恋は盲目、彼女は全盲

蜃気楼

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第三話 白杖

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直子は駅のホームで男性の老人に絡まれていた。

「おい、そこの女うっせぇぞ」

老人は直子に対し怒鳴った。
なにやら直子が使っている白杖の音が気にいらないらしい。
直樹は直子を助けるために努めて怖い顔を作り、普段より数段低い声で老人に話しかけた。
もとい脅した。

「ウチの連れがどうかしましたか?」

その言葉には薔薇の如く無数の棘があった。その棘は殺気となり老人を襲う。
さすがの老人も自分より幾つも若い青年の殺気に恐怖を覚えたのか、震えながら答えた。

「こ、こいつがその白い杖で黄色い点字ブロックたたいて大きな音出してるから注意したんだよ」

直樹は心底呆れた、と同時に腹が立った。

「あれだけ大きな声で怒鳴るのが注意?
馬鹿らしい。てめぇには一度教育が必要なよう...」
「いいの、直樹」

今にも消え入りそうな小さな声。
ヒートアップしていた直樹の手に直子の手が重ねられる。
すると直樹は徐々に冷静さを取り戻した。

「すいませんでした、次からは気を付けます」

直子は申し訳なさそうに謝罪した。
すると老人も落ち着きを取り戻したのか

「分かればいいんだよ」

と言い残し立ち去って行った。
だが、直樹は本で読んだことがある。
白杖の音はわざと立てており、周りの人間に自分の存在を示すためなのだと。
それは直子も例外ではない。
しかし、自分に非があると言った。
正当な理由があるのに他者の言い分を優先する。
こういう所が直子の悪いところだ。
或いは、障がい者という社会的な立場が直子に受け身的な対応をさせているのかもしれない。
どちらにせよ曲がった事が嫌いな直樹には無視できる問題ではなかった。
電車の乗降口でのいざこざを終えた二人は自然と二人掛けのシートに横並びに座っていた。
直樹はさっそく話題を切り出す。

「さっきなんで老人に本当の事言わなかったんだ?」

今すぐにでも問い詰めたい気持ちを抑え直樹は問うた。
しかし返ってきた言葉は直樹を納得させるものではなかった。

「え?何の事?音がうるさかったのは事実だから謝らないと。」

直子があからさまに白を切った、いや直樹が知らないことを良い事に事実を捻じ曲げようとしたのか。
どちらにせよこのままでは埒が明かないので直樹は少し語調を強くして言った。

「白杖の音の事だよ。あれって周りの人にお前の存在を報せる為なんだろ?」
「良く知ってるね。直樹ってもしかして意外と博識だったりする?」

直子の表情は一瞬曇ったが、すぐにいつも通りの笑顔を上から被せた。
その誤魔化すような態度は言外に"この話はしたくない"と告げているようだった。
しかし直樹の気持ちはその程度の些細な表情の変化では止まらなかった。

「そういうのやめろよ。俺は本音で話し合いたいんだ。」
「ッ!?」

直樹は感情的になる余り日常会話の2倍ほどの声の大きさで話していた。
幸い直樹たちの乗っている車両には他の乗客が居なかったため、不快な目線で見られることはなかった。
しかし、直子は不意に隣から発せられた大きな声に驚き直樹から距離を取っていた。

「悪い、驚かすつもりは無かったんだ。ただ俺はお前の本音が聞きたくて...」
「いえ、いいの直樹。私もはぐらかしてばかりで悪かったわ。」
「いや、別に...」
「ねぇ直樹、本音で話しがしたいから今夜直樹の家行ってもいい?」

直子の表情がいつにもまして真剣だった。
そんな真面目な直子の表情を見てはさすがの直樹もダメとは言えず。

「構わないけど」

それでも理由だけは聞こうと言葉を続けるも

「なんで家で?別にここでも...」
『次は~藤沢~、お出口は~左側です。』

直樹の言葉を車掌の間延びした声が遮った。

「ほら直樹降りよっ」

そこにはさっきまでの真面目な表情が嘘のように笑っている直子が居た。

「分かったよ」

そんなころころ表情を変える直子を不思議に思いつつも、直樹は続いて降りた。
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