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第60話 デートの準備

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「蒼。明日は仕事か?」

 昼下がり。そろそろお腹すいたなぁ、なんて考えながらパソコンの前で作業をしていると、スマホを手にしたイヴェリスが話しかけてくる。

「うーん。急ぎじゃない仕事に手でもつけておこうかな~って思ってたくらいだけど。なんで?」
「なら、デートしよう」
「え、デート?」

 久しぶりに聞く『デート』の言葉に、思わず喜びの笑みがこぼれてしまう。

「お客さんから映画の券をもらったから、観に行こう」
「行く行く!」
「ついでに、買い物もしよう。新しい服が欲しい」
「うん、いいよ!」

 「じゃあ、決まりな」そう言いながら映画のチケットを2枚、キーボードの横に置いていく。カードみたいな形をしたチケットには、テレビでよく見る人気アイドルの子の写真が載っていた。その映画のタイトルをパソコンで調べると、小説が原作の恋愛映画だった。

 学生時代の友達は、よく推しが出ている映画のチケットやCMに出ている商品なんかをくれたりした。そんな感じで、イヴェリスも主演のファンの子に布教でもされたのだろうか。

「仕事に行ってくる」
「行ってらっしゃい!」
「やけに元気だな」
「だって、明日が楽しみで」
「ふふ。俺も楽しみだ。明日、映画観ながら寝ないように、今日は早く寝ろよ」
「わかってるよ」

 仕事に行くイヴェリスを見送って、すぐにお風呂の準備をする。
 今日はイヴェリスにおにぎりを持たせたから、トマリもたぶん来ないはず。

「ゴグ! 明日、久しぶりのデートだよ!」
「きゅ(よかったですね)」
「うん! でも、何着てこう」
「きゅぅ(いつもの服しかないのでは?)」
「……ですよね」

 テンションが上がって、ちょうどベッドから顔を出していたゴグに話しかける。
 お風呂が溜まるのを待っている間に、明日の服でも決めちゃおうと思ってクローゼットを開けてみたけど……。それこそ買い物に行ってないから、バリエーションが変わっているわけもなく。

「えー。今から服買いに行く? でも、明日イヴェリスと買い物行く約束しちゃったしな……」
「きゅきゅ(楓様に借りればよいのでは?)」
「無理無理! 楓とは服のサイズも違うし。系統も全然違うもん」
「きゅぅ(お似合いになると思いますが)」

 せっかくのデート。どうせならちょっと可愛くしていきたいって気持ちはある。でも、何度クローゼットを覗いてもそんな服は一枚もなくて。イヴェリスもファッションでどうこう思うことはないだろうし、ただの自己満でしかないと思うけど……。

「もしもし、楓?」
『どしたー?』
「あのさ、ちょっと相談があって……」

 楓みたいなコーディネートは似合わないけど、せめてトップスだけでも何か着られるものはないかと相談の電話をする。

『まかせて!!! 作業終わったら、速攻あんたち行くから!』
「え、いいよ! 私が行くって!」
『あ、そっちの方が色々着られるか』
「うん」
『それなら、いつでも待ってる!』

 なぜか私より意気込んでいる楓と通話を切る。半分くらい溜まってしまったお風呂のお湯を止めて、楓の家へと急遽向かうことになった。

「ゴグも来る?」
「きゅ(お供します)」

 鞄のなかにゴグを隠し入れ、家を出る。
 楓の家はうちの最寄りから電車で20分くらいの場所にある。時間的に仕事から帰る人たちが多く、電車は少し混雑していた。

「蒼!」

 人混みに流されながら改札を出ると、どこかにお出かけでもしてきたのかと思うほどオシャレな装いで出迎えてくれる楓。軽くぴょこんと飛び跳ねながら、私に向かって手を振っていた。

「ごめんね、急に」
「なに言ってんの! 蒼がだんだん乙女の顔になってきて、私は嬉しいんだから」

 興奮気味の楓にバシッと背中を叩かれる。

「いてっ。……そんな乙女の顔してる?」

 乙女の顔ってどんな顔よ、と思いながら歩きだす楓についていく。

「ここだよ」
「うわ、すごい」

 5分ほど歩くと、楓が立ち止まる。目の前には、見るからに高そうなマンション。ホテルのロビーくらい広くてキレイなエントランスを通り、エレベーターで8階へと向かう。一人暮らしをしていた時の家に遊びに行ったことはあるけど、友樹さんと同棲を始めてからの家に来るのは何気に初めてだった。

