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10 百鬼夜行

3 ちっちゃいけれど強いんだ!

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 人間界の夜のこの煌びやかさ。
 夜という暗闇はないようなほど人や電飾に刺激される。見上げるビルには灯りが点り、忙しなく走る車のライトや点滅する信号があらゆる方向に散らばっていく。

 街は眠らない―――。

 人間にはこれがいつものことで、当たり前のことだと言う。何が当たり前の基準なのかはには理解できないことだが。人間もまたによって裁かれるということは知らない世界であって、自分たちにとってこれが当たり前のことなのだ。知らない世界は知らないままでいいのだろう。それで界が成り立っているのだから。



「ね~これカワイイ♡」
「ヨウはこっちがいいな♡」
「母様にも1つ買ってこ♪」
「うん♪」

 とある雑貨ショップで、目に付くものをあれやこれやと物色して楽しんでいた。

 アーケード街をあちこちと見て回るレンとヨウも人間界ここでは当たり前の風景。女子高生くらいの子が2人で街中を遊び歩いてるくらいにしか映らないのだろう。誰も気に留める人もなく、当たり前のように過ぎて行く。

 声をかけられるとすれば‥‥

「ね!ね!カワイイお姉さん♪」
 割とイケメンズなキリッとしたスーツ姿の呼び込みくらいで
「え?あたし?カワイイってぇ?」
「え?あたしのことだって!」
 素直に振り向かないでも…。
「カワイイ」の言葉にすぐに反応してしまう。

(どっちでもいいけどよ)
 心の中では荒くれたことを言いながら

「え?!なに?!カワイイ双子ちゃん?」
 羊の面を被ったオオカミだ。
「ちょうどよかったぁ!うちの店、今なら2人分席空いてるからど―お?」
 呼び込めば、+2倍でおいしいとこ。内面、ヨダレたらたらだろ。
「え~どっしよっかなぁ‥‥」
 ヨウが上目をしながらで考えているその肩を、レンがトントントン‥‥小刻みに叩く。
「なにぃ?」
「ヨウ、ほら」
 レンが送った視線の先に、人波よりだいぶ背の高い、赤毛の、
「ハバラ兄さん!」
 考えもなしに知った顔を見つけて、ヨウは大声でその名前を呼んだ。
「ヨウってば!声、大きいって!」
 レンはヨウの服を引っ張るようにして忠告する。

 どこに居ても兄弟の声は分かるもので‥‥

「おう!レン!ヨウ!」

 こんな所で会うとは思ってもなかった風で、ニカっと笑いながらこっちへやって来た。

 よく目立つ赤毛の髪に格闘家よりもでっかい身体の男がやって来たもんだから

(これは‥‥)
 と、いつの間にか呼び込みイケメンズの姿はなかった。


「お前ら、ここで何やってんの?」
 レンとヨウを交互に見下ろしながら言う。
「母様におみやげ買ってこうって、レンと色んな店見て回ってたとこ♪」
「ていうか、ハバラ兄さんの方こそ。何してんの?」
 透かさずレンが回避。
 たった今、呼び込みイケメンズに声をかけられて、「実は店に入る気満々だった」なんてこと口が裂けても言えない。
 そんな家族思いの妹たちに感激して、ちょっぴりうるっとした様子のハバラが
「そっか、そっかぁ!お前たちも楽しんで来いよ!悪い奴には気をつけるんだそぉ」

 なんて、がそんなこと言ってるのか…。
ま、人間界ここに来て悪い奴というか、怖いモノなんて以上には居ないだろうが。


 ごそっ。

 ワキャァァ~!

 ハバラの上着の首元からひょこっと顔を出した。

「!!あ~~っ!ガキちゃぁん♪」
 まるでペットみたいにハバラの首元で動いている。
「ぅわあっ!って、じっとしてろって言っただろ?」
 いきなり出てきたのにハバラが慌ててまた上着の中に押し込もうとする。
「いや~ん♪ガキちゃんも来てたの?」
 レンとヨウが嬉しそうに餓鬼の頭を指先で撫でた。
「そうょ…いつの間に紛れ込んだのか…付いて来やがったんだ」
 どうしたもんか、と呆れてしかめっ面のハバラ。
「え?他の子は?」
「みんな留守番してるはずだろうけど…こいつだけな‥‥」
「そっか。ガキちゃんもきっとミッちゃんに会えると思って付いて来ちゃったんじゃないの?」
「そうそう。ミッちゃんのこと大好きだったもんね!」

 レンとヨウに頭を撫でられながら

 キュウゥゥゥ‥‥

 への字目になって首を竦めていた。

 そんな餓鬼を指先でまた上着の中にしまい込んで

「お前らも気をつけるんだぞ!じゃ、また後でな」

 レンとヨウとは暫しここで解散。





 (餓鬼こいつらのこと一番最初に守ってくれたのは…ミツキだったもんなぁ)

 ミツキが地獄界に堕ちてきて最初に会った時のことを思い出していた。


 ちっちゃいくせに怖いもの知らずなのか、言うことは強気で、でも納得できた。自分たちが当たり前に暮らしていたことをミツキはぐるっとひっくり返したんだ。でもみんな、そんなミツキのことが当たり前になって、ミツキが居る周りはいつもほんわかしてた。

餓鬼こいつらもミツキのために必死になったよなぁ‥‥)



 アーケード街を出て道路に面する路地をハバラはゆっくりと歩いていた。

 モソモソ‥‥

 上着の中でおとなしくしていた餓鬼が急に動き出して

 ウッキャ‥‥!

 ハバラの首元から顔を出したかと思ったとたん、スルッと抜け出して、捕まえようとするハバラの手の間をすり抜けてものすごい勢いで走り出してしまった。

「おっ!おおっ!こらぁ!何やって、んだっ!どこ行くんだって‥‥!」

 ハバラも慌てて追いかけようとするが、身体が小さいだけに動きもちょこまかしてそう簡単には捕まえられない。傍から見れば、ネズミか何かが走り抜けて行ったような黒い影にしか見えないだろう。逆に、何をそんなに必死になって追いかけているんだと不思議がられても可笑しくない光景だ。
 後、数センチのところで捕まえられそうなのに、またシューンとすり抜けて行ってしまう。

「おまっ…いい加減にしろよッ!」

 こんなところでこんな物体の正体が知れたら、どんなパニックになるか…ハバラも必死の形相で追いかけた。

 細い路地の間をまっしぐらに走って行く。

 所々にある外灯の明かりだけで、薄暗い中を追いかけた。目線は確かに先の通路を行って曲がったところまでは確認できていた。

「‥‥っおぉ?」

 通路を出た先には公園というか、ちょっとした広場になっていた。周りは立木で囲まれ、散歩コースのような敷地は生垣で仕切られていて中央には大型の遊具や砂場が設置されている。軽く散歩を楽しむには緑も程よく生い茂っていて気持ちのいい場所だ。

 とうとう、見失ってしまったか。




 ウゥゥゥ―――ッ‥‥

 低い唸り声を上げながら餓鬼は何かに気づいていた。

 生垣の奥の明かりも届かないような鬱蒼とした所でゴソゴソと物音がしてくる。

 ミャ…

 か細く消えかけそうな声で鳴いていた。

「生きてても迷惑なだけなんだよ」

 茂みの奥に隠れるように、黒いパーカーを着てフードで頭も覆っている人影がぼそっとそう言った。と同時に、キラリと鋭利に光る刃物のような物が振り上げられる。

 ハッ、ギャ――――ッ!!

 餓鬼が素早くその黒い影をめがけて飛んだ。

 ガジッ!

「!!‥‥いッ!!」

 暗闇の中、いきなり跳んできた、これは動物?だろうか?

 暗くてはっきりと確認ができない。が、確かに、に片腕を噛まれている状況だ。鋭い牙か何かだろう、腕に刺さったままで激しい痛みが奔る。
「なっ、なんだよっ!!いぃっ、放せ!」
 振り払おうと上下左右に思いっきりの力で腕を振る。

 ウギギギッ!
 
 それ以上にも増して、餓鬼の噛みついた牙は腕に喰い込んでいた。

「このヤロ…ッ!」

 反対側の手に掴まれていたのは、小さな小さな、仔猫だった。生きているのか、もうすでに死んでいるのか、掴まれた手の中でぐったりとしている。

 グググッッ‥‥

 激しく振られている餓鬼は、その腕を放すまいと喰いちぎりそうなほどの力で牙を立てる。

 腕に刺さったそれを払い除けようとして片方の手で掴んでいた仔猫を放り投げた。

 仔猫はぽたりと地面に落ちて動かない。





 「‥‥そ―ゆうことねぇ‥‥」


 暗闇から声が聞こえて、振り返った生垣の向こう側に琥珀色に光る目を見た。

「どこに行ったかと思えば…急に飛び出すんじゃねぇよ」

 琥珀色に光る目がこっちをギロリと睨んで、それは確かに目のようだが常識では考えられないほど大きなものだった。

「‥‥わ…ぁ‥‥!!」

 突然現れた恐怖の物体に腰を抜かしそうになって地面に転げてしまった。

 ザザザッ‥‥!

 生垣の間から赤銅色の太い綱のような物が伸びてきたと思ったら、蛇のように絡んで巻き上げた。
「はぅ…ぅぅぅ‥‥!」
 何が起こっているのか分からない。
地面そこにちっちぇ命が生きてんだよ」
 身体に巻き付いた大繩のような物がググっと締め付けてくる。
「はっ、が…は‥‥っ」
 身体が圧迫されて今にも潰れそうだ。
「お前がしたこことおんなじことだよ」

 ズバッ!

「ひいっ!」

 生垣から出てきた巨大な顔に青褪めた。

 琥珀色の目の中に金色に光る瞳孔が睨み上げている。


 『この子たちだって生きてるんだよ!ちっちゃい命をなんとも思わないで‥‥』

 そんなことミツキが言ってたっけ?



「ちっちぇ命をなんとも思わねぇ奴はさぁ‥‥」

 巨大な顔に頬まで裂けた口から覗いている牙を剥き出して

 ガプッ。

 頭から呑み込んだ。

「…ごちそうさまでしたぁ」





 地面に横たわったままの仔猫を餓鬼がそっと撫でている。

⦅生きるんだよ――⦆


 ひょいっと首根っこを掴まれて持ち上げられたら、また上着の中へぽすん。

「お前が命を救ったな。でも、面倒かけることは許さねぇからなっ」

 赤髪を揺らして、ハバラは豪快に笑った。
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