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8 拝啓… ~僕は地獄でセカンドライフを謳歌しています~

7 甘い蜜には毒がある 

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   【ミツキが死んだ?!】


 静かな黄泉の泉に、耳をつんざくような甲高い声が響き渡った。

 「—————?」

 騒がしさに眉を寄せながら振り返る。

 「サドゥラ様———っ!サドゥラ様ぁぁぁ!!」

 その名を叫びながらが慌てた様子で足元まで駆けてきた。
 あまりの慌てた様子に、サドゥラも不審に眉を寄せて黒い塊を窺う。

 「——どうした?餓鬼らよ」
  低く張りのある声が届いた。
 サドゥラの足元に整列して深く頭を下げているが小刻みに震えている。
サドゥラを前に委縮しているような状態ではなさそうだ。
 ぽつり…と
「サドゥラ様、申し訳ございません。我々がついておきながら‥‥」
 1体の餓鬼が声を震わせて言う。
「どうしたのか——それを伝えろ。そう言っても分からん」
 サドゥラは、半分、溜め息の混じる声で言って聞かせた。
「はいっ。ミツキ様が…ミツキ様が‥‥っ」
 今度は別の1体が涙声になってそう伝えた。

 一瞬にしてサドゥラの目の色が変わった。
「どこにいる?」
「はいっ。柘榴の森に‥‥」
 また別の1体が声を詰まらせ気味に伝える。
「厄介なことを‥‥」
 サドゥラは呟きを吐き出してから、彼らに向かって
「お前たちは屋敷へ戻って母様に報告を。それから、ルカラにも至急、屋敷に戻るように伝えてくれ」
 抑えた響きのある声でそう告げた。

 呂色の両目が瞬時にして深紅の光を放ち、その身体はくうを飛んだ。
 結わえた天鵞絨色の髪が風を仰いで無数の糸のように靡く。
 
 (まったく…人間とは‥‥)

 サドゥラの表情に少しばかりの苛立ちが浮かんでいた。





 自分でも多分、覚えていないだろう。

(あんなに小さな身体で…この距離を歩いていた?)

 果樹園の一角に“柘榴の森”と呼ばれる、その名の通り、柘榴だけが実っている地があった。他の区画もそれなりに広い敷地ではあるが、柘榴の森ここは特別だった。

 ———人の子を喰ろうてその身を生かす、
    人の血肉と似たこの柘榴を好んで嗜好した。
    その者、鬼子母神という。

 それだけに“柘榴の森”は広大なのだ。
ただでさえこの広い果樹園を歩くのにそれなりの体力、時間、気力が必要だ。軽く、散歩なんぞという気分で歩き回ると、自分がどこに居て、どこから帰ればいいのか分からなくなってしまう。
 果樹園ここもある意味、地獄と同じ。
歩き続ければ喉も渇く、手近にある果物で喉の渇きを潤そう…それを繰り返す。
ただ1つ、地獄ここ果実ものだからこそ、頻度によっては毒にもなる。

(そのことを知らなかったとはいえ‥‥)

 果樹園の上空を旋回していたサドゥラの視界が微動する影を捉えた。

 空に立っているような体勢からそのままゆっくりと下降してくると、ふわりと地面に着いて辺りを見渡した。
 その先に数体の餓鬼の姿が見える。

 サドゥラの風の匂いを感じた彼らが振り返る。
目に涙を溜めてカクカク…と小さな身体を震わせていた。

 そこへ駆けつけたサドゥラの目に映ったものは、全身が硬直して血の気が無くなっているミツキの姿だった。
(‥‥死んだか——?)
 真っ青になって倒れているミツキの口元に耳を寄せて呼吸の有無を確認する。
だが…ほぼ、呼吸は確認できない。
 脈は…と、細い手首をつかんだが、だらんと手先は垂れて、その指先は血の通わなくなった赤紫色をしていた。
「サドゥラ様…申し訳ございません‥‥」
 動かなくなったミツキのことをずっと離れずに見守っていた彼らが泣きながら
「どうか…どうか…ミツキ様をお助け下さい。お願いいたします‥‥」
 小さな頭を懸命に下げてサドゥラに哀願する。
「そのつもりで…最善は尽くそう」


 サドゥラの両腕に抱えられたミツキの身体は冷たく萎えていた。







 両手の塞がったサドゥラの補助になって餓鬼らが門を押し開けると、そこには医務に携わる“十纏じってん”と呼ばれるものたちが待ち構えていた。

「ご苦労様でした。サドゥラ様」
「すぐに医務室へ。準備はできております」
 十纏のうちの一纏鬼いってんき二纏鬼にてんきがサドゥラの腕の中で萎えているミツキを引き取ろうとしたが
「いや…ルカラは帰っているか?」
「?‥‥はい、先ほどお帰りになられて、リビングにいらっしゃったようですが‥‥」
「分かった。医務室はそのままでおいていてくれ」
「はい。かしこまりました」

 サドゥラの脇にはも、一緒に添ってリビングへ急いだ。




 先ほどから落ち着かず部屋をうろうろとしているハバラの姿がある。

 リビングの中央に置かれたソファに背凭れて目を閉じているルカラ。

「ミツキ…ミツキ…大丈夫かな…ミツキ‥‥」
 ブツブツと呪文でも唱えているような声で、ハバラはミツキの名を繰り返し繰り返し呼ぶ。
 その様子を片目をちらっと開けて窺うルカラは
「落ち着け——‥‥それに‥‥おまえは呼んでない」
 
 チ————ン!

 ルカラの「呼んでない」の一言に、ハバラの感情の線が切れた。
 うわっと飛び上がった次にはルカラの身体に跨り、噛みつかんばかりの形相で喰らいついた。
「ンだとぉ?!もっぺん言ってみろっ!」




 「止めないか!こんな時に‥‥」

 変わり果てた身体の色、腕の中でだらりと朽ちているミツキを抱えてリビングへ入ってきたサドゥラは、一旦、自分の気持ちも落ち着かせるように一息吐いた。

 「ミ…ミツ…キ‥‥?」

 もう目に見えて分かった。
 死者の身体をしていた。
 サドゥラの腕の中だから、また余計に小さく見えたミツキの顔に指先を伸ばしてハバラが声を霞めた。
「冷たく…なって‥‥オレが…オレがミツキを助けてやるッ!」
「バカかおまえは!いい加減にしろっ!じゃ、ミツキの身体だけじゃない、骨まで燃えて無くなるだろうが!」
 常に冷静でいるルカラが、この時ばかりは大声でハバラを叱りつけた。

『おまえは呼んでない』

 優しい奴だから、感情に流されやすい奴だから、だからこそよく分かってる。


「ミツキの身体をいったん、で預かる」

 ルカラが座っているソファの向かい側にミツキの身体を横たえて、サドゥラが諭すように言う。

「分かるな?ハバラ‥‥1度、ミツキの身体を凍結する。後は…かえってくるかどうかは、ミツキ次第だ」
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