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60話 それじゃダメだよ。
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準備が終わったら家の納屋に集合との運びとなり、食料の買出しで出て行ったユニスを除いて全員冒一緒で冒険者ギルドを後にした。
本来なら俺の左隣りに居るはずのリシアの位置にフィローラが居て俺と手を繋いでおり、そのフィローラを挟む形でリシアも彼女と手を繋いで歩いている。
これはアレか、正妻からの彼女を家に引き入れろとのお達しか。
リシアはローザにも抱きついてるし、気がつくとククやトトの体毛を撫でさせてもらっている。
もしかして俺が欲望のままにハーレムを作っているように見えて、実はリシアにとっても心地よい物かわいい物を集めているのではないのだろうか……?
いや、それはそれで別に良いか、俺が受け入れリシアも喜んでいるのなら。
そしてリシアの新たなターゲットにされたフィローラは、両サイドを挟まれ手を繋いでいる状況に、頭の処理が追いついていないのか眼を回している。
「おおお男の方と手をちゅないで歩ける日がきゅるなんてぇ…」
「フィローラの手は小さくて可愛いね」
「そうなんですよ、全体的に小さくて可愛いです…」
賛同するリシアのうっとり顔。
それと同時に俺の反対側の手を繋いでいるトトの手が強く握られた。
「トトの大きな手はふわもこで心地いいよ」
「えへへ……」
合宿1日目の夜から急にデレだしたトトが可愛すぎる。
できれば冬から春にかけて触っていたいが……。
あ、今良いことを思いついたので家に帰ったらやってみよう。
帰宅後、皆を連れて納屋に入ると、早速先程思いついたことの実験をすることにした。
天井付近にコールドアローLv5を均等に配置すると心の中で弾けろと命じた。
まだ朝方なのでさほど蒸し暑くはないが、弾けた氷の粒子が舞い落ち、冷やされた空気が清涼感を与えてくれる。
「おお~、まるで森の中の早朝の如くさわやかさ~。さすが我がライバルですなぁ」
いつからアーヴィンのライバルになったのか知らんけど実験は成功のようだ。
「本当に昨日の朝みたいに気持ち良いです」
「すずしーい」
ククとトトが心地良さそうに涼んでいる。
二人とも今は夏毛かもだが、全身体毛で覆われてるため普通の人より暑さを感じるのかもしれない。
前面の体毛がなくなり、ビキニのようなものに包まれているククの胸が、歩くたびにたゆんたゆんと揺れ実にけしからんので揉みしだきたいです。
昨晩さんざん揉ませて頂きましたが。
「これなら定期的に部屋を冷やせば過ごしやすくなりそうだ」
「色々なことをやってるのね…」
「あたしはもうすこし暑いくらいが過ごし易いんだけどね」
呆れ半分感心半分といった感じに呟くレスティーと、自身の爬虫類体質でモノを言うクサンテ。
現代社会のクーラーのある生活に慣れ親しんだ俺としては、夏場に屋内で蒸し風呂はご遠慮したいところである。
「マジックキャスターのスキルに〈アイスピラー〉ってありましたよね?」
「あぁ、あったなそんなの」
フィローラの気付きに忘れていたので思い出す。
戦闘スキルじゃないのと、攻撃手段がマジックユーザーに依存し気味でスキルポイントにあまり余裕が無かったため、本気で忘れていた。
「それ砕いて冷やし水として飲めば夏は快適だな」
「いいねそれ!」
「名案」
酒場で見た案を口にすると、カーチェとメリティエが二人揃って親指を立てて賛同してくれた。
アイスピラーか……、定期的に天井にコールドアローを解放するより風呂場に大量の氷水を張るほうが労力少なくて済みそうだな。
暑さが本格化する前にやってみようか。
