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12話 猫顔の二人
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リベクさんの執務室を退出する間際、リベクさんはリシアを呼び止めなにかを話す。
「リベクさんはなんて?」
「はい、代わりの部屋の掃除を仰せつかりました」
「俺もやるから何でも言ってね」
「私一人でも出来ますので、トシオ様はゆっくりなさっていてください」
一緒にやりますアピールをしたが、リシアが断ると俺を客間に押し込み、自分は掃除に出かけてしまった。
ちょっと寂しい…。
でもまぁ一人の時間が取れたので、INし忘れていたチャットルームに顔を出そう。
ピロン♪
《トシオがチャットルームに帰還しました》
『ただいま』
『おかえりやで』
『おかえり』
居たのは大福さんとレンさんの二人。
『ねこさん聞いてくれ、大福さんがやばい』
『どしたの?』
入室早々、いつものクールなレンさんとは若干違うテンションが出来上がっている。
『その…なんや…嫁が5人出来た』
『はい?』
『しかも全員ロリ嫁らしいぞ』
えー、マジかー、えー。
ビックリし過ぎて叫べなかった。
でも大福さん良い人だし、知り合った時からずっと彼女居なかったからちょっと嬉しいかも……。
『おめでとやで』
『ありがとやで』
友人の幸福は素直に祝福してやんないとね。
『レンさんにも彼女が出来たみたいやで』
『ふっ、地球ではお目にかかれん極上品だ……』
あ、今の笑いは筋肉至上主義のブラックレンさんだ。
『ま、まさかレンさん、もう女騎士をゲットしやがりましたか!?』
『いや、オーガの女だ』
『一段飛ばしでオーガいっちゃった!?』
『ワシもびっくりやで……』
ホントにまさかすぐる……。
『とても良い肉体だった……、特にあの大臀筋の美しさときたら、それはもう筆舌に尽くしがたい……』
『どこの筋肉?』
『尻やな』
こうなると筋肉の部位を言いまくるから、トリップ気味のレンさんはとりあえず置いておこう。
それにしても、レンさんは元々モテそうなイケメンだが、大福さんに一気に5人も嫁が出来るとはたまげたなぁ。
しかも念願のロリ嫁とかホントどうしてこうなった?
…そうだ、2人に恋人が出来たのなら、俺も報告しなければ。
『あー、実は俺も、猫耳の嫁が出来ました』
『『………』』
え、なにその沈黙?
『ねこさん…、無理せんでええんやで……』
『その内ねこさんにも良い女がきっと見つかるさ……』
嗚咽風味に憐憫の籠った慰めのお言葉を賜った。
前言撤回、愛想尽かされてさっさと捨てられてしまえ!
まったくひでぇ奴らである!
『なんでよっ! あたし嘘なんかついてないわよっ! キィィ!』
『ねこさんが壊れたぞ!?』
『オカマ口調キモいからやめーや!』
『ホントだもん! ホントに猫耳嫁居たんだもん! 嘘じゃないもん!!!』
『『ブフッ!?』』
『トト〇が居たみたいに言うんじゃない!』
『なんでねこさんそない再現率高いんや!』
チャットルームの向こう側から盛大に笑い転げる二人。
その後はいくら言っても信じようとはしやがりませんでした。
くっそ、バカにしやがって!
こいつらはリシアの可愛さを知らないからこんなこと言えるんだ!
……いやだめだ、この二人に現物を見せてもストライクゾーン外れ過ぎてるから、最悪可愛いと思わない可能性すらありやがる!
チクショーメェー!!
2人をぶち殺すために再会しなければと固く誓ったところで、彼らから有力な情報を頂く。
『〈鑑定Lv3〉の状態で装備を確認するとスロットが見えるぞ』
『ワシ昨日カード拾ったから、多分それにつけるんやろな』
〈鑑定3〉の効果に装備スロットに装備強化アイテムか。
『称号に【野盗】とかつけてる奴には用心しーや。間違いなく何かしら悪いことしとる。倒すとそいつらの罪状が記録された〈ウォンテッドカード〉ってのをドロップしおるから、それを冒険者ギルドに持って行けばお金になるで。犯罪者やし積極的に狩ってもええ位や』
『ほぅほぅ』
『あとボーナススキルにある〈アイテム収納空間〉がめちゃくちゃ便利やで。本人にしか見えんし、出した後は腰の後ろとかに固定も出来るから弄ってみたらええわ』
へー、あとでやってみよ。
『せや、ボーナススキルといえば〈精力増強〉があるから試してみるとええかもやで。…あ、これは猫さんには……』
『そうだな……』
2人がわざとらしく揶揄って来る。
まったくもってドやかましい。
でもたいへん有力な情報でした。
これも是非あとでやってみたいです!
