【完結】おひとりさま女子だった私が吸血鬼と死ぬまで一緒に暮らすはめに

仁来

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第69話 わがまま

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 イヴェリスがいなくなってから、一ヶ月が経った。
 たった一晩のことだけで、イヴェリスがいなくなるなんて夢にも思っていなかった。気持ちを伝えることも、何もできないまま急に姿を消された。

 イヴェリスはお店にも少し休むと言って現れていないらしい。

 一ヶ月も経てば、周りの景色も変わる。昼間はまだ暑いけど、日が暮れれば肌寒さすら感じる。

 すっかり秋らしくなってしまった。

 イヴェリスがいなくなって、私はまた塞ぎこむようになってしまった。
 楓にも、イヴェリスは少し国に帰っていると嘘をついた。心配されたくなかったし、聞かれるのも嫌だった。イヴェリスが消えるほどの理由もわからない。

 ただただ、イヴェリスのことを考える毎日。
 元気で居てくれれば、それでいい。
 でも、血を飲むためにちゃんと戻って来てくれるかが心配だった。

 イヴェリスがいなくなってから、気づいた。
 私は、自分の幸せだけしか考えていなくって、イヴェリスの幸せを少しでも考えたことはあるだろうかって。

 私があのままイヴェリスと過ごしていれば、私は幸せなまま死ねる。
 でもイヴェリスは、自分の手で私を殺さなきゃいけない。
 その後も、生きなきゃいけない。そしてその先もまた、誰かの命を奪って生きなきゃいけない。

 どうしたらイヴェリスが幸せになれるかいっぱい考えたけど、全然思いつかなくて。私がイヴェリスを求めれば、その分イヴェリスは辛くなるだけで。

 そうなることは、お互いわかっていたはずなのに。好きな気持ちの方が大きくなりすぎた。先のことを何一つ考えられないくらいに。

「蒼。またボーっとしている」
「ごめん」

 今はイヴェリスの代わりに、トマリが毎日そばにいてくれる。
 一人にしてほしいって言っても、一人にしてくれなくて。
 本気で嫌がれば、トマリだってそっとしておいてくれるはずなのに。私は結局、トマリの言葉に甘えてしまっているだけだ。それがダメだと分かっているはずのに、いつのまにか今までみたいに一人じゃ生きられないようになってしまった。

「今日の夕飯は何にする?」
「んー酢豚とか?」
「中華か、いいな」

 いつもイヴェリスと行っていたスーパーも、今はトマリと一緒。
 プリンを見るたびに、イヴェリスのあの嬉しそうな笑顔を思い出す。

「なんだ? 事故か?」

 スーパーからの帰り道、トマリが言う方を見ると人だかりができていた。

「なんかの撮影だね」

 どうやら、商店街で何か撮影をしているらしい。
 噂を聞きつけた人が次々と集まっている。相当な、人気者がいるんだろう。

「行ってみよう、蒼」
「えーいいよ。あんなに人が居たら、見えないよ」
「俺が肩車してやる!」
「絶対やめて」

 トマリに手を引っ張られ、その人だかりへと連れていかれる。
 バラエティーかと思ったら、ドラマの撮影らしい。

「今チラッて見えた……!」
「え、どこどこ!?」
「ほら、あそこの白いシャツの……!」
「キャー! ほんとだ! 超かっこいい」

 女子高生たちがキャッキャッと騒いでいる会話から、イケメン俳優かアイドルが居ることだけは理解した。

「ねぇ、もう見えないし帰ろうよ」
「でもなぁ、匂いが知ってる匂いだ」
「匂い?」

 正直、芸能人なんてどうでもよかった。
 テレビを見ていても、イヴェリス以上にかっこいい人なんていないし。
 私がちょっとアイドルに浮かれたせいで、イヴェリスはどっかに消えちゃったし。
 でもトマリが「匂いが気になる」とか言うから。

「おお、やっぱりそうだ! 湊だ! おーい!」

 トマリが背伸びをしながら、手を振りだす。よりにもよって、そこに居るのは湊さんらしい。

「え!? ちょっ……!」

 大きな声で湊さんの名前を呼ぶもんだから、慌ててトマリの口を手で塞ぐ。
 その辺りにいたギャラリーもスタッフさんも、一斉にこっちを見る。
 ああ、なんでいつもこう注目を浴びるようなことばかり……。

「え、あの人も俳優さんかな?」
「めっちゃかっこいい!」

 さっきの女子高生たちも、今度はトマリを見てまたキャッキャしだす。

「邪魔になるから、帰るよ!」
「なんでだよ。湊だぞ?」
「仕事中でしょ!」

 痛いくらいの視線から逃げるように、トマリをひっぱり人の輪から逃れようと思ったら……

 急に「キャー」と黄色い声が上がる。その声にびっくりして振り返ると

「やっぱり! トマリじゃん!」

 さっきの声に気付いた湊さんが、すぐそこまで来ていた。

「よお、湊。仕事中か?」
「うん、見たらわかるでしょ」
「そうか! 俺は今、蒼と買い物してた」
「え? 蒼さんと?」

 咄嗟にトマリの影に隠れたのに、空気の読めないトマリが私の名前を出してしまう。

「え、なんで隠れんですか!」
「す、すみません。またお騒がせしてしまって」
「いま休憩中なんで大丈夫ですよ! お久しぶりです」
「あ、その節はどうも」

 ま、眩しい。仕事中なのもあるかもしれないけど、お店で会ったときよりも芸能人オーラがすごい。イヴェリスのオーラもなかなかだったけど、また種類の違うオーラが神々しく輝いている。

「え、めっちゃよそよそしくなってるし!」
「いや、その」
「あはは、冗談ですよ!」

 こんなに色んな人がいる中で、アイドルとなれなれしく会話をするなんてトマリくらいしかいないだろ。

「湊くーん! お願いしまーす!」
「はーい! すみません、呼ばれたんでまた!」
「こちらこそ、ご迷惑おかけしてすみません」
「全然! 久しぶりに会えてうれしかったです! トマリも、またな!」
「おう。また美味い飯もってきてくれ」
「オッケー!」

 スタッフさんに呼ばれた湊さんは、なにごともなかったようにギャラリーの人たちに手を振りながら颯爽と元の場所へと戻っていった。
 こんな無茶苦茶なトマリにも嫌な顔ひとつせずに対応してくれて。アイドルってのは本当にすごいな。

「ちょっと、トマリ!」
「なんだよ」
「失礼すぎるでしょ!」
「なんでだよ、湊とは友達だからいいんだよ」
「え? そうなの?」

 トマリが言うには、あれからちょくちょくお店に来ているらしい。
 そのたびにイヴェリスには甘い物を、トマリには美味しいご飯を差し入れとして持ってきてくれているという。
 まあ、今はイヴェリスがいないから会えてないらしいけど。

「いつも、蒼はいないのか? って聞いて来るぞ」
「湊さんが?」
「ああ」

 なんで? そんなに私は面白い人間だったのかな。

「んー。少しあいつはお前に気がある匂いがするかもな」
「はぁ???」

 いやいやいや、アイドル。
 私、ただのアラサー女。どこにそんな、アイドルに好かれる要素が……。

「やめてよ、変なこと言うの」
「なんだ、気になるのか?」
「気にならない! 私は、イヴェリスのこと待ってるんだもん」
「別に、いいんじゃないか? 待たなくても。あいつだって、お前に好きに生きて欲しいんだろ」
「そんなこと言われても」

 会えてなくても、私はずっとイヴェリスが好き。
 私の幸せは、イヴェリスを思うことだから。他の人とどうこうなりたい気持ちもないし、入ってくる余地もない。
 もう一回、あと一回でいいから、あの優しい声で名前を呼ばれたいだけだ。

 それからさらに一週間くらいして、夜中に兄のスマホから電話がかかってくる。
 「こんな時間になに」って少しイラっとしながら電話に出ると、スマホからはトマリの焦ったような声がした。

「どうしたの、こんな時間に」
『戻って来た!』
「え?」
『イヴェリスが、戻って来た!』

 トマリの言葉に、胸がドキンと飛び跳ねる。
 戻って来た? イヴェリスが?

