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11 運命が変わる時
2 落選
しおりを挟む「ここじゃなんだから‥‥」
って、別にさ、ちょっとだけならラウンジでもよくない?
まるで高等部の生徒かっていうくらい、違和感もなく慣れた風で階段を上って行く高辻くんの後ろをついて行く僕の方が腑に落ちないでいた。
校舎内もほとんど灯りは消えてて、非常灯のぼやっとした光だけが階段を上がってく僕たちの影を写し出している。
三階まで上がって来たところで
「…ね、どこいくの?」
数段先の方にいる高辻くんに声をかけた。三階は僕たち二学年の棟だったから、用があるならって…話ぐらいなら僕たちのクラスを使ってもいいんじゃないかって思ってたんだけど
「‥‥え、一番上」
高辻くんは振り返ってにっこり笑った。
(なんか…意味深なんだけど‥‥)
そんな風に笑ってるけど、何を考えてるのか掴めない高辻くんの後をまた黙ってついて行った。
四階の東棟は多目的ラーニング教室になっていて、目的に合わせて教室の広さを調節できる。反対側の西棟は三学年の教室だ。
さすがに四階まで一気に上がってくると息が切れちゃう。呼吸を整えるように何回か深呼吸している僕を気にしてくれたのか
「大丈夫です?」
ちょっとだけ哀れなものを見るようにして手を差し出してくれたけど
「うん…大丈夫」
僕はその掌に軽くタッチして応えた。
東棟の一番奥の階段を高辻くんは何の躊躇いもなく上ってドアを開けた。
瞬間に、外からの風が入ってきて高辻くんと僕の髪が吹き上げられる。反射的に目を瞑ったままドアに手を掛けて僕も屋上に出た。
「ん――っ。気持ちいいっ」
なんて言いながら高辻くんは思いっきり両手を上げて伸びをしてた。
「前に…高等部の文化祭があった時、屋上に来たことがあったんだ。ここだったら…今は誰も来ないし、気兼ねなく話せるでしょ?」
って、僕の方を見てまたにっこり笑うんだ。
「それに…屋上って、開放感があるっていうか…眺めもいいし」
別に、話をするくらいどこだっていいじゃないか。そんなとこまで拘ってるのか、単なる高辻くんの個人的な感覚なのか、僕は呆れて動けなかった。
「ほら、こっから見える景色って気持ちよくない?」
フェンスに指をかけて、ぽつぽつと点っている町の明かりを見渡して高辻くんはそう言う。
「ね、」
今度は、後ろに居た僕に手招きをした。
(なに、もぉ…話があるのか何なのか分かんないけど、早く済ませてくれないかなぁ)
「でも、早くしないと鍵、閉まっちゃうよ」
「うん。分かってる」
僕も渋々、高辻くんの横に並んで同じように町の明かりを見てた。
初夏が近づいてきている風は、気持ちいいくらい制服のシャツを膨らませて通りすぎてく。
あの時も――――
『ミツキの匂いがする』
って、通り過ぎる時に聞こえた。
(どいつも、こいつも…ミツキ、ミツキって…こいつが何なの?)
癪に障って仕方ない。
あの日以来、ずっとモヤモヤして過ごしてた。“ミツキ”の名前が頭から離れなかった。
ミツキの何が?良くって?細い身体で小さいし、ま、百歩譲って顔は可愛いところは認めよう。それに、自分と違って平凡なβ性みたいだけど?
ミツキに何ができる?自分の方がよっぽど必要なんじゃないか。必要とされていいはず。その為に、キツイ発情期にだって耐えて、訓練のようなセックスを熟している。
もう、そんなのから解放されたい。
こんなの、何かの間違いだって確認したかった。
「‥‥ねぇ、充稀先輩、なんでここに戻ってきたの?」
高辻くんの目は、変わらず町の明かりを見つめたままだった。
何を言ってるのか始めは理解できなかったけど、ここに戻ってきた
「ここって‥‥人間が居る世界――僕たちが居る世界ってこと?」
僕は少しだけ高辻くんの方を見上げて応えた。
「それは…僕にも分からない。気がついたら僕は人間界に戻ってた」
「分からないって…どうして?」
曖昧な答えだから、高辻くんは怪訝に眉を寄せて僕を見た。
「ん―…なんでなんだろうね」
ほんとのところは僕には分からない。多分、僕は必要とされなくなったから。だって思ってる。そうだと思ってても、そうだって思いたくない。
(曖昧だよねぇ)
誤魔化して笑いながら僕は町の方へ視線を向けた。
「…そんな…だか…ら‥‥そんなん…だから‥‥っ」
急に僕の肩のところのシャツを高辻くんがぎゅっと握り締めてきて、顔を伏せたまま声を詰まらせてた。
「な、な、に?」
僕のシャツが思ったよりも強く握り締められて、びっくりして高辻くんを見た。
「…そうやって、ヘラヘラ笑って‥‥っ!」
ぐっ、ガッシャ――ン!
