恋は盲目、彼女は全盲

蜃気楼

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第四話 積まれた小説

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直子は直樹の腰を遠慮がちに掴み、電車ごっこの様に縦に並び改札まで歩き
二人ともICカードを翳す。すると今まで直樹の後ろにいた直子は
利き手と反対の手で直樹のひじの少し上をそっと掴んだ。
直樹は歩き続ける。
直樹が直子の少し前を歩き、直子が右手に持った白杖で足元を確認しながら付いていく。
距離感や雰囲気を見ればカップルのそれだが二人はさして気にしなかった。
というよりもう慣れてしまった。
常に一緒に行動している訳ではないが
今日のように一緒の目的地に行く際は直樹がいつもこうして介助している。
一人で歩くより直子の負担が軽減されるからだ。
直樹はこの行為に特に特別な感情を抱いてはいなかったが、直子は違う。
前を向いて歩いている直樹には位置関係的に見えないが
直子の顔はいつにもなく緩んでいた。

「直樹」
「ん?どうした?」
「何でもないっ」
「なんだそれ」
「ふふっ」

こんな時くらい要領を得ない会話になっても仕方ないのかもしれない。
なぜならこうして一緒に歩くのは直樹が入院する前以来なのだから。
この会話の後は特筆することなく、家の前まで雑談をしながら歩いた。
雑談の内容はと言えば、最近読んだ本の話や、今日の宿題の話。

あとは『野球部の新入りマネージャーの話』

この話題になったとき直樹は直子の目が一層固く閉じられた様に感じた。
しかし、鈍感な直樹はこの時気づきもしなかった。
直子が直樹の本心を見抜いていることに...。

直子の家の前まで来ると二人は一旦分かれることにした。

「んじゃ、また後でな」
「うん、後で」

直樹は直子が家に入っていくのを見届け、そのまま二軒隣の自宅に向かって歩き始めた。
直樹と直子の家の間には今でこそ新築の家が建っているが昔は更地で、
直子のお父さんの親友で土地の管理者である日野さんの許可を得て
日野さんの娘さん、直樹、直子の三人でよく遊んでいた。
確か日野さんの娘さんも同い年位だった気がするのだが今ではもうはっきりと思い出せない。
小学生までは三人で仲良くしていたが、中学生になると日野さん一家が引っ越してしまったこともあり
更地で遊ぶ事は無くなった。
今頃彼女はどこで何をしているのだろうか。
そんな事を考えながら歩き続けているとすぐに自宅の玄関前に着いた。

「ただいま」

返事を期待せずに放った言葉は無人の廊下を抜け消えていった。

「まぁ、2人とも仕事だろうしな」

そう独り言を呟きながら自室のある二階への階段を上った。
いくら幼馴染みとはいえ汚い部屋に案内するわけにはいかないので
とりあえず部屋の掃除をすることにした。
元より掃除があまり好きではない直樹は、普段からあまり掃除をしない。
そのせいで部屋の中は至る所に小説がうず高く積まれていた。

「まずは本から片すか」

気合を入れる意味で敢えて思ったことを口に出した。
まずはベッドの枕元のライトノベル。
次に学習机の上。
最後は床の上に直置きしてある現代小説。
どれも埃をかぶっていたので乾いた雑巾で乾拭きし
自分の身長より30cmほど高い本棚に戻していった。
仕上げにコードレス掃除機で床に落ちた埃を吸い取る。
掃除機をかけ終えたら掃除機を充電器に戻し制服から私服に着替える。
この時点で直子と別れてから50分経っている。
そろそろいい時間になってきたので直樹は直子を迎えに行くことにした。
迎えに来てほしいとは言われていなかったが
なぜかそうしなければいけない気がした。
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