快適な夏の過ごし方を考案していると、そこにユニスが戻ってきたので皆の食料とキャンプ用品とたいまつを分けてお金の清算をした。
クサンテはランプも数個用意していたので、俺も一つ受け取りお金を渡す。
「今から装備を整えたいなら家の裏門から脇道を通れば表通りのモリーさんの武器屋に行けるぞ」
「そうだな。報酬とドロップ品の分け前で懐も膨らんだし見ておくか」
ユーベルトが我先にと納屋を出て裏門へと向かうと皆がその後を追う。
「……」
「どうしたのセシルさん、早く行くよ」
「は、はい……」
一人取り残されるように佇んでいた彼女を促し納屋から追い出すと、納屋の扉を閉めた。
「……」
セシルはモリーさんの店に向かうのかと思いきや、俺の隣りに居続けていた。
「どうかした?」
「い、いえ、なんでもありません……」
何かを言いたそうなそぶりを見せた彼女だが、結局はなにも言わずに裏門へと向かった。
「……もしかして、自分は店に行く必要がないと思ってる?」
言い当てられたのを驚きこちらに振り返るセシル。
どうやら彼女の本質が少し見えた気がする。
「どうしてそれを……?」
「ん~なんとなくかな? これは俺の想像だけど〝自分は装備を整える必要が無いから帰りたい〟ってところじゃない?」
「………」
またも言い当ててしまったのか、セシルは俯き黙り込んでしまった。
「違ったなら謝るけど、当たってたら素直に言って。別に怒る気はないから」
そう告げると、彼女はしばらく俯いたまま、小さく頷いた。
怒る気は無い。
だが彼女に納得できるように嗜めないといけない。
「それじゃダメだよ」
穏やかなまま否定してあげた。
黙りこんで何かを考えるようにこちらを見ているセシル。
恐らくなにがダメなのかを分かっていなさそうな上に、この状況自体がなんなのかを疑問に思っているといったところか。
「……どこがダメなのかが分からないと思ってるでしょ?」
俺の問いに素直に頷いたので、どう説明すべきか考えた。
彼女の考えはすごく良くわかる。
おそらく彼女は〝個人主義〟なのだ。
自分のすべきことが全く見えておらず、見えていないからそれが問題だと気が付いていない。
彼女の思案すべき問題は全てが彼女の中だけで完結している。
だから自分が必要ないと思った状況では人とは極力関わりたくないのだと思う。
ネトゲーに触れるまで、俺がまさにそうだった。
物語の中で他人のために動き気を遣うキャラが居ても〝こういうのってかっこいいけど、これは漫画の中だからだ〟なんて思ってた。
生きていく上で他人と関わらなければならず、関わりを極力避けたいから更に回りを見ない。
それでは周りとの軋轢しか生まれない。
しかし、それじゃダメなのだ。
一般人として普通に暮らすだけなら彼女一人の趣味趣向で済む。
だが俺達は冒険者で、迷宮の探索や魔物との戦いは命がけだ。
だからPTを組み、皆で助け合う。
そこに何も考えず自分がしなければならない事も分からず、自分がしなくても回りが勝手にやってくれるという他力本願なだけの人間は必要ないし、居てもらってもPT全体の士気に関わるので居ない方がいいくらいだ。
「それは君が冒険者だから。冒険者なら皆の装備や戦闘スタイルを理解し、状況に適した判断をしなければいけない。ましてや後衛職ともなればなおさらだ」
「補助魔法職であるエンチャンターの魔法は大きく分けて3つ。〈PTの強化〉〈敵の弱化〉〈行動を阻害〉。強化だけでも対象がPT全体のものと単体指定の物とがあり、当然その場その時で誰に何をかけるかで効率や安全などが変わってくる。そして相手が強大であれば弱体化の方が有利であったり、それを差し置いてでも使わなければならない補助魔法があったりなどの状況判断が求められる。場合によってはマジックキャスターの攻撃魔法で消し炭にしたほうが早かったりする」
