【完結】おひとりさま女子だった私が吸血鬼と死ぬまで一緒に暮らすはめに

仁来

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第74話 またね

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 3月15日。
 それが私の――いや、私たちの最期の日。

 イヴェリスと出会って10ヶ月。
 最期の日までずっと一緒に過ごすものだと思ってたけど、実際は半分くらいしか過ごす時間はなかった。

 それでも私にとってはすごく濃い数ヶ月で。
 あっという間だったけど、今まで生きてきた時間よりも長く感じた。

「トマリ! 今日は楓とご飯に行ってくるね」
「ああ。帰りは迎えに行くか?」
「ううん、大丈夫だよ」

 私のことを愛してくれるすべての人に、残りの時間を費やしたくて。
 今まで一人で塞ぎこんでいた時間を誰かのために使いたくて。

「これ、楓にすごく似合う色だね」
「そうかな?」
「うん、かわいい」

 買い物をしている時間も、愚痴を聞いている時間も、イケメンを見かけてきゃっきゃっとする時間も。
 当たり前すぎて全部が大事な時間だったことに気付けなくて。

「じゃあ、またね」
「うん、またね」

 『またね』って別れることがどんなに幸せなことか。

「お兄ちゃん」
「おう。どうした? こんな時間に」
「ううん。ちょっとお兄ちゃんに会いたくなって」
「は? なんだよ、変なものでも食ったか?」
「食べてないし!」

 いつも意地悪ばっかりで、自己中で、女癖が悪くて、人使い荒くて。
 そんなクソ兄貴だったと思ってたけど、本当は私のこと心配してくれて、陰で支えてくれてたことに気がつけたのもイヴェリスのおかげ。

「これ、あげるね」
「なんだよ」
「お礼」
「なんのだよ。急に気持ち悪いぞさっきから」
「いいじゃん、たまには兄孝行ってやつ」
「はあ?」
「タバコ吸い過ぎて、身体壊さないようにね」

 不出来な妹としてのお詫びに、お兄ちゃんのイニシャルが入ったジッポーライターをあげる。

「こんなことしてもバイト代アップとかしないからな」
「いいですよー」
「ったく。……まあ、サンキュ。大事にするわ」

 雑に頭を撫でくりまわされる。
 それすらも少し前の自分だったらうざったいとしか思ってなかったのに。
 今は嬉しくて、お兄ちゃんがお兄ちゃんでよかったって。

「じゃあ、またね」
「あー。またな」

 人はいつ死ぬかわからない。
 当たり前のように、また会えると思ってみんな別れる。

「蒼さん」
「あ、湊さん! すみません、お忙しいのに呼び出してしまって」
「ううん。連絡くれて嬉しかったです」

 湊さんと会うのはお誕生日会をしてくれたとき以来。
 あのとき、湊さんは私にプレゼントを持ってきてくれた。
 私がライターをやっているって聞いて、仕事で使えるように名前入りのボールペンをくれた。

「あの……あの日のことなんですけど」
「うん」
「すみません。私……ほんとはまだナズナが」
「うん。わかってます」
「えっ」
「わかってて、僕も弱みに漬け込むような形で蒼さんに声をかけてました」

 いつも明るい笑顔だった湊さんが、少し寂しそうな顔をする。

「ごめんなさい。なんだか気持ちを押し付けちゃったみたいで」
「そんなことないです」
「でも本当に、蒼さんと居るのが楽しかった」
「私も、楽しかったです」

 ここでも、気のきいた言葉ひとつ言えない。
 湊さんも、それ以上は言わない。

 少し沈黙の時間が続いて、また同じタイミングでクスッと笑いだす。
 もしもイヴェリスと出会う前に会っていたら、同じように笑えていただろうか。アイドルってだけで壁を作って、勝手に作り上げた偏見で塗りつぶして、遠ざけていたんじゃないかな。

「じゃあ、また」
「お仕事、応援してます」
「ありがとう」

 湊さんが帰り際に見せてくれた笑顔は、またとびっきりにキラキラした笑顔だった。

 誰かに思われることなんて一生ないと思っていたけど、出会いがあれば私をわかってくれる人が中には居て。たくさんじゃないけど、たった数人かもしれないけど、それでも私のことを知ろうとしてくれる人がいて。

 今までの私は、そんなことにも気づかずに生きていたんだ。
 自分だけが味方とでも言うように。

「ただいまー」
「おかえり」

 家に帰ると、トマリが待っていてくれている。
 イヴェリスの誕生日まであと3日。
 それまでの時間は、トマリとゆっくりお家で過ごすことにした。

「今日はステーキ買ってきちゃった!」
「おお、肉か!」
「そうだよー」

 結局、私は家で引きこもっているのが一番合っている。
 遊園地に行ったり、全財産使ってホテルのスイートルームにでも泊まろうかと思ったけど。いつも通りに過ごすのが、一番いい。

「もうすぐトマリともお別れだね」

 その代わりに、トマリが好きそうないいお肉をいっぱい買った。

「トマリが居てくれて、本当に助かったよ」

 熱したフライパンの上にお肉をのせると、ジュワーという音と共にいい香りの煙がたつ。

「だから今日はそのお礼ね」

 いつもならご飯を作っているのを覗き込んでくるトマリの気配が、今日はしない。

「トマリ?」

 振り向くと、トマリはソファの上で膝を抱えるように座っていた。
 久しぶりに見る、獣耳と尻尾がゆっくりと揺れる。
 私の言葉に何も言わず、ただただ膝を抱えて座っている。

「ほら、お肉焼けたよ」

 トマリのために焼いたお肉をお皿にこんもり盛り付けて、テーブルへと運ぶ。

「食べないの?」

 その体勢のまま動かないトマリの顔を覗きこむと、トマリの金色の目が私をとらえる。
 そのままグイッと腕を引かれると、私の身体はトマリの腕のなかにすっぽりとおさまってしまった。

「どうにかできないか、俺が訊いてみる」
「いいよ」
「何か方法があるかもしれない」
「ないよ」
「俺はお前との約束を守れる気がしない……」

 いつになく弱気な声で、トマリはきつく私を抱きしめながら言う。
 それだけで私はもう十分だった。別に、トマリにも食べろとは言わない。言えない。

「ありがと、トマリ」

 ぎゅっと抱きしめ返す。
 イヴェリスがいなくなったあの日、トマリが居なかったら私はどうしてたんだろう。トマリの存在は大きくて。親友のような、家族のような。ずっと味方でいてくれることが、どんなに私を救ってくれたか。

「きっとイヴェリスも何か探しているはずだ。お前が生きられるように」
「うん」

 人が死ぬのはいつも突然だ。
 別れを告げることができる私は、まだいい方。
 不慮の事故で亡くなったら別れすらできないまま、一生会えなくなる。

 って言っても、皆に「私は死にます。今までありがとう」なんて言ってきたわけじゃないけど。

 イヴェリスは記憶を消すことができるって言っていた。
 たぶん、私が死んだら皆から私の記憶が消されるんだと思う。
 そうすることで、残された人は悲しみを引きずることなく過ごせるはずだから。

 それはたぶん、イヴェリスができる唯一の償いなのかもしれない。

 口癖のように言っていた「人間は愚かだ」という言葉が、今になってイヴェリス自身に言っている言葉なんじゃないかって思えてくる。

「トマリ、大好きだよ」
「やめろ。俺にはそういう感情はないと言ったろ」
「好きって気持ちは恋愛にかぎらないでしょ」
「そうなのか?」
「うん。楓のことも、お兄ちゃんのことも大好きなように、私はトマリが大好きだよ」
「それなら……俺も蒼が好きだ」

 窓の外から月明りが入ってくる。
 今にも泣きそうな顔のトマリを、今度は私が優しく包み込む。
 いつもトマリがしてくれたみたいに、頭を撫でて慰めるように。

 こうしてトマリと過ごせるのも、残り僅か。
 甘えてばかりいた私を受け止めてくれて、いつも味方で居てくれたトマリは、私にとってかけがえのない存在の一人だ。






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