【完結】おひとりさま女子だった私が吸血鬼と死ぬまで一緒に暮らすはめに

仁来

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第78話 会いたい人

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 春が来て、夏が来て。
 雨が降って、雷が鳴って。
 秋が来て、冬になる。

 何もしていなくても時間は過ぎていく。
 一人でも、誰かと一緒でも、時間は過ぎていく。

 悲しくても、楽しくても、平等に時間は過ぎていく。

 あっという間に一年が過ぎ、長い冬が終わって桜が咲きはじめる頃。
 なぜか私は熱でうなされていた。

 もともと出不精だから風邪をひくことはなかったんだけど、最近は少し仕事が忙しくて体が疲れていたようだ。
 免疫力が下がっている隙を突かれたように、急にダルくなった。
 体温計を使わなくても、結構な熱があることがわかるくらいには。

「……ごめん、今日休む」

 夜から兄のお店に行くはずだったけど、さすがにこの状態ではいけそうもなく。ベッドで寝込む。でも、家にはなにもない。
 飲み物と薬だけでも買ってこないとと思って、足元がフラつくなか外に出た。

 薬局までの道のりがすごく遠く感じて、家を出てから誰かに頼めばよかったって気がついて。あんまり熱とか出たことなかったし、誰かに看病してもらうって考えもなかったから、つい出てきてしまったけど。

 急に目の前がクラクラしてきて、道に倒れこみそうになる。
 その瞬間、誰かに支えられた気がした。
 意識が朦朧とするなかで見えたのは、夢によく出てくる“誰か”だった。

「ごめんなさいっ」

 自分が今、倒れてしまっていることに気付いて知らない誰かに謝る。
 しがみついてないと立ち上がれそうになくて。

「なぜ謝る」

 そんな私に、彼は首を傾げた。

「大丈夫だ、すぐによくなる」

 どこかで聞いたことある、よく知っている声。
 不思議と安心するその声と共に、ふわっと浮かぶような感覚の中で私の意識は途絶えた。

「んっ……」

 目が覚めると、家のベッドで寝ていた。
 机の上には、いくつかのペットボトルの飲料水と薬が置いてある。
 どうやって帰って来たのか、記憶がない。

「イヴェリス……?」

 まだ頭がボーッとするなかでふいに口にした名前。
 誰のことだかわからないけど、呼び慣れた名前のような気がした。

「って、誰だっけ……」

 熱でうなされている間に、またいつもの夢でも見ていたのかもしれない。
 机の上には、買ってきたものの他にカフェラテの入ったコップが置いてあった。
 淹れた覚えのないカフェラテ。でも、まだ温かい。

 やっぱり、誰か来てくれたのかな? 
 もしかしたら、心配した兄が来てくれていたのかもしれない。

 熱があるのに、水よりもなぜか口がカフェラテを求めている。
 一口飲むと、不思議なことに熱が引いてくような感覚。さらに飲むと、頭がスッキリとしてくる。

「美味しい……」

 一口、また一口と大事に飲む。
 なんで大事に飲むかはわからないけど、なんだか大事に飲まなきゃいけない気がして。全部飲み終わる頃には、体のダルさが抜けていた。


 桜が満開を迎えると、桜散らしの雨が降る。
 ポツポツと、窓に雨粒がぶつかる音を聞きながらパソコンに向かい仕事していると、ピロンと音が鳴りスマホ画面にメッセージが表示される。

【どうしよう! マリッジブルーかも!】

 相手はもうすぐ結婚式を控えている楓だ。

【また喧嘩したの?】
【だって、本当に私がお嫁さんなんかでいいのかわかんないんだもん】

 何度かメッセージのやりとりをして、文字を打つのが煩わしくなり通話に切り替える。スマホから聞こえてくる楓の声は、いつになく自信がなさそうで。

『私、なんの取柄もないし、いい奥さんになれる気がしない』
「楓ほどのいい女、逆になかなかいないと思うけど」
『そんなことないよ! そのへんにゴロゴロいるもん~!』

 顔もかわいくて、人とのコミュニケーションも上手で、感情も豊かで。
 周りに居る人をいつも笑顔にできるような楓が、いい奥さんになる自信がないと嘆く。
 そんなこと言われたら、本当になにひとつ取柄のない私はどうしたらいいんだと思いながらも、楓の気持ちに寄り添えるよう話を訊く。

「友樹さんは、いい奥さんと結婚したいんじゃなくて楓と結婚したいんじゃない?」
『私と……?』
「うん。楓だって、いい旦那さんになってくれそうだから友樹さんが好きなわけじゃないでしょ?」
『それはそうだけど……』
「友樹さんだって同じだよ。楓が奥さんになってくれることが嬉しいんだよ」

