【完結】おひとりさま女子だった私が吸血鬼と死ぬまで一緒に暮らすはめに

仁来

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第66話 ミニスカート

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 コンビニまで行ってタイツを買って戻ってくるころには、お店の前にお客さんがチラホラ。その前をささーっと通り過ぎて、奥の部屋に入る。

「蒼」
「ん?」

 タイツの袋を開けていると、鏡の前で髪を結ぼうとしていたトマリに声をかけられる。

「髪を結んでくれ」
「もう自分でできるでしょー」

 見よう見まねでいつも結んでいるようで、今では自分でも上手に結べるようになっているのを私は知っている。

「今日はなんか上手く結べない」
「うそだね」
「本当だ!」

 でも、私がいるとトマリはこうやって甘えてくる。

「頼む、蒼」

 今にもくうぅんと子犬が鼻を鳴らしそうな声で頼んでくるから、つい私も「わかったよ」って、甘やかしてしまうのがいけない……。

 私が結びやすいよう、トマリは椅子に座る。よっぽど私に結ばれるのが嬉しいのか、頭が左右に揺れている。

「動くなっ」
「ああ、わるいっ」

 その動きを止めるために頭をわし掴みすると、揺れがピタッと止まる。
 手櫛で髪をまとめている感覚が、前とはなんか違う。髪が少し長くなったように感じる。

「髪の長さって自分で調整できないの?」
「イヴェリスはできるが、俺はできないな」
「そうなんだ。じゃあ、少し伸びてきたね」
「切った方がいいか?」

 そう言いながら振り返ろうとするから、また「動くな」って言って前を向かせる。

「邪魔なら切ったら?」
「蒼は長いのと短いのどっちが好きだ?」
「んー短いのも見てみたい気もするけど、トマリは少し長い方が似合ってる気もする」
「じゃあ、切らない」

 イヴェリスもだけど、トマリまで私の意見ですべて決めるようになってしまった。
 迂闊に「こっちの方がいい」なんてことも、言えたものじゃない。

「ん、できたよ」
「かっこいいか?」
「うん。かっこいいよ」

 仕上げに前髪を整えてあげていると、だんだんトマリの顔が近づいてくるから、手の平をトマリのおでこに押し付けてそれを阻止をする。

「なにかな?」
「ちゅーしたい」
「ダメだね」
「そこをなんとか」
「ならないね」
「チッ」

 最初に出会ったときは輩みたいだったはずのトマリが、こんなにも甘えん坊のわんころになるとは。
 どこで躾を間違えてしまったのだろう……。まあ、犬らしいっちゃ犬らしいけど。本人は頑なに犬じゃないって言い張るし。

「じゃあ、匂いだけ嗅がせてくれ」
「やだよ」
「蒼の匂いは落ち着く」
「知らないよ」
「少しだけだ」
「ちょっと」

 そう言うと、トマリは容赦なく首筋に顔を近づけてくる。
 これも、最近の困ったことだ。私の作るごはんで魔力が補充できるように、私の匂いで体力が戻るとか言い出した。本当かどうかは知らないけど……。

「くすぐったいぃ」

 トマリの息が首筋にかかる。その息が次第に耳に近づいてくるから

「はい、終わり!」

 強制的に終了させる。

「んなっ! 短い!」
「少しだけって言ったじゃん」
「少し過ぎる!」
「嗅がせてあげたんだから我慢して」
「ウウゥッ」

 トマリは低く唸り声を出しながら不満そうに牙を見せると

「また寝てるときに嗅ぐからいい」

 って言いながら、立ち上がって出ていった。

 ん? 寝てるとき……?

 トマリの残した言葉に違和感を覚える。
 もしや私が寝ている間に何かしてるわけじゃ……ないよね? 
 って、嫌な予感がする。

 今度、トマリが夜食を食べに来る日は寝たふりでもしておくべきかもしれない。

 お店がオープンする時間になって、ドアの向こう側からざわざわと活気のある声が聞こえてくる。21時には貸切りの準備のためにお店を一旦閉めるらしい。

 そして私は、この制服と向き合う時間。
 シャツは良いとして、問題はこのスカートだ。
 よく見る黒のタイトなスカート。少し短すぎやしないかい、兄貴よ。

 陰キャ引きこもりの妹に、これを着せようとしているわけ?

