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第81話 魔族を治癒する人間

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「え、待ってよ。なんでイヴェリスは平気なの? 一人分の血液じゃないと足りないんでしょ?」

 トマリが話してくれている途中で、ふと疑問が浮かぶ。
 私が生きているってことは、全部血を飲み干されていないということになるから。
 それだと、イヴェリスの魔力は完全には戻らないはず。

「ああ、それなんだが。どうやらお前は1000年前に居た魔族を治癒できる人間の生まれ変わりらしい」
「え!?」
「そのおかげで、少量の血液でも俺の力が戻った。いや戻ったどころじゃない、増えすぎたくらいだ」

 イヴェリスが手のひらを開いたり閉じたりしながら言う。

「そうそう。お前の飯で俺の魔力が回復するのも、そのせいだったみたいだ」

 同じように手のひらを見ながら、トマリも言う。

「だからだろうな、お前は俺とトマリの結界に惹かれて入ってきてしまうのは」
「そんなこと、ある?」
「俺もよくわからないが、生まれ変わることは珍しいことではないからな」

 そんな、生まれ変わるのは当たり前のことみたいに話されも。
 私には何もピンとくることはなかった。

「普通、生まれ変わったら記憶とか残ってるものじゃないの? 私、何にも覚えてないよ」
「お前は人間だからな。人間は記憶が消えやすい」
「魔族は違うの?」
「魔族もだいたい記憶はなくなるが……。なんだろうな、運命みたいなものはあるかもしれない」
「運命?」
「ああ。もし過去に誰かと再び会う約束をしていたら、嫌でもその相手と会うようできている。生まれ変わって、姿が変わってもお互いにわかるものだ」

 なんだか、人間だと想像つかないけど魔族だとその“運命”の想像がつきやすい気がした。

「だからイヴェリスはあの時、死んでもまた私を見つけてくれるって言ったの?」
「そんなこと、言ったか」
「言ったよ!」

 イヴェリスなら、本当に生まれ変わったとしてもまた私に会いに来てくれるんじゃないかって。何の根拠もない話だし、例え生まれ変わった時に私が覚えてなかったら意味のない話だけど。それでも、絶対に会いに来てくれるって、不思議と確信していた。

「魔族を治癒できる人間かぁ……」

 1000年前の生まれ変わりって、もはや生まれ変わりって言うのだろうか。あまりにも遠い過去すぎて。何よりも、自分にそんな特別な能力があるとも思わない。

 イヴェリスとトマリのように、自分の手のひらをジーッと眺めてみる。
 でも何も変わった感じはなくて。
 指をパチンと鳴らしてみても、なにも起こらない。

「それは魔力を使うときのものだ。人間には無理だ」
「う、うるさいなぁ! ちょっとやってみただけだよ」

 みようみまねで何かしらできることはないか試してみるけど、イヴェリスの鋭いツッコミで試したことすら恥ずかしくなる。

「ああ、でも。蒼とセックスをした後は確かに力が漲る感じはあるな」
「ちょっと!!」

 かと思えば、急にデリカシーの無い発言するし。
 それは、個人的な気持ちの問題で、治癒の力と関係ない気がするけど……。

「俺は蒼の作った飯で回復するぞ」
「そうだよねー。うんうん。トマリの方が私との適性が高いのかもしれないねー」
「なっ……」

 イヴェリスが少し悔しそうな顔をしながら、私を見る。
 俺の方が適性があると言え、って言いたそうだ。

「そういえば、私の血を飲めって言ってきたのは誰だったの?」

 話を思い返している間に、また疑問が生まれる。
 あの時いた青年は誰だったのかと。

「「は?」」
「え?」

 そのことを口にすると、イヴェリスもトマリも「マジかよ」って目で私を見てくる。

「わからないのか?」
「え、私がよく知ってる人だった?」

 顔はよく見てないから覚えてないけど、口調はすごく淡々としていて冷静で。
 イヴェリスもその声を聞いただけで、どんなに私が飲めと言っても飲まなかった血を口にした。それほど、信頼している相手ということだ。

 信頼している……? 

「え、もしかしてゴグ!?」

 私がよく知っていて、イヴェリスが信頼していて、口調が淡々としている。
 そんなの一人……いや、一匹しかいなかった。

「すみません、蒼様の前で人間の姿になったことなかったですよね」

 私が気が付いたことで、イヴェリスの背後から淡々とした口調が聞こえてくる。声の方に視線を向けると、あの時の青年がゆらっと姿を現した。

「や、やっぱりゴグも人の姿になれるんだね」

 トマリが犬の姿から人間になった時、もしやと思った勘が当たっていた。
 
「どちらかというと、魔界ではこちらの姿で過ごしています。蒼様が嫌がるかと思い、獣になっておりました」

 少しクセのある黒髪は襟足だけ長く、一本の三つ編みに結ってある。目にかかるくらいの前髪は重そうで、ダークブラウンのクリッとした目が覗く。イヴェリスやトマリよりも一回りほど小柄で、大きなフリルのついたドレスシャツと、サスペンダー付きの半ズボンがよく似合っていた。青年って言ったけど、よくよく見ると女の子のように可愛い顔をしている。

「え、ゴグって女の子だった?」

 思わず性別を確認してしまう。
 すると、イヴェリスが小さな声で「あっ」と声をもらすと、すかさずゴグが少し怒ったように

「ぼ、僕は、男です!!」

 と、力強く答えた。
 地雷を踏んだなって顔で、二人がこっちを見る。

「あ、ごめん! だよね!? あーうん、男の子だと思ってた。一応、確認しただけ」

 慌てて言い訳をするけど、ゴグは頬袋にカニカマを詰めているときみたいにほっぺを膨らましている。
 いやいや、今どきそんな怒り方する子、いる? モモンガの姿でもかわいかったけど、こっちはこっちでめちゃくちゃ可愛いな……。

