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8 だからなんなの
2 しつこいよ
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それから―――
偶然は、蓋然的な確率で僕の目の前に現れる。
その日は用があって、学校が終わったらすぐに帰らなきゃいけなかった。用って言っても、姉さんが「職場の会議があるから遅くなる」って言うから、姉さんの代わりに僕が家のことするって約束してたんだ。「助かる~」ってほんとにほっとした顔してた。これくらい、家族で協力していかないとね。
放課後のHRが終わるのと同時に、机の上に置いてた筆箱、眼鏡なんかを急いでカバンに放り込んで
「智哉くん!僕、今日早く帰んなきゃいけなくて…じゃあ!」
親友にもそこそこの「バイバイ」をして、急ぎ足で教室を出た。
大階段をタタタ…っと駆け下りた時だった。
大階段の上の方から
「充稀先輩~!!」
なんでまたこんな時にぃ!!もう分かった。もうしつこいよ。
「充稀先輩、帰るとこですか?」
にこやかに手を上げながら「ボクですよ~」ってな感じで階段を下りてくる。それに、今日はお供も引き連れて、スクールバッグを背負ってるから、だぶん帰るとこなんだと思う。
僕を見つけると、階段をリズミカルにピョン、ピョン飛ぶようにして下りて来て、数センチもないくらい顔を近づけて
「ね、充稀先輩、今日暇ですか?」
なんて聞いてくるんだ。
いい加減、カチンってくるよ。暇じゃないから学校終わって急いで帰ろうとしてるんでしょうが。
「暇じゃない。ゴメン」
「なぁんだ。せっかく充稀先輩と話したかったのにな」
作ったような残念笑顔で薄茶色の目が僕を見てる。
「じゃあ、今度、時間あったらボクに付き合って下さいね!」
可愛い後輩の笑顔でそんなことを言う。それから、ふわぁっと彼の唇が僕の耳元に寄ってきて
「ボクの“運命の番”の話…続きがあるんですよ」
って、こそっと囁いた。
ドキッ。
図書室で聞かされた惚気話のことがずっと気になってた。
まさか、言ってることがほんとなら‥‥
高辻くんの“運命の番”の相手って‥‥
それが本当のことだったら?
僕の胸がチクン、チクンって痛かった。
「じゃ、じゃあ‥‥」
胸の痛みを隠すように、ブレザーの胸元をキュッと握り締めて僕は駆け出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
お昼後の体育の授業って辛いものがある。できるだけ午後はゆったりしてたいのに…ちょっとだけ憂鬱。
「最近、しつこいんだよね‥‥」
突然そんなことを言い出す僕を見て
「やっぱり!だろ?今頃、分かったの?」
智哉くんは「ほら」ってな顔してた。
体育の授業は男女別だから、こういう時は違う科と合同になるんだ。
「充稀~♡一緒に体育の授業だってぇ♪」
智哉くんと僕が第2グラウンドに入ってきたのにすぐ気づいて、莉久くんが両手を広げながら走ってくる。
「噂をすれば‥‥だろ?」
合同で体育の授業の時は、大体、第2グラウンドが使われる。第1グラウンドよりは少し面積は小さいけど、普通のグラウンドと変わらないかな。ただ、第2グラウンドは主に中等部の子たちが部活なんかで使ってる。中等部高等部兼用のグラウンドってなわけ。
「ん?智哉くん?誰のことだと思ってる?」
智哉くんと僕は「?」になって顔を見合わせた。
「充稀~♡」
で、ぎゅうの抱擁。
ほんっと人目を気にすることなんて莉久くんには全くないんだろうな。
「お前のことだよ!お前のことっ!しつこいってよ!」
智哉くんは、僕に絡みついてる莉久くんの頭を軽く小突いた。
「え!ちが、ちが、違うよぉ‥‥」
莉久くんの腕が僕の首に回ってるから喋り辛いんだけど。
「‥‥なにがぁ?」
莉久くんはきょとんって智哉くんのこと見てる。
「違うって?誰?のこと?」