「………」
「俺の国では〝敵を知り、己を知れば、百戦危うからず〟って言葉がある。敵の能力と俺の出来る事を知っていれば、そうそう負けることは無いって意味ね」
「……もし、自分よりも強い敵が現れた場合は、どうするのですか……?」
「逃げればいいよ」
「逃げてもよろしいのですか……?」
「うん、全然良い。死ぬくらいなら逃げる。逃げてその後勝てるようになったと思えたら、また挑めば良いだけだし、それも無理なら二度と関わらなければいい」
俺のあっさりと割り切った言葉に拍子抜けしたような顔のセシル。
「ただ、逃げるにしても仲間を犠牲にしてとかは無しね」
彼女には俺の無意識で〝ダンジョンは攻略する物〟という思い込みみたく、〝冒険者は個人主義だとだめなんだ〟と、どこかで気付かせて上げなければならない。
俺がネトゲーに触れ、大福さん達に気付かせてもらったように。
そして自分も誰かのために何かが出来る。
誰かに必要とされていると感じてもらうために。
「だから君は色々な事を知らなければならないし、学ばなければいけない。そして皆が危険な目に遭わないようにと、常に考え続けないといけない。エンチャンターに勇気は要らないけど、知識と知恵と冷静な判断が必要な職だから、そのことを決して忘れちゃだめだよ」
「………」
「今はわからないかもしれないけど、皆と居れば多分わかるようになると思うから、今はみんなと一緒に居ればいいかな?」
そう言うと、セシルは何かを考え始めたが、俺の言葉を理解していないかもしれない彼女との会話をこれで打ち切って、皆の元へと促した。
語彙力の無い俺が俺なりに言葉は尽くしたつもりだ。
後は実戦を積んで良い方向に向かうと信じるしかない。
モリーさんの店では武器は刺突剣こそ至高と主張するカーチェに、斬撃派のユーベルトが食って掛かり、いがみ合う様な熱い言葉の応酬を繰り広げていた。
なにやってんだお前ら?
いや、これはある意味フラグなのかな?
どっちも用途次第だろと思う俺は二人の事はとりあえず放って置き、鎧を物色しているクサンテの傍に来た。
「クサンテは重い鎧とかは平気だよな?」
「あたしはユーベルトとはタイプが違うからね」
ナイトに転職したユーベルトは直感と素早さが信条の攻撃型なのに対し、同じナイトであるクサンテはどっしり構えて理詰めの手堅い戦いが得意な防御寄りのバランス型だ。
機動力は要らないが一撃の高い攻撃力と相手の攻撃を防ぐ防御力は欲しいところだ。
それにしても、同じ職業でこうもタイプが違うのだから面白い。
「これなんてどうかな?」
「鋼鉄製のフルプレートか……さすがに予算が少し厳しいねぇ」
「足りない分は俺が出す。クサンテにはきっちりした装備をつけてくれたほうが、PT全体の底上げに繋がるから」
そう言って俺はモリーさんを呼び、店にあった鋼鉄製の装備を全身に着けさせた。
「それと、武器と盾は特殊鋼のにしよう」
「あんたの装備に回すお金はどうするんだい?」
「俺も固定砲台になるから前衛程装備に金はかからないよ」
そう告げると、彼女はしばらく考え込んでから了承した。
そしてモリーさんと相談し、クサンテのとは別に新しい注文を決めると、まだ言い合っているユーベルトを呼びつけた。
「なんだトシオ、今良いところなんだが」
「なに馬鹿なことやってるんだ。そんなことより装備を整えるぞ」
モリーさんが頼んだ特殊鉱製の装備を持って来てくれたので、ユーベルトに着けていく。
「これは?」
「こいつはベリルライト製の装備にライトウェイトを付与したもんだ。特殊鉱の中では性能はいまいちだが、兎に角軽い。鋼鉄より少し硬い強度と革鎧並みの軽さと思ってくれたら良い」
ユーベルトの質問にモリーさんが解説してくれた。
鋼鉄の防御力と革鎧の軽さとかなにそれ俺も欲しい!?
