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84.番の香り
しおりを挟むリンジェーラの手首から血が流れ、地面に落ちる。会場からの音楽が乱れ、会場の方がざわつきだしたようだ。
リンジェーラの匂いは獣人を惹きつけるため、リンジェーラが臨むゾディアス様以外にも、効果がでてしまっているのだろう・・・。
「貴方・・・何をして」
いきなりガラスで手首を切ったため、男爵夫人は戸惑っているようだ。・・・まるで恐ろしいものを見る目だ。
こんな場所で、この手を使いたくはなかったが、リンジェーラは自分が危険になっても、ゾディアス様を取り戻す方を選んだのだ。
「番の血の匂いをかげば、ゾディアス様は元に戻るわ」
リンジェーラは、ゾディアス様が元には戻るだろとは思っていたが、すぐに効果があるかはわからなかった。
もしかしたら、他の獣人達が先に来てしまうことを考えてしまうと恐ろしくなったが、かけにでるしかなかった。
そうならないためにも、リンジェーラは祈る様に、ゾディアス様に呼びかける。
「ゾディアス様・・・私を見てください」
匂いの効果か、ゾディアス様は名前を呼ばれて、少し反応を示し視線をリンジェーラにゆっくり向けてきた。
香りに引き寄せられてバルコニーには、他の獣人達がちらほら集まってきていた。
「ゾディアス様、お願い。早くッ・・・私に気づいて」
リンジェーラはゾディアス様を見ながらも、自分に迫る危機に、あの日を思い出して身体が震えた。
ゾディアス様がリンジェーラに気づくよりも先に、近づいてくる者たちが目に入る。
近づいてくる者達は、リンジェーラの血のにおいに導かれるままに、歩みを止めはせず、もう少しで触れる位置まできていた。
「来ないでッ、ぃゃ・・・ッ」
リンジェーラに伸びる手に、嫌な記憶がフラッシュバックし、リンジェーラは、恐怖に目を瞑ってしまった。
『触れるな』
声で空気が震える感覚がして、ゾディアス様の匂いがリンジェーラを包み込む。
ゾディアス様に抱きしめられて、温かさがリンジェーラを安堵させ、泣きそうにさせた。
ゾディアス様はリンジェーラを抱きしめ、周りを威圧しているようで、周りは動けないどころか、気を失うものまでいた。
近くにいた男爵夫人も、巻き込まれたようで、既に倒れている。
ゾディアス様はリンジェーラを誰にも渡さないとばかりに、しっかりと抱えあげてきた。
「血を止められるか・・・」
ゾディアス様のいう事に、リンジェーラは頷いて自分に治癒魔法を施した。
傷口はすぐにふさがったが、前の時と同じで血は洗い流さないと消えはしない。
リンジェーラがそう思っていると、ゾディアス様は傷口が塞いだのを確認し、リンジェーラについている血を舐め上げてきた。
「ひゃッ」
さすがに血を舐め上げてくるのは想定外で、リンジェーラは声がでてしまう。
ゾディアス様は血を舐めながら、リンジェーラをじっと見つめてくる。熱が篭った瞳に、リンジェーラは以前体験した嫌な記憶が上書きされたような気がした。
リンジェーラはゾディアス様が何も言わずに、血を舐めているのを見ながら、羞恥で顔に熱が溜まっているのがわかった。確かに舐めてしまわれれば、流したのと同じかもしれないが、かなりリンジェーラには堪える所業だった。
「あのッもう」
血を舐め上げられ、綺麗にはなったように思うが、ゾディアス様はまだ行為を止めようとはしなかった。
周りの獣人がほぼ膝をついたあたりで、団長が現れリンジェーラ達に近づいてきた。
ゾディアス様は、男爵夫人が香を使った事、リンジェーラが自分の番で、リンジェーラの血の匂いに引き寄せられた者たちが、リンジェーラに触れようとしたために威圧した事を説明した。
後は任せろと団長が言うと、リンジェーラをかかえたまま歩き出された。
リンジェーラは降ろして欲しかったのだが、今日は絶対に家には帰さない・・・覚悟しておいてくれと、宣言され、意味を理解して大人しく、頷くしかなかったのだった。
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