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3 可もなく不可もなく
1 生体検査受けに来ました。
しおりを挟む大学病院からの封筒を開けると、白い用紙に形式ばった挨拶文と生体検査の受け方や予約の仕方が記載されていて、僕は手っ取り早くQRコードを読み取ってからの必要事項を入力して病院の予約を取った。
予約が取れたのはちょうど学力テスト最終日で、その日は3科目で終わりだったから昼から検査を受けに行くことにしてた。
「充稀~昼ごはん一緒に食べよ♪」
どうにか憂鬱なテスト期間が終わってほっとしてたところに、学力テストなんか何の問題もなくいつも通りに熟したみたいな風で、莉久くんが僕らの教室に顔を覗かせた。とたんにクラスメイトの視線が莉久くんの方へ集中する。
さわさわと流れるようなささめきが聞こえてきて
「お前は部活だろ」
智哉くんの声で制止した。
「昼ごはんくらい時間あるからいいじゃん」
他の科のクラスだっていうのに堂々と入ってきて僕の机の前に立った。
そんな彼を見上げながらおどおどしてるのは僕の方で
「ご、ごめん莉久くん…今から僕、病院なんだ」
「え?なに?どしたの?熱あるの?どっか痛むの?」
攻めに攻めてくる莉久くんの前に両手を伸ばして
「違う、違うよ…ちょっと…ね」
あんまり公には言いたくなかったから言葉を濁したけど、僕の様子に智哉くんの方が気を遣ってくれて、さり気なく言い払い除けた。
「人には人の事情があんの」
「‥‥ぶ――っ」
智哉くんに対抗するようにして捻くれた莉久くんの眉が下がった。
(ありがと。智哉くん)
検査ぐらいなら終わってからでもお昼はいいかなって思ってたから、学校前のバス停で大学病院行きのバスを待ってた。
確か、姉さんから聞いてた話からすると、僕が事故に遭った時に緊急で運ばれたのが大学病院だったらしいから初めて受診するとこじゃないとは思う。だけどその記憶はなくて、また悶々としながらバスの車窓に流れる町の風景を眺めてた。
大学病院まではバスで20分ちょいってところかな。
車内アナウンスが流れて、僕よりも先に誰かが停車ボタンを押した。大学病院前で下りる人も多くて順を待ってからやっとだった。
入り口を入って正面には受付カウンターが構えていて十数人の受付事務員さんが対応していた。さすが大学病院だけあって事務員さんの数も相当なものだ。まず最初にそれに圧倒されて中に入っていくと、ロビーの広さに左右を何度も見渡した。
病院内は吹き抜けになっていて受付カウンターの左側には中庭が見えている。とりあえずカバンに入れてたあの封筒を取り出して受付に行くと、事務員さんがPCを操作して僕の情報を入力しているようだった。
「本日、生体検査の予約をされていた‥‥」
また何やらPCに入力しながら事務員さんはそう言うと
「こちらの問診票を記入していただいて持ってきてください」
渡されたのはボードに挟まれた1枚の紙。そこに書かれてる内容に軽く目を通して、ロビーの空いてるソファに座った。
軽い質問事項が何問か記載されてた。
――年齢
――職種
――家族構成
――家族の生体系統(分かる方のみ)
それから、自身について体調のことなんかも記入するようになってた。至って普通の診察で記入する問診票みたいなもので、分かる範囲で記入していく。
(生体系統とか‥‥)
ま、姉さんも言ってから、僕は迷わず“β系”って記入した。
「充稀くん…?」
問診票を書いてた僕に声をかけてくる人がいる。
確かに僕の名前を言ったよ。問診票に目を置いてたから視線を移すのに少しかかった。記入してた手を止めて顔を上げると
「?‥‥」
そこに立ってたのは医者。
だって、白衣着てるし手にはカルテかなんかのようなのを持ってたから、僕の脳はそう判断した。
「やっぱり、充稀くんだ」
そう言ってちょっと屈み込んでにこっと笑う。
ドキン。
僕の心臓が目の前の人に反応した。
(うわ…なんてキレイな男性なんだろ)
僕にとってはちゃんとこうして意識がある時に会った人だから初対面とほぼ同じで、初めて会う人に「キレイ」なんてどうかと思うんだけど。
細い黒縁の眼鏡の奥から僕を見ている切れ長の瞳とすっと通った鼻筋、薄めの唇なんだけど顔のパーツの中でもしっかりと引けを取らない。
思わず僕は上から下まで不審な表情で見入ってしまってた。
そんな僕を見て苦笑いしながら
「だよね。覚えてないかもね」
僕の横が空いてるのを確認すると、その人は落ち着いた物腰で隣に座ってきた。横に座っても見上げるくらいの座高だから…身長180センチくらいはあるだろうね。
横を見ている僕の口が半端に開いてる。
「ん―…えっと、充稀くんの担当医だったんだよ」
長い黒髪を結んだその人は、麗しい微笑みを浮かべてそう教えてくれた。
「え…?そう、なんで、すか?」
またまたびっくりだよ。こんな時に偶然にも僕の主治医だった先生に会えるなんて。
し、か、も――誰が見てもきっとそう思うと思うよ。どこに居ても目立つくらい素敵な男性だもん。
先生が横に座ってるだけで周囲からの視線が気になって、僕の方がなんだかドキドキしてた。
「…で、今日はどうしたの?」
先生の低い艶のある声が耳の奥まで響く。
(声まで素敵だぁ)
そんな声に聞き惚れてた僕がハッとして先生の方を見上げると眼鏡の奥の瞳が優しく笑ってた。
「あ…その…検査を‥‥」
優しい瞳と視線が合って変に意識しちゃってはっきりと応えられてない。
「検査…あぁ、生体検査のこと?それを受けに?」
「は、はい‥‥」
「そうだったんだね。検査ならそれほど時間はかからないから大丈夫だと思うよ。診察と血液検査になるけど、生体検査の検査方法に時間がかかるから結果が出るまでに1週間は待たないといけないと思うけど‥‥」
先生は丁寧に説明してくれた。
「どうする?」
って聞かれて首を傾げる。
「検査の結果なんだけど。郵送で通知することもできるし、後日、直接ここに来て結果報告を聞くか…」
真っすぐに僕を見て先生は言った。
(そうなんだ‥‥)
なんでだろ、僕は
「あの、直接…先生に検査結果を聞くこともできますか?」
って応えてた。
どうしてかな、先生と話がしたいって思った。別に変な意味じゃなくて、ただ先生と話ができたらって思ったんだ。
「あ――その時は受付で私を指名してくれれば‥‥」
さらりと冗談めかして大人の笑みで先生は言う。
「は、はい。その時はお願いします」
「うん」と僅かに首を動かして先生は立ち上がった。
その時に見えた白衣の左胸のポケットに付いてたネームプレートに
『内科 外科専門医 橘 義明』って名前。
「じゃぁ」
軽く手を上げて先生は奥の病棟に足を運んだ。先生の歩調に合わせて白衣の裾が靡いてた。
(あんなに素敵な先生だから、きっと…お似合いな恋人がいるんだろうな)
先生の後ろ姿を見ながら僕はそんなことを思ってた。
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