「いくら懐が厚くなったとはいえ、俺に特殊鉱の鎧を買う金なんてないぞ!?」
「知ってる」
そっけなく一言だけで応え、ニコニコ顔で黙ってユーベルトを見ていると、直ぐに俺の表情に気付いたユーベルトの顔から血の気が引いていった。
「まさかトイチじゃないだろうな!?」
「冗談だ。ある時払いで返してくれれば良い」
うん、やはりユーベルトの直感的な反応は俺より優れてるな。
俺の直観力がヘタレだとも言うが。
「あとミルトライト製の剣はこの二本だね」
モリーさんがバスタードソードと、そのバッソよりも遥かに大きなグレーターソードを持ってきてくれた。
なんだよそのでかさ、刀身だけでも150センチ位あるんだが。
「武器は重量も威力になるからライトウェイトは付与してない。気をつけな」
それを二本同時に持ってくるモリーさんの膂力もなんなの?
いや、引越しの時にベッドを一人で担いだり、俺の頭を鷲掴みにして片手で持ち上げたりと、まさにPTに入れたいくらいの人材だ。
っと、今はユーベルトの武器だったな。
「まぁ普通にバッソだよな」
「そ、そうだな……」
俺の極普通の意見に、諦めきれない様子でグレーターソードに夢見る少年の様な視線を送るユーベルトくん16さい。
ザアラッドさんじゃないんだからピーキー過ぎてお前にゃ無理だよ!
……ザアラッドさん、一昨日武器壊れてたよな?
………。
ユーベルトの装備を整え終わると、近接職は解散の運びとなり、ユーベルトとクサンテに一つ頼みごとをする。
次に後衛職の装備をお隣にあるマジックショップで揃え終えると、モリーさんのお店の軒先で今度こそ全員解散した。
家族以外ではフィローラだけが興味本位で残っているけど。
「さてと、では本題に入りませう入りませう」
俺の言葉を聴いた瞬間、モリーさんが心底嫌そうな顔に変わった。
「どうかされましたん?」
「あんたの言葉使いがおかしくなると、碌な事がないんだよねぇ……」
「それは失礼じゃ、あ~りませんか」
店の端に行ってから収納袋様から例の金棒を取り出してモリーさんに見せた。
「これで何か作れません?」
「!? あんたこれをどこから持ってきたのよ!?」
「? 昨日の合宿で敵が持ってたのを回収しただけですよ?」
「まさかこれほど大きなアダマンタイトの原石を拝めるとは思っても見なかったわ……」
……あだまんたいと?
なんだろ、ものすごく聞き覚えのある名……って最強クラスの鉱物じゃないか!?
ボーナススキルの〈鑑定〉は意識しないと発動しないので、ただでかい金属の塊に圧倒されてて鑑定かけるの忘れていた。
「アダマンタイトってやっぱりすごいの?」
「あのですね、アダマンタイトはオリハルコンやヒヒイロカネと並び、神鉄の一つとされていりゅしゅごく貴重な金属でふ!」
残ってもらっていたフィローラが、アダマンタイトの名前を聞いて驚きながらも教えてくれた。
興奮で言葉噛み噛みだけどそれも可愛い。
オリハルコンは兎も角、日本でしか名が知られていないであろうヒヒイロカネまであるのかこの世界。
「えっと、これの加工って可能ですか?」
「あぁ、あんた運が良いねぇ。加工済みのならサイズ調整しか出来ないが、原石なら問題無くできる。ただし、MPの関係で製造は一日だと精々3つくらいまでだね」
MP次第……俺のPTに入ればボーナススキルが効果を発揮するからいけるか?
ユニスにPT作成を頼んでモリーさんを入れてもらい、リシアにビショップのスキルでMP急速回復の補助魔法〈マナチャージ〉をかけてもらうと、早速製造を依頼した。
モリーさんに依頼を出し終え一息ついたところで、どうしても意識してしまうのはあのワニモドキだ。
〈物理無効〉〈閉鎖消音結界〉〈広域熱波〉〈ワープゲート〉、挙句の果てが〈アダマンタイトの塊〉だ。
ここに来てズワローグの異常さが益々浮き彫りとなって来た。
最初の二つだけでもこの世界の人には既に詰みだと言うのに凶悪な隠し球だらけ。
ゲームなら完全に負けイベントである。
あいつは本当にただのモンスターなのか?
