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1章 物語のあらすじは分かりやすい方がいい
第3話 ホラー映画は突然に
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あれから4日ほど経過したが、今のところ、俺の状況も人生も何もかも、目立った変化は起きやしない。このまま何も起きなければ良いのだが、そう願ったところで、クリスマスだって言うのにサンタさんは俺の願いを届けてはくれない。
サンタなんて、信じる歳ではないが、世間のクリスマスムードに俺だって呑まれたい。こんな、次に何が起きるのか……と、怯えるような生活とは、とっととおさらばしたいんだ。
いっそ、この段階で弟を説得できれば良いんだろうが、生憎だが、最初の数回目で俺の心は折れている。どう言い繕っても、どう促しても、結局弟は少女を連れてきてしまう。もっとも、連れてきた段階での少女の生死については変化はあるんだが――俺が説得すると、なぜだか、少女は死体としてこの家にやってくることになるのだから、俺のメンタルはボロボロだ。
言い方が悪いのか?伝え方をもっとオブラートに包んだ方が良いのか?なんて、考えて説得を試みると、オブラートじゃなくて、毛布に包まれた死体とご対面することになるんだから、もうね、俺は疲れたよ。パトラッ……
ピコン、と音を立てるチャット音。
どうにも、音の主はつけっぱなしで放置していたパソコンのようで、こんな時に――と悪態を着きながら、画面を覗き込むと、そこには数少ない画面越しの知り合いからのチャットが映し出されていた。
“ライト殿、オフラインのようですが、まさか、拙者達を裏切って、聖なる夜に勤しんでるわけじゃあるまいな!?”
“と言うのは流石に冗談でござるが、今日はお暇でござるか?拙者、ライト殿に野暮用が:( ;´꒳`;):”
「あー……」
なんだか、少しだけ現実に戻されたような気がする。いや、俺はずっと現実をさ迷ってはいるんだが。
チャットの送り主は所謂ところのゲーム仲間で、随分とまあ古典的な喋り方をするもんだから、面白半分に交流してる節もある。
そういえば、こいつからチャットが届く時と届かない時があるんだよな。まあ、単純に過程の変化の1つなんだろうが。
「悪い、今日は忙しい……っと、」
我ながら素っ気ない返事ではあるが、今はそれどころでは無い。どうせ、期間限定マップに一緒に潜ろうだとか、そう言う類の話だろう。
今はゲームよりも、弟の動向の方が気がかりだ。返事持たずにパソコンを閉じるものどうかと思うが、元からオンライン非表示設定にしてたんだから、差し支えないだろう。なんなら、ここで嫌われようが、疎遠になろうが、また次に行く可能性すらあるんだしな。
「どうしたもんかな」
頼れる誰かがいれば良かったんだが、誰もいやしない。楽しい楽しい学園ライフ!なパートに入ったこともないわけじゃないが、その時に頼ったやつらは俺が頼ったせいで、みんな死んだ。……いや、今だと巻き戻されてるから、生きてはいるんだろうけどな。
別に俺は俺が生き延びれればそれでいいし、誰かを救いたい!とか言う正義感は持ち合わちゃいない。けど、俺は自分が自分が!なんて、ワガママ野郎だから、俺のせいで、誰かが死ぬことに対して、罪悪感だって覚えるし、嫌っちゃ、嫌なんだ。
俺がもう少し、素直だったら、この物語は上手く進むのか?と思うが、結局、机上の空論だ。
はあ、とため息を吐いた俺を他所に今日も弟は愛する少女を――
「なんだ?」
ふんわりと鼻についた独特の臭いはけして、良い匂いなんて物じゃない。どこかで嗅いだことのあるこの臭いがなんだったか、頭の中で思い出そうと思考を巡らせるも、それを邪魔するかのように窓枠がガタガタと音を立て、揺れ始める。
「あ、」と俺が思い出したのが先か、ホラー映画さながらにべったりと、窓に腐敗しきった手が張り付いたのが先か。
爛れた皮膚は窓へと張り付き、膿とも血とも分からない液体が窓を伝う。俺の記憶が正しければ、その手の主はもう少しだけ、章が進んだ先で出会うはずの人物だ。
「ア、……ア゙ア、」
