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八 拝啓… ~僕は地獄でセカンドライフを謳歌しています~

三 裏庭

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 衣食住には困らないけど、さすがに僕の部屋は――――?
ってなった時に、ハバラ兄さんが上の方を指さして、
「オレの部屋の一階下の方に用意してあるんだ~♪」
 もう手配済みだよ。みたいな感じで言った。

の上の階ぃぃ?!)
 もう知ってるよ。どんだけって広くて高いところか。
僕には自信がなかった。そんな上の階まで上って、着いた頃にはもう朝がきてってなるでしょ?
あのね、兄様方、いくらなんでも僕は人間。母様が兄弟って迎え入れてくれたけれど、身体の規模が違うし、もちろん、体力も全然違う。そこは分かってほしいな。
で、ハバラ兄さんに「ほんとにごめんね」って謝って、部屋は替えてもらうことにした。

 そのことを華歯さんに相談したんだ。
って立場を考えたら華歯さんも悩んでたけど、僕のなりを考慮してくれて、
「それなら、私が使っている部屋を代わりに使われますか?」
 華歯さんは自分が使っている部屋を空けてくれるって言うから、
「とんでもない!」
「着替え用に使っている部屋なので。別にもう一つ同じような部屋がありますから、私がそこを使うことにすれば‥‥」
「え?もう一つあるなら、僕がその部屋を使ってもいいかな?」
「もちろん。でもしばらく使っていない部屋なので掃除をしなくては‥‥」
 華歯さんは少し困った表情だったけど、
「うん、大丈夫!掃除くらい…することができて僕はうれしいよ!」
「それなら!私もお手伝いしますね」
 二人でふふふ…って笑った。



 そんなこんなで話が進んで、僕は今、使用人さんたちが使ってた着替え用の部屋を借りてそこに住んでます。

 小さな人間の僕にはちょうどいい部屋だった。
出窓もあるんだよ。そこからは朝陽が入ってきて、天気がいい日は朝陽で目が覚める。夜には、出窓を開けると空一面に星が輝いてた。
 六畳くらいの部屋に、テーブル、椅子、ベッドにクローゼットまでつけてもらった。家財道具を入れてしまえばそれなりの狭さにはなったけど、兄様たちのような広すぎる部屋にポツンと一人でいるよりかはぎゅっとした部屋の方が落ち着く。
しかも、家財道具は僕の身体に合わせて作ってもらってるからぴったりで居心地がいいんだよ。
 え?誰が作ったか―――?
これもおもしろいもんで、兄様の中でも色んな特技や趣味を持ってる兄様がいるのです。


 
 「無愧ムキ様なら――――‥‥」

 華歯さんが直に話をしてくれて、その無愧という兄様――――
畏れ多くも、の兄弟のだそう。
残念ながら、まだその容姿は見たことがないんだ。
 まるで僕のこと分かってるみたいな、テーブルにしても椅子にしても、僕にすんなりフィットして安心感さえも覚える。
(無愧兄様って―――どんな感じなのかな?)

 もし、会う機会があったらちゃんとお礼言わなくちゃ。



 僕の部屋の向かい側に華歯さんの部屋があって、華歯さんの部屋の隣には使用人さんたちの休憩室がある。
いつもそこからは賑やかな笑い声とおしゃべりが聞こえてた。なんだか人間の世界と同じ様で僕は笑っちゃった。
 朝食の始終の後、一段落してしばらくの休憩時間。
僕もそれなりの?仕事というよりはお手伝い的なことだけど、終えて、食堂に戻ってそこで一休みするつもりだった。


 「‥‥‥‥あ‥‥」

 びっくりした。
誰もいないだろうと思ってたから…。

 「…あ‥‥ミツキ…ただいまぁ」

 すごく疲れてるよ?
もう名前も覚えた。


 「ルカラ兄さん‥‥?」

 椅子を斜めに倒して背凭れいっぱいに身体を預けて目を瞑ってた。
僕が呼んだ声に反応してゆっくり身体を起こすと椅子から立ち上がって僕の方へ寄ってきて、

 キュゥゥゥ―――――――‥‥
僕を抱き締めた。

 「‥‥ミツキ…」
 
 白鼠色の目が僕を見てた。
それから、ふんわりとキスをして、ルカラ兄さんは囁くように言った。
「ミツキが居ると安心する」
 前にもこんなこと…あったね。
「おかえりなさい」
 
 僕はどうしちゃったんだろ?
不思議とそのキスに応えるようにルカラ兄さんのおでこにキスをしてた。

 「ちょっと…待ってて」

 僕を抱き締めてる腕にあんまり力がないことに気づいてた。
ルカラ兄さんの腕を解いて、僕は厨房に向かった。




 そこに―――…華歯さんの姿を探したけれど見当たらなかった。

(ど――しよ‥‥)
 とは思ったけど、少しでも早くルカラ兄さんのためにできることを…って。

 厨房に入って真正面には調理台があって、その奥にタイヤくらいのおっきなコンロスペース。確か、右側に…
食器棚からカップを取り出して、ポットのお湯が入ってるか確かめてから食材棚をあさる。
今は静かな厨房にゴソゴソって音が広がって、僕は怪しい人みたいだったけど、そんなことどうでもいいや。とにかく‥‥
「あったぁ!」

