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第62話 映画のような

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 せっかく楽しみにしていたデートなのに。
 イヴェリスに距離を置かれてしまい、どうしようもない不安に襲われる。

 しばらく後ろをついて行くと、イヴェリスが映画館とは違う方へと歩いていることに気付く。

「イヴェリス、そっち、映画館じゃないよ」

 後ろから声をかけても、イヴェリスは何も言わずにただひたすら歩いている。
 話したくないくらい、怒っているのだろうか。
 だとしても、何か言ってくれてもいいのに……。

 人が賑わっているところから、どんどんと離れるように歩いていくイヴェリス。
 声をかけても無視されるから、黙ってあとをついていくしかない。
 でも、本当に何もない方へといく。路地裏を選んでいるかのように

「イヴェリス、どこ行くの……? ねぇ。なんか怒ってるなら、理由教えてよ」

 喉が詰まるような感じがして、声が震えてしまう。
 周りに人が居なくなったことで、一気に我慢していた涙が溢れてきて。
 イヴェリスの背中が滲んで見えなくなってきてしまった。

「すまない」

 すると、イヴェリスが急に立ち止まる。やっとこっちを向いてくれたのだ。その瞬間、グイッとすごい力で腕を引っ張られ、イヴェリスの方へと体が引き寄せられた。
 同時にパチンッと指を鳴らす音が聞こえ、状況を把握する時間すら与えられずどこか知らない場所へと移動していた。

「すまない、泣くな、違うんだ」

 薄暗くて、どこに居るのかわからない。
 ただ、イヴェリスが慌てた様子で私を抱きしめてくる。

「泣かないでくれ、蒼」
「ごめんっ……なんか怒らせちゃったなら、ごめんっ……」
「違う。怒ってない」

 次から次へと溢れてくる涙を、イヴェリスが親指で拭っていく。

「姿が、姿が戻りそうで」

 そう言うと、真っ黒なレンズのサングラス越しに見える目が赤く光り、髪の色が白銀に染まり、腰までするすると伸びていった。

「朝と服が違うではないか……聞いていない」

 頭までぎゅーっときつく抱きしめられる。

「デートだからと思って……」
「かわいくしてきてくれたのか?」
「うんっ」
「ああ、お前は本当に……」

 密着しているイヴェリスの胸から、バクバクと鼓動が伝わってきて

「もしかして、ドキドキしてるの……?」
「するだろう、こんなの」
「怒ってないの?」
「怒る理由がどこにある」
「よかったぁ……」

 怒って冷たくされたわけじゃないってわかった途端、安堵でまた涙腺がゆるむ。

「泣くな。せっかくメイクしたのが落ちてしまうぞ」
「だってぇ」

 親指だけじゃ足りなくて、手のひら全体を使ってイヴェリスが涙をぬぐう。
 そのまま、両手で顔を掴むと

「俺にそのサプライズはダメだ。人前で元の姿になるところだったぞ」
「ごべんぅ」
「フッ」

 イヴェリスに顔を挟まれるように持たれ、上手く言葉が話せない。
 せっかく可愛くしてきたのに、涙でグチャグチャだし、笑われるし、散々だ。

「今日の蒼は、かわいいとは少し違うな。なんて言うんだ、こういうときは」
「ん……?」
「ああ、あれだ。キレイだ。今日の蒼は、キレイの方が合っている」
「キレイ……?」
「花のように美しいな」
「うそだぁ」

