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第65話 自撮り

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「へえ~。そんなに喜んでくれたんだ」
「うん」
「よかったねぇ」
「うん」

 後日。楓に借りた物を返しに行ったついでに、デートの話を根ほり葉ほり聞かれる。イヴェリスが喜んでくれたこと、楽しかったこと、リップを買ってくれたことくらいしか言えることはないけど。

「あ、そうだ。これ、ナズナから」
「え、なに?」

 イヴェリスが楓へのお礼として買ったリップクリームを机の上に置く。
 楓はそれを手にとると「なんでナズナくんから?」って不思議がりながらも包みを開けた。

「えーリップクリームじゃん!」
「自分で伝えるのは恥ずかしいんだけど……。ナズナが『蒼をかわいくしてくれてありがとう』って、言ってた」
「なにそれ……! それで、これをお礼に?」
「うん」
「はあ~。顔も良ければ気遣いも神なの? あんたの彼って」

 楓は目を丸くしながら、リップクリームをしばらく眺めていた。

「私が出会ってきた異性のなかで、友樹が一番だと思ってたけど……。上には上がいるんだねぇ」
「そんなことはないでしょ!」

「いや、ナズナくんには敵わないよ。あの人、結構抜けてるし」って笑いながら言うけど、本当はそういうところが好きなんだろうなって顔見るだけでわかるようになった。

「そのワンピース、あげるよ」
「え、いいよ! こんな高そうな服」
「身長的に私じゃ着られないし。それに、思い出の服になったでしょ?」

 初デートってわけではないけど、このワンピースを見るたびにきっとデートのことを思い出すのは確かだ。

「どうせ箪笥の肥やしになるだけだから、もらってよ」
「ほんとにいいの?」
「なんならもう少し持ってく?」
「いい! これだけで! 大事にするね」

 その後も、手土産で買ったケーキを二人で食べながら彼氏の惚気話で盛り上がる。
 こういう時ってだいたい愚痴話で盛り上がるものだけど、私も楓も今は幸せでいっぱいだから、愚痴すらも惚気のようになってしまう。

 楓の家から帰っている途中に、スマホがヴヴッと短く震える。イヴェリスからかと思ったら、兄からのメッセージ。

【来週の金曜、暇?】

 ただ、それだけ。
 こうやって予定を訊いてくるやつが、いっちばん嫌いだ! 
 暇かどうかは、その内容次第で決まるってもんでしょ。

 これが友達からの連絡なら遊びの誘いか、飲み会の誘いか、合コンの誘いのどれか。遊びならまだいい、飲み会と合コンなら絶対に行きたくないから「予定入ってる」って返すのが、私のお決まり。ただ、今日の相手は兄だ。遊びも、飲み会も、ましてや合コンの誘いは100%ありえない。
 っていうことは、「泊めてくれ」か「雑用」のどちらかだ。

【なんで?】

 友達相手だと素っ気ない返事はしにくいけど。兄なら別だ。

【店手伝って欲しいんだけど】

 結果、雑用でした。

【えー】
【バイト代はちゃんと出す。貸切で団体の予約が入ったから手伝ってほしいんだけど】

 まあ、今月は仕事が少ないからバイト代をもらえるのは嬉しいけど……。
 それに仕事中のイヴェリスを見ていられるのも嬉しいけど……。

【またコップ洗うだけでいいなら】
【助かった! 決まりな】

 めんどくささよりも、バーテンダー姿のイヴェリスを見ていたいという欲が勝ってしまった。貸切なら、美月さんが来ることもないだろうし。お皿とかを洗うだけならお客さんと喋らなくて済むし。

 家に着いてからイヴェリスにそのことを言うと、「また蒼と働けるのか」って嬉しそうにしてくれて。思わず「OKしてよかった」なんてウキウキしちゃう単純な私。


 そして金曜日。
 お店が貸切になるのは22時頃からだけど、家に居ても暇なだけだからイヴェリスと同じ時間に出る。
 少し前までは18時でも明るかったのに、最近はすっかり夕方らしくなってしまった。
 5月くらいから暑い日も多かったらから、夏の境目がわからない。でも、セミの大合唱によって今が夏だと言うことを知る。