「わかってたよ、男の子だって!」
「それならいいですけどっ」

 まだ片側のほっぺを膨らませたまま、フイッとそっぽを向く。
 なんて言うか、情報量が多い。
 久しぶりの再会とか感傷に浸る間もなく、どんどん新しい情報が入ってくる。


「で、話を戻すけど。イヴェリスが無事なら、なんでそのままそばに居てくれなかったの?」
「血を求めて人間界に来たんだ。力を手にしたら帰らねば、魔界の者は俺が死んだと騒ぎになる」
「なるほど……」
「だから一度、戻る必要があった。俺も向こうでは国の王だからな、生誕祭も控えていた」

 申し訳なさそうな顔で、イヴェリスが私を見る。

「向こうに戻ったら、我々がいつこちらに戻って来られるかわからなかった。トマリも、こう見えて長だしな」
「こう見えては余計だろ」
「一族を守らねばならない。今回は俺のために一時的に来ていただけだから」

 トマリが一歩前に出てくる。

「わるい。お前を一人で残してしまって」

 そう言うと、私の手をギュッと握った。

「あのまま記憶を残して置いていくのは無理だった。だから、記憶を消してもらった」
「うん、わかってるよ」

 トマリは、イヴェリスがいない時の私をずっと見ていた。
 その時間を知っているからこそ、私が目を覚ましたとき、きっと私は二人を殺してしまったと思い込み、苦しむと思ったのだろう。そのトマリの考えは、間違っていない。もしあのまま、記憶が消えずに一人で取り残されていたら、私はきっと想像もつかないほどの後悔と罪の重さに押しつぶされていたに違いないから。

「ありがとう、トマリ」

 トマリの頬を撫でると、トマリは少し安心したような顔になる。

「ただ、その記憶を消すのも賭けではあった」

 その手を引き離すように、横からイヴェリスが割り込んでくる。

「賭けって?」
「前にも話したことがあるだろう。お前が楓の記憶の一部を消せないか聞いてきたとき」
「ああ。魔女ならできるみたいな話?」
「そうだ。俺たちが使えるのは魔法ではなく魔力。記憶も、一部だけではなくすべて消すことしかできない」

 要するに、魔力では私の記憶から嫌な思い出だけを消すことができないから、イヴェリスとの記憶をすべて消した。と言うことだ。

「それの、何が賭けなの?」
「普通の人間なら、一度消した記憶を思い出すことは絶対にない」
「え?」
「その消えた記憶を取り戻す方法も、魔力では無理だ」

 つまり、イヴェリスたちの記憶が二度と戻らないかもしれないことをわかっていて、記憶を消すことを選んだってことになる。

「トマリ……」
「……すまない」

 再びトマリがシュンとした表情になる。
 でも、謝るのはこっちの方だ。
 そんな決断を、私はトマリにさせてしまったんだから。
 私が弱いから、結果的にトマリにすべての責任を押し付けてしまった。

「ごめん、トマリ。そんなことさせてごめんっ」
「なんでお前が謝る? 記憶を消せって言ったのは俺だ」
「トマリは悪くないでしょ。私が苦しまないようにしてくれただけでしょ」
「それが、記憶を消すことだぞ! お前の大事なイヴェリスとの記憶を!」

 私が記憶の中で生きていたことは、トマリが一番知っている。
 だからこそ、その記憶を消すのにも抵抗があったんだと思う。
 でも、それ以上に私の心がボロボロになることをトマリは避けてくれた。

「でも、思い出せたじゃん」
「そうかもしれないがっ……」

 そう。普通の人間なら思い出せない記憶も、私はイヴェリスを見た瞬間に思い出した。それは、私が1000年前の人の生まれ変わりだったからとかじゃないと思う。
 私の人生で、一番幸せな時間だったからだ。嫌なことも、悲しいことも含めて、すべてが細胞レベルで忘れられない思い出だったからだ。

 たぶん、昨日イヴェリスが現れなかったとしても、このまま生きていたらどこかで記憶が蘇るような気がした。
 夢で見たことのある風景をふと思い出すことがあるように。

「まあ、その賭けにでられたのも、すべてゴグのおかげだ」

 イヴェリスの視線が、姿勢よく立っているゴグに移る。

「私は何もしておりません」

 そう言いながら、ゴグが俯く。

「何を言うか。蒼を見つけ出したのもお前だろう」
「それは、イヴェリスさまが惹きつけられたのです」
「俺に献身的なのはいいが、己の有能さを自覚しろ」

 話を訊けば、1000年前の人間のこともゴグが詳しく調べてくれたらしい。
 どうやって調べたのかは、訊いても難しくてよくわからなかったけど。いわゆる人間でいうDNA鑑定みたいなものを、魔力を使ってやってみたらしい。

「トマリ様が蒼様のお作りになられる食事で魔力が回復すると伺い、調べる価値があると思いまして」

 魔界では1000年前から生きている魔族は珍しくないという。
 ただ、その人間に出会ったことのある魔族は少ない。なぜなら、魔族たちは人間に出会ったら問答無用で食べてしまうからだ。イヴェリスのように人間と友好的な者はそうそういない。

 それでも、ゴグはありとあらゆる魔族に話を訊き、ようやくその人間を知っている者と出会ったらしい。
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