掠れた声が別にホラー映画の真似をしているわけではないのだと言うことはよく知っている。乾いた喉から、必死に声を出そうと振り絞っているだけなんだ。
「誰だ……?」
――と聞いたのはまだ俺達は出会っていないはずだから。
「返……セ、」
「何をだ?」
「返、せ、」
「……一応言うが俺には双子の弟がいるし、あいつの部屋は1階の右奥だぞ」
鼻腔をくすぐる腐敗臭。ぬっと顔を出し、窓から覗いてくるそいつの顔はどう足掻いてもホラー映画です、本当に。
瞳孔なんて、分からないほどに眼球自体が真っ赤に染まった目。振り乱した長い髪は土汚れと、本人の体液で染まり、ギトギトだ。加えて、裂けた肌の縫い目がそいつが何であるかを物語っている。
ワクワク異世界パラダイスと形容したが、残念だったな。最初に登場したのは可愛い猫耳ヒロインではなく――ゾンビの男だ。
こう見えて、こいつ、裁縫がめちゃくちゃ上手いんだぜ?もっとも、3章ぐらいの日常パートが来ない限りはその上手さはお見せできないけどな。
「……てか、どうやって登ってきたんだよ。外、寒いだろう?部屋入るか?」
「ア……アアあ、」
どうにも、こいつは起き上がったばかりのようで、脳みそでも落としてきたのか、知能が低い。多分、まあ、肯定的な返事なのだろうと、窓へと手を伸ばし、鍵を開けてやると、這うようにそいつは俺の部屋へと入ってくる。
「お名前伺っても?」
俺の部屋がゾンビ臭くなるのはいただけないが、物語を進めるためだ。致し方ない。ほら、説明しやすいように早く名前を名乗ってくれ。
「ア……ゲホッ、ア、あ、」
相当喉がえぐいらしい。冬だもんな、乾燥するよな。のど飴か何かあればいいんだろうが、リビングまで取りに行く優しさは今はもちあわせてないぞ。弟と鉢合わせても困るしな。
「あ、……」
「大丈夫か?ええと、俺は光。お前は?」
「ら゛い、き……」
変なところに濁点が付いてしまった彼の名前はライキ。漢字にすると雷希だったと思うが、苗字までは俺も覚えていない。
――なんせ、俺はこいつのことを歩く死亡フラグと心の中で呼んでいる。
本人を目の前にして申し訳ないが、こいつは本当によく死ぬ。死ぬ。俺はこいつが死ななかった週を見たことがない程度にはこいつはよく死ぬ。
お察しかはわからないが、こいつは弟が連れてくるはずの少女の兄で、邪魔だったからと殺され、ご覧のように執念と怨念だけで起き上がってくる。元々は普通に人間だったかな。
――が、そんなんだから、死ぬ。既に死んでるのに死ぬ。ある時は妹を庇って死ぬし、またある時は妹に殺されて死ぬし、基本的に死ぬ。ちなみにさっきまでいた世界では俺と共戦をしてくれるはずだったのだが、俺を庇って死んだ。……俺のせいだよ。
「ええと、その、“らいき”さんがなんの御用件でうちに?」
あくまでも知らないていで話を進めてはいるが、本当に知らないことも1つだけある。本来、雷希が登場するのはもう少し先で、三年の一学期が始まった頃なんだ。妹と同じく、元々俺達の学校に居たということに弟がして、それで……。
なのに、今いる。今、俺の目の前にいらっしゃる。どういうことだ?と疑問を投げかけたいが、まあ、過程はたまに大幅に違うこともある。どこかで、何かが変わったのだろう。
返せと言うからには妹は連れ去られたか、死んだかのどちらかなのはわかるが、如何せん、こいつの喉が死んでるのが問題だ。なんなら、俺と弟の区別がついているのかもわからない。
寄りにもよって、今は夜の23時を回ったところだ。暗がりな上にゾンビの視力じゃ、俺と弟の区別がつくのかさえ怪しい。忘れがちな設定だとは思うが、俺と弟はそっくりそのまま生き写しみたいなもんなんだよ。こういう時困るね。――こんな時はそうそう来ないと思うけどな。
「小生の、妹゛、返゛、ゲホッ、」
ダメだよ、こいつ。なんで冬場に起き上がっちゃったんだよ。乾燥はお肌の大敵なんて言うやつもいるが、物語進行の大敵でもあるよ。
「ええと、あの、人違いじゃないですかね」
「その顔゛を忘れ、ゲホッ、ねェだろォ!!」
そうだよな、妹が殺されたか生死不明なんだよな。そら、怒る。怒って当然だ。けどな、人違いなんだよ。あと本当にのど飴取ってきてあげた方がいいか?
