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13 結い人(Side 祐一)

6 ステージ2 掴まえる

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「あのぅ…今日は休日なんですよねぇ‥‥」

「気になさらないで下さいね」って、朱雀さんが笑ったみたいな表情だった。

(いや、そんなことじゃなぁ―――いっ)
 
 休日の朝、少しでもゆっくり寝てたいのに‥‥
 ベッドの足元には、半分ベッドを占領されてる感じで白虎さんが自分の前足に顎を乗っけて眠ってる。し、頭元には、って朝早い習慣があるからカサコソと毛づくろいをしてるんだよ。だ、か、ら、休日の朝も健康的に目が覚める!

「はぁ―――――‥‥」
 どうにもならないこの状況に長い溜め息をつく。

 まだ開けてないカーテンの隙間から清々しい朝陽が届いていた。

(ダラダラ寝て無駄な1日を過ごすよりいっかぁ)

 もっそりとベッドから上半身を起こしたらモフモフの塊があって、つい、

 ぽふん。

 おっきな柔らかい毛の塊に抱きついた。

 1度でいいからやってみたかったんだよな。もっふもふの大型犬…(じゃないけど)にパフンって抱きつくの。
 いきなりの衝撃に白虎さんは大して驚いた風もなく、ゆったりと首を上げて吸い込みそうなほどのあくびをした。
「あ…ごめんなさい。起こしちゃった」
 こんなに気持ちよさそうに眠ってたのに申し訳ない。
「おはようございます」
 ぶるんと大きく頭を振って白虎さんは金色の目で俺を見た。




 この日は久しぶりに気分転換も兼ねてジムに足を運んだ。

 午前中に持ち帰りの仕事を済ませて、午後からはまるっとトレーニングに時間を費やそうと考えてた。トレーニング中って何も考えないからその時だけは気が楽だ。日頃のストレスや辛いこともそん時だけは忘れられる。キッついトレーニング終わった後は頭の中が空っぽになっててなんかスッキリする。


 行きつけのジムまで電車とランニング。いつもの移動手段なんだけど、この日はいつもの通りじゃなかった。

「じゃぁ、せっかくなら私たちも」
 って、いつでもOKみたいにしてバサッと羽を広げた。
人間界ここの様子見ということで私たちもお供します」
 白虎さんはむくっと立ち上がってスンと鼻を突き上げた。


 駅までの道中、10分程度の時間だけど、ほんとに周りの人たちにはこの異様な物体は見えていないのかとキョロキョロしながら歩いてきた。俺的には大型犬の散歩中にしか見えない光景と、その上空には、先に行っては途中の街路樹に留まって俺たちを確認している影がある。普通の人からすれば、たまぁに上空に雲がかかった時の陰にしか感じないのかもしれない。


 時間の電車まで待つことなくすんなりと乗車できた。平日じゃないからさほど混んでもなく、周りを見て空いてる座席を探してた。

「すみません‥‥」

 まだドアの入り口付近に居たもんだから、後ろから乗車しようとしてきた人に気づかずに声をかけられた。
「あ、すみませんっ」
 慌てて端っこに寄る。

 俺の横脇を通りすぎていく親子連れだった。母親とまだ小さな子どもで、ちょこんと可愛く二つに髪を結んでもらってる女の子かな、一緒に手を繋いで乗車してきた。
 俺と同じで空いてる座席を探してる風だった。先頭車両の方へ向かっていく親子の後ろ姿を目で追ってた。

(あ…れっ?!)

 母親の足元から、ぞわぞわと湧いてくるみたいにあの赤いが見えた。途端に俺の中の反射的なものが反応してその親子の後を追った。
 無意識に伸ばしていた手が触れるか触れないかのところで、母親が気配に気づいたらしく振り返った。当然のこと見知らぬ男が近寄ってきたことに母親はハッとした顔になって声を詰まらせていた。
「すっ、すみませんっ。人違いでした‥‥」
 伸ばした手をサッと引いた。咄嗟に言い訳をついた自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。
 このご時世、何が起こるか分からない中で、母親は我が子を庇うように両腕で包んでいる。
 もう俺は変質者でしかない。

