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91話 ウィッシュタニア魔法王国
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ウィッシュタニア魔法王国。
西にアイヴィナーゼ、東に神聖バラドリンド教国に挟まれたこの国は、周辺国家の中では最も強大にして広い領地を保有し、魔法技術に優れた大国である。
だがその内情は、領地の殆どで重税に因り一気に荒廃し、領民は常に飢えていた。
領主達は家族を王家に人質にとられ反抗する事も叶わず、終いには私兵の給金すら支払えなくなり手放すなど、軍縮を余儀なくされた。
その私兵達は冒険者として食い詰め、あるものは野党に成り下がり自分達が守っていた領地を荒らして回った。
領民は他国へ逃れようにも、街道を外れると魔物に襲われ、街道を通っても関所の通行税すら払えず、脱国出来ずにいた。
増税が国民を疲弊させ減収に繋がり、減収の帳尻合わせとなる更なる増税が負のサイクルを加速させる。
生活基盤が崩壊しつつある国民達の限界は近かった。
「ご報告申し上げます。アイヴィナーゼへ向かったとされる勇者様の消息は未だ掴めず」
「まだ発見できぬのか、諜報部は何をやっている!」
ウィッシュタニア城執務室。
国政を取り仕切るその広く豪奢な部屋の豪奢なテーブルには、金髪の貴公子然とした長身の美男が、報告を上げて来た軍服姿の男に苛立ちをぶつける。
貴公子はランペール・フォン・ウィッシュタニア、この国の第一王子にして国政を放棄した国王に代わりこの国を支配する次代のウィッシュタニア国王である。
そんな25歳の若い次期国王に怒鳴られることは、屈強な男もあらかじめ予想出来ており、眉一つ動かさず敬礼した姿勢を崩さない。
「それで、追跡の指揮を執るバーングランデはなんと?」
そこへ白髪の老将軍が王子へ手を上げただけで宥めると、その鋭い眼光が軍服の男を見据えて報告の先を促した。
その視線一つで屈強な男のキモが冷える。
周辺国では殺戮将軍の二つ名で恐れられるほどの戦鬼である。
戦場に立てばこれほど頼もしい存在は無いが、畏怖の念もしっかりと刻まれていた。
「はっ、バーングランデ部隊長は〝このままアイヴィナーゼへ入り、現地の諜報員と合流を果たす〟との事であります!」
「現地の諜報員となると、最寄りはライシーンであるか?」
「その通りであります!」
「……わかった、諜報部長のユーグには後でワシから出向くと伝えよ。下がってよい」
「はっ!」
老将の言葉に男が踵を返して去っていく。
「ユーグに話ってことは、さては爺さん、何か面白い事でも思いついたか?」
部屋の壁際にもたれかかり老将に問うたのは、燃える様な夕焼け色をした赤毛の偉丈夫だ。
マルケオス・フォン・ウィッシュタニア。
この国の第二王子にして、ならず者がたまり場とする冒険者ギルドを取り仕切る暴君であり、屈強な戦士だ。
身長2メートルを超す大きな体の上に据えられた顔には、獰猛な笑みが浮かべられる。
「この様な些事で御二方がお手を患う事もありますまい」
「くくく、聞いたかバレンティン、どこかのマヌケに聞かせてやりたいセリフだな」
マルケオスがヴィクトルの傍に居た中年男性に軽口を発すると、近衛騎士団長バレンティン・サイラードが恐縮し、恭しく首を垂れる。
「面目次第もございません。彼奴にはよく言って聞かせてありますので、二度とこのような失態をお見せすることは無いと、我が一命にかけてここに誓います。ヴィクトル将軍にもご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありません」
「気にされるなサイラード殿。ご子息もまだ若く才気にあふれておる。長い目で見守るとしようではないか」
「はっ」
鬼将軍が好々爺の表情を浮かべながら、同僚の息子による〝勇者逃亡の責〟を許す。
「勇者殿はワシが必ずや連れ戻して見せます故、将来の右腕、当代〝雷光〟には寛大な処置をお願い申し上げる」
片膝をつくヴィクトルに、バレンティンもそれに習い両殿下に願い出る。
「まっ、あいつとはガキの頃からの付き合いだしな」
「そうだな、中身はともかく、腕が立つ事に疑いはない。今日限りで謹慎を解く故、忠義に励む様にといっておけ」
マルケオスが頭を掻きながらそう苦笑いを浮かべると、欄ペールもやれやれと言った様子で言い渡す。