「いや、だから、」
「――人違いですよ。後ろから追ってきているやつが家にいる訳ないじゃないですか。本当、これだからゾンビは使えない」
思わず、ぞっとした寒気に身体中に鳥肌が立つ感覚。反射的に生唾を飲み込んで、理解を拒否する脳を無視して、俺の眼球は横目でそいつを捉える。
ご丁寧に窓から入ってきているそいつの顔は逆光のせいで、ホラー映画リターンズ状態だ。頬を伝う鮮血はきっと、そこのゾンビのものではない。にこやかな笑みとは裏腹に毒のある言葉が、声色が、やけに耳に残って、ドクドクと心臓が鳴る。
「すみませんねえ、兄さん。私のせいで、部屋を汚してしまったみたいで。あとできちんと片付けておきますから」
睨み合う2人を他所に愚かな俺は声を出すことすら出来ないでいた。なんで、弟がここに、なんで、と頭の中が一瞬でぐちゃぐちゃになったのは、きっと、怒涛のホラー展開のせいだろう。
「明、一体どういう――」
「大丈夫ですよ、きちんと片付けますから」
弟の手に光る刃物はただの包丁のようにも見えたが次第にそれは鞭のように形状を返え、一瞬で雷希を絡めとる。滴る血の匂いは腐敗臭のせいか、そこまで強いものではなかった。代わりに目の前を細切れになった肉塊が飛び散った光景の方がよっぽどキツくて、思わず、口元を押え、嗚咽を洩らす。
「兄さん、大丈夫ですか……?最近冷えていたし、風邪でも――ああ、また髪の毛を乾かさずに寝たんじゃないでしょうね?」
俺の背中を優しく撫でる弟は何も理解していないようで、すぐに片付けますから、兄さんはゆっくり休んでください――と声をかけてくる。
「お前さ、昔から、そういうやつだったか?」
「そんなことないですよ、昔は兄さんも、ちゃんと髪を乾かしていましたし、こう言う注意をする必要は――」
――ああ、どうして、こいつとは話が噛み合わないのか。
ドク、ドク、と高鳴る心臓の音がやけに耳に響いて、早く、ここから逃げなければ……と本能的に足が動く。けれども、踏みつけたぬるりとした感触にはっとして、現実逃避していたはずの脳はすぐに現実へと連れ戻される。
「兄さん、汚れてしまいますから、ほら、座っててください」
――言っただろう?ゾンビは死んでるくせにすぐ死ぬって。
促されたまま椅子に座って、慣れた手つきで後片付けをしている弟に視線を向けた。バレないように片手をポケットに突っ込んで、少しでも気持ちを落ち着けるようにと指先をボタンに触れる。
「なあ、明。お前、何をしてきたんだ?」
なるべく、冷静に、穏やかな口調で、弟へと問いかける。次に行くために、次にまた繰り返さないために少しでも弟から、情報を聞き出したいんだ。
「お墓をね、作っていたんですけど、どうにも気に入らなかったようでして。気づいたら、ここに」
「なんで、墓なんて」
「邪魔だったんです、お兄さんったら、私のこと、すごく嫌いみたいで」
「お兄さんってことは……」
「ええ、好きな子がいると以前、話したでしょう?その子と両想いになれたんです、けれど、お兄さんが……」
酷く悲しそうな顔をする明。それでも、俺はこいつが本気で悲しんではいないのだろうと思ってしまう。
毎回……と言う程でもないが、なるべく明に話は聞くようにしている。だが、聞いたところで、あくまでも明の主観的なはなしだ。
この物語が俺の主観で進むように、また、明の話もあくまでも明の視点であり、この両想いが事実なのかすら、俺には確認を取るすべはない。
額面通り受け取るのであれば、明と少女は両想いになって、それを邪魔した雷希が殺された。でも、雷希は“返せ”と言っていた。きっと、両想いは明の思い込みで、そこには怯えた少女か、少女の死体があったんだろう。
「そうか、わかった。……またな」
「兄さん?」
カチリ、と押したボタンのご機嫌は良かったらしい。また俺は12月20日へと巻き戻る。次は進展が起きるまで物語をスキップしても良いのかもしれない。――ああ、このボタンにスキップ機能なんて、便利なものは無いからな。俺がスキップした気になるだけだ。
