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第71話 あてつけ

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「お、湊だ」

 トマリの声で、テレビに視線を向けるとバラエティー番組に出ている湊さん。
 この番組を撮影していた時に買ったお土産を、つい最近持ってきてくれていたことを思い出す。

 芸能人の友達がいるっていうのは不思議な感覚だ。知っている人なのに、別世界の人って感じで。

「今日、お店に来るって言ってたよ」
「そうか」

 スマホを見ると、湊さんからのメッセージ。
『お店で会えませんか?』って、まるで密会のような。

 だんだんと会う回数が増えてくる。
 そのたびに、私は口説かれているのだろうかと思う場面が増えてくる。
 でも向こうはアイドルで、私はそこらへんに居るただの一般人。

「こんばんは」

 いつものように湊さんがカウンターに座る。
 深夜0時を過ぎていると思えないような爽やかな笑顔を向けてくれる。

「ウーロン茶でいいですか?」
「お願いします」

 湊さんはあんまりお酒を飲まない。
 だからいつもウーロン茶を頼む。

「蒼、チーズの盛り合わせ頼む」
「はーい」

 トマリにくっついてバーに来ていたおかげで、だいぶここの仕事にも慣れた。イヴェリスがいない分、人手が足りないことも多いから雑用だけでも私が手伝えればと思って。

「僕にもチーズお願いします」

 お皿にチーズを盛り付けていると、目の前の湊さんが頬杖をつきながら同じようにチーズを注文してくる。

「ウーロン茶とチーズ合います?」
「ううん、全然合わない」
「ですよね」

 少し間が空いて、お互い目が合って吹き出す。こんなちょっとしたくだらない会話も、今では楽しく感じられるようになった。

「今度、別のお店で会えませんか?」
「え?」
「いや、蒼さんが嫌じゃなかったらでいいんですけど」

 少しモジモジした様子で湊さんが聞いてくる。
 トマリが前に言っていた「気がある匂い」が本当だとすれば、これはデートの誘いなのだろうか。

「あ、えーっと、トマリも一緒ですか?」
「あー……できれば二人で?」

 考えてみれば、こうやってイヴェリス以外の人からデートらしきものに誘われるのは初めてのことで。どうやって答えればいいかわからない。それも相手は芸能人で、普通の人とは違う。

「あの、それは」

 私が戸惑っていると、湊さんは目を真っすぐ見みながら

「デートのお誘いです」

 って、少し照れくさそうな顔で言った。
『なんで私が』って言葉だけが頭に浮かぶ。こんなにモテたことない人間が、こんなにモテる人間にデートに誘われるはずがない。かと言って、遊びにするほどでもないのはわかりきっている。

「え、なんで」

 吸血鬼と一緒に住む状況も意味わからなかったけど、アイドルに好かれるという現実も意味がわからない。
 急に来たモテ期ってやつだろうか。だとしたら、あと3ヶ月ほどしか余命がないのってどうなのよ。もし神様がいるとしたら、私で遊んでるとしか思えない。

「こういう仕事してると、蒼さんみたいな普通の人に出会いにくくって。あ、普通って別に悪い意味じゃないですよ!?」
「あ、いや、普通なのは重々心得ています」
「え、心得てるの?」

 湊さんは、いつも私がなにか言うとお腹を抱えて笑う。
 その空気感が私には新鮮だった。私が口にする言葉でこんなに楽しそうにしてくれる人と、今まで出会ったことがなかったから。

「蒼さんと居ると、自分が自分でいられる気がして楽しいです」

 そう言ってくれる表情に、嘘は感じられなくて。
 いつも「私なんか」って思いながら生きてきたけど、イヴェリスやトマリに肯定されながら過ごした時間は、まぎれもなく私にちょっとだけ自信をもたらしてくれる。

「私も、湊さんが笑ってくれると嬉しいです」

 もし湊さんが本当に私を好きだったとしても、私が3ヶ月後に生きていられるかわからない。イヴェリスが他の人の血で生きられるとしたら私はこのまま生きているかもしれないけど。