 両手でもって広げるまではしたけど、そのあとの着るという動作に移れない。
 でも刻々と時間は過ぎていき、あっという間に21時前になってしまった。

「蒼。片づけるの手伝え――って、お前まだ着替えてなかったのか?」
「だって」
「お前のことなんて誰も見てねぇよ。早く着ろ」

 それが兄の言うセリフだろうか。いや、兄だから言うのかもしれないけど。
 しぶしぶ、着替えることにした。スカートを穿いてみると、やっぱり短い。こんなミニスカ、女子高生以来だ。あの頃は、無敵だったな。でも今は、ギリギリアラサーですよ。まあ、服を着るのに年齢なんて関係ないんだけどさ……。

 スニーカーだし、生足だと妙に生々しく見えたけど、タイツを履いたら許容範囲くらいには収まった。ほんとに、ズボンでよかったのに。

 問題はここからだ。
 デートの時だってロングのワンピースだった私が、この短いスカートを穿いて登場したらイヴェリスはどうなるだろう。いつもと違う服を着るときは、人前ではやめてくれって言われているし。お店に出る前に、一回見せたほうがいいよね。

 後片付けをしているイヴェリスをちょいちょいと手招きで呼ぶ。

「どうした?」
「先に見てもらおうと思って……」
「なにをだ?」

 扉の前まで来たイヴェリスが頭にハテナを浮かべている。
 だからその手を引っ張って、部屋へと引き入れる。

「大丈夫そう……?」
「なっ――」

 案の定、イヴェリスは私を見るなり動揺する。

「そ、それで店に出るのか?」
「うん」

 返事をすると、イヴェリスは頭を抱えてしまった。

「いつもの服じゃダメなのか?」
「うん。ダメだって」
「くっ……」

 グレーの瞳の奥のほうで、赤い光がうっすらと見えるような気がした。

「わかった」

 そう言うと、イヴェリスは何かに耐えるようにグッと拳を握って大きく深呼吸をした。

「その代わり」
「ん?」
「帰ったら、覚悟しておいてほしい」
「へ?」

 何の覚悟ですか!? 
 って、聞く暇もなく、イヴェリスは踵を返し部屋から出ていってしまった。

 まあ、そうなるよね。
 そうなるよねって自分で言うのもどうかと思うけど。
 意外にも、あっさりとした返事だった。

 イヴェリスの後を追うように、お店の方へと行く。
 兄はチラッと見るくらいで、すぐに下準備へとキッチンの方へ消えていく。

「お、似合ってますね~」
「そ、そうかな」

 屈託のない笑顔でそう言ってくれたのは、大和さん。
 エプロンしてるからまだいいけど、なんとも変な感じだ。

「蒼!?」

 そして、私のこの姿を見てとびつくようにやってきたのはトマリだ。

「な、なんだ、どうした?」
「制服、着ろって言われたの」
「誘っているのか!?」
「だから、違うって。なんでいつもそっちに直結するのよ」

 トマリは物珍しいものでも見るように、色んな角度からジロジロと見てくる。

「トマリ!!」

 それに気づいたイヴェリスが、少し離れたところからピシャリとトマリの名前を呼ぶ。

「ああ、もうっ」

 イヴェリスが何を言いたいのかすぐに察したトマリは、私をジロジロと見るのをやめた。

「この前の服も似合っていたが、それも似合う」
「ありがと」
「お、ちゅーしていいぞ!」

 断れるってわかってるくせに、何でそんな毎回聞いてこれるんだか。

「いてっ」

 無言でトマリのおでこにデコピンをして、シンクにどっさりと置かれたグラスに手をつけた。


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