サンタなんて、信じる歳ではないが、世間のクリスマスムードに俺だって呑まれたい。こんな、次に何が起きるのか……と、怯えるような生活とは、とっととおさらばしたいんだ。
いっそ、この段階で弟を説得できれば良いんだろうが、生憎だが、最初の数回目で俺の心は折れている。どう言い繕っても、どう促しても、結局弟は少女を連れてきてしまう。もっとも、連れてきた段階での少女の生死については変化はあるんだが――俺が説得すると、なぜだか、少女は死体としてこの家にやってくることになるのだから、俺のメンタルはボロボロだ。
言い方が悪いのか?伝え方をもっとオブラートに包んだ方が良いのか?なんて、考えて説得を試みると、オブラートじゃなくて、毛布に包まれた死体とご対面することになるんだから、もうね、俺は疲れたよ。パトラッ……
ピコン、と音を立てるチャット音。
どうにも、音の主はつけっぱなしで放置していたパソコンのようで、こんな時に――と悪態を着きながら、画面を覗き込むと、そこには数少ない画面越しの知り合いからのチャットが映し出されていた。
“ライト殿、オフラインのようですが、まさか、拙者達を裏切って、聖なる夜に勤しんでるわけじゃあるまいな!?”
“と言うのは流石に冗談でござるが、今日はお暇でござるか?拙者、ライト殿に野暮用が:( ;´꒳`;):”
「あー……」
なんだか、少しだけ現実に戻されたような気がする。いや、俺はずっと現実をさ迷ってはいるんだが。
チャットの送り主は所謂ところのゲーム仲間で、随分とまあ古典的な喋り方をするもんだから、面白半分に交流してる節もある。
そういえば、こいつからチャットが届く時と届かない時があるんだよな。まあ、単純に過程の変化の1つなんだろうが。
「悪い、今日は忙しい……っと、」
我ながら素っ気ない返事ではあるが、今はそれどころでは無い。どうせ、期間限定マップに一緒に潜ろうだとか、そう言う類の話だろう。
今はゲームよりも、弟の動向の方が気がかりだ。返事持たずにパソコンを閉じるものどうかと思うが、元からオンライン非表示設定にしてたんだから、差し支えないだろう。なんなら、ここで嫌われようが、疎遠になろうが、また次に行く可能性すらあるんだしな。
「どうしたもんかな」
頼れる誰かがいれば良かったんだが、誰もいやしない。楽しい楽しい学園ライフ!なパートに入ったこともないわけじゃないが、その時に頼ったやつらは俺が頼ったせいで、みんな死んだ。……いや、今だと巻き戻されてるから、生きてはいるんだろうけどな。
別に俺は俺が生き延びれればそれでいいし、誰かを救いたい!とか言う正義感は持ち合わちゃいない。けど、俺は自分が自分が!なんて、ワガママ野郎だから、俺のせいで、誰かが死ぬことに対して、罪悪感だって覚えるし、嫌っちゃ、嫌なんだ。
俺がもう少し、素直だったら、この物語は上手く進むのか?と思うが、結局、机上の空論だ。
はあ、とため息を吐いた俺を他所に今日も弟は愛する少女を――
「なんだ?」
ふんわりと鼻についた独特の臭いはけして、良い匂いなんて物じゃない。どこかで嗅いだことのあるこの臭いがなんだったか、頭の中で思い出そうと思考を巡らせるも、それを邪魔するかのように窓枠がガタガタと音を立て、揺れ始める。
「あ、」と俺が思い出したのが先か、ホラー映画さながらにべったりと、窓に腐敗しきった手が張り付いたのが先か。
爛れた皮膚は窓へと張り付き、膿とも血とも分からない液体が窓を伝う。俺の記憶が正しければ、その手の主はもう少しだけ、章が進んだ先で出会うはずの人物だ。
「ア、……ア゙ア、」
掠れた声が別にホラー映画の真似をしているわけではないのだと言うことはよく知っている。乾いた喉から、必死に声を出そうと振り絞っているだけなんだ。
「誰だ……?」
――と聞いたのはまだ俺達は出会っていないはずだから。
「返……セ、」