「また、連絡しますね」
「はい」

 結局、断る理由もなくて二人で会うことにはOKしてしまった。
 湊さんが帰る頃には、店内に他のお客さんの姿はなかった。

 家に帰ってお風呂から出たあと、思い出すのはいつもイヴェリスだ。
 初めて一緒にお風呂に入ったこと。眠そうな私を気遣って、代わりにドライヤーをしてくれたこと。美月さんの髪も、乾かしてあげてるのかな。そんなことをふと考えると、心臓がまたキュッと締め付けられる。

「ねぇ、トマリ」

 私のスマホでゲームをしているトマリのそばに行って声をかける。

「んー。なんだー」

 ゲームに夢中なのか、スマホを見たまま返事をする。

「イヴェリスは、まだ私の血が必要かな」
「必要なんじゃないか?」
「私じゃないとダメなのかな」

 話の内容的に、ちゃんと聞いてあげなきゃいけない。そう思ったトマリは、すぐにスマホから私の方へと視線を移して話を聞いてくれる。トマリのこういう優しいところにはいつも助けられる。

「んーどうだろうな。その辺りは、俺もあまり詳しくない」

 イヴェリスは100年に一回しか血を飲まないから、より魔力の回復が強い血を採らないといけない。私の血にはそのくらい魔力を回復する力があるらしい。自分では何もわからないけど、トマリが私の作ったご飯で魔力を回復できるんだから他の人にはない何かあるんだと思いたい。

 ゴグが言っていた1000年前に魔族を治癒できる人間がいた話、あれで何かわかったことがあるんだろうか。

「今日ね、湊さんにデートに誘われた」

 いつものようにトマリと一緒にベッドに入って、トマリの腕に包まれながら今日あったことを話す。

「そうか。行くのか?」
「うん」
「湊なら、きっと楽しい時間が過ごせるだろ」
「そうかな」

 トマリはいつも否定せずに私の話を聞いてくれる。
 私の味方で居てくれる。

「でもさ、もし湊さんと付き合うことになっても、私はすぐ死んじゃうから」
「まあ、そうか」
「だから、どうしようかなって」
「その時は、その時じゃないか。お前が今どうしたいかだけを考えればいい」
「どうしたいか……」

 私はどうしたいんだろう。
 湊さんのことは嫌いじゃない。でも、イヴェリスほど好きにはなれないと思う。
 イヴェリスを忘れたいがために湊さんを利用しているみたいで、どこか罪悪感もあるし。

「トマリはどうしてそばに居てくれるの?」
「んー。約束もしたし、飯も食えるし」
「それだけの理由?」
「なんだろうな。俺にもわからない。けど、そばに居てやりたい」
「なんだそれ」

 トマリの優しさは、なんだか家族みたいだ。
 それこそルカがいつも私のそばに居てくれたみたいな、そんな温かい気持ちになれる。

「どうせ付き合うなら、トマリにしようかな」
「やめろ、俺はそんな気ない」
「なんでよ」
「俺にはそういう感情がわからない」

 私も、ちょっと前まではトマリみたいに恋愛感情なんてわからなかったのに。
 湊さんのことをこのまま好きになろうとするか、しないかで悩むなんて。楓に相談できないのも、少し辛いものがある。イヴェリスと別れたことを言えば、きっと楓は私以上に悲しみそうで。

「蒼が邪魔だと言えば俺は消えるし、そばに居て欲しいって言えばいつでも居てやる。だから好きに生きろ」

 トマリの優しさが、胸の締め付けを強くする。
 邪魔なら消えるなんて、そんな寂しいことも言わないで欲しい。
 好きに生きろなんて、どうしたらいいかわからないのに――