俺は強くそう疑わざるを得なかった……。
本来なら俺の左隣りに居るはずのリシアの位置にフィローラが居て俺と手を繋いでおり、そのフィローラを挟む形でリシアも彼女と手を繋いで歩いている。
これはアレか、正妻からの彼女を家に引き入れろとのお達しか。
リシアはローザにも抱きついてるし、気がつくとククやトトの体毛を撫でさせてもらっている。
もしかして俺が欲望のままにハーレムを作っているように見えて、実はリシアにとっても心地よい物かわいい物を集めているのではないのだろうか……?
いや、それはそれで別に良いか、俺が受け入れリシアも喜んでいるのなら。
そしてリシアの新たなターゲットにされたフィローラは、両サイドを挟まれ手を繋いでいる状況に、頭の処理が追いついていないのか眼を回している。
「おおお男の方と手をちゅないで歩ける日がきゅるなんてぇ…」
「フィローラの手は小さくて可愛いね」
「そうなんですよ、全体的に小さくて可愛いです…」
賛同するリシアのうっとり顔。
それと同時に俺の反対側の手を繋いでいるトトの手が強く握られた。
「トトの大きな手はふわもこで心地いいよ」
「えへへ……」
合宿1日目の夜から急にデレだしたトトが可愛すぎる。
できれば冬から春にかけて触っていたいが……。
あ、今良いことを思いついたので家に帰ったらやってみよう。
帰宅後、皆を連れて納屋に入ると、早速先程思いついたことの実験をすることにした。
天井付近にコールドアローLv5を均等に配置すると心の中で弾けろと命じた。
まだ朝方なのでさほど蒸し暑くはないが、弾けた氷の粒子が舞い落ち、冷やされた空気が清涼感を与えてくれる。
「おお~、まるで森の中の早朝の如くさわやかさ~。さすが我がライバルですなぁ」
いつからアーヴィンのライバルになったのか知らんけど実験は成功のようだ。
「本当に昨日の朝みたいに気持ち良いです」
「すずしーい」
ククとトトが心地良さそうに涼んでいる。
二人とも今は夏毛かもだが、全身体毛で覆われてるため普通の人より暑さを感じるのかもしれない。
前面の体毛がなくなり、ビキニのようなものに包まれているククの胸が、歩くたびにたゆんたゆんと揺れ実にけしからんので揉みしだきたいです。
昨晩さんざん揉ませて頂きましたが。
「これなら定期的に部屋を冷やせば過ごしやすくなりそうだ」
「色々なことをやってるのね…」
「あたしはもうすこし暑いくらいが過ごし易いんだけどね」
呆れ半分感心半分といった感じに呟くレスティーと、自身の爬虫類体質でモノを言うクサンテ。
現代社会のクーラーのある生活に慣れ親しんだ俺としては、夏場に屋内で蒸し風呂はご遠慮したいところである。
「マジックキャスターのスキルに〈アイスピラー〉ってありましたよね?」
「あぁ、あったなそんなの」
フィローラの気付きに忘れていたので思い出す。
戦闘スキルじゃないのと、攻撃手段がマジックユーザーに依存し気味でスキルポイントにあまり余裕が無かったため、本気で忘れていた。
「それ砕いて冷やし水として飲めば夏は快適だな」
「いいねそれ!」
「名案」
酒場で見た案を口にすると、カーチェとメリティエが二人揃って親指を立てて賛同してくれた。
アイスピラーか……、定期的に天井にコールドアローを解放するより風呂場に大量の氷水を張るほうが労力少なくて済みそうだな。
暑さが本格化する前にやってみようか。
快適な夏の過ごし方を考案していると、そこにユニスが戻ってきたので皆の食料とキャンプ用品とたいまつを分けてお金の清算をした。
クサンテはランプも数個用意していたので、俺も一つ受け取りお金を渡す。
「今から装備を整えたいなら家の裏門から脇道を通れば表通りのモリーさんの武器屋に行けるぞ」