大福先生ありがとー!
この恩は再会した時に刃をもって返させていただく!
冗談はさて置き、こちらからもPTメンバーのジョブ設定や称号変更、魔王の存在を教えておいた。
『魔王に関しては今のワシらじゃどうにもならんやろし、当面はレベル上げるしかないやろな。ほな、これから飯食いに行くわ』
『俺もだ』
そう言い残すと、大福さんはチャットルームから退出し、レンさんも音声をOFFにしたので俺も音声をOFFにする。
…しかしリシアはまだ戻ってはこない。
まぁ掃除が10分20分で終わるとも思えないし、一度街へ出かけてみるか。
とりあえず腰に剣を下げておく。
大福さんに教えてもらった〈アイテム収納空間〉も腰の後ろにセット。
あとお金と背負い袋。
ジョブにファイターとマジックユーザーもつける。
《【魔法戦士】の称号を獲得しました》
視界の左隅に何かシステムメッセージが出たけど、今は面倒だから後で良いや。
そんなこんなで準備よし!
客間の扉を勢い良く引いて開き、廊下に出ようとしたところで目の前に人影が現れた。
「きゃっ!?」
丁度ローザも扉の前を横切るところだったのだ。
驚きのあまりバランスを崩し、倒れそうになった彼女の手を掴み素早く腰に手を回す。
お腹周りにすさまじい弾力が手から脳に伝わる。
ギリギリセーフ。
「大丈夫?」
彼女が自分で立てる状態になるのを確認してから手を離す。
この手に残る異常なまでの心地よさに、脳が痺れそうになった気がするが気のせいだ。
うん、気のせい。
全身で堪能してみたいとかそんなの全然考えてないから気のせい気のせい。
「ごめんね、怪我は無い?」
転びはしなかったが脚を挫いてるかもだし、一応確認。
驚いて顔を赤くした彼女は、黙したままこくりと頷いた。
無事で何より。
「それじゃぁちょっと街へ出かけるてくるね。リシアに会ったら伝えてくれる?」
そう告げると、彼女を置いて玄関へと向かった。
…非力な俺があんなに素早く彼女を支えて倒れないとか、ステータスポイントの効果が利いているのかな?
「確か馬車はこっちから来たんだよなぁ…」
玄関を抜け家の前の道に来ると、昨日の記憶を頼りに右へ曲がる。
強い日差しは昨日よりもやや強く感じられた。
しばらく歩くと大通りに出られたため、記憶は間違ってなかったようで安心する。
大通りでは多種多様な人種が行き交い、たまに荷馬車や馬の代わりに竜のような爬虫類型モンスターが牽引する竜車が通行していた。
着ている服装も様々だ。
大きな戦斧を担ぎ鎧を着込んだドワーフの男が野太い声で罵り、弦を外した弓を握りしめたエルフの女も負けじと喚きしながら並んで歩く。
それとすれ違うハーフリングの男性が、ヒューマンの綺麗なお姉さんを数人連れて闊歩する。
車道では革鎧を身に着けたケンタウロスの集団が、馬車を護衛するように駆けていく。
車道ギリギリの歩道を本を片手に歩いていた小さな女の子が、びっくりして転びかけるが踏ん張り堪え、走り去るケンタウロスの集団を丸眼鏡超しに目で追っていた。
癖毛の金髪の側頭部からとがった耳が出ているため、ロリエルフでおなじみのマルモルの少女だと推測する。
鑑定を発動させたらマルモルでした。
可愛いなぁ。
あれで成人だと思うと、ついついいけない妄想をこじらせてしまう。
自分のストライクゾーンの広さに、業の深さを感じずにはいられない。
すると、今度はそのマルモルの少女とすれ違う、一組の男女に思わず釘付けになってしまった。
うおおお、猫人間だ! どこからどう見ても猫の頭が首から上に乗っかった獣人がカップルで歩いてる!!
しかも片方は完全無欠のソマリだ!