僕は莉久くんに腕を離してもらうようにポンポンって軽く叩いた。首回りが解放されて、一呼吸してから
「うん…あの、ほら、高辻って子、なんだけどね‥‥」
「あぁ?!チッ、あいつまた充稀のことイジメてんの?!!」
莉久くんの顔がすごく吊り上がった。
「あ、いや、えっと、違うよ…そんなんじゃないんだ‥‥」
僕の言い方も悪い。けど、名前言ったくらいで堪忍袋の緒が浮き出そうなくらいになる?そんな莉久くんを宥めながら、この前あった時のことをざっくり話した。
「僕が勝手に思い込んじゃってるのかもしれないんだけどねぇ。僕のことなんてほっといてほしいんだけどさ」
「へ―…そんなことになってたの?‥‥しつこいヤツぅ」
「高辻の奴、今度俺が言っといてやるっ」
ふんって鼻を鳴らして莉久くんはまた戦闘態勢。まぁまぁ‥‥。
今日は持久走のタイム計測だった。
9月下旬に予定されてる体育祭の学年選考走者を決めるのに、今の時期から個人タイムを計測しておくってことらしいけど、走るのも億劫な僕なのに、この2人は僕の前で火花を散らしてる。そりゃぁね、運動部の智哉くんも莉久くんもここは譲れないところだろう。まぁまぁ‥‥。
第2グラウンドは中等部東棟と高等部の技術・専科棟の間にある。校庭の樹を挟んで向こう側に、その中等部の2階部分とそれを繋ぐブリッジが見えてた。
「はい、次、3走者目!」
ピッ!
先生のホイッスルが響く。
(やだな…走んの)
この期に及んでまだ微かな抵抗心。
走順を待ってる僕は、どうもさっきから視線を感じるんだ。風が吹いて行く方を追って、何の気なしに視線を上げたそこに
(‥‥えぇっ?!)
中等部2階のブリッジに彼が居る。彼の取り巻きと一緒にそこからこっちを見てるんだ。
見間違うことはない。だってあんなに目立つ子なんだから。それに、午後の陽射しに当たってやけに髪色が赤く見えた。
(何なんだよ‥‥)
しつこい存在を通り越して、もう怖いとしか言いようがない。
その日の放課後だった。
「み、つ、き先~輩っ」
特に何することもない帰宅部の僕はいつものように下校するところだったんだけど、門扉のとこでひょこっと顔を出してきた高辻くんに驚いて
「う、わぁっ!!」
結構な声が出てしまった。
「ごめんなさいっ。驚かせるつもりじゃ‥‥」
「え?!あ、なに?なに?」
ぐらっとした体勢を整えながら少し見上げる感じで高辻くんを見ると、爽やかな笑顔で
「今日はボクに付き合って下さいね」
ってウィンク付き。
(付き合うって…なにぃ?)
僕の返事も聞かないで高辻くんは僕の手を握って校門を出た。
さすが、お金持ちのご子息は違うね。
校門を出ると直ぐ先に黒いタクシーが停まってた。
高辻くんは僕の手を繋いだまま、半ば強引に引っ張るようにしてそのタクシーのとこまで行くと
「専用のタクシーですから大丈夫」
なんて言ってにこりと笑う。
そういう問題じゃな――い!
僕だって見れば分かるさ、タクシーってのは。だけど
「何?どこ、行く、の?」
「付き合って下さいね」とは言われたけど、タクシー使ってまでどこに行こうとしてるのか、それがすごく不安になった。彼と彼の取り巻きには不愉快な思いしかないから、信用して一緒について行くなんてこと、何がなんでもお断りしたい。そんな僕の気持ちが顔に出てたのか
「大丈夫ですよ。知らないとこ連れてって危ないことするなんてことないですから」
ほんとに高辻くんは困ったみたいな笑顔でそう言った。
「ただ、充稀先輩とゆっくり話がしたくて‥‥」
「どうぞ」と、高辻くんは先に僕に乗るように手を差し出した。「いつでもどうぞ」、みたいにいつの間にかタクシーの後部座席のドアが開いてる。僕は腑に落ちなかったけど、流れに流されちゃったみたい、で、高辻家専用タクシーに乗ってた。
慣れた口調で高辻くんは運転手さんに行き先を伝えると、タクシーは静かに走り出した。
走り出して直ぐに
「充稀先輩って、友達なんかと遊びに行ったりとかするんですか?」
それって、僕をどういう風に見てるわけ?