「何をだ?」
「返、せ、」
「……一応言うが俺には双子の弟がいるし、あいつの部屋は1階の右奥だぞ」
鼻腔をくすぐる腐敗臭。ぬっと顔を出し、窓から覗いてくるそいつの顔はどう足掻いてもホラー映画です、本当に。
瞳孔なんて、分からないほどに眼球自体が真っ赤に染まった目。振り乱した長い髪は土汚れと、本人の体液で染まり、ギトギトだ。加えて、裂けた肌の縫い目がそいつが何であるかを物語っている。
ワクワク異世界パラダイスと形容したが、残念だったな。最初に登場したのは可愛い猫耳ヒロインではなく――ゾンビの男だ。
こう見えて、こいつ、裁縫がめちゃくちゃ上手いんだぜ?もっとも、3章ぐらいの日常パートが来ない限りはその上手さはお見せできないけどな。
「……てか、どうやって登ってきたんだよ。外、寒いだろう?部屋入るか?」
「ア……アアあ、」
どうにも、こいつは起き上がったばかりのようで、脳みそでも落としてきたのか、知能が低い。多分、まあ、肯定的な返事なのだろうと、窓へと手を伸ばし、鍵を開けてやると、這うようにそいつは俺の部屋へと入ってくる。
「お名前伺っても?」
俺の部屋がゾンビ臭くなるのはいただけないが、物語を進めるためだ。致し方ない。ほら、説明しやすいように早く名前を名乗ってくれ。
「ア……ゲホッ、ア、あ、」
相当喉がえぐいらしい。冬だもんな、乾燥するよな。のど飴か何かあればいいんだろうが、リビングまで取りに行く優しさは今はもちあわせてないぞ。弟と鉢合わせても困るしな。
「あ、……」
「大丈夫か?ええと、俺は光。お前は?」
「ら゛い、き……」
変なところに濁点が付いてしまった彼の名前はライキ。漢字にすると雷希だったと思うが、苗字までは俺も覚えていない。
――なんせ、俺はこいつのことを歩く死亡フラグと心の中で呼んでいる。
本人を目の前にして申し訳ないが、こいつは本当によく死ぬ。死ぬ。俺はこいつが死ななかった週を見たことがない程度にはこいつはよく死ぬ。
お察しかはわからないが、こいつは弟が連れてくるはずの少女の兄で、邪魔だったからと殺され、ご覧のように執念と怨念だけで起き上がってくる。元々は普通に人間だったかな。
――が、そんなんだから、死ぬ。既に死んでるのに死ぬ。ある時は妹を庇って死ぬし、またある時は妹に殺されて死ぬし、基本的に死ぬ。ちなみにさっきまでいた世界では俺と共戦をしてくれるはずだったのだが、俺を庇って死んだ。……俺のせいだよ。
「ええと、その、“らいき”さんがなんの御用件でうちに?」
あくまでも知らないていで話を進めてはいるが、本当に知らないことも1つだけある。本来、雷希が登場するのはもう少し先で、三年の一学期が始まった頃なんだ。妹と同じく、元々俺達の学校に居たということに弟がして、それで……。
なのに、今いる。今、俺の目の前にいらっしゃる。どういうことだ?と疑問を投げかけたいが、まあ、過程はたまに大幅に違うこともある。どこかで、何かが変わったのだろう。
返せと言うからには妹は連れ去られたか、死んだかのどちらかなのはわかるが、如何せん、こいつの喉が死んでるのが問題だ。なんなら、俺と弟の区別がついているのかもわからない。
寄りにもよって、今は夜の23時を回ったところだ。暗がりな上にゾンビの視力じゃ、俺と弟の区別がつくのかさえ怪しい。忘れがちな設定だとは思うが、俺と弟はそっくりそのまま生き写しみたいなもんなんだよ。こういう時困るね。――こんな時はそうそう来ないと思うけどな。
「小生の、妹゛、返゛、ゲホッ、」
ダメだよ、こいつ。なんで冬場に起き上がっちゃったんだよ。乾燥はお肌の大敵なんて言うやつもいるが、物語進行の大敵でもあるよ。
「ええと、あの、人違いじゃないですかね」
「その顔゛を忘れ、ゲホッ、ねェだろォ!!」
そうだよな、妹が殺されたか生死不明なんだよな。そら、怒る。怒って当然だ。けどな、人違いなんだよ。あと本当にのど飴取ってきてあげた方がいいか?