男女と言っても服装で分かるだけではない。
俺レベルの猫ソムリエともなると、顔の輪郭などからでも猫の性別違いがなんとなく解るのだ。
人によっては確信をもって判別できると言い切るだけに、なんとなく解る程度の俺なんかが偉そうにするなと言われそうだ。
モーディーン
獣人 男 29歳
トリックスターLv1
ビアンカ
獣人 女 27歳
エンチャンターLv47
でもすげー! 異世界最高かよ!
口元に変な笑みを浮かべて食い入るように猫獣人を見ていると、オレンジに黒味かかった毛色のソマリ男性が、こちらに向かって歩いてきた。
その後ろを茶トラの愛らしい女性もついて来る。
「失礼、我々に何か御用ですかにゃ?」
ソマリの猫人間が落ち着いた渋い声でそう声をかけて下さりました。
『にゃ』って言った! 今語尾に『にゃ』って言った!!
「すみません、あなた方の顔があまりにも猫々しくてつい見惚れていました」
慌てて頭を下げてから顔を上げるも、先程から浮かべていた好奇の顔と口元の笑みが取れていない。
やべー、超感動モノですわー。
でも猫々しいってなんだよ?
それとよく考えなくても普通に失礼だわ。
「ふむ。我々は猫の血が濃く出ておりますからにゃ……。君は猫が好きなのですかにゃ?」
顎に手を当て思案顔でこちらを見ながらそう問いかけてきた。
「はい、崇拝するほどに!」
「す、崇拝ときましたにゃ」
恐らく呆れているであろう声音を漏らすモーディーンさん。
そこで俺は先程リシアに披露したパントマイムをやってみる事にする。
まずは左肩を水平に保ちながら気持ち首を右側に傾け、肩に何かが乗っている風に見せる。
「ん?」
猫人間さんもそれに気付いたのか、何も無い左肩を見つめている。
よし。
次は頭を右に傾け、視線と共に頭に何かが乗った様に見せ、傾けた首を竦めながら、元の位置に戻し視線だけを頭上に向ける。
後ろに居た猫獣人の女性も気付き、魅入っている。
頭上に乗っている猫神様を落とさないようにそろりと両手で掴み、やや上に持ち上げたところで爪を立てられたように「痛てて」と言い顔をしかめつつ、肩にかけて抱きかかえ、リシアの頭を撫でた時の手つきで優しく背中をなでて差し上げる。
「これが俺の崇めている猫神様です」
にこやかにそう告げると、二人は興味深げに肩で撫でられるエア猫神様を見つめていた。
その二人とは裏腹に、やってしまってから冷静に戻る。
見ず知らずの人に何やってんだよ俺!
めちゃくちゃ恥ずかしいいいいいいいい!!
女性は俺の肩で撫でられているエア猫神様を食い入るように見つめているが、男性は演技だと気付いているため、再び顎に手を当て感心してくれた。
こっちは冷や汗だらだらだけど。
「なかなか興味深いモノを見せてくれますにゃ」
「楽しんで頂けたのならなによりです」
内心を悟られまいと、笑顔でごまかしながら返す。
撫でるのはやめたが女性の感心が続いているので、左手で抱っこする演技だけは継続しておく。
やばい、羞恥心が高まりすぎて死にたくなってきた。
「私の名前はモーディーン、こちらは妻のビアンカですにゃ」
モーディーンさんの紹介で我に返ったビアンカさんが会釈したため、こちらも小さく頭を下げる。
「トシオです。先程の俺を見ればわかるとおり田舎から出て来たばかりの若輩者です」
モーディーンさんが手袋をした手を差し出してきたので握り返して応えた。
手の甲が若干もこっと膨らんだ感触はあるものの、骨格的には普通の手だった。
すごく貴重な感触だけど、この季節に手袋とか暑くないですか?
「それではトシオくん、私は行くところがあるのでこれで失礼しますにゃ」
「はい、お時間をとらせてしまってすみません」
「またどこかでお会いしましょうですにゃ」
「失礼しますね」
「ではでは」
こうしてモーディーンさん夫妻と別れた。
……この羞恥心さえ克服できれば俺、パントマイムで食っていけるんじゃないか?