 楓は今までもたくさんの人と恋をしてきた。
 その度に幸せそうだったり、悲しそうだったり。色んな人と、出会いと別れを繰り返してきている。
 私の中で楓は『恋愛マスター』ではあるけれど、どれだけ経験を積んでいても壁にぶつかることはある。自信がなくなることがある。周りも見えなくなることがある。

「ちゃんと友樹さんに不安な気持ち伝えた方がいいよ」
『うん……』
「大丈夫だよ。だって、楓の自慢の彼氏でしょ? あ、もう旦那さんになるのか」
『なんか、恥ずかしい』
「ふふ。結婚式、楽しみにしてるからね」
『ごめんね、急に。話聞いてくれてありがとう』
「いいよ」

 通話を切ったあと、一人暮らしの部屋の静けさに寂しさを覚える。
 恋愛だけが人生じゃないってわかっているけど、恋愛でしか得られない幸せもあることを最近はやっと理解した。
 だから、私も前を向いて。誰かと出会うことに恐れないで。自分を知ってもらうことを怖がらないで。誰かを受け入れることを拒絶しないで。

 恋がしたい。

 それから数週間して、楓の結婚式当日。
 久しぶりに会う友達と昔話で盛り上がる。

 結婚して家庭を持っている子も多くて、なんだか私だけ取り残されてる気分になった。

「あとは蒼だけじゃない?」
「いい人いないの~? 紹介しようか!」

 昔は、こういうことを聞かれるから楓以外の友達とはなるべく会うのすら避けていた。
 彼氏できた? 合コンしようよ! 
 みんな、そればっかりだったから。でも今は、別に嫌じゃない。

「えー紹介してくれる?」
「でも蒼、理想高そうだからな~」
「うーん、確かに理想は高いかもしれない」

 結局みんな、挨拶がてらに聞くだけで。
 普通に返せばそこから深堀してくるわけでもなく、話題はすぐに他へと移る。

 花嫁姿の楓は、いつになく可愛くて、キレイだった。
 いつも楓は幸せそうだったけど、今日は今までよりもさらに幸せそうだった。
 楓の幸せそうな姿を見るだけで、こっちまで幸せな気持ちになる。

「蒼、ありがとうっ」
「おめでとう、楓」

 ドレスを着たまま、楓が私に抱き着いてくる。
 私もそんな楓を抱きしめ返す。

 こんなに素敵な親友と出会えたのは、私にとって何よりも幸運だ。

 結婚式が終わって、二次会が終わって。
 賑やかだった場所からの帰り道は、いつも以上に静けさが気になった。

 ふと気がつくと、私は最寄り駅の一つ手前で降りていた。
 なんだかこのまま家に帰る気にはなれなかった。少し歩きたい。
 駅から少し行くと、白い木を基調とした可愛いカフェが目に入る。
 灯りはもう点いていない。ドア越しに見える看板には、プリンアイスの写真が貼られていた。

「……また一緒に食べたいな」

 不意にこぼれた独り言に、また違和感を覚える。

 一緒に? 誰かと食べに来たことなんてあったっけ。

 一人で来た記憶しかないはずなのに、何を言っているんだろう。
 少し酔っているのかもしれない。

 カフェから家に向かって続く道を歩いて行くと、川沿いの道に出る。
 結婚式用に買ったレースのワンピースだけでは、少し肌寒い。タクシーで帰ってくるつもりだったから、上着は荷物になると置いてきてしまったのが失敗だ。

 ゆっくり、ゆっくり歩く。

 カフェに行きたい時は、いつもこの道を通っていた。
 お気に入りのお散歩コースだ。

 空を見上げると、散った桜の木の隙間から月の光が入ってくる。
 光のなかで、キラキラと輝く白銀色の髪。赤く揺らぐ瞳。どこか人間離れした姿が思い浮かぶ。
 不思議と、その人のことを考えるだけで笑みがこぼれた。

「会いたいな……」

 またこぼれる独り言が、風で揺れる木々の音に紛れて消えていく。
 強く吹く風に、一瞬甘い香りが混じる。
 その香りを嗅いだ瞬間に、記憶の中の私が強く何かを求めだす。

 そうだ、私は誰かに会いたいんだ
 私は、誰かを待っているんだ

 気が付くと、私は知らない小道に迷い込んでいた。
 香りのする方に導かれるように、私はその道を奥へと進む。
 進むたびに、なぜか鼓動がはやくなっていく。

 よくわからないけど、そこに居る気がした。
 私の会いたい人が、そこに――


「……来たか」



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