

「非常に嬉しいですけど、場所を弁えてください」
「なんじゃ、つれないのぅ」

 小声でささやくと、絶世の美女が悪戯っ子の様な笑みを浮かべて身を離した。

 彼女が家に来てからそのオパーイには毎晩お世話になっているが、改めて見ると恐ろしい程にでかい。

 メリーもいつかはこうなるのかな?

 頭の中でメリティエの半魔半蛇のロリラミア形態にイルミナさんの胸を移植すると、一部のマニアにしかウケなさそうなロリ魔乳ラミアが御降臨あそばされた。
 体より乳の体積の方が大きく、歩行すらままならないバランスのおかしさは、嫌いではないが元の体型の方が魅力的だと素直に思う。
 次にリシアの胸にイルミナっパイを移植してみようと脳内で試みたが、リシアはリシアで元が完璧過ぎるので、移植は失敗に終わった。

 まぁこれはこれで良いものだけど。

 とか思いつつも、脳内で彼女の顔を獣形態のそれと交互に入れ替えて楽しんでみる。

 以前はそのままで良いと言ったが、やはり猫形態でも堪能させてもらうとしよう。

 そのリシアはと言うと、皆の装備や疲労具合の確認中。
 筆頭奥様としての責任と、元来の世話焼き気質で甲斐甲斐しく皆の面倒を見てくれていた。
 全く持って俺にはもったいない程良く出来た嫁である。

「ではそろそろ作戦タイムといきますかにゃ?」

 モーディーンさんの周りを見ると、各PTのリーダーや頭脳派のメンツが集まっている。
 俺のMP酔い具合を見計らって待っていてくれてたのだろう。

「はい。フィローラ、セシル、ここのボスは何かわかる?」
「ここのボスはグレーターデーモンです!」

 なんとなくグレーターデーモンかなぁと思っていると、フィローラがはつらつとした声で答え、セシルも頷く。

 お、珍しく噛まずにちゃんと言えたな。

 得意気に胸を反らし、満足気なご様子のフィローラ。
 最近開き直っていた感じであきらめたのかと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。

 何故俺がグレーターデーモンと思ったかと言うと、これはファンタジー作品で御馴染みというかお決まりお約束的なことで、下位種レッサーとくれば上位種グレーターを連想したためだ。

 まぁ悪魔には様々な階級や種族、個体が居るので、違うモノが出なくて良かった。

 メジャーなところでは7つの大罪と言えばわかるくらい有名な〈大罪級〉の大魔王やそれに匹敵する悪魔が出てきた場合、エキドナよりも死を覚悟する羽目になる。

 ……これフラグじゃないよね?

 2人がグレーターデーモンだと言い切るのだから信じたい所ではあるが、エキドナの様な例外的な事態も起こりえる。
 万が一も考えておこう。

「レッサーデーモンよりも倍以上大きく強靭な肉体と強力な魔法抵抗を有しています……。性格はレッサーデーモン同様極めて凶暴です……。文献では単純な力ではドラゴンにも匹敵するとあります……」
「ほうほう」

 不安を誤魔化すために平静を装い頷く。

 それにしても、凶暴性とドラゴン並みの膂力に魔法防御か。

「ほかに強さを示す情報はある?」
「弱点は神聖魔法とありまふね」
「咆哮に相手を竦ませる効果があるそうです……」

 竦みか、スタン耐性でいいのかな?
 念のためブレイブハートも発動させておくか。

「じゃあ~、ここもイビルデスナイトと同じ作戦になるかしらぁ?」
「そうなりますかにゃ」
「うむ。だが、危険性はそれ以上と想定しておいた方が良いでしょうな」

 レスティーに頷くモーディーンさんに、レナルドルさんがペチペチと自身の禿頭を叩きながら真剣な顔で注意喚起。
 昨日みたいに摩ってれば良いものを何故叩く。
 無駄に気になってしょうがない。

「レナルドルがそう言うなら気を付けた方が良いわね」
「そうね」

 エルフのアメリアさんと人化中のスキュラであるヴァルナさんが、レナルドルさんの頭を見ながら神妙な顔で言うと、モーディーンさんやビアンカさん、マルグリットさんも同じく視線をレナルドルさんの頭に向けて頷いた。

 なにその意味あり気なやりとりは?

 そんなベテラン勢を見ながら不信に思っている俺に、ベクスさんがスっと俺の背後に近付くと「レナルドルが無意識に頭を叩いてる時の進言は良く当たるんだ」と小声で教えてくれた。

 謎のジンクスだが、彼らの表情が真剣であったため、忠告は聞いておいた方が良い。
 先程のフラグめいたのもあるし。
 それにあの人聖職者だし、もしかしたら無意識に神託や御告げの類でも受けているのかもしれない。

 御告げとかけまして、頭を摩するレナルドルさんと説く。
 そのこころは、神(髪)は居ない。

 ……俺の笑いの神が大暴投したようで正直スマンかった。

 一通り対大型モンスター用の作戦を立てると、隊列を整えボス部屋の扉を開いた。



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 ボス戦開始!
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