握り締められたシャツを思い切り引っ張られて、背中をフェンスに叩きつけられた。その衝撃と痛さに片目を瞑って
「い、痛っ…な、なんなのっ?!」
「そうやって、ヘラヘラ笑ってればいいわけ?お気楽でいいよね」
急に態度が変わった。それに、目の色が違って感じる。これは明らかに敵意があるとしか思えない。
僕の胸ぐらを掴んで
「お気楽なあんたがなんの役に立ったの?」
掴んだ拳をぐぐっと圧してくる。フェンスの網目が背中に当たって痛い。
「放、してっ!」
僕もこんな状態じゃ痛さに耐えられない。高辻くんの両腕を必死で引き剥がそうとするけど、その身体ごと圧しつけてきて
「なんの能力もないあんたが…だから…選ばれなかったんでしょ?だから、ここに居るんでしょ!」
ガシャン!
もう一度、激しくフェンスに身体を叩きつけられた。
痛い――よりも、『なんの能力もないから、選ばれなかった』
その一言に、僕の耐えていた感情が音を立てて噴き上がった。
「そうだよっ!僕は選ばれなかった!落ちこぼれだよ!」
分かってる。僕は兄様たちにとってなんの役にも立たなかった。だから、人間界に戻されたんだ。受け入れたくない事実をそのままほったらかして、なあなあで生きてきた。真実を受け止めたくなくて逃げてたんだ。
「僕は、僕は役立たずの弱虫だよっ!」
高辻くんの手首に爪を立てて引き剥がそうとするけど
「だったら、だったら‥‥!」
僕のシャツが破けそうになるほど力いっぱい握り締めて、何度も、何度もフェンスに身体を叩きつけられた。
ガシャン!ガシャン!
キキキ…ッ
叩きつけられるフェンスの音に混じって、金属の錆びた音が響いてた。
「ボクの、ボクの番に手を出さないで!」
「人聞き悪いこと言うなっ!僕は何もしてない!」
さすがに、僕の怒りが爆発した。
僅かに押し返せば押し戻されて、フェンスが変形するくらい僕の背中をフェンスに叩きつける。
キキキ…ッ ギギ‥‥
「だったら!あんたなんか居なくていいんだっ」
って‥‥
「いぃったっ!!」
気でも狂ったのかと思った。
うなじの辺りに火がついたような痛みが奔って、咄嗟に手で押さえた。
べとっとした生温かい感触が‥‥手に付いていたのは血。
噛みつかれたんだ。脳が判断した。
「別に、ボクから噛みつかれても平気でしょ?どうせ、役にも立たないβなんだから…」
高辻くんは自分の口端に付いた僕の血液であろうそれを舌先でペロッと舐めて僕を嘲り笑う。
「…いい加減に‥‥しろッ!」
僕は、僕じゃなくなった。
「そんなに、そんなに言うんだったら!こんな物、なんてっ!」
怒りは絶頂に達した。どこにそんな力があったのか、自分でも不思議でならない。重たく圧してくる高辻くんの身体を押しやって、彼の首元でチラついてたチョーカーを力任せに引っ張ってやった。
「そんなに君の番が欲しいって言うなら、こんな物っ!いらないでしょっ!」
「く…っう」
喉元を引っ張られるから、そりゃ息苦しいに決まってるよ。高辻くんの顔面が強張ってる。
それにしても、単なる飾りじゃないんだね。僕がこんなに必死で引きちぎろうとしても、そうそう簡単にはちぎれない。
「そんなお堅いお守りなんかに執着してる君の方こそ!哀れだよっ!」
「く…っ、な‥‥っ!」
高辻くんもイラっときて僕の頭に額を圧しつけてきた。圧し掛かる額がふるふると震えてる。
「こん、な、ものっ!」
僕も気が狂ってしまったんだろう。いや、平常心なんかじゃいられない。突き刺さるようなこと言われて、おまけに、異常でしょ?血が滲むほど噛みつくなんて…
だから、僕も仕返してやった。
目の前にあるお堅いお守りを噛みちぎってやろうって、その首筋に噛みついた。
「いっ!」
噛みつかれたら痛いでしょ?
高辻くんはキュッと顔をしかめて、片目で僕を睨んでる。
「別に、僕なんかに噛みつかれたって平気でしょ?」
おんなじことを言い返してやった。
口の中に鉄のような匂いが広がった。
それでも、絶対に放すもんかって、絶対に引きちぎってやるって、僕はチョーカーを握り締めてた。
「ふざけ…んな…ッ!!」
グワッシャ―――ン!
キ――――‥‥ン
ありったけの力で僕はフェンスに叩きつけられた。
「‥‥‥‥あ‥‥」
外れた。
錆びついて脆くなっていたんだろうか、叩きつけられる衝撃に持たなかったんだろう‥‥
「え‥‥‥‥?」
一瞬、僕と高辻くんは空間に止まった感じがした。
叩きつけた勢いで外れたフェンスの間から、僕と高辻くんの身体が落ちていく
―――――――‥‥‥‥‥‥
運悪く、僕はコンクリートの地面に頭を強打。
僕の第二の人生は終わった。
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