「入って入ってー」
「お邪魔しまーす」

 段差のない玄関を入ると、モデルルームですか? ってくらいオシャレなリビングが視線の先に映る。
 ふわっと香ってくるいい匂い、かわいいお客さん用のスリッパ、余分な靴が一足もでていない玄関、友樹さんと楓が幸せそうに笑う写真がアートのように飾れていて。

 まさに、完璧すぎる成功者の家。

「わあ、すごい」
「すごくないよ。インスタで部屋とかも投稿するからさ、そのためにキレイにしてるようなもんだから」

 確かに、楓のインスタでよく見かけるインテリアが並んでいる。
 とは言え、家まで完璧な楓は本当にすごい。我が家なんて、掃除はイヴェリスが指でパチンで済ますし、ベッドは狭いし……。

「何飲む? カフェラテとかでいい?」
「あ、うん。水でもなんでもいいよ」

 生活感のないキッチンには、オシャレなコーヒーメーカーが置いてある。

「で? どこにデート行くの?」

 キッチンでテキパキとカフェラテを淹れながら、楓が話しかけてくる。

「あ、映画に行くの!」
「映画? ふふ、まだまだ初心だねぇ」

 服を貸して欲しいなんて言うから、もっとオシャレなレストランとかに行くとでも思ったのだろうか。映画と聞いて、楓は微笑ましいとでも言うように笑った。

「ん、お砂糖好きなだけ入れてね。はちみつもあるよ」
「ありがとう」

 かわいいカップに入ったカフェラテは、まるでどこかのカフェに来たような気分になれる。

「映画か~。二人で映画行くの初めてなの?」
「うん」
「えーいいなぁー! 映画観ながら手とか繋いじゃう感じ!?」
「し、知らないよ」
「きゃーーーいいなぁーー!」

 楓は興奮を抑えるように、両手で自分の頬を包み込む。
 別に映画くらい、家で観るのとそんなに変わらないんじゃ……とか、今の私は思っているけど。

「えー何着てく? ナズナくんはどんな服が好きなの?」
「いや、知らない」
「知らないの? 服買うときに聞いたりしないわけ?」
「服とか、全然買ってないし……」
「えー? あんたねぇ……」

 呆れたと言わんばかりに、今度は頬にあった手を頭に移動させる。
 楓は面白いくらい表情がコロコロと変わるから、見ていて飽きない。

「まあ、ナズナくんは蒼のことが好きだから服なんて何でもいいのかもしれないけど」
「あ、でも前に言われたことがある。楓みたいな服は着ないの? って」
「へえ! ナズナくんも男だねぇ」
「いや、でも、私には楓みたいな服は無理だよ!? だから、なんか私が着られそうな服があれば……」
「まかせなさいって。私を誰だと思ってんの? インフルエンサーよ?」

 半分くらいカフェラテを飲んだところで、楓のクローゼットへと案内される。
 うちみたいに壁に埋め込まれているクローゼットを想像していたけど、連れていかれた先はクローゼット“ルーム”だった。

 広さは、私の部屋の半分くらいはあるんじゃないかってくらい。
 バッグや靴がディスプレイされ、たくさんある服もお店のようにキレイに並んでいた。

「すご」
「この辺りの服とか、貰ったんだけどサイズが大きくて着られないのがあるんだよね」
「貰ったの?」
「そうそう。コーディネート載せるからさ、結構お店から紹介してくださーいって貰うんだよね」
「ほええ」

 さ、さすがインフルエンサー楓。
 もはや、私なんかが友達でいいのだろうかと恐縮してしまうわ。

「これとーこれとー。これもいいかな」

 数ある服の中から、楓が私に似合いそうな服をいくつかピックアップしてくれる。

「サンダルは持ってる?」
「100均で買ったやつなら」
「……」
「すみません、ないです」
「サンダルないとか、どうやって生きてるの」
「スニーカーです」
「まったく」