拙いがムーンウォークもなんとなく出来るし、少し練習すれば完璧に出来そうな気がする。
なんか別の意味でこの世界でやっていけそうな自信が持ててしまった。
いやダメだろ色々と。
とりあえずモーディーンさん達とは逆の方に歩き出す。
さっき別れたばかりなのに、また顔を合わすのもマヌケだし、追ってきたと思われるのもアレなので。
「リベクさんはなんて?」
「はい、代わりの部屋の掃除を仰せつかりました」
「俺もやるから何でも言ってね」
「私一人でも出来ますので、トシオ様はゆっくりなさっていてください」
一緒にやりますアピールをしたが、リシアが断ると俺を客間に押し込み、自分は掃除に出かけてしまった。
ちょっと寂しい…。
でもまぁ一人の時間が取れたので、INし忘れていたチャットルームに顔を出そう。
ピロン♪
《トシオがチャットルームに帰還しました》
『ただいま』
『おかえりやで』
『おかえり』
居たのは大福さんとレンさんの二人。
『ねこさん聞いてくれ、大福さんがやばい』
『どしたの?』
入室早々、いつものクールなレンさんとは若干違うテンションが出来上がっている。
『その…なんや…嫁が5人出来た』
『はい?』
『しかも全員ロリ嫁らしいぞ』
えー、マジかー、えー。
ビックリし過ぎて叫べなかった。
でも大福さん良い人だし、知り合った時からずっと彼女居なかったからちょっと嬉しいかも……。
『おめでとやで』
『ありがとやで』
友人の幸福は素直に祝福してやんないとね。
『レンさんにも彼女が出来たみたいやで』
『ふっ、地球ではお目にかかれん極上品だ……』
あ、今の笑いは筋肉至上主義のブラックレンさんだ。
『ま、まさかレンさん、もう女騎士をゲットしやがりましたか!?』
『いや、オーガの女だ』
『一段飛ばしでオーガいっちゃった!?』
『ワシもびっくりやで……』
ホントにまさかすぐる……。
『とても良い肉体だった……、特にあの大臀筋の美しさときたら、それはもう筆舌に尽くしがたい……』
『どこの筋肉?』
『尻やな』
こうなると筋肉の部位を言いまくるから、トリップ気味のレンさんはとりあえず置いておこう。
それにしても、レンさんは元々モテそうなイケメンだが、大福さんに一気に5人も嫁が出来るとはたまげたなぁ。
しかも念願のロリ嫁とかホントどうしてこうなった?
…そうだ、2人に恋人が出来たのなら、俺も報告しなければ。
『あー、実は俺も、猫耳の嫁が出来ました』
『『………』』
え、なにその沈黙?
『ねこさん…、無理せんでええんやで……』
『その内ねこさんにも良い女がきっと見つかるさ……』
嗚咽風味に憐憫の籠った慰めのお言葉を賜った。
前言撤回、愛想尽かされてさっさと捨てられてしまえ!
まったくひでぇ奴らである!
『なんでよっ! あたし嘘なんかついてないわよっ! キィィ!』
『ねこさんが壊れたぞ!?』
『オカマ口調キモいからやめーや!』
『ホントだもん! ホントに猫耳嫁居たんだもん! 嘘じゃないもん!!!』
『『ブフッ!?』』
『トト〇が居たみたいに言うんじゃない!』
『なんでねこさんそない再現率高いんや!』
チャットルームの向こう側から盛大に笑い転げる二人。
その後はいくら言っても信じようとはしやがりませんでした。
くっそ、バカにしやがって!
こいつらはリシアの可愛さを知らないからこんなこと言えるんだ!
……いやだめだ、この二人に現物を見せてもストライクゾーン外れ過ぎてるから、最悪可愛いと思わない可能性すらありやがる!
チクショーメェー!!
2人をぶち殺すために再会しなければと固く誓ったところで、彼らから有力な情報を頂く。
『〈鑑定Lv3〉の状態で装備を確認するとスロットが見えるぞ』
『ワシ昨日カード拾ったから、多分それにつけるんやろな』
〈鑑定3〉の効果に装備スロットに装備強化アイテムか。
『称号に【野盗】とかつけてる奴には用心しーや。間違いなく何かしら悪いことしとる。倒すとそいつらの罪状が記録された〈ウォンテッドカード〉ってのをドロップしおるから、それを冒険者ギルドに持って行けばお金になるで。犯罪者やし積極的に狩ってもええ位や』
『ほぅほぅ』
『あとボーナススキルにある〈アイテム収納空間〉がめちゃくちゃ便利やで。本人にしか見えんし、出した後は腰の後ろとかに固定も出来るから弄ってみたらええわ』
へー、あとでやってみよ。
『せや、ボーナススキルといえば〈精力増強〉があるから試してみるとええかもやで。…あ、これは猫さんには……』
『そうだな……』
2人がわざとらしく揶揄って来る。
まったくもってドやかましい。
でもたいへん有力な情報でした。
これも是非あとでやってみたいです!
