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第79話 再会

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 行き着いた先に、誰かが立っている。
 月明かりの逆光でシルエットしか見えないけど、そのシルエットだけで胸が高鳴っていく。
 誰かわからないのに、勝手に涙が溢れでてくる。

「なんで……いるの?」

 自分じゃない自分が喋っているような感覚。
 記憶の中の自分が、勝手にしゃべっているような感覚。

「会いに来ると、言っただろう」

 私の言葉に返ってきた声は、透き通るような、優しい声。
 顔は見えないのに、ふわりと笑っている表情が見えるような気がした。

 近づこうと一歩足を進めると、横から強い突風が吹く。
 風から耐えるようにギュッと目を瞑ると、甘い香りと共にマントのようなもので包み込まれた。

「蒼」

 耳元で名前を呼ばれ、顔を上げると、宝石のように輝く赤い瞳が私を真っすぐと見下ろしている。

「イヴェリス……?」

 私が名前を呼ぶと、彼は少し泣きそうな顔で笑いながら私に口付けをした。
 その瞬間、忘れていた記憶が一気に蘇る。
 夢だと思っていた記憶が、すべて現実だったことを思い出す。

「すまない、待たせてしまった」
「なんでっ……なんで、生きてるの……?」
「勝手に俺を殺すな」
「だって……!」
「お前が俺を救ってくれたんだろう」

 そう言って笑う顔は、紛れもなく私の好きなイヴェリスで。

「なんで、どうしてっ」
「説明はあとでゆっくりする。それより、記憶は戻ったのか?」
「記憶?」

 その言葉で、イヴェリスのことを忘れていたという記憶すら蘇る。

「え、私、イヴェリスのこと忘れてたの?」
「ああ。起きた時に蒼が悲しむといけないからと、トマリが記憶を消せと言ってきた」
「トマリ……?」

 もう一人、思い出せなかった名前を聞いて、トマリのことも思い出す。

「トマリは? トマリは生きてる?」
「あいつも元気だ。そのうちこっちに来るだろう」

 ふと、あの日のことを思い出す。
 イヴェリスが消えかけて、もう諦めそうになったときに誰かの声が聞こえて。私の血をイヴェリスが飲んだ。
 自分の首筋に触れても、もう傷跡のような感触はない。

 あのまま私は意識を失って、それから……

「ちょっと待って、一年経ってない!?」
「すまない。もう少し早く戻って来れると思ったんだが、色々と忙しくてな」

 苦笑いするイヴェリスの顔を見ながら、私はこの一年、記憶を無くしたまま普通に過ごしていたことを知る。
 ところどころで思い出していた夢の記憶は、すべて現実で。

「強めの結界を張っていても、お前は本当に入ってきてしまうんだな」

 ふと辺りを見ると、いま居る場所が最初にイヴェリスと出会った小道だということに気付く。

「蒼なら、記憶を無くしたままでもまた俺をみつけてくれると思った」

 そう言いながら呑気に笑っているイヴェリス。
 私からしたら、一年間も記憶を無くされて、かと思ったら突然また記憶を戻されて。止まっていた時間が、急に動き出したような気分で頭の中が混乱しそうだった。

「イヴェリスは、死ななかったの?」
「ああ。お前のおかげで、生きている」
「本当に? 夢じゃない?」
「またお前は、最初の時みたいに信じないのか」
「だって」
「夢じゃない。居るだろ、ここに」

 そう言って、イヴェリスが私の手をとって自分の顔へともっていく。
 手のひらで感じるひんやりとした感触が、夢じゃないことを教えてくれる。
 愛しそうに私を見る赤い瞳が、嘘じゃないと教えてくれる。

「よかったぁ……」

 記憶を無くしても、どこかでずっと不安だった気持ちから解放される。
 そのままイヴェリスの首に腕を巻き付けて、少し背伸びをして抱き着く。

「蒼、苦しい」
「我慢してっ」

 もう何度も終わりを見た。
 何度も諦めてしまった。
 でも、やっぱり諦めきれなくて。
 例え記憶を消されても、完全に忘れることなんてできなくて。

「家に帰ろう、蒼」
「家に?」
「ああ」

 そう言うと、包まれていたマントのようなものがバッと開いて辺りが月明りで照らされる。
 そのとき初めて、私を包み込んでいたものがイヴェリスの背中から生えているものだということがわかった。

「え! イヴェリスって翼もはえてたの!?」
「ああ、始まった……。これを見たらお前は絶対に興奮すると思った」
「だって、前まで生えてなかったじゃん!」
「あの時は魔力が足りない状態だったからな。これが俺の本当の姿だ」

 イヴェリスの倍ほどある大きな黒い翼。
 天使みたいに羽根があるわけじゃなくて、コウモリのような膜がある。

「触ってもいい?」
「……勝手にしろ」
「わあ、すごい。本物だっ」
「お前はほんとに……」

 イヴェリスの呆れたような声に、思わず翼を触っていた手を引っ込める。
 よく見ると、服装も違う。金ボタンのついた丈の長いナポレオンジャケット。細身のパンツには煌びやかな装飾が施され、まさに貴族そのものだった。

「本物の王子様じゃん……」
「王子ではない、王だ」

 その姿にポカンと見惚れていると、イヴェリスはしびれをきらしたように、翼でまた私の体を包み込む。
 すぐにパチンッと指を鳴らすと、風が吹き荒れ、次に目を開けた時にはすでに私の部屋へと戻っていた。

「おかえり、イヴェリス」
「ただいま」

 この言葉が言える日が来るなんて、夢にも思っていなかった。
 私はもう、あの時に死ぬ覚悟をしていたから。

「で、なんで生きてるの?」
「焦るな」

 部屋に戻ると、イヴェリスの翼は消えてなくなった。

「まずはプリンを食べてからにしよう」
「ちょっと!」

 そう言いながらイヴェリスはキッチンに向かうと、どこからともなく出してきたスプーンとプリンを手に持って戻ってくる。

「ずっと我慢していたんだ、いいだろうこのくらい」
「私よりプリンの方が大事みたいじゃん!」
「蒼の方が大事だが、プリンも大事だ」
「もおっ」

 相変わらずのプリン好きに、思わず笑ってしまう。
 でも、プリンを食べているときの幸せそうにしているイヴェリスの顔がもう一度見れるとは思ってなかったから。

「見過ぎだ」
「いいじゃん」
「食べにくい」
「気にしないで」
「気になる」

 イヴェリスがいなくなって、また戻ってきて。
 でも一度目の再会は決して嬉しい再会ではなかったから。別れのための再会だったから。こうして、なんの不安もなくイヴェリスを見ていられるのが嬉しくてたまらなかった。

「ふふ」
「なんだ?」
「やっぱり好きだなって思って」
「お前はッ……」

 イヴェリスのプリンを食べる手が止まる。
 持っていたプリンをテーブルに置くと、ベッドに座っていた私の方へと迫ってくる。

「もうひとつ、我慢していたものを教えてやろうか?」
「なに?」

 イヴェリスはそう言うと、顔を近づけてきてキスをしてくる。

「……んんっ」

 最初は唇を重ねるだけのキスから、だんだんと深くなっていく。

「ふんぅ……」

 久しぶりのキスに、息継ぎの仕方を忘れる。
 直前までプリンをたべていたせいか、甘い味が口の中に広がった。
 お互いの吐息とリップ音だけが部屋に響いて、それすらも幸せでどうにかなっちゃいそうだった。
 そのままキスを許していると、イヴェリスの手がワンピースの裾をたくしあげていく。本能のままに、私を求めるように。

「ん…っまって……」

「っ……待てない」

 いつものように、拒んでも、それを拒み返されて。
 腕を押さえつけられる。
 我慢できないことって、こっちかよ。なんて心の中で思いながらも、肌でイヴェリスを感じられるのは嬉しかった。

 イヴェリスに塞がれていた口が、ようやく解放される。
 新鮮な空気を吸い込む暇もなく、今度は耳へと攻める場所を変えてくる。

「蒼っ……」

 耳元で呼ばれる名前に、また涙が溢れそうになって、心臓がキュッて締め付けられた。

「イヴェリス……」

 そのまま私も、イヴェリスの頭を抱きかかえる。
 まだ再会して30分も経ってないのに、私たちは何してるんだろう。って、途中で冷静になる瞬間もあったけど、今はイヴェリスの好きなようにしてほしかった。
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