「御恩情に感謝致します」
近衛騎士団長が深く首を垂れた。
西にアイヴィナーゼ、東に神聖バラドリンド教国に挟まれたこの国は、周辺国家の中では最も強大にして広い領地を保有し、魔法技術に優れた大国である。
だがその内情は、領地の殆どで重税に因り一気に荒廃し、領民は常に飢えていた。
領主達は家族を王家に人質にとられ反抗する事も叶わず、終いには私兵の給金すら支払えなくなり手放すなど、軍縮を余儀なくされた。
その私兵達は冒険者として食い詰め、あるものは野党に成り下がり自分達が守っていた領地を荒らして回った。
領民は他国へ逃れようにも、街道を外れると魔物に襲われ、街道を通っても関所の通行税すら払えず、脱国出来ずにいた。
増税が国民を疲弊させ減収に繋がり、減収の帳尻合わせとなる更なる増税が負のサイクルを加速させる。
生活基盤が崩壊しつつある国民達の限界は近かった。
「ご報告申し上げます。アイヴィナーゼへ向かったとされる勇者様の消息は未だ掴めず」
「まだ発見できぬのか、諜報部は何をやっている!」
ウィッシュタニア城執務室。
国政を取り仕切るその広く豪奢な部屋の豪奢なテーブルには、金髪の貴公子然とした長身の美男が、報告を上げて来た軍服姿の男に苛立ちをぶつける。
貴公子はランペール・フォン・ウィッシュタニア、この国の第一王子にして国政を放棄した国王に代わりこの国を支配する次代のウィッシュタニア国王である。
そんな25歳の若い次期国王に怒鳴られることは、屈強な男もあらかじめ予想出来ており、眉一つ動かさず敬礼した姿勢を崩さない。
「それで、追跡の指揮を執るバーングランデはなんと?」
そこへ白髪の老将軍が王子へ手を上げただけで宥めると、その鋭い眼光が軍服の男を見据えて報告の先を促した。
その視線一つで屈強な男のキモが冷える。
周辺国では殺戮将軍の二つ名で恐れられるほどの戦鬼である。
戦場に立てばこれほど頼もしい存在は無いが、畏怖の念もしっかりと刻まれていた。
「はっ、バーングランデ部隊長は〝このままアイヴィナーゼへ入り、現地の諜報員と合流を果たす〟との事であります!」
「現地の諜報員となると、最寄りはライシーンであるか?」
「その通りであります!」
「……わかった、諜報部長のユーグには後でワシから出向くと伝えよ。下がってよい」
「はっ!」
老将の言葉に男が踵を返して去っていく。
「ユーグに話ってことは、さては爺さん、何か面白い事でも思いついたか?」
部屋の壁際にもたれかかり老将に問うたのは、燃える様な夕焼け色をした赤毛の偉丈夫だ。
マルケオス・フォン・ウィッシュタニア。
この国の第二王子にして、ならず者がたまり場とする冒険者ギルドを取り仕切る暴君であり、屈強な戦士だ。
身長2メートルを超す大きな体の上に据えられた顔には、獰猛な笑みが浮かべられる。
「この様な些事で御二方がお手を患う事もありますまい」
「くくく、聞いたかバレンティン、どこかのマヌケに聞かせてやりたいセリフだな」
マルケオスがヴィクトルの傍に居た中年男性に軽口を発すると、近衛騎士団長バレンティン・サイラードが恐縮し、恭しく首を垂れる。
「面目次第もございません。彼奴にはよく言って聞かせてありますので、二度とこのような失態をお見せすることは無いと、我が一命にかけてここに誓います。ヴィクトル将軍にもご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありません」
「気にされるなサイラード殿。ご子息もまだ若く才気にあふれておる。長い目で見守るとしようではないか」
「はっ」
鬼将軍が好々爺の表情を浮かべながら、同僚の息子による〝勇者逃亡の責〟を許す。
「勇者殿はワシが必ずや連れ戻して見せます故、将来の右腕、当代〝雷光〟には寛大な処置をお願い申し上げる」
片膝をつくヴィクトルに、バレンティンもそれに習い両殿下に願い出る。
「まっ、あいつとはガキの頃からの付き合いだしな」
「そうだな、中身はともかく、腕が立つ事に疑いはない。今日限りで謹慎を解く故、忠義に励む様にといっておけ」
マルケオスが頭を掻きながらそう苦笑いを浮かべると、欄ペールもやれやれと言った様子で言い渡す。
「御恩情に感謝致します」
近衛騎士団長が深く首を垂れた。
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