「いや、だから、」
「――人違いですよ。後ろから追ってきているやつが家にいる訳ないじゃないですか。本当、これだからゾンビは使えない」
思わず、ぞっとした寒気に身体中に鳥肌が立つ感覚。反射的に生唾を飲み込んで、理解を拒否する脳を無視して、俺の眼球は横目でそいつを捉える。
ご丁寧に窓から入ってきているそいつの顔は逆光のせいで、ホラー映画リターンズ状態だ。頬を伝う鮮血はきっと、そこのゾンビのものではない。にこやかな笑みとは裏腹に毒のある言葉が、声色が、やけに耳に残って、ドクドクと心臓が鳴る。
「すみませんねえ、兄さん。私のせいで、部屋を汚してしまったみたいで。あとできちんと片付けておきますから」
睨み合う2人を他所に愚かな俺は声を出すことすら出来ないでいた。なんで、弟がここに、なんで、と頭の中が一瞬でぐちゃぐちゃになったのは、きっと、怒涛のホラー展開のせいだろう。
「明、一体どういう――」
「大丈夫ですよ、きちんと片付けますから」
弟の手に光る刃物はただの包丁のようにも見えたが次第にそれは鞭のように形状を返え、一瞬で雷希を絡めとる。滴る血の匂いは腐敗臭のせいか、そこまで強いものではなかった。代わりに目の前を細切れになった肉塊が飛び散った光景の方がよっぽどキツくて、思わず、口元を押え、嗚咽を洩らす。
「兄さん、大丈夫ですか……?最近冷えていたし、風邪でも――ああ、また髪の毛を乾かさずに寝たんじゃないでしょうね?」
俺の背中を優しく撫でる弟は何も理解していないようで、すぐに片付けますから、兄さんはゆっくり休んでください――と声をかけてくる。
「お前さ、昔から、そういうやつだったか?」
「そんなことないですよ、昔は兄さんも、ちゃんと髪を乾かしていましたし、こう言う注意をする必要は――」
――ああ、どうして、こいつとは話が噛み合わないのか。
ドク、ドク、と高鳴る心臓の音がやけに耳に響いて、早く、ここから逃げなければ……と本能的に足が動く。けれども、踏みつけたぬるりとした感触にはっとして、現実逃避していたはずの脳はすぐに現実へと連れ戻される。
「兄さん、汚れてしまいますから、ほら、座っててください」
――言っただろう?ゾンビは死んでるくせにすぐ死ぬって。
促されたまま椅子に座って、慣れた手つきで後片付けをしている弟に視線を向けた。バレないように片手をポケットに突っ込んで、少しでも気持ちを落ち着けるようにと指先をボタンに触れる。
「なあ、明。お前、何をしてきたんだ?」
なるべく、冷静に、穏やかな口調で、弟へと問いかける。次に行くために、次にまた繰り返さないために少しでも弟から、情報を聞き出したいんだ。
「お墓をね、作っていたんですけど、どうにも気に入らなかったようでして。気づいたら、ここに」
「なんで、墓なんて」
「邪魔だったんです、お兄さんったら、私のこと、すごく嫌いみたいで」
「お兄さんってことは……」
「ええ、好きな子がいると以前、話したでしょう?その子と両想いになれたんです、けれど、お兄さんが……」
酷く悲しそうな顔をする明。それでも、俺はこいつが本気で悲しんではいないのだろうと思ってしまう。
毎回……と言う程でもないが、なるべく明に話は聞くようにしている。だが、聞いたところで、あくまでも明の主観的なはなしだ。
この物語が俺の主観で進むように、また、明の話もあくまでも明の視点であり、この両想いが事実なのかすら、俺には確認を取るすべはない。
額面通り受け取るのであれば、明と少女は両想いになって、それを邪魔した雷希が殺された。でも、雷希は“返せ”と言っていた。きっと、両想いは明の思い込みで、そこには怯えた少女か、少女の死体があったんだろう。
「そうか、わかった。……またな」
「兄さん?」
カチリ、と押したボタンのご機嫌は良かったらしい。また俺は12月20日へと巻き戻る。次は進展が起きるまで物語をスキップしても良いのかもしれない。――ああ、このボタンにスキップ機能なんて、便利なものは無いからな。俺がスキップした気になるだけだ。
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