「ママ?」
 この状況にきょとんとした顔で母親を見上げている。
「あ…ごめんね。行こっか」
 母親の優しい手に頭を撫でられてニコッと笑った女の子の表情と、ふっくらと膨らんだ母親のお腹が目に焼きついた。


 Tシャツの裾を引っ張られて我に返った。


 白虎さんが俺のTシャツの裾を咥えて「気をつけてください」と、少し焦った様子だった。周りの人に変態扱いされないように軽く頷いて空いてる座席に座る。その横にどぉんと構えて白虎さんがお座りした光景は、もし見えるのならばものすごい圧倒感があるんだろう。

 目的の駅までとりあえず一緒に乗ってた。



 一歩間違えれば俺は駅の警備員さんに取り押さえられて交番行きだったかもしれない。


 「だから、言ったでしょう‥‥」

  電車を降りてからすぐに、溜め息と一緒にちょっと厳しい口調で朱雀さんに言われた。



 コンビニで水と手軽に飲めるプロテインドリンクと軽食を買ってジムの休憩スペースで昼食を済ませ、2時間程度のみっちりトレーニングをしてからシャワールームで汗を流して帰宅。

 いつもの筋トレルーティンだけど、帰りの電車はきつかったぁ。

 両サイドに、長い尾を座席から垂らして俺の顔の横に嘴を寄せているさんと、行きも帰りも変わらず、でん、と構えた巨大な白いさんが鎮座している。その間に挟まれて縮こまっていた俺は目を閉じて寝ている振り。

 「我々の説明不足だったことは申し訳ない」
  と、耳元で朱雀さんが声を抑えて話を続けた。

「結糸は我々の界とを繋ぐもの。他に地獄界、餓鬼界、畜生界を繋いでいます。それぞれの界がどのようなものかご存じではないと思いますが、安易に手を出してしまいますとあなたの身にも危険が及びます。そうならないために我々はあなたを守る役目を命じられているのです」

「分かりましたか?」と、ひんやりとした嘴を圧しつけてくる。

 挟まれてる俺にとってもう拷問でしかない。

(すみません…)

 心の中で謝った。





 夕方4時を回っていた電車は徐々に乗車してくる人たちも増えてきた。休日で出かけ先から帰宅する人や休日も返上で仕事してる風のサラリーマン。

 あらゆる人がそれぞれの人生の時間を刻んでいる。

 車内アナウンスが流れて次の停車駅にゆっくりと電車が停車する。

 プシュ―――ッ

 ドアが開いて、何気なく車窓の外に視線を送る。降りていく人、乗車する人の人波の中にまた見えた、ひゅるると伸びた結糸。

(‥‥っ!!)

 その結糸がピンと張られた瞬間に、こめかみを衝く痛みが走った。指先で囁を押さえながらこの衝撃に居ても立っても居られなくなって人波を押し退けながら結糸を探る。

「ユウイチさん!」
 右に左に人波を潜って、駆けていく後ろを追って走る。

「さっき言ったばかりなのに!」
 低い駅のホームで優に羽を伸ばせず苦戦しながら後を追う。





  ―――掴んだ!

 その赤い糸はにゅるっとしててすぐにでも掴んだ手から抜けそうだった。ドクン、ドクンと脈打つように動いて、それはまるで生きてるみたいで、綱のようなでかいミミズが手の中にいるようだ。絶対に離すもんかと指先に力を込めて引く。その反動で足元がよろけて前のめりで倒れてしまった。

 何事かと振り返ったその人は驚いて倒れ込んだ俺を見下ろしていた。

「す、みませ…んっ」
 と、派手に転んだにしか見えないだろう俺は顔を上げて相手の人に謝った。
「え、あ…大丈夫ですか?」
 その女性は驚きながらも心配した顔で俺を見ていた。

(あ‥‥‥‥)

 もう絶対に、絶対にこの手を離しちゃいけない。
 そんなことがあってなるものか。
 
 俺が見上げたその女性は、大きく突き出たお腹を片方の手で擦っていた。



 絶対にそんなことはさせないから。
 野中先生の哀しそうに笑んだ顔が浮かんだ。

「大丈夫‥‥」

 にこりと笑って見せて、俺は思いっきりその結糸を手繰り寄せた。

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