「そうだな。報酬とドロップ品の分け前で懐も膨らんだし見ておくか」
ユーベルトが我先にと納屋を出て裏門へと向かうと皆がその後を追う。
「……」
「どうしたのセシルさん、早く行くよ」
「は、はい……」
一人取り残されるように佇んでいた彼女を促し納屋から追い出すと、納屋の扉を閉めた。
「……」
セシルはモリーさんの店に向かうのかと思いきや、俺の隣りに居続けていた。
「どうかした?」
「い、いえ、なんでもありません……」
何かを言いたそうなそぶりを見せた彼女だが、結局はなにも言わずに裏門へと向かった。
「……もしかして、自分は店に行く必要がないと思ってる?」
言い当てられたのを驚きこちらに振り返るセシル。
どうやら彼女の本質が少し見えた気がする。
「どうしてそれを……?」
「ん~なんとなくかな? これは俺の想像だけど〝自分は装備を整える必要が無いから帰りたい〟ってところじゃない?」
「………」
またも言い当ててしまったのか、セシルは俯き黙り込んでしまった。
「違ったなら謝るけど、当たってたら素直に言って。別に怒る気はないから」
そう告げると、彼女はしばらく俯いたまま、小さく頷いた。
怒る気は無い。
だが彼女に納得できるように嗜めないといけない。
「それじゃダメだよ」
穏やかなまま否定してあげた。
黙りこんで何かを考えるようにこちらを見ているセシル。
恐らくなにがダメなのかを分かっていなさそうな上に、この状況自体がなんなのかを疑問に思っているといったところか。
「……どこがダメなのかが分からないと思ってるでしょ?」
俺の問いに素直に頷いたので、どう説明すべきか考えた。
彼女の考えはすごく良くわかる。
おそらく彼女は〝個人主義〟なのだ。
自分のすべきことが全く見えておらず、見えていないからそれが問題だと気が付いていない。
彼女の思案すべき問題は全てが彼女の中だけで完結している。
だから自分が必要ないと思った状況では人とは極力関わりたくないのだと思う。
ネトゲーに触れるまで、俺がまさにそうだった。
物語の中で他人のために動き気を遣うキャラが居ても〝こういうのってかっこいいけど、これは漫画の中だからだ〟なんて思ってた。
生きていく上で他人と関わらなければならず、関わりを極力避けたいから更に回りを見ない。
それでは周りとの軋轢しか生まれない。
しかし、それじゃダメなのだ。
一般人として普通に暮らすだけなら彼女一人の趣味趣向で済む。
だが俺達は冒険者で、迷宮の探索や魔物との戦いは命がけだ。
だからPTを組み、皆で助け合う。
そこに何も考えず自分がしなければならない事も分からず、自分がしなくても回りが勝手にやってくれるという他力本願なだけの人間は必要ないし、居てもらってもPT全体の士気に関わるので居ない方がいいくらいだ。
「それは君が冒険者だから。冒険者なら皆の装備や戦闘スタイルを理解し、状況に適した判断をしなければいけない。ましてや後衛職ともなればなおさらだ」
「補助魔法職であるエンチャンターの魔法は大きく分けて3つ。〈PTの強化〉〈敵の弱化〉〈行動を阻害〉。強化だけでも対象がPT全体のものと単体指定の物とがあり、当然その場その時で誰に何をかけるかで効率や安全などが変わってくる。そして相手が強大であれば弱体化の方が有利であったり、それを差し置いてでも使わなければならない補助魔法があったりなどの状況判断が求められる。場合によってはマジックキャスターの攻撃魔法で消し炭にしたほうが早かったりする」
「………」
「俺の国では〝敵を知り、己を知れば、百戦危うからず〟って言葉がある。敵の能力と俺の出来る事を知っていれば、そうそう負けることは無いって意味ね」