「人間は夏になると水を浴びに海やプールというものに行くのだろう?」
「あーそうだね」
「蒼は行かないのか?」
「水に濡れるの好きじゃないから行かないかなぁ」

 わざわざ暑い日に外に出る人の気がしれない。
 海もプールも、引きこもりの私にとっては縁のない場所だ。
 今日だって暑すぎる。お店まで辿りつくだけで、だいぶ体力を消耗してしまった。

「あ~涼しい~生き返る~」

 お店の扉を開けると、エアコンでキンキンに冷えた風が一気に全身を包み込んでくれる。

「蒼!」

 開店の準備をしていたトマリが私に気付くと、犬のように尻尾を(見えないけど)振りながら近寄ってくる。

「今日は一緒に店に出るんだってな」
「うん。だから今すぐ冷えた水ちょーだい」
「水か? 待ってろ」

 近寄って来たトマリは、私の一言で忠犬のようにすぐに氷の入った水を持ってきてくれる。汗でひっつきそうなTシャツをつまんでパタパタしながら、冷えた水をグイッと飲み干す。

「ありがとー」
「ちゅーしていいぞ!」
「しないっつの」

 あれからトマリは、自分からキスができないなら私からならアリなんじゃと逆転の発想を持つようになり。私がお礼をするたびに今みたいにチューを期待してくる。そのせいで、なにかとお礼を言われるために忠犬のように動くようになってしまった。

「早かったな」
「うん。家に居ても暇だし」

 電子タバコを吸いながら、厨房から兄が出てくる。
 その後ろには、楓たちとお店に来たとき会ったことのある大和さんが現れた。

「先日はすみません。俺の代わりにお店出てくれたのにお礼も言えず」
「あーいえいえ。おかまいなく。それよりいつもナズナとトマリがお世話になってます」
「いやいや、世話になってるのは俺の方っすよ!」

 陶器のように白い肌に、金髪がよく似合っている。年齢はまだ25歳くらいだろうか。とりあえず若そうではある。スラッとした手足だけど、喋り方は体育会系っぽくて。イヴェリスが働く前から、兄のところで働いてくれている人だ。

「蒼。これ、お前の制服」
「え!?」
「前回は急だったから用意できなかったけど、さすがに今日は着といてくれ」

 そう言って、兄はキレイに畳まれた服を私の手にのせてくる。
 エプロンと白いシャツ。そしてこの黒いものは……。畳まれている厚みでわかる。ズボンではないと言うことだけは。

「スカートじゃないよね!?」
「あ~まあ~。すぐ用意できるのがそれしかなくてだな」

 まさかね? そんな態度で詰めよれば、兄はわかりやすく頭を掻いた。

「一日くらい、いいだろ」
「スニーカーできちゃったよ!」
「カウンターに居れば足元は見えないからそれでいい」
「タイツとかは!?」
「あータイツか。それは思いつかなかったわ。コンビニで買ってくるか?」
「買うよ!」

 渡された制服を持って、奥の部屋に行く。
 そこには既に着替えを終えたイヴェリスが立っていて、久しぶりの制服姿に思わず見惚れてしまう。

「なんだ、蒼も着替えるのか?」
「あ、うん」

 イヴェリスはすぐに手に持っていた制服に気付く。
 鏡の前で前髪を分けている姿さえもかっこいい。

「ねぇ、イヴェリス」
「ん? なんだ」

 後ろから声をかけると、鏡越しで目が合う。

「あのさ、写真撮ってもいい?」
「写真? 別にかまわないが」
「へへっ」

 前回来たときに写真を撮ればよかったーってあとで後悔したから、今日は忘れずに先に撮っておこうと思って。もちろん、SNSで探せばいくらでもイヴェリスの写真は出てくるんだけど……。やっぱり自分で撮ったやつじゃないとね。

「撮るよ~」
「は? 蒼は写らないのか?」
「え、うん」
「なぜだ」
「いや、イヴェリスだけでいいし」
「一緒に撮ろう」

 イヴェリスにスマホを向けると、私の手からそのスマホを奪う。
 手慣れた手つきで外側カメラから内側に切り替えると、画面いっぱいにイヴェリスと並ぶ自分の顔が写る。

「いやあ!」
「なんだ」

 その並んで写っている自分のブスなこと!!