 優しく微笑まれ、初めてキレイって褒められて、だんだんと恥ずかしさが込み上がってくる。

「蒼はデートがしたくないのか?」
「したいよっ」
「でも、そんなキレイにされては誘われているのかと思うぞ」
「ねぇ、違うんだけど」

 イヴェリスもまた、トマリと同じことを言う。
 魔界の誘うの定義ってどうなってんのよ。

「でも、こんなに興奮させられては映画どころではなくなってしまう……」
「興奮しないでよ」
「それは不可避だ」

 イヴェリスの視線が少し下がり、私の唇を見ている。

「今日は唇の色も違うんだな」
「……楓が口紅かしてくれた」
「そうだったか。……よく似合っている」

 親指で優しく唇をなぞられて、ゆっくりとイヴェリスの顔が近づいてくる。

「んんっ」

 今がどこにいるかわからないけど、イヴェリスがもう我慢できないと言った感じでキスをしてくる。それも、すぐに舌で唇を割るように滑りこませくるような深いやつ。

「んっ……ふぁっ……」

 上手く息ができなくて、ギュッとイヴェリスにしがみつく。

「はぁ……んっ…そうっ…」

 息継ぎの合間に呼ばれる名前と、イヴェリスから放たれる香りが甘すぎて、私まで我慢できなくなりそうになる。
 キスをされながら、スルスルとスカートの裾をたくし上げてこようとするイヴェリスの手に対して、辛うじて抵抗するけど。もう少しで戻れないとこまでいってしまいそうなタイミングで、突然ガタンッと扉が開く音がして私もイヴェリスも我に返る。

 咄嗟にイヴェリスがパチンとまた指を鳴らすと、今度は非常階段のところのような場所にワープしていた。

「すまない、やりすぎた」
「ほんとだよ……!」

 明るいところでイヴェリスを見ると、まだ吸血鬼の姿のままで。
 唇の色が、私の塗っている口紅と同じ色をしていた。

「しかし、こればっかりは蒼が悪い!」
「な、なんでよ!」
「蒼も、楓のような恰好をすればいいと思っていたが……。やっぱりダメだ」
「なにそれっ」
「……他の男が蒼の魅力に気付いてしまうではないか」

 そんなの自分の容姿を鏡で見てごらんよって言いたくなるけど、「そんなこと言ってくれるのは、世界中も魔界中もどこ探してもイヴェリスしかいないよ」って、返すことしかできなかった。

「はぁ……」

 イヴェリスは少し帰りたがっていたけど、せっかくデート服まで着てきたし、ここまで来たんだから映画だけでも観て帰ろうって説得したものの。映画館に向かう道中も、ポップコーンを買うために並んでいる最中も、イヴェリスはため息ばかりついていた。

「ねぇ、そんなにため息つかないでよ! デートの空気台無しになるじゃん」
「ため息も出る! みんなが蒼を見ているではないか……!」

 いや、皆が見ているのは私じゃなくてあんただよ。

「誰にも見られたくない」
「ちょっ」

 そう言うと、イヴェリスは私のことを自分の身体で隠すように頭ごと抱きしめてくる。そんなことしたら、余計に注目されるだけだってば……! 

「人前ではやめてよっ! 恥ずかしいっ」

 突き放すように身体を押すけど、すごい力で抱きしめられていてビクともしない。

「ねぇっ」
「なんだ」
「離してよ」
「ダメだ、今みんなが見ている」
「ちょっ」

 そりゃ、売店に並んでいるところでそんなイチャついてるカップルが居たら見るだろうよ。それもイヴェリスだよ? 勘弁してほしい……。

「い、いらっしゃいませ」

 結局、順番が来るまで離してもらえず。
 抱きしめられたまま一歩、また一歩と進んで。売り場のお姉さんの声も戸惑っていた。

「はぁ……やっと解放された」

 やっとイヴェリスの抱きしめから解き放たれて、ボサボサになった髪を手櫛で整える。

「飲み物は何にする?」
「あーえっと、アイスティー」

 メニューの中から飲み物を選ぶ。
 イヴェリスもすっかり文字が読めるようになって、ひとつひとつ確認するようにメニューを見ると

「ココアとポップコーンのキャラメル味と、このチュロスってやつとアイスクレープを全種」
「買いすぎ!」

 イヴェリスはメニューに書かれていた甘いものだと判断したものをすべて頼んでいく。

「チュロスはシナモンシュガーで、アイスクレープはチョコだけでいいです」
「なっ、勝手にキャンセルするな!」
「あとでまたゆっくり食べようよ」
「……今食べたい」

 少しふくれた顔をしながらも、あとでまた違う甘いものを食べようと提案したらしぶしぶ諦めてくれた。
 ドリンクとポップコーンの乗ったトレーをイヴェリスが持ってくれる。