大福先生ありがとー!
この恩は再会した時に刃をもって返させていただく!
冗談はさて置き、こちらからもPTメンバーのジョブ設定や称号変更、魔王の存在を教えておいた。
『魔王に関しては今のワシらじゃどうにもならんやろし、当面はレベル上げるしかないやろな。ほな、これから飯食いに行くわ』
『俺もだ』
そう言い残すと、大福さんはチャットルームから退出し、レンさんも音声をOFFにしたので俺も音声をOFFにする。
…しかしリシアはまだ戻ってはこない。
まぁ掃除が10分20分で終わるとも思えないし、一度街へ出かけてみるか。
とりあえず腰に剣を下げておく。
大福さんに教えてもらった〈アイテム収納空間〉も腰の後ろにセット。
あとお金と背負い袋。
ジョブにファイターとマジックユーザーもつける。
《【魔法戦士】の称号を獲得しました》
視界の左隅に何かシステムメッセージが出たけど、今は面倒だから後で良いや。
そんなこんなで準備よし!
客間の扉を勢い良く引いて開き、廊下に出ようとしたところで目の前に人影が現れた。
「きゃっ!?」
丁度ローザも扉の前を横切るところだったのだ。
驚きのあまりバランスを崩し、倒れそうになった彼女の手を掴み素早く腰に手を回す。
お腹周りにすさまじい弾力が手から脳に伝わる。
ギリギリセーフ。
「大丈夫?」
彼女が自分で立てる状態になるのを確認してから手を離す。
この手に残る異常なまでの心地よさに、脳が痺れそうになった気がするが気のせいだ。
うん、気のせい。
全身で堪能してみたいとかそんなの全然考えてないから気のせい気のせい。
「ごめんね、怪我は無い?」
転びはしなかったが脚を挫いてるかもだし、一応確認。
驚いて顔を赤くした彼女は、黙したままこくりと頷いた。
無事で何より。
「それじゃぁちょっと街へ出かけるてくるね。リシアに会ったら伝えてくれる?」
そう告げると、彼女を置いて玄関へと向かった。
…非力な俺があんなに素早く彼女を支えて倒れないとか、ステータスポイントの効果が利いているのかな?
「確か馬車はこっちから来たんだよなぁ…」
玄関を抜け家の前の道に来ると、昨日の記憶を頼りに右へ曲がる。
強い日差しは昨日よりもやや強く感じられた。
しばらく歩くと大通りに出られたため、記憶は間違ってなかったようで安心する。
大通りでは多種多様な人種が行き交い、たまに荷馬車や馬の代わりに竜のような爬虫類型モンスターが牽引する竜車が通行していた。
着ている服装も様々だ。
大きな戦斧を担ぎ鎧を着込んだドワーフの男が野太い声で罵り、弦を外した弓を握りしめたエルフの女も負けじと喚きしながら並んで歩く。
それとすれ違うハーフリングの男性が、ヒューマンの綺麗なお姉さんを数人連れて闊歩する。
車道では革鎧を身に着けたケンタウロスの集団が、馬車を護衛するように駆けていく。
車道ギリギリの歩道を本を片手に歩いていた小さな女の子が、びっくりして転びかけるが踏ん張り堪え、走り去るケンタウロスの集団を丸眼鏡超しに目で追っていた。
癖毛の金髪の側頭部からとがった耳が出ているため、ロリエルフでおなじみのマルモルの少女だと推測する。
鑑定を発動させたらマルモルでした。
可愛いなぁ。
あれで成人だと思うと、ついついいけない妄想をこじらせてしまう。
自分のストライクゾーンの広さに、業の深さを感じずにはいられない。
すると、今度はそのマルモルの少女とすれ違う、一組の男女に思わず釘付けになってしまった。
うおおお、猫人間だ! どこからどう見ても猫の頭が首から上に乗っかった獣人がカップルで歩いてる!!
しかも片方は完全無欠のソマリだ!
男女と言っても服装で分かるだけではない。
俺レベルの猫ソムリエともなると、顔の輪郭などからでも猫の性別違いがなんとなく解るのだ。
人によっては確信をもって判別できると言い切るだけに、なんとなく解る程度の俺なんかが偉そうにするなと言われそうだ。
モーディーン
獣人 男 29歳
トリックスターLv1
ビアンカ
獣人 女 27歳
エンチャンターLv47
でもすげー! 異世界最高かよ!
口元に変な笑みを浮かべて食い入るように猫獣人を見ていると、オレンジに黒味かかった毛色のソマリ男性が、こちらに向かって歩いてきた。
その後ろを茶トラの愛らしい女性もついて来る。
「失礼、我々に何か御用ですかにゃ?」
ソマリの猫人間が落ち着いた渋い声でそう声をかけて下さりました。
『にゃ』って言った! 今語尾に『にゃ』って言った!!
「すみません、あなた方の顔があまりにも猫々しくてつい見惚れていました」
慌てて頭を下げてから顔を上げるも、先程から浮かべていた好奇の顔と口元の笑みが取れていない。
やべー、超感動モノですわー。
でも猫々しいってなんだよ?
それとよく考えなくても普通に失礼だわ。
「ふむ。我々は猫の血が濃く出ておりますからにゃ……。君は猫が好きなのですかにゃ?」
顎に手を当て思案顔でこちらを見ながらそう問いかけてきた。
「はい、崇拝するほどに!」
「す、崇拝ときましたにゃ」
恐らく呆れているであろう声音を漏らすモーディーンさん。
そこで俺は先程リシアに披露したパントマイムをやってみる事にする。
まずは左肩を水平に保ちながら気持ち首を右側に傾け、肩に何かが乗っている風に見せる。
「ん?」
猫人間さんもそれに気付いたのか、何も無い左肩を見つめている。
よし。
次は頭を右に傾け、視線と共に頭に何かが乗った様に見せ、傾けた首を竦めながら、元の位置に戻し視線だけを頭上に向ける。
後ろに居た猫獣人の女性も気付き、魅入っている。
頭上に乗っている猫神様を落とさないようにそろりと両手で掴み、やや上に持ち上げたところで爪を立てられたように「痛てて」と言い顔をしかめつつ、肩にかけて抱きかかえ、リシアの頭を撫でた時の手つきで優しく背中をなでて差し上げる。
「これが俺の崇めている猫神様です」
にこやかにそう告げると、二人は興味深げに肩で撫でられるエア猫神様を見つめていた。
その二人とは裏腹に、やってしまってから冷静に戻る。
見ず知らずの人に何やってんだよ俺!
めちゃくちゃ恥ずかしいいいいいいいい!!
女性は俺の肩で撫でられているエア猫神様を食い入るように見つめているが、男性は演技だと気付いているため、再び顎に手を当て感心してくれた。
こっちは冷や汗だらだらだけど。
「なかなか興味深いモノを見せてくれますにゃ」
「楽しんで頂けたのならなによりです」
内心を悟られまいと、笑顔でごまかしながら返す。
撫でるのはやめたが女性の感心が続いているので、左手で抱っこする演技だけは継続しておく。
やばい、羞恥心が高まりすぎて死にたくなってきた。
「私の名前はモーディーン、こちらは妻のビアンカですにゃ」
モーディーンさんの紹介で我に返ったビアンカさんが会釈したため、こちらも小さく頭を下げる。
「トシオです。先程の俺を見ればわかるとおり田舎から出て来たばかりの若輩者です」
モーディーンさんが手袋をした手を差し出してきたので握り返して応えた。
手の甲が若干もこっと膨らんだ感触はあるものの、骨格的には普通の手だった。
すごく貴重な感触だけど、この季節に手袋とか暑くないですか?
「それではトシオくん、私は行くところがあるのでこれで失礼しますにゃ」
「はい、お時間をとらせてしまってすみません」
「またどこかでお会いしましょうですにゃ」
「失礼しますね」
「ではでは」
こうしてモーディーンさん夫妻と別れた。
……この羞恥心さえ克服できれば俺、パントマイムで食っていけるんじゃないか?
拙いがムーンウォークもなんとなく出来るし、少し練習すれば完璧に出来そうな気がする。
なんか別の意味でこの世界でやっていけそうな自信が持ててしまった。
いやダメだろ色々と。
とりあえずモーディーンさん達とは逆の方に歩き出す。
さっき別れたばかりなのに、また顔を合わすのもマヌケだし、追ってきたと思われるのもアレなので。
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