66 / 83
第66話 ミニスカート
しおりを挟むコンビニまで行ってタイツを買って戻ってくるころには、お店の前にお客さんがチラホラ。その前をささーっと通り過ぎて、奥の部屋に入る。
「蒼」
「ん?」
タイツの袋を開けていると、鏡の前で髪を結ぼうとしていたトマリに声をかけられる。
「髪を結んでくれ」
「もう自分でできるでしょー」
見よう見まねでいつも結んでいるようで、今では自分でも上手に結べるようになっているのを私は知っている。
「今日はなんか上手く結べない」
「うそだね」
「本当だ!」
でも、私がいるとトマリはこうやって甘えてくる。
「頼む、蒼」
今にもくうぅんと子犬が鼻を鳴らしそうな声で頼んでくるから、つい私も「わかったよ」って、甘やかしてしまうのがいけない……。
私が結びやすいよう、トマリは椅子に座る。よっぽど私に結ばれるのが嬉しいのか、頭が左右に揺れている。
「動くなっ」
「ああ、わるいっ」
その動きを止めるために頭をわし掴みすると、揺れがピタッと止まる。
手櫛で髪をまとめている感覚が、前とはなんか違う。髪が少し長くなったように感じる。
「髪の長さって自分で調整できないの?」
「イヴェリスはできるが、俺はできないな」
「そうなんだ。じゃあ、少し伸びてきたね」
「切った方がいいか?」
そう言いながら振り返ろうとするから、また「動くな」って言って前を向かせる。
「邪魔なら切ったら?」
「蒼は長いのと短いのどっちが好きだ?」
「んー短いのも見てみたい気もするけど、トマリは少し長い方が似合ってる気もする」
「じゃあ、切らない」
イヴェリスもだけど、トマリまで私の意見ですべて決めるようになってしまった。
迂闊に「こっちの方がいい」なんてことも、言えたものじゃない。
「ん、できたよ」
「かっこいいか?」
「うん。かっこいいよ」
仕上げに前髪を整えてあげていると、だんだんトマリの顔が近づいてくるから、手の平をトマリのおでこに押し付けてそれを阻止をする。
「なにかな?」
「ちゅーしたい」
「ダメだね」
「そこをなんとか」
「ならないね」
「チッ」
最初に出会ったときは輩みたいだったはずのトマリが、こんなにも甘えん坊のわんころになるとは。
どこで躾を間違えてしまったのだろう……。まあ、犬らしいっちゃ犬らしいけど。本人は頑なに犬じゃないって言い張るし。
「じゃあ、匂いだけ嗅がせてくれ」
「やだよ」
「蒼の匂いは落ち着く」
「知らないよ」
「少しだけだ」
「ちょっと」
そう言うと、トマリは容赦なく首筋に顔を近づけてくる。
これも、最近の困ったことだ。私の作るごはんで魔力が補充できるように、私の匂いで体力が戻るとか言い出した。本当かどうかは知らないけど……。
「くすぐったいぃ」
トマリの息が首筋にかかる。その息が次第に耳に近づいてくるから
「はい、終わり!」
強制的に終了させる。
「んなっ! 短い!」
「少しだけって言ったじゃん」
「少し過ぎる!」
「嗅がせてあげたんだから我慢して」
「ウウゥッ」
トマリは低く唸り声を出しながら不満そうに牙を見せると
「また寝てるときに嗅ぐからいい」
って言いながら、立ち上がって出ていった。
ん? 寝てるとき……?
トマリの残した言葉に違和感を覚える。
もしや私が寝ている間に何かしてるわけじゃ……ないよね?
って、嫌な予感がする。
今度、トマリが夜食を食べに来る日は寝たふりでもしておくべきかもしれない。
お店がオープンする時間になって、ドアの向こう側からざわざわと活気のある声が聞こえてくる。21時には貸切りの準備のためにお店を一旦閉めるらしい。
そして私は、この制服と向き合う時間。
シャツは良いとして、問題はこのスカートだ。
よく見る黒のタイトなスカート。少し短すぎやしないかい、兄貴よ。
陰キャ引きこもりの妹に、これを着せようとしているわけ?
