【完結】おひとりさま女子だった私が吸血鬼と死ぬまで一緒に暮らすはめに

仁来

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第67話 アイドル

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 自分の持ち場でコップを洗っている間に、ちゃくちゃくとお店の中がパーティーのような仕様になっていく。
 テーブルも真ん中に集められ、そこにグラスやシャンパンのボトルが並ぶ。
 結婚式の二次会か何かだろうか。

「そろそろ来るから、お前らしっかりな」

 兄の掛け声に、3人がそれぞれ返事をする。
 22時前くらいになると、お店の前にドヤドヤと華やかな人たちが集まりだした。

 この前と雰囲気が違って、なんだかちょっと緊張してくる。

「どうした? 不安そうだな」
「ひゃっ。もう! それやめてって」
「わるい」

 急に後ろからクンクン聞こえて振り返ると、トマリの顔がすぐ近くにある。
 緊張の匂いを感じとって近づいてきたようだ。

「ナズナ、蒼が不安そうだ」

 トマリがイヴェリスを呼ぶ。
 他の人の前ではナズナって呼ぶことに、トマリも慣れているようだ。

「不安なのか?」
「いや、ちょっと緊張しちゃって」
「大丈夫だ。俺も智もトマリもいるから」
「う、うん」
「なにかあったらすぐ呼べ」

 イヴェリスが優しい声で私を安心させてくれる。
 この優しさに依存してはいけないと思いつつも、今の私にとってイヴェリスがいるから大丈夫っていうのが一番のお守りになっている。

 兄がお店の扉を開けに行くと、外に居た人たちが流れ込むようにお店の中へと入ってくる。
 いつも来ているお客さんと雰囲気が違うのは、一目でわかる。
 どの人も華やかでオーラがあるし、なんだかお金持ちそうな人ばかり。

 なんのパーティーなんだろうと、集まった20名ほどの顔ブレを目で追っていると……。

 なんか見たことある人が居る。
 それもつい最近の記憶だ。

「蒼、ワイングラス出してくれ」
「あ、うん。わかった」

 後ろの棚からグラスを出していると、一際貫録のあるおじさんが代表して挨拶をしているのが耳に入ってくる。
 なにかの打ち上げの二次会らしい。すでにお酒が入っているせいか、くだらないギャグにもみんなすぐ笑うし野次が飛び交う。

 酔ってない私にとってはどうでもいい内容過ぎて、私の興味がすぐにイヴェリスへと移る。
 グラスにシャンパンを注いでいる姿がカッコイイ。お皿を並べている姿もカッコイイ。何をしていてもカッコイイ。

「かんぱーい!!」

 見惚れていると、さっきのおじさんの大きな乾杯の音頭にビクッとして我に返る。
 やっとパーティーが始まったようだ。
 各々に2~3組になりながら、談笑が始まる。みんな身に着けているものが高級ブランドばかりだし、美月さんよりも美人なんじゃないかって思うような人もチラホラいた。

 私とは住む世界が違う人種だなって思いながら、兄に指示されるがまま前菜を盛り付けたりコップを洗ったり。
 ふとイヴェリスに目をやると、一際オーラのある女の人とイヴェリスが楽しそうに話しているのが目に入る。

 その二人を見ると、つい「お似合いだな」って、思ってしまう。
 本来であれば、イヴェリスの隣に居るべき女性はあのくらいのレベルじゃないと釣り合わない。

「あの、すみません」
「あ、はいっ」

 二人をボケーッと見ていたら、急に話しかけられて視線を目の前と戻す。

「ウーロン茶ひとつもらえますか?」
「ウーロン茶ですね! 今、ご用意します」
「ありがとうございます!」

 ウーロン茶を頼んできたのは、メガネをかけた可愛いらしい顔の男の子。
 入って来た時にどっかで見たことあると思った子だ。

 私がグラスにウーロン茶を注いでいる間、カウンター席に座って待っていた。
 そこに、イヴェリスが空いたグラスを片付けに来る。

「あ、ナズナくん!」

 すると、そのメガネの子はイヴェリスを親しげに呼び止めた。
 このお店の常連さんなのだろうか? 

「この前は、チケットありがとうございました」
「観てくれた?」
「はい。すぐ行きました。面白くて、感動もしました」
「ほんと? どのへんが?」

 二人の会話を聞きながら、用意できたウーロン茶をメガネの子の前に置こうとした瞬間

「そうですね……。あ、キスのところが最高でした」

“キスのところ”