「今から行く!」
『まて、今は来ない方がい――』

 トマリが何かを言っているのを最後まで聞くことなく、スマホを放り投げてすぐに家を出る準備をする。
 本当はかわいくして行きたかったけど、もしその間にまたどっかに行ったら嫌だと思ってそのまま飛び出した。
 この時間はもう、薄い長袖じゃ寒いくらいなのに、半袖で来てしまった。せめて上着を持ってくればよかった。

 でも、またイヴェリスに会えることの方が嬉しくて。
 もしかしたら、もう一度やり直してくれるかもしれないとか、どこかで期待している自分がいて。


「イヴェリスは!?」

 お店に行くと、なぜかトマリがお店の外で待っていて。

「あ、いや、イヴェリスは今ちょっと」
「なんで、会わせて」
「少し、様子がおかしい」
「どうしたの? 具合悪いの?」

 魔力が足りなくなったのだろうか。お誕生日が来るまでの間に、人間の血が足りなくなってしまったのだろうか。一気に変な不安が襲ってくる。なのに、トマリがお店の中に入れてくれない。

「トマリ!」
「今は会わない方がいい」

 なんでそんなこと言うんだろう。私は会いたくてしょうがないのに。
 やっと戻って来てくれたのに。また会えなくなっちゃうかもしれないのに。
 トマリに抱き留められて、その先に進めない。すぐそこに、イヴェリスがいるのに。

「何を騒いでいる」

 その瞬間、聞きなれた声がトマリの後ろから聞こえてくる。

 この声は……

「イヴェリスッ……!」

 トマリの腕を振り払うと、そこに立っていたのは紛れもなくイヴェリスだった。
 顔をみた瞬間、嬉しくて、今すぐにでも抱きつきたかった。でも──

「イヴェリス? だれそれー」

 イヴェリスの背後からひょっこり顔を覗かせたのは美月さん。

「え、なんで……?」

 目の前の状況がわからなかった。
 確かにそこにイヴェリスがいるのに、隣には美月さんがいて。
 美月さんは横からイヴェリスに抱き着いていて、イヴェリスの手も美月さんの肩にまわっている。

「えっ、なに?」
「蒼、見るな」

 トマリが私の目を両手で隠す。
 その手を、私は無理やりおろす。自分の目でもう一度確認したかった。

「戻って……きたの?」
「……ああ」

 なんだろう。会いたかったはずなのに、なんだろうこの感じ。すごく冷たい感じ。まるで別人みたいに、私のことを見ている。

「ナズナ、早く帰ろうよ」
「そうだな」
「ワイン買ってく?」
「ああ、いいぞ」

 早く帰ろうってなに。
 まるで、イヴェリスが美月さんちに居るみたいじゃん。
 なにそれ。ずっと姿見せないと思ったら、美月さんちに居たってこと? 

「イヴェ……ナズナっ」

 美月さんがイヴェリスの名前を知らないなら、その名前で呼ぶことは許されない。

「え、なに急に泣いてんの? 情緒不安定? やば」
「おい! お前!」

 美月さんの冷やかすような声も、トマリが怒鳴る声も、すごく遠くで聞こえる。

 でも、そんなのはどうでもよかった。

 イヴェリスが私じゃない誰かを好きになることだって、いっぱい考えてたし。
 私なんかよりもっといい人がいるのだって知ってる。

 嫌だけど。イヴェリスが他の女の人と一緒に居るのはすごく嫌だけど。

 イヴェリスにとってそれが幸せなら、私が我慢すればいいだけの話だ。

 なんだ、イヴェリスと出会う前にも平気でしてたことじゃん。
 一人でも別に平気で生きてたじゃん。
 私はもう、イヴェリスに一生分の幸せと愛をもらったんだ。

 一生かけてもできなかったことを、たった数ヶ月の間にイヴェリスが全部してくれた。


 だから、これでいいんだ。
 所詮、私はただの生贄だ。


 「お誕生日、待ってるね」

 もっとたくさん伝えたいことはあったのに、それしか言えなかった。
 もしかしたら、生贄としても用なしかもしれない。美月さんの血を飲めば、イヴェリスは生き延びられるのかもしれない。
 
 変な話だけど、せめて私の血で生き延びてくれたらなんて。
 最後の私のわがままを、またイヴェリスに押し付けてしまった。
 
 
 







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