 数日後、湊さんとのデートの日。
 呼ばれたお店は隠れ家みたいな場所で、芸能人がお忍びで通っている感が満載なレストランだった。

 すべてが個室になっていて、プライベートが守られている。
 その中でも、一番奥の部屋に通されて一人ポツンと湊さんを待つ。

 なんだか変な緊張が走る。
 考えてみれば相手はアイドルだ。週刊誌に撮られたらどうしようとか、そういう心配もするべきだった。
 しばらくすると、誰かの足音が近づいてくる。
 コンコンと、扉をノックされたあとに黒服の店員さんが入ってきて、そのすぐ後ろに湊さんが立っていた。

「遅れちゃってごめんなさい! ちょっと収録が押しちゃって」
「いえ! 全然、私もさっき来たばかりです」
「何か飲み物頼みました? 好きなのどうぞ!」
「あ、ありがとうございます」

 いつものように、笑顔が眩しい湊さん。
 髪型は珍しく前髪がパックリと分かれておでこが出ていた。
 イヴェリスが仕事中にする髪型に似ている。

「あ、じゃあオレンジジュースにしようかな」
「お酒飲んでもいいですよ」
「いや、大丈夫です」
「僕も今日はちょっと飲もうかなって思ってるんですけど……。ワインとか一緒にどうですか?」
「あ、じゃあ、いただきます」

 手際よく、湊さんが注文をすませてくれる。
 コースメニューの説明を聞いても、よくわからないから全部おまかせにして。

「もっとラフな場所の方がよかったですよね」
「いえいえ! そんなことないです」

 いつもと場所が違うせいか、妙に緊張して気のきかない会話になってしまう。
 それは湊さんも同じなのか、お互いなんだか少しぎこちない。

「すみません、ちょっとかっこつけたくて芸能人ぶってしまって……。本当はいつもこんなところ来ないです」
「え、そうなんですか?」
「はい。いつも焼き鳥屋さんとか、そんな場所ばっかりで」

 慣れてないと言いつつも、何もかもがスマートで。
 私にそれ以上気を遣わせないようにと、わざとカジュアルな感じで話してくれたり食べ方も豪快だったり。お酒も入れば、いつものようにくだらないことで笑う時間も増えた。初デートらしいデートだったような気がした。

「家まで送れずにすみません」
「気にしないでください! むしろ、変な噂が出ちゃったらそれこそ大変ですから」

 ご飯も食べ終わって、いつのまにかお会計もすんでいて。
 私が払う隙すら与えてはくれなかった。
 タクシー代も払うって言ってくれたけど、さすがにそこまでは申し訳なくてお断りをしたけど。

 相手がアイドルである限り、人目の着く場所で一緒に居ることは許されない。
 そんなのは当然のことだと思ってるし、別に私はなんとも思わないけど、湊さんはそこばかり気にしていたような気がする。

「今日は本当にありがとうございました。お料理もすごくおいしかったです!」
「あの」

 帰ろうと鞄を持つと、その手を湊さんに掴まれる。

「これから、家来ませんか?」
「え?」

 私がその言葉に驚くと、湊さんは焦ったように掴んだ手を離す。

「あ、いや! 変な意味じゃなくて! あ~なに言ってんだ」

 少し顔を赤くしながら慌てている姿に、この人は本当に私のことが気になっているのかもしれないなんて気持ちが芽生えてくる。

「あの……」
「ごめんなさい。普通にもうちょっと蒼さんと一緒に居たいなって思っちゃって!」

 もしそうなら、私はどうするんだろう。

「湊さんがいいなら、私も湊さんともう少しお話したいです」
「え、ほんと!?」

 このまま、私が湊さんの家に行ったらどうなるんだろう。
 少し飲んでしまったワインのせいか、思考回路が少し変なほうに行っている気がした。

 別々のタクシーに乗り込んで、時間差でマンションに行く。
 流れる街の光をボーッと見ながら、いつの日かイヴェリスと喧嘩みたいになった帰り道のことを思い出した。

 イヴェリスだって、私じゃない女の人と寝てるんだ。
 だから私だって。別にイヴェリスじゃない相手を好きになってもいいんだ。

 そんな当てつけみたいな感じで、人の心を利用するなんて。
 私ごときの人間がしていいはずはないんだけど。







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