 食材棚から探してたのは、前に華歯さんから教えてもらった“ホットハニーティー”の材料で、華歯さんはこの干したショウガを使うんだって。
 大きめの瓶に乾燥したスライス状のショウガが入ってる。
それをカップに直接入れて、お湯を注ぐ。後は、量はお好みでハチミツを入れるだけ。先にショウガを入れてお湯を注いどく方がショウガのエキスがしっかりと出るからおいしいって。

 華歯さん直伝の“ホットハニーティー”のできあがり。
それを急いでルカラ兄さんのとこへ持ってく。



 (居た。まだ―――)

 ひょっとしてもう忙しいからっていないんじゃないかと思ったけど、ルカラ兄さんは僕の足音が分かったみたいで、こっちを見てた。

「…これ、飲んで、元気出して」
「ミツキが作ってくれたの?」
「華歯さんの見様見真似。へへっ…」
 ルカラ兄さんのきょとんとした顔が僕にはちょっとテレくさかった。



 前に、地獄にきて何日目だったかな?
この境遇に慣れずに疲れてた時、華歯さん、僕の顔色で分かってたんだね。すぐにこの“ホットハニーティー”を作ってくれたんだ。
その時の味‥‥今でも忘れないよ。心の中までほわんとあったかくなって、ちょっぴり涙が滲んだ。
“ホットハニーティー”のおかげで、僕は元気を取り戻せた。だから、ルカラ兄さんにも…。

 「ミツキ、ありがと」

 シルバーアッシュの髪をさらっと揺らして、ルカラ兄さんは穏やかに笑んだ。








 さっき厨房に居ないと思って華歯さんの部屋をノックしたけど、部屋にも居なかった。

 (あ…あそこだ)


 僕は厨房を抜けて勝手口から裏の方へ出た。
食事を運んだり皿洗いなんかも手伝ってたから厨房の構造は知ってた。

 勝手口を開けるとその先には園地が広がって、一面に青々とした葉を茂らせた野菜なんかが植えてあった。
ここは―――
華歯さんの家庭菜園って言ったとこかな。
 華歯さんの趣味らしいんだけど、自給自足で地獄界ここの食材を賄ってるから家庭菜園っていっても広さが違うんだよね。一見、どこかの庭園かと思っちゃうくらい整った菜園なんだ。
 野菜ってこんなにきれいなんだって感心した。中には見たことないような野菜なんかもあって、ワクワクした気分になった。
 時間ができると華歯さんはここへ来て手入れをしてるらしい。手をかけてあげる分だけ野菜もおいしく育ってくれるって言ってた。それに、地獄界の地質が溶岩石でできてるから微かに温かい土で、年中、野菜が収穫できる。そこは事欠かない。
 さっき僕が勝手に食材棚から取った乾燥ショウガもここでできたショウガを収穫して天日干しして作ってるんだって。

 勝手に取ってしまったから華歯さんに謝ろうと思って探しに来たところだった。

 「華歯さ―――ん!」

 僕が呼ぶとちょっとびっくりした様子で振り返った。

 草取りでもしてたのかな?
こんなに広い菜園じゃ華歯さん一人じゃ大変。

「ミツキさん?どうかされました?」
 振り返った華歯さんの額に薄っすらと汗が滲んでた。ずっと草取りに集中してたんだね。ご苦労様です。
「草取り?僕も手伝います!」
「いえ…そんな…草取りなんか追々やりますので…」
「ううん。手伝いたいんだ!こんなに生き生きした野菜が食べられるって幸せだね。“働かざる者食うべからず”ってね」
「‥‥ふふ」
 華歯さんは控えめに微笑んでた。

 それから、僕は華歯さんの家庭菜園のお世話もさせてもらうことになった。



 一つ、気になってるものがあってね。

 菜園の先の端に黒曜石で周りを固められた井戸みたいなのがあるんだ。高さはそう…僕がちょいっと背伸びしたら中が覗けるくらいかな。

 水も自給自足なんだろうと、思ってた。

 ふいにそれを見てたら、
 
「あそこには近寄らないようにしてくださいね」
「‥‥え?」
「井戸は分かります?周りをああやって岩で固めてますが、近寄ると思った以上に足場が悪いんですよ。不用意に近づくと落ちてしまうことにもなり兼ねませんから‥‥」
「気をつけてください」と付け加えて華歯さんはエプロンを撒き上げた中に‥‥今日はブロッコリーだ。
 こんもりと深緑色のふさふさした頭が見えてた。

「今夜はブロッコリーのエビマヨ炒めにしましょう」

 ほんとに…
華歯さんは家庭的な人だ。
 


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