両手でもって広げるまではしたけど、そのあとの着るという動作に移れない。
でも刻々と時間は過ぎていき、あっという間に21時前になってしまった。
「蒼。片づけるの手伝え――って、お前まだ着替えてなかったのか?」
「だって」
「お前のことなんて誰も見てねぇよ。早く着ろ」
それが兄の言うセリフだろうか。いや、兄だから言うのかもしれないけど。
しぶしぶ、着替えることにした。スカートを穿いてみると、やっぱり短い。こんなミニスカ、女子高生以来だ。あの頃は、無敵だったな。でも今は、ギリギリアラサーですよ。まあ、服を着るのに年齢なんて関係ないんだけどさ……。
スニーカーだし、生足だと妙に生々しく見えたけど、タイツを履いたら許容範囲くらいには収まった。ほんとに、ズボンでよかったのに。
問題はここからだ。
デートの時だってロングのワンピースだった私が、この短いスカートを穿いて登場したらイヴェリスはどうなるだろう。いつもと違う服を着るときは、人前ではやめてくれって言われているし。お店に出る前に、一回見せたほうがいいよね。
後片付けをしているイヴェリスをちょいちょいと手招きで呼ぶ。
「どうした?」
「先に見てもらおうと思って……」
「なにをだ?」
扉の前まで来たイヴェリスが頭にハテナを浮かべている。
だからその手を引っ張って、部屋へと引き入れる。
「大丈夫そう……?」
「なっ――」
案の定、イヴェリスは私を見るなり動揺する。
「そ、それで店に出るのか?」
「うん」
返事をすると、イヴェリスは頭を抱えてしまった。
「いつもの服じゃダメなのか?」
「うん。ダメだって」
「くっ……」
グレーの瞳の奥のほうで、赤い光がうっすらと見えるような気がした。
「わかった」
そう言うと、イヴェリスは何かに耐えるようにグッと拳を握って大きく深呼吸をした。
「その代わり」
「ん?」
「帰ったら、覚悟しておいてほしい」
「へ?」
何の覚悟ですか!?
って、聞く暇もなく、イヴェリスは踵を返し部屋から出ていってしまった。
まあ、そうなるよね。
そうなるよねって自分で言うのもどうかと思うけど。
意外にも、あっさりとした返事だった。
イヴェリスの後を追うように、お店の方へと行く。
兄はチラッと見るくらいで、すぐに下準備へとキッチンの方へ消えていく。
「お、似合ってますね~」
「そ、そうかな」
屈託のない笑顔でそう言ってくれたのは、大和さん。
エプロンしてるからまだいいけど、なんとも変な感じだ。
「蒼!?」
そして、私のこの姿を見てとびつくようにやってきたのはトマリだ。
「な、なんだ、どうした?」
「制服、着ろって言われたの」
「誘っているのか!?」
「だから、違うって。なんでいつもそっちに直結するのよ」
トマリは物珍しいものでも見るように、色んな角度からジロジロと見てくる。
「トマリ!!」
それに気づいたイヴェリスが、少し離れたところからピシャリとトマリの名前を呼ぶ。
「ああ、もうっ」
イヴェリスが何を言いたいのかすぐに察したトマリは、私をジロジロと見るのをやめた。
「この前の服も似合っていたが、それも似合う」
「ありがと」
「お、ちゅーしていいぞ!」
断れるってわかってるくせに、何でそんな毎回聞いてこれるんだか。
「いてっ」
無言でトマリのおでこにデコピンをして、シンクにどっさりと置かれたグラスに手をつけた。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
王子様からの溺愛プロポーズを今までさんざんバカにしてきたみんなに見せつけることにしました。
朱之ユク
恋愛
スカーレットは今までこの国の王子と付き合っていたが、まわりからの僻みや嫉妬で散々不釣り合いだの、女の方だけ地味とか言われてきた。
だけど、それでもいい。
今まで散々バカにしてきたクラスメイトに王子からの溺愛プロ―ポーズを見せつけることで、あわよくば王子の婚約者を狙っていた女どもを撃沈してやろうと思います。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる