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最終話 生まれ変わっても

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「話を聞いた者によると、エーデルという人間が、たった一滴の血を与えるだけで魔力を回復させることができたらしいのです。しかし、その治癒を受けられるのはエーデル様が信頼し、愛した者だけ。もし蒼様がその方の生まれ変わりだとすれば、きっとイヴェリス様も少量の血液で回復するのではないかと……」

 ゴグの話も、まるでおとぎ話を聞いているみたいだった。
 でも、実際にイヴェリスは私の血を飲み干すことなく生きている。ということは、私も少なからずそのエーデルと呼ばれる人と同じように、魔族を治癒できる血液を持っているということになる。

「蒼様がイヴェリス様を愛していなければ、意味のない話でしたが」

 最後にゴグが小さな声で言う。

「蒼」
「わ、なにぃ」

 その話を聞き、イヴェリスが私に抱き着いてくる。
 ギュッときつく抱きしめられる。

「お前は俺の運命の相手だったんだな」

 嬉しそうに言うイヴェリスの声が、私の耳をかすめる。
“運命の相手”だなんて、大げさな。なんて思いながらも、本当は嬉しくて。

 自分が生まれてきたことすら間違いだったんじゃ、って思っていた時もあったけど。でも、人間として生まれたからイヴェリスと出会えて助けることもできた。恋もできた。大事にしたい人もいっぱいできた。

「じゃあ、なんで俺は蒼の恩恵を受けられるんだ? 蒼は俺のことも愛しているのか?」

 いい雰囲気をぶった切るように、顎に手を当てながら、首をかしげているトマリが素朴な疑問をゴグに投げつける。

「そういえば、そうだな……」

 その言葉に、イヴェリスがすぐに反応してまた不機嫌そうな顔に戻る。

「ほら、愛って恋愛だけのものじゃないじゃん! 家族愛とかあるでしょ」

 変な誤解を生みそうで、慌てたように付け加えてみるけど。この説明で独占欲が強めな今のイヴェリスに伝わるとは思えなかった。すると、ゴグがイヴェリスの機嫌を伺うこともなく話しだす。

「1000年前、エーデル様が最初に助けた魔族がトマリ様のご先祖様だそうですよ。そのせいかもしれませんね」
「ほう。つまり、やはり俺と蒼の方が適性は高いということか!」
「は!?」

 トマリがパッと嬉しそうな顔になる。
 逆に、イヴェリスは不機嫌そうな顔から少し焦ったような表情で

「俺の先祖は、そのエーデルという人間と関係していないのか!?」

 と、ゴグに迫った。
 でもゴグは「残念ながらそこまでは調べられませんでした」と、申し訳なさそうに肩をすくめた。

「今すぐ調べろ! 絶対に調べろ!」
「は、はい!」

 イヴェリスは外の方を指さしながら、命令口調でゴグに言う。

「ちょっと! いいよ、そんなこと調べなくて!」

 そんなイヴェリスの手を下ろしながら、今にも飛び出していきそうなゴグを止めた。

「なぜだ! 俺もお前と何かあるはずだ!」
「なくてもいいじゃん別に」
「いやだ! これではトマリが運命の相手みたいではないかっ」

 焦った顔から、不安そうな表情に変わる。
 言われてみれば、トマリとは出会ったときから何か見えない力で惹きつけられている感じがあった。でもその気持ちが恋愛ではないということは、私もトマリもわかっていた。これはきっと、エーデルにとって忘れられない気持ちなのかもしれない。

 でも、私はエーデルじゃない。
 例え生まれ変わりだとしても、私はエーデルではない。

「俺はお前の運命の相手がいい」

 まるで子供のように拗ねるイヴェリスが愛しくて。

「じゃあ、ここから運命の相手になるんじゃない?」
「どういう意味だ」
「いつか私が死んで、生まれ変わったらまたイヴェリスが見つけてくれるんでしょ?」

 不安そうにしているイヴェリスの頬を両手で包み込む。

「イヴェリスが死んで生まれかわっても、私をみつけてくれるんでしょ?」
「ああ。絶対にみつける」

 イヴェリスの赤い瞳に、私が映る。

「それなら、私たちはいま運命で結ばれたことになるよ。イヴェリスは、エーデルじゃなくて運命の相手だからね」

 そう言って顔を近づけ、そっとキスをすると、触れていたイヴェリスの頬に体温が宿る。
 その瞬間、イヴェリスの感情が私の中に流れこんでくる。同じように、私の感情がイヴェリスに流れこむ。
 温かくて、優しくて、キラキラしていて。
 私とイヴェリスの気持ちが共鳴するように、ひとつになる。

「蒼」

 私の名前を呼びながら、天使みたいに微笑むイヴェリス。

「これが、愛か」

 イヴェリスの手が私の頬を包み込む。
 その手は、優しい光に包まれているみたいに温かかった。

「好きとは、また違うんだな」
「そうだね」

 人間と違って、魔族は感情のひとつひとつを確かめる。
 気がついたら好きだった、気がついたら愛してた。人間だってそうやって気づくことはあるけど、イヴェリスはその気づいた感情を大切にするように、言葉にしていく。

「蒼」

 もう一度名前を呼ばれる。

「愛してる」

 その言葉と共に、今度はイヴェリスから優しくキスをする。

 初めてイヴェリスとキスをした夜を思い出す。
 お互いに好きって感情がよくわからないまま、惹かれ合った日。
 気持ちが抑えきれなくて、あとのことも考えられなくて。
 このまま死んでもいいと思ったくらい幸せだった。

 今は、死んでもいいなんて思わない。
 ずっとこの幸せを大事にしていたいから。
 少しでも長く、イヴェリスと居たいから。

 イヴェリスが消えたあの日、言えなかった言葉。伝えたかった気持ち。

「私も、愛してるよ」

 やっと、伝えられて胸が熱くなった。
 その言葉に、嬉しそうに笑うイヴェリスを見て、イヴェリスと過ごした幸せな時間が走馬灯のように駆け巡った――。


「おい、二人だけの世界になるなよ! 俺だって蒼のこと愛してるぞ」
「お前は愛さなくていい」
「ふふっ。おいで、トマリ」
「おい、蒼!」

 ガサツで、不器用で、見た目はちょっと怖いけど
 いつも私を守ってくれた、獣族の長。

「あ、あの」
「おい、まさかお前まで……」
「ぼ、僕も蒼様のことはイヴェリス様くらいお慕いしております!」
「ゴグも、おいで」

 冷静で、頭が良くて、かわいくて
 困ったときにすぐ助けてくれた、魔獣。

「蒼は俺のだ!」
「所有物みたいな言い方はよせ」
「そうですよ、イヴェリス様」
「なっ……! お前ら、俺が王だということを忘れているだろ!」
「ふふっ」
「蒼も嬉しそうにするな!」

 私が初めて恋をしたのは、吸血鬼だった。
 意地悪で、強引で、真っすぐで。
 でも、誰よりも優しく包み込んでくれた、魔界の王様。

「みんなのことが大好きだよっ」

 幸せの形は数えきれないほどある。
 趣味、仕事、友達、恋愛。
 誰かと過ごす時間も、一人で過ごす時間も

 幸せは、誰かと比べるものじゃない。
 そう頭ではわかってはいるのに、他人の幸せを見て羨んでしまうのが人間ってもので。

 傷つくのが怖くて、自分のペースを乱されるのが嫌で、誰に対しても距離を置いていた私だけど。
 人間の常識がまるで通用しない魔族と過ごしていくうちに、自分がいかに壁を作っていたのかがよくわかった。
 私のこと大事に思ってくれていた人の気持ちすら、無下にして過ごしていたことが。

 大切なものは無くしてから気づくなんてよく言うけど。
 無くしてからでは遅いことも。

「まて、俺はイヴェリスのことだって愛してるぞ」
「あ、それは僕もです!」
「はぁ?」
「愛ってそういうもんだろ?」

 トマリがイヴェリスに顔を寄せながら無邪気に言う。
 その言葉にイヴェリスは「なにを言っている」って顔をしながら、トマリを引き離そうとしていた。

「うん、そうだよ。好きと同じように、愛も色んな愛があるんだよ」
「しるか! 俺は蒼しか愛していない!」
「そんなこと言うな」
「そうですよ、イヴェリス様」

 ああでもない、こうでもないと騒ぐ3人の魔族。
 私にとっての愛と幸せはここにあって。
 普通の人間とはちょっと――いや、だいぶ非現実的な話だけど。

 それでも、これが私の現実だ。

 私は人間だから、イヴェリスがこれから生きる時間のほんの一部分しか一緒に居られない。
 それに歳もとる。見た目だって、すごいスピードで老けちゃうけど。

 それでもイヴェリスは変わらずに愛してくれるだろうか。
 私が死ぬその日まで、一緒に居てくれるかな。


「イヴェリス」
「なんだ?」
「次こそ、死ぬまで一緒に居てくれる?」
「死ぬ話はするな」
「じゃあ、生まれ変わってもずっと一緒に居てくれる?」
「ああ。お前が嫌だと言っても、離しはしない」
「それは困るな」
「なんでだ!」
「ふふ、うそだよ」


 人間は、一生の愛を誓うために結婚をする。
 ずっと一緒なんて言葉は、その時の口約束に過ぎない。
 でも、私の好きな人は魔界の王様。
 永遠の愛も、きっと存在するんだと思う。


 エーデルは、魔族と一体どんな恋愛をしたんだろう。
 彼女が好きになったのはトマリのご先祖様かもしれない。けど、もしかしたら、その生まれ変わりがイヴェリスなんじゃないかって。

 イヴェリスの笑う表情を見て、遠い記憶のなかでエーデルが愛した人のほほ笑む姿が見えたような気がする。



 何度死んでも、何度生まれ変わっても
 私たちは、また出会う運命なんだ。


「蒼」
「イヴェリス!」


 そしてまた、人間界に溶け込む吸血鬼と、私の暮らしが始まった――。


END
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