「……もし、自分よりも強い敵が現れた場合は、どうするのですか……?」
「逃げればいいよ」
「逃げてもよろしいのですか……?」
「うん、全然良い。死ぬくらいなら逃げる。逃げてその後勝てるようになったと思えたら、また挑めば良いだけだし、それも無理なら二度と関わらなければいい」
俺のあっさりと割り切った言葉に拍子抜けしたような顔のセシル。
「ただ、逃げるにしても仲間を犠牲にしてとかは無しね」
彼女には俺の無意識で〝ダンジョンは攻略する物〟という思い込みみたく、〝冒険者は個人主義だとだめなんだ〟と、どこかで気付かせて上げなければならない。
俺がネトゲーに触れ、大福さん達に気付かせてもらったように。
そして自分も誰かのために何かが出来る。
誰かに必要とされていると感じてもらうために。
「だから君は色々な事を知らなければならないし、学ばなければいけない。そして皆が危険な目に遭わないようにと、常に考え続けないといけない。エンチャンターに勇気は要らないけど、知識と知恵と冷静な判断が必要な職だから、そのことを決して忘れちゃだめだよ」
「………」
「今はわからないかもしれないけど、皆と居れば多分わかるようになると思うから、今はみんなと一緒に居ればいいかな?」
そう言うと、セシルは何かを考え始めたが、俺の言葉を理解していないかもしれない彼女との会話をこれで打ち切って、皆の元へと促した。
語彙力の無い俺が俺なりに言葉は尽くしたつもりだ。
後は実戦を積んで良い方向に向かうと信じるしかない。
モリーさんの店では武器は刺突剣こそ至高と主張するカーチェに、斬撃派のユーベルトが食って掛かり、いがみ合う様な熱い言葉の応酬を繰り広げていた。
なにやってんだお前ら?
いや、これはある意味フラグなのかな?
どっちも用途次第だろと思う俺は二人の事はとりあえず放って置き、鎧を物色しているクサンテの傍に来た。
「クサンテは重い鎧とかは平気だよな?」
「あたしはユーベルトとはタイプが違うからね」
ナイトに転職したユーベルトは直感と素早さが信条の攻撃型なのに対し、同じナイトであるクサンテはどっしり構えて理詰めの手堅い戦いが得意な防御寄りのバランス型だ。
機動力は要らないが一撃の高い攻撃力と相手の攻撃を防ぐ防御力は欲しいところだ。
それにしても、同じ職業でこうもタイプが違うのだから面白い。
「これなんてどうかな?」
「鋼鉄製のフルプレートか……さすがに予算が少し厳しいねぇ」
「足りない分は俺が出す。クサンテにはきっちりした装備をつけてくれたほうが、PT全体の底上げに繋がるから」
そう言って俺はモリーさんを呼び、店にあった鋼鉄製の装備を全身に着けさせた。
「それと、武器と盾は特殊鋼のにしよう」
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「俺も固定砲台になるから前衛程装備に金はかからないよ」
そう告げると、彼女はしばらく考え込んでから了承した。
そしてモリーさんと相談し、クサンテのとは別に新しい注文を決めると、まだ言い合っているユーベルトを呼びつけた。
「なんだトシオ、今良いところなんだが」
「なに馬鹿なことやってるんだ。そんなことより装備を整えるぞ」
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「これは?」
「こいつはベリルライト製の装備にライトウェイトを付与したもんだ。特殊鉱の中では性能はいまいちだが、兎に角軽い。鋼鉄より少し硬い強度と革鎧並みの軽さと思ってくれたら良い」
ユーベルトの質問にモリーさんが解説してくれた。
鋼鉄の防御力と革鎧の軽さとかなにそれ俺も欲しい!?