 イヴェリスのその一言で、見たことあると思っていた人の顔が急にすごいよく知っているアイドルの子だということに気付く。

「えっ!!!」

 ガシャッ

「うわっ」
「あ!!! ごめんなさいっ!!!」

 その瞬間。動揺で手を滑らせてしまい、ウーロン茶の入ったグラスを盛大に倒してしまった。

「す、すみませんっ!! あ、服が……!」
「あ、大丈夫ですよ! 気にしないでください」

 高そうな服に、私がこぼしてしまったウーロン茶がかかってしまった。
 それも、今をときめく人気アイドルのみなとさんの服に。

「おいおい、どうしたー?」
「大丈夫かぁ?」

 今の騒ぎで、賑やかに談笑していたのがピタッと静まり、皆の注目がこっちに向いてしまった。

「ご、ごめっ――」
「すみませーん! 僕がウーロン茶こぼしちゃって!」
「えっ、いや」
「シィー。いいから」

 すると、なぜか私が謝るよりも前に自分がこぼしたと湊さんが庇ってくれた。

「おいおい、飲んでねぇのに酔ったかぁ?」
「あはは、すみませーん」

 湊さんのひとことで、また何事もなかったように他の人たちが談笑をしだす。

「ほ、ほんとに、ごめんなさいっ」
「たいしたことないから大丈夫ですよ!」

 テーブルの上はイヴェリスがすでに拭いてくれていて、私は濡らしてしまった服を拭くために慌ててカウンターから出て湊さんの方へとかけよった。

「本当に、すみません……冷たいですよね……。クリーニング代はお支払いしますんで」

 ズボンにかかってしまったところを乾いた布巾で拭く。

「あ、そこは自分でやるから大丈夫です!」
「ご、ごめんなさいっ……!」

 そう言われて、自分が今拭いている場所が太ももだということに気付いて、思わず両手を上げる。
 ああもう、私って人間は本当に……ダメ人間だな。

「あははっ! 面白い人ですね」

 こんな私に、アイドルスマイルを向けてくれるなんて。
 どれだけいい人なんだ、この人。

「湊くん、大丈夫? ごめんね~うちの不出来な妹が」
「え、智さんの妹さんなの!?」
「そうなんだよ。あ、パンツ履き替える?」
「あーいいですよ。すぐ乾くでしょ!」

 キッチンで料理していた兄が騒ぎを察してお詫びにくる。
 あとでこっぴどく怒られるだろうか。ほんと、不出来な妹で申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「あの、クリーニング代……」

 せめてクリーニング代だけでも、どうか私に払わせてほしい。
 もうそれしか私にできるお詫びはない。

「本当に気にしないでください。あ! クリーニング代より、いまやってる映画観てくれた方が嬉しいな~なんて」

 映画……! そうだ、映画だ!!

「観、観ました! すごく感動しちゃいました! とくに二人の気持ちが通じるシーンなんて……!」
「え、もう観てくれたの? 嬉しいなぁ!」
「はい! イヴェ……ナズナくんと!」
「え? ナズナくんと?」

 あ……。やってしまった。
 つい映画の感想言わなきゃって興奮で……
 ダメだ。今日の私はダメダメだ。

「じゃーなくてー……ナズナくんが面白いってオススメしてくれてぇ」

 目が泳ぎそうになるのを必死に抑えながら、無理やり軌道修正を試みる。

「あーそうなんですね!」
「いや、湊さんに頂いたチケットで一緒に観に行きました」

 湊さんがせっかく信じてくれそうだったのに、何故かイヴェリスが包み隠さず話してしまう。

「そうなの?」
「いえ!」「はい」

 私とイヴェリスの真逆の返事が重なる。

「あはは、どっちなの!」

 それを見て、また湊さんが楽しそうに笑っている。

「あーそっかー。そういうことねー」

 そして何かを悟ったように、私とイヴェリスの顔を交互に見ながらニヤニヤと笑う。

「ナズナくんがこの前話してた人って」
「はい。蒼のことです」
「なるほどね~」

 なんだ。なんだなんだ。
 この二人の間で共有されている話の中に、私が登場しているこの空気感は。

「安心して。ほら、俺もこういう仕事してるじゃん? だから、人の恋愛には口が堅いから」

 そう言って、ウィンクをしてくる湊さん。
 ってことは。つまり、湊さんはイヴェリスに彼女がいることを知っていると?

「好きな人と一緒に観に行ってねって、チケット渡したんですよ」
「そ、そうなんですか?」

 てっきり、湊さんのファンにチケット貰ったのかと思っていたら、まさかのご本人からチケットもらってるなんて……。なんでそう言うこと、先に言わないかな!? 

「すみません、全然知らなくて……。今日も、まさか湊さんがいらっしゃるって知らなくてびっくりしちゃって」
「そうだったんだ。それはびっくりしちゃうよね! 僕、アイドルだから」

 どこからともなくキラーンって効果音が聞こえてきそうな雰囲気のポーズを決める湊さん。

「あ、はい」
「ちょいちょい! そこはキャーとか、もしくは笑ってよ! すべったみたいになっちゃったじゃん!」
「ご、ごめんなさい……! そういうの、慣れてなくてっ」
「ふはっ。うそうそ、冗談だよ! あははは、ほんとに面白い人ですね! さすが智さんと血が繋がってるだけある」

 何がツボったのかはわからないけど、湊さんが急にお腹を抱えてゲラゲラと笑いだす。
 私のなにが面白いんだ。なにも面白いこと言ってないのに。
 でも、初めてかもしれない。兄と似てないって否定されることがなかったのは。

「ふふっ」

 あまりにも湊さんがゲラゲラ笑うから、私もつられて笑ってしまう。

「あ、やっと笑った! よかった」
「え?」
「だって、僕がウーロン茶頼んだばっかりに嫌な思いさせちゃったから。笑ってくれて安心した!」
「そ、そんな! あれは私が完全に悪いので……」
「謝られるより、笑ってくれる方がいいな」

 そう言うと、湊さんはニコッと眩しいくらいキラキラなスマイルを私にくれた。
 ドームで歌って踊るような人が、私のような一般人にこんなにも優しいなんて。そりゃあ人気も出ますって。

 そのあとも湊さんは気さくに話しかけてくれて。
 よく見たら共演していた女優さんなんかも居ることに気付いて。
 私が心の中でおじさんと呼んでいた人は、映画の監督さんだったことを教えてもらった。

 お兄ちゃんも仕事の前に芸能人くるなら教えとけっての……!




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