「映画館というのは、みんなでテレビを見るのか?」
「うーん、まあそんな感じだね」
「人間というのは、不思議なものを考えるな」

 人間にとっての当たり前は、イヴェリスにとっての不思議なことで。
 それは私が魔族に対して思うことと同じなんだろうな。

 観に来た映画が人気アイドルが主演なだけあって、お客さんも女性ばかり。
 それでなくても目立つイヴェリスが、余計に目立つ。
 ひそひそと聞こえてくる声に「芸能人かな」「友達とかかもよ」なんて、勝手に噂をたてられている。
 カッコイイと言うだけで、出ている本人の関係者に思われちゃうんだから、イケメンってのも大変だ。

「はじっこの席にしてよかったね」

 そんなこったろうと思ったから、なるべく目立たないよう一番後ろの端っこの席を選んだ。少し映画は見ずらい席でだけど、周りにザワザワされるよりはいい。

「すごいな。あんなに大きな画面があるなんて」
「そうだね」

 すでにスクリーンにはCM流れていて、着席するなり目をキラキラさせながら眺めているイヴェリス。

「あ、あの人知っている」

 映画の予告映画に出てくる俳優さんを指さすイヴェリス。
 お気に入りの恋愛ドラマで脇役をしていた人だ。

「イヴェリス」
「なんだ?」
「映画始まったら、喋っちゃダメだからね」
「そうなのか?」
「うん。みんな映画を楽しみたいから、声が聞こえてくるとうるさいでしょ」
「なるほど。わかった」

 右手にチュロス、左手にアイスクレープを持ちながら、映画中のマナーを頭にいれていく。バーで働いているときはあんなに色っぽいのに、今はそんな面影すら感じさせない。思わずかわいくって、ふふって笑ってしまった。

「なにが面白い?」
「いや、かわいいなって」
「俺がか?」
「そうだよ」
「男にかわいいはおかしいだろ」
「そうかな」

 そんなことを話していると、場内がゆっくりと暗くなっていく。
 スクリーンの音も大きくなり、本格的に予告映像が流れだした。

「もう静かにするか?」
「うん」

 人差し指を唇の前に添えて、静かにすることを促すと、イヴェリスは口にチャックをしたように「うんうん」と頷いた。
 スクリーンには恋愛やアニメ、アクションと次々と映画の予告が流れていく。
 ふと隣を見ると、ポカンと口を開けてイヴェリスが見入っていた。
 ドラマが好きな彼にとって、映画館はお気に入りになる場所なんじゃないだろうか。

 椅子と椅子の間に置かれたポップコーンに手を伸ばしながら、始まった映画を見る。イケメン主人公と地味で冴えないヒロインのラブストーリー。こんな恋愛、映画や漫画の話だけだと思っていたけど……。

 ぎゅっ

 いつの間にかひじ掛けを超えて、ギュッと手を握られる。
 お互いの指が交互に組み合わされて、手のひらが密着する。

 今までは観たい映画があるときは、だいたい一人で観ていたのに。
 こんな風に誰かと手を握りながら観る日が来るなんて。

 映画もだんだん序盤になってきて、たくさんの困難を乗り越えながらもやっと二人が両想いということに気付くシーン。ベタな設定だけど、それでも自分と重なる部分もあったりして、思わずうるっとこみ上げてくるものがある。

 ふとイヴェリスが気になって横を向くと、感動しているような表情をしていた。
 少しだけギュッと手に力を入れると、イヴェリスがこっちを向く。
 ちゅーしたいなんて言ってないのに、目が合っただけでゆっくりと顔が近づいてきて――スクリーンの中の二人と同じタイミングでのキス。

 隣の席にこんなカップル居たら、気分最悪だよな。って思いながらも、イヴェリスのキスに嬉しさを感じてしまった。


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