「行くよ。当たり前じゃない。僕だって普通の高校生だからね」
なんか少し尖った言い草になってしまった。
「それならよかった♪この前のこともあって‥‥今日はお詫びのつもりで充稀先輩を誘ったんです」
「この前?のこと?」
「あの、ぶつかった時のこと。それに、僕の友達が充稀先輩に嫌な思いさせてしまったみたいで…」
「あの時は…僕も悪かったんだから。あんなことぐらい誰だってあることでしょ?まぁ…君の友達?のことは正直、いい気持ちはしなかったけど、もうこれでおしまい。お互いにそれでいいことじゃない?」
そんなことで“お詫び”なんてしてもらう義理もないし、そんなことしてもらうくらいなら僕のことなんかほっといてもらった方がよっぽどいい。僕の気持ちをしっかり伝えたところで、高辻くんに視線を返して
「うん。じゃあ、そのことはこれまで。ということで‥‥」
僕と高辻くんの目線が合って
「個人的にぃ…充稀先輩のこと知りたい」
口元は笑ってるけど薄茶色の目の奥が意味深に光ってる。その目に一瞬、呑まれそうになったけど
「ぼ、僕のこと知ってなんになるの?それに、僕には話すことなんてないから」
ここでちゃんと言っとかなきゃ、また必要に僕の目の前に現れるんでしょ?僕にとってそれ自体が強迫性を帯びて感じるんだから、訴えられてもおかしくないと思う。
「‥‥そうかなぁ‥‥」
一旦、高辻くんの視線が離れて宙を見た。それから
「‥‥ほんとは、気になってるんでしょ?」
って僕に視線を戻して、首を傾げながら惚けたみたいな表情で高辻くんは言った。
「…な、何が?」
「ボクのこと」
くふって高辻くんが笑う。
「ボクが言ったこと」
「‥‥‥‥?」
「ボクの“運命の番”のこと」
「いや、それ、は違う、よ」
脈が速くなってく。
「あれぇ?違う?」
「‥‥‥‥」
なんかこれじゃぁ、誘導尋問されてる気分だ。
「だってぇ充稀先輩、顔に出てる」
ひゃあっ!
言われてついつい手で顔を覆ってしまった。
「Bingo!」
「そっ、そんな、そんなの、違うって」
「‥‥だから、ここに居る。んでしょ?」
ドッキ―――ン!
心臓が跳ねて飛び出てきそうだった。
別に彼のお誘いに乗ったわけじゃない。それは誰に誓ってもはっきり言える。
だけど、そのことを言われたら、ほんとは気になってたのかもしれない。どこかでそのことが引っかかってて、面と向かって言われたら「NO」とは言えなかった。
「もし‥‥充稀先輩がボクの番のこと知ってるんだったら、教えてほしいなぁ。こんな話、学校なんかじゃできないでしょ?だから‥‥」
マウント取ったぞ―!的な余裕の笑顔に僕はもう何も言えなくなって、手で顔を覆ったままで俯いてた。
チクリ、チクリ、僕の心臓を刺してくる高辻くんの言葉が、僕にとっては拷問みたいだった。
極めつけは
「充稀先輩って…何なんですか?」
なんてことまで言い出すんだから、それにはさすがにカチンとなって
「今話すことじゃない。だから僕を誘ってどっかに連れて行こうってしてるんでしょ?」
それから僕は口を噤んだ。
タクシーが目的先に着くまでの時間は、精々、10分、15分ってとこだったかもしれないけど、それがどれほど長く感じただろう。そして、またこれからそんな拷問が続くのかと思ったら、心の中で何回、溜め息を吐いただろう‥‥。
偶然は、蓋然的な確率で僕の目の前に現れる。
その日は用があって、学校が終わったらすぐに帰らなきゃいけなかった。用って言っても、姉さんが「職場の会議があるから遅くなる」って言うから、姉さんの代わりに僕が家のことするって約束してたんだ。「助かる~」ってほんとにほっとした顔してた。これくらい、家族で協力していかないとね。