「ちょっと貸して」

 さすがにノーマルカメラではイヴェリスの隣で写れないと思い、盛れるカメラアプリに切り替える。

「よし、少しはマシになったか」
「おい、これでは顔が違うぞ」
「いいの!」

 ブスな私は加工で盛れるけど、顔が整っているイヴェリスは逆に不自然に写る。
 無加工の方がカッコイイって、いったいなんなんだ。って思いながらも、さすがにイヴェリスがイヴェリスじゃなさすぎて少し加工の度合いを下げた。

「これくらいならいい?」
「んー。そのままの方がかわいいが。まあ、好きにしたらいい」

 ノーマルカメラで写る顔がかわいいって、イヴェリスの目が心配になってしまう。
 魔族の目にはなんかしらのフィルターがかかっていて、私が盛れて見えているんでは? とまで考えてしまう。

「撮るよ~」
「ああ」

 肩を抱き寄せられ、頬をくっつけられる。
 画面のなかに写るイヴェリスは「撮るよ」の声でふわっとした笑みを浮かべ、まるでアイドルの撮影のように顔が変わった。一緒に写真を撮ることに手慣れ過ぎている。それに引き替え、私の自撮り慣れしていない顔よ……。

「ありがと」
「一枚でいいのか?」
「やっぱりイヴェリスだけで撮りたい」
「なぜだ」

 何気に、一緒に写真を撮ったのってこれが初めてじゃない? 
 楓たちと温泉に行ったとき、パシャパシャと撮ってくれたやつはあるけど。自撮りって形で自発的に撮るのは初めてだった。

「じゃあ、もう一枚だけ」

 はいチーズ。なんて、人間特有の写真を撮る時の掛け声をかけて、親指でシャッターボタンを押そうとした瞬間。

 ちゅっ

 イヴェリスが横を向き、私のほっぺに唇を押し付けてきた。
 びっくりした反動でシャッターを押してしまい、すぐに画像は保存された。

「ぬあっ」
「ふっ。どこから声を出している」
「だ、だって」
「見せてみろ」

 なんてことをしてくれたんだって心の声で叫んでいるなか、イヴェリスが私の手からスマホを取り上げて今撮った画像を確認する。

 そこには、彫刻のようにキレイな横顔のイヴェリスが、びっくりしてなんとも情けない顔の私の頬にキスをしている写真がバッチリと納まっていた。

「いやあぁぁぁぁ消してぇぇ!」
「ダメだ!」

 今すぐ削除したくてイヴェリスからスマホを取り返そうとするけど、長い腕を高くあげてスマホに届かないようにされる。

「無理!」
「またお前はすぐ恥ずかしがる」
「だってぇ!」

 腕を伸ばしながらも、イヴェリスが何か操作をしている。
 すると、チリンって新着のメッセージを知らせる音がイヴェリスのポケットから聞こえた。
 その音を確認すると、腕を下げ、私にスマホを返してくれる。でもその画面には、今撮ったばかりの写真がイヴェリスのスマホへと送信済みになっていた。

「ねー消してって!」
「いやだ」
「お願い! 撮るならもっと盛れてるやつにして!」
「十分かわいい」

 しばらく、「消して」「やだ」の攻防戦を繰り返していると、勢いよく入ってきた兄に

「店んなかでイチャつくな!」

 って、怒られてしまった。

 イヴェリスが準備のために部屋を出ていったあとに、さっきの写真を見返す。
 改めてイヴェリスの造形の美しさを知り、よくもまあ、自分なんかがこの人の隣を歩けているもんだと少し落ち込んだ。

 でもせっかく撮った写真だし。
 消したい気持ちはあったけど、イヴェリスに内緒で残すことにした。




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