「いくら懐が厚くなったとはいえ、俺に特殊鉱の鎧を買う金なんてないぞ!?」
「知ってる」
そっけなく一言だけで応え、ニコニコ顔で黙ってユーベルトを見ていると、直ぐに俺の表情に気付いたユーベルトの顔から血の気が引いていった。
「まさかトイチじゃないだろうな!?」
「冗談だ。ある時払いで返してくれれば良い」
うん、やはりユーベルトの直感的な反応は俺より優れてるな。
俺の直観力がヘタレだとも言うが。
「あとミルトライト製の剣はこの二本だね」
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なんだよそのでかさ、刀身だけでも150センチ位あるんだが。
「武器は重量も威力になるからライトウェイトは付与してない。気をつけな」
それを二本同時に持ってくるモリーさんの膂力もなんなの?
いや、引越しの時にベッドを一人で担いだり、俺の頭を鷲掴みにして片手で持ち上げたりと、まさにPTに入れたいくらいの人材だ。
っと、今はユーベルトの武器だったな。
「まぁ普通にバッソだよな」
「そ、そうだな……」
俺の極普通の意見に、諦めきれない様子でグレーターソードに夢見る少年の様な視線を送るユーベルトくん16さい。
ザアラッドさんじゃないんだからピーキー過ぎてお前にゃ無理だよ!
……ザアラッドさん、一昨日武器壊れてたよな?
………。
ユーベルトの装備を整え終わると、近接職は解散の運びとなり、ユーベルトとクサンテに一つ頼みごとをする。
次に後衛職の装備をお隣にあるマジックショップで揃え終えると、モリーさんのお店の軒先で今度こそ全員解散した。
家族以外ではフィローラだけが興味本位で残っているけど。
「さてと、では本題に入りませう入りませう」
俺の言葉を聴いた瞬間、モリーさんが心底嫌そうな顔に変わった。
「どうかされましたん?」
「あんたの言葉使いがおかしくなると、碌な事がないんだよねぇ……」
「それは失礼じゃ、あ~りませんか」
店の端に行ってから収納袋様から例の金棒を取り出してモリーさんに見せた。
「これで何か作れません?」
「!? あんたこれをどこから持ってきたのよ!?」
「? 昨日の合宿で敵が持ってたのを回収しただけですよ?」
「まさかこれほど大きなアダマンタイトの原石を拝めるとは思っても見なかったわ……」
……あだまんたいと?
なんだろ、ものすごく聞き覚えのある名……って最強クラスの鉱物じゃないか!?
ボーナススキルの〈鑑定〉は意識しないと発動しないので、ただでかい金属の塊に圧倒されてて鑑定かけるの忘れていた。
「アダマンタイトってやっぱりすごいの?」
「あのですね、アダマンタイトはオリハルコンやヒヒイロカネと並び、神鉄の一つとされていりゅしゅごく貴重な金属でふ!」
残ってもらっていたフィローラが、アダマンタイトの名前を聞いて驚きながらも教えてくれた。
興奮で言葉噛み噛みだけどそれも可愛い。
オリハルコンは兎も角、日本でしか名が知られていないであろうヒヒイロカネまであるのかこの世界。
「えっと、これの加工って可能ですか?」
「あぁ、あんた運が良いねぇ。加工済みのならサイズ調整しか出来ないが、原石なら問題無くできる。ただし、MPの関係で製造は一日だと精々3つくらいまでだね」
MP次第……俺のPTに入ればボーナススキルが効果を発揮するからいけるか?
ユニスにPT作成を頼んでモリーさんを入れてもらい、リシアにビショップのスキルでMP急速回復の補助魔法〈マナチャージ〉をかけてもらうと、早速製造を依頼した。
モリーさんに依頼を出し終え一息ついたところで、どうしても意識してしまうのはあのワニモドキだ。
〈物理無効〉〈閉鎖消音結界〉〈広域熱波〉〈ワープゲート〉、挙句の果てが〈アダマンタイトの塊〉だ。
ここに来てズワローグの異常さが益々浮き彫りとなって来た。
最初の二つだけでもこの世界の人には既に詰みだと言うのに凶悪な隠し球だらけ。
ゲームなら完全に負けイベントである。
あいつは本当にただのモンスターなのか?
俺は強くそう疑わざるを得なかった……。
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