放課後のHRが終わるのと同時に、机の上に置いてた筆箱、眼鏡なんかを急いでカバンに放り込んで
「智哉くん!僕、今日早く帰んなきゃいけなくて…じゃあ!」
親友にもそこそこの「バイバイ」をして、急ぎ足で教室を出た。
大階段をタタタ…っと駆け下りた時だった。
大階段の上の方から
「充稀先輩~!!」
なんでまたこんな時にぃ!!もう分かった。もうしつこいよ。
「充稀先輩、帰るとこですか?」
にこやかに手を上げながら「ボクですよ~」ってな感じで階段を下りてくる。それに、今日はお供も引き連れて、スクールバッグを背負ってるから、だぶん帰るとこなんだと思う。
僕を見つけると、階段をリズミカルにピョン、ピョン飛ぶようにして下りて来て、数センチもないくらい顔を近づけて
「ね、充稀先輩、今日暇ですか?」
なんて聞いてくるんだ。
いい加減、カチンってくるよ。暇じゃないから学校終わって急いで帰ろうとしてるんでしょうが。
「暇じゃない。ゴメン」
「なぁんだ。せっかく充稀先輩と話したかったのにな」
作ったような残念笑顔で薄茶色の目が僕を見てる。
「じゃあ、今度、時間あったらボクに付き合って下さいね!」
可愛い後輩の笑顔でそんなことを言う。それから、ふわぁっと彼の唇が僕の耳元に寄ってきて
「ボクの“運命の番”の話…続きがあるんですよ」
って、こそっと囁いた。
ドキッ。
図書室で聞かされた惚気話のことがずっと気になってた。
まさか、言ってることがほんとなら‥‥
高辻くんの“運命の番”の相手って‥‥
それが本当のことだったら?
僕の胸がチクン、チクンって痛かった。
「じゃ、じゃあ‥‥」
胸の痛みを隠すように、ブレザーの胸元をキュッと握り締めて僕は駆け出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
お昼後の体育の授業って辛いものがある。できるだけ午後はゆったりしてたいのに…ちょっとだけ憂鬱。
「最近、しつこいんだよね‥‥」
突然そんなことを言い出す僕を見て
「やっぱり!だろ?今頃、分かったの?」
智哉くんは「ほら」ってな顔してた。
体育の授業は男女別だから、こういう時は違う科と合同になるんだ。
「充稀~♡一緒に体育の授業だってぇ♪」
智哉くんと僕が第2グラウンドに入ってきたのにすぐ気づいて、莉久くんが両手を広げながら走ってくる。
「噂をすれば‥‥だろ?」
合同で体育の授業の時は、大体、第2グラウンドが使われる。第1グラウンドよりは少し面積は小さいけど、普通のグラウンドと変わらないかな。ただ、第2グラウンドは主に中等部の子たちが部活なんかで使ってる。中等部高等部兼用のグラウンドってなわけ。
「ん?智哉くん?誰のことだと思ってる?」
智哉くんと僕は「?」になって顔を見合わせた。
「充稀~♡」
で、ぎゅうの抱擁。
ほんっと人目を気にすることなんて莉久くんには全くないんだろうな。
「お前のことだよ!お前のことっ!しつこいってよ!」
智哉くんは、僕に絡みついてる莉久くんの頭を軽く小突いた。
「え!ちが、ちが、違うよぉ‥‥」
莉久くんの腕が僕の首に回ってるから喋り辛いんだけど。
「‥‥なにがぁ?」
莉久くんはきょとんって智哉くんのこと見てる。
「違うって?誰?のこと?」
僕は莉久くんに腕を離してもらうようにポンポンって軽く叩いた。首回りが解放されて、一呼吸してから
「うん…あの、ほら、高辻って子、なんだけどね‥‥」
「あぁ?!チッ、あいつまた充稀のことイジメてんの?!!」
莉久くんの顔がすごく吊り上がった。
「あ、いや、えっと、違うよ…そんなんじゃないんだ‥‥」
僕の言い方も悪い。けど、名前言ったくらいで堪忍袋の緒が浮き出そうなくらいになる?そんな莉久くんを宥めながら、この前あった時のことをざっくり話した。
「僕が勝手に思い込んじゃってるのかもしれないんだけどねぇ。僕のことなんてほっといてほしいんだけどさ」
「へ―…そんなことになってたの?‥‥しつこいヤツぅ」
「高辻の奴、今度俺が言っといてやるっ」
ふんって鼻を鳴らして莉久くんはまた戦闘態勢。まぁまぁ‥‥。
今日は持久走のタイム計測だった。
9月下旬に予定されてる体育祭の学年選考走者を決めるのに、今の時期から個人タイムを計測しておくってことらしいけど、走るのも億劫な僕なのに、この2人は僕の前で火花を散らしてる。そりゃぁね、運動部の智哉くんも莉久くんもここは譲れないところだろう。まぁまぁ‥‥。
第2グラウンドは中等部東棟と高等部の技術・専科棟の間にある。校庭の樹を挟んで向こう側に、その中等部の2階部分とそれを繋ぐブリッジが見えてた。
「はい、次、3走者目!」
ピッ!
先生のホイッスルが響く。
(やだな…走んの)
この期に及んでまだ微かな抵抗心。
走順を待ってる僕は、どうもさっきから視線を感じるんだ。風が吹いて行く方を追って、何の気なしに視線を上げたそこに
(‥‥えぇっ?!)
中等部2階のブリッジに彼が居る。彼の取り巻きと一緒にそこからこっちを見てるんだ。
見間違うことはない。だってあんなに目立つ子なんだから。それに、午後の陽射しに当たってやけに髪色が赤く見えた。
(何なんだよ‥‥)
しつこい存在を通り越して、もう怖いとしか言いようがない。
その日の放課後だった。
「み、つ、き先~輩っ」
特に何することもない帰宅部の僕はいつものように下校するところだったんだけど、門扉のとこでひょこっと顔を出してきた高辻くんに驚いて
「う、わぁっ!!」
結構な声が出てしまった。
「ごめんなさいっ。驚かせるつもりじゃ‥‥」
「え?!あ、なに?なに?」
ぐらっとした体勢を整えながら少し見上げる感じで高辻くんを見ると、爽やかな笑顔で
「今日はボクに付き合って下さいね」
ってウィンク付き。
(付き合うって…なにぃ?)
僕の返事も聞かないで高辻くんは僕の手を握って校門を出た。
さすが、お金持ちのご子息は違うね。
校門を出ると直ぐ先に黒いタクシーが停まってた。
高辻くんは僕の手を繋いだまま、半ば強引に引っ張るようにしてそのタクシーのとこまで行くと
「専用のタクシーですから大丈夫」
なんて言ってにこりと笑う。
そういう問題じゃな――い!
僕だって見れば分かるさ、タクシーってのは。だけど
「何?どこ、行く、の?」
「付き合って下さいね」とは言われたけど、タクシー使ってまでどこに行こうとしてるのか、それがすごく不安になった。彼と彼の取り巻きには不愉快な思いしかないから、信用して一緒について行くなんてこと、何がなんでもお断りしたい。そんな僕の気持ちが顔に出てたのか
「大丈夫ですよ。知らないとこ連れてって危ないことするなんてことないですから」
ほんとに高辻くんは困ったみたいな笑顔でそう言った。
「ただ、充稀先輩とゆっくり話がしたくて‥‥」
「どうぞ」と、高辻くんは先に僕に乗るように手を差し出した。「いつでもどうぞ」、みたいにいつの間にかタクシーの後部座席のドアが開いてる。僕は腑に落ちなかったけど、流れに流されちゃったみたい、で、高辻家専用タクシーに乗ってた。
慣れた口調で高辻くんは運転手さんに行き先を伝えると、タクシーは静かに走り出した。
走り出して直ぐに
「充稀先輩って、友達なんかと遊びに行ったりとかするんですか?」
それって、僕をどういう風に見てるわけ?
「行くよ。当たり前じゃない。僕だって普通の高校生だからね」
なんか少し尖った言い草になってしまった。
「それならよかった♪この前のこともあって‥‥今日はお詫びのつもりで充稀先輩を誘ったんです」
「この前?のこと?」
「あの、ぶつかった時のこと。それに、僕の友達が充稀先輩に嫌な思いさせてしまったみたいで…」
「あの時は…僕も悪かったんだから。あんなことぐらい誰だってあることでしょ?まぁ…君の友達?のことは正直、いい気持ちはしなかったけど、もうこれでおしまい。お互いにそれでいいことじゃない?」
そんなことで“お詫び”なんてしてもらう義理もないし、そんなことしてもらうくらいなら僕のことなんかほっといてもらった方がよっぽどいい。僕の気持ちをしっかり伝えたところで、高辻くんに視線を返して
「うん。じゃあ、そのことはこれまで。ということで‥‥」
僕と高辻くんの目線が合って
「個人的にぃ…充稀先輩のこと知りたい」
口元は笑ってるけど薄茶色の目の奥が意味深に光ってる。その目に一瞬、呑まれそうになったけど
「ぼ、僕のこと知ってなんになるの?それに、僕には話すことなんてないから」
ここでちゃんと言っとかなきゃ、また必要に僕の目の前に現れるんでしょ?僕にとってそれ自体が強迫性を帯びて感じるんだから、訴えられてもおかしくないと思う。
「‥‥そうかなぁ‥‥」
一旦、高辻くんの視線が離れて宙を見た。それから
「‥‥ほんとは、気になってるんでしょ?」
って僕に視線を戻して、首を傾げながら惚けたみたいな表情で高辻くんは言った。
「…な、何が?」
「ボクのこと」
くふって高辻くんが笑う。
「ボクが言ったこと」
「‥‥‥‥?」
「ボクの“運命の番”のこと」
「いや、それ、は違う、よ」
脈が速くなってく。
「あれぇ?違う?」
「‥‥‥‥」
なんかこれじゃぁ、誘導尋問されてる気分だ。
「だってぇ充稀先輩、顔に出てる」
ひゃあっ!
言われてついつい手で顔を覆ってしまった。
「Bingo!」
「そっ、そんな、そんなの、違うって」
「‥‥だから、ここに居る。んでしょ?」
ドッキ―――ン!
心臓が跳ねて飛び出てきそうだった。
別に彼のお誘いに乗ったわけじゃない。それは誰に誓ってもはっきり言える。
だけど、そのことを言われたら、ほんとは気になってたのかもしれない。どこかでそのことが引っかかってて、面と向かって言われたら「NO」とは言えなかった。
「もし‥‥充稀先輩がボクの番のこと知ってるんだったら、教えてほしいなぁ。こんな話、学校なんかじゃできないでしょ?だから‥‥」
マウント取ったぞ―!的な余裕の笑顔に僕はもう何も言えなくなって、手で顔を覆ったままで俯いてた。
チクリ、チクリ、僕の心臓を刺してくる高辻くんの言葉が、僕にとっては拷問みたいだった。
極めつけは
「充稀先輩って…何なんですか?」
なんてことまで言い出すんだから、それにはさすがにカチンとなって
「今話すことじゃない。だから僕を誘ってどっかに連れて行こうってしてるんでしょ?」
それから僕は口を噤んだ。
タクシーが目的先に着くまでの時間は、精々、10分、15分ってとこだったかもしれないけど、それがどれほど長く感じただろう。そして、またこれからそんな拷問が続くのかと思ったら、心の中で何回、溜め息を吐いただろう‥‥。
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