 だって、動きやすいし。
 外に仕事行く時もずっと立ちっぱなしとかで疲れるし。
 そもそも身長大きいからヒールも履けないし。

「スニーカーか……。じゃあ、こういうのもいいか」

 楓はブツブツと独り言をいいながら、どんどんと服を出していく。
 私はただただそれを見て待っているだけだ。

「じゃあ、端から順番に着てみて!」
「え」

 並べられた服をざっと見ても、ハードルが高すぎて着るなんて無理なものしか並んでいない。

「早く、着て!」
「これは無理。これも無理。腕太いからノースリーブも無理……」
「ちょっとぉ!」

 楓が並べてくれた服の中から、さらに私が采配を振る。
 10着くらい出してくれたのに、着れそうな候補に残ったのは3コーディネートだった。

「腕太くないって! ノースリーブいけるでしょ」
「無理無理無理」

 楓みたいな華奢で細い腕ならいいけど、私がノースリーブなんて着たら服よりも腕に目が行ってしまいそうだ。

「まぁ、じゃあとりあえず着てみなよ」
「えー……」
「えーじゃない! デートするんでしょ!」
「うぅっ」

 楓に言われるがまま、着替えさせられる。
 一着目は、フワッとした袖のブラウスとマーメイドちっくな花柄のロングスカート。まるで女子アナのような組み合わせだ。
 袖を通してみても、違和感しかないし、鏡で見ても完全に着られているのがわかった。

「なしだね」
「はい……」

 楓はこういうとき、お世辞を言わず似合わないものは似合わないとズバッと言ってくれるからありがたい。

 2着目は水色のシャツワンピース。ウエスト部分に同じ生地のベルトがついていて、結ぶとリボンみたいになる。これはシャツが長いやつって認識もできるし、袖も肘くらいまであるし。着るのにも抵抗は感じなかった。

「どう? いいんじゃない?」
「んー。似合ってはいるけど、デート服とは違うか」
「え、違うの?」

 首を傾けながらしばらく考え込む楓。ワンピース=デート服の認識だった私は、これをデート服じゃないと言われたらデート服の定義がまったくわからなくなってしまった。

 そして3着目。これは自分でもちょっとかわいいなって思った白いワンピース。深すぎず、浅すぎずなVネックで、ウエストがキュッと絞られている。フリフリしているわけでもないし、袖もフレアっぽくなっていて腕の太さも気にならない。少しリゾートっぽい感じだ。

 でも、さすがに可愛すぎちゃうような気もして。白のワンピースっていうのもまた、チャレンジ過ぎる。

「ど、どうでしょう……」

 着た感じ、そこまで変な感じではなかったけど……。
 さっきもダメだったしなって思って、恐る恐る楓の前に出る。

「え、めっちゃいい」
「ほんと?」
「うん、めっちゃいい」

 「馬子にも衣裳とはこのことだ」なんて言いながら、楓がスマホでバシャバシャと写真を撮りだす。

「ちょ、やめてよ!」
「友樹にも聞いてみよ!」
「なんでよ、いいよ。恥ずかしいし! 気を遣わせるだけだって」

 って言っても、楓はまったく話を聞いていない。
 すぐにスマホの画面を突き付けてきて

「ほら! 友樹も大絶賛!」

 見せてくれた画面には、うおおおおおおおお!! と雄たけびをあげているようなネコのスタンプ。

「いや、リアクションに困ってるときに送るやつじゃん!」
「違うよ、興奮してるときに送ってくるやつだよ」

 知るか! と、ツッコミを入れる前に、画面のメッセージが更新される。

【めっちゃいいじゃん! なになに、ナズナくんとデートかなんか!? これは喜ぶよ~!】

 何故か、すぐにイヴェリスとのデート服を選んでいたことがバレる。
 そんなにわかりやすいでしょうか。

「ね、ね! これにしよ!」
「えーでもぉ」
「でもじゃない! あと、それに似合うリップも貸してあげるよ。どうせリップクリームしか持ってないでしょ?」
「口紅はすぐとれちゃうからいいよ」
「とれたら付け直すの!」
「はい……」

 そのあとも楓は、このワンピースに合うバッグとかアクセサリーまで選んでくれて、靴以外のフルコーディネートをしてくれた。
 代わりに、顔は写さないからコーデだけ写真撮らせて! って言われ、あーだこーだと言われながらポーズをとらされたけど。

 イヴェリスが、少しでも喜んでくれるといいな。


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