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第56話 お礼の仕方

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「え」
「あ、いや、その」

 私からの思わぬ提案に、さすがのイヴェリスも一瞬固まる。
 自分でも何言ってるんだろうと思いながら、今の言葉を撤回しようとしたら

「ああ、一緒に入ろう」

 イヴェリスがプリンを食べているときくらい嬉しそうに笑うから、やっぱりやめようなんて言えなくて。

「電気は消すよ」
「なんでだ?」
「眩しいでしょ」
「風呂の電気くらいなら大丈夫だ」

 自分から提案してしまったとはいえ、一緒にお風呂に入るってめちゃくちゃ難易度が高い……。酔っているわけでもないのに、なんてことを言ってしまったんだと後悔しても遅いわけで。

「私が眩しい」
「蒼は吸血鬼になったのか?」
「そうじゃないけど」

 さすがに明るいなかで裸を見られるのは抵抗があって、どうにか電気を消して入れないか交渉してみたけど……

「言っとくが、俺の目は暗闇でも全部見えてるからな」
「え」
「どちらかと言えば、明るいときのほうが視界は悪い」
「なにそれ!」
「それでもいいなら、電気は消しても構わないぞ」

 盲点だった。そうだよ、イヴェリスは暗闇に強くて光に弱い。ってことは、今まで恥ずかしくて電気を消していたのは、ぜんぶ逆効果ってこと……!?

「やっぱり一緒にお風呂入るの――」
「もう取り消せない」
「ちょっと、まって!」

 ニヤッと笑うイヴェリスに強引に抱き寄せられる。
 
「言ったろ? 蒼の全部が見たいと」
「私は見られたくないぃ」
「そう言うな」

 後ろから抱きしめられながら、シャツのボタンをひとつひとつ外される。

「まって……!」
「待てない」

 私が抵抗できなくなる術を知っているかのように、首筋にキスをおとされる。そのまま耳にくると、イヴェリスの吐息が直接脳内に響いてきた。

「んっ……耳はやだぁ」
「イヤではないくせに……」

 イヴェリスが耳元で喋るたびに、身体がビクッと反応してしまう。
 さらに、イヴェリスが指をパチンと鳴らすだけで着ている服がスルスルと脱げてゆく。
 
 いやまって、そんな魔力の使い方ができるなんて聞いてない……! 

 結局、イヴェリスに服を剥ぎとられてしまいお風呂へと連れていかれる。
 明るい方が見えにくいって言う状況に脳が混乱しながらも、イヴェリスが目を細めるたびに本当に見えにくいのかもって希望をもったり。

 でも――

「洗ってやろう」
「いい!! 自分でっ――あっ、ちょっと、どこ触ってんの――」

 どちらにせよ、ただお風呂に入るだけですむはずもなく。
 仕事の前にもしたはずなのに、帰って来てからもイヴェリスの我慢がきかなかった。

 まあ、私もなんだけど……。


***



「おい、起きろ。蒼、起きろ」
「ん……」

 遠くで私を呼ぶ声がして、身体が揺れる。
 微睡まどろむ中で、その声の正体がイヴェリスではないことだけはわかる。

「起きろって」

 少しダミ声がかったこの声は……

「ん……トマリ?」
「あ、起きたか?」

 重い瞼をうっすら開けると、暗闇の中で金色の瞳がギラッと光る。

「なに、どうしたの……? 今何時……」

 起き上がってスマホを手にすると、まだ夜中の2時。イヴェリスはもちろん、トマリも仕事中のはずだ。

「蒼の作った飯が食いたくて、来た」
「はっ?」
「コンビニの飯は美味くない」

 そう言いながら、ベッドにドスンと座ってくる。
 おいおいおい。何時だと思ってるんだ。

「こんな時間に言われても……仕事は?」
「今、休憩の時間だ。早く、飯をくれ」
「ちょ……」

 そんな急に言われても。
 寝起きで、しかもこんな夜中に突然こられたところで出せるご飯なんてないっての。

「コンビニのご飯も美味しいでしょ?」
「蒼の作った飯のが100倍美味い」

 そんなこと言われたら嫌な気はしないけど……。べつに料理の腕前は一般的過ぎるレベルだし。そんなに私のご飯にこだわる理由はないでしょうに。

「それに、なぜかお前の飯を食べると力がみなぎる感じがする」
「そんなことある?」
「人間を喰わずにこうなるのは、俺も初めてだ。さすが、イヴェリスの女だけあるな」

 イヴェリスの女って言い方はなんか照れるけど。やっぱり、悪い気はしない。

「ちょっと待って……」

 ぶっきらぼうにおだてられ続け、単純な私は気を良くしてしまう。その上、1時間ほどの眠りが逆に程よい仮眠になってしまい、だんだんと眠気が晴れていく。

 トマリに急かされベッドから出る。お腹をすかせて待っている子犬のために、狩りをしにに行く母親の気分で冷蔵庫を開けると、お昼の残りの焼きそばが入っていた。とりあえずそれをレンジで温めてトマリの前に置く。

「これじゃ足りないでしょ。ん~……ラーメンでいい?」
「なんでもいい」

 今から作るにしても時間はないし、めんどくさいし。とりあえずお腹が満たせればいいかと思って、買い置きしてあったインスタントラーメンを作ることにした。

 鍋の水が沸騰するのをボーっと待っていると、早々に焼きそばを食べ終えたトマリが私の隣へと来る。

「仕事抜け出してきたら怒られるでしょ」
「なんでだ?」
「瞬間移動したの、誰にも見られなかった?」
「見られるわけないだろ」
「それならいいけど」

 鍋の中のお水が、ぶくぶくと泡立っていく。

「イヴェリスに言ってきた?」
「いや、言ってない」

 だろうとは思っていたけど。

「次からはちゃんと言ってから来てよ」
「言ったら、ダメって言われる」

 言わずに来たのがバレたら、それこそ怒られそうなものなのに。

「毎日は作ってあげれないよ」

 乾燥した麺を鍋に入れて、スマホで3分計る。具なしってのも味気ないから、生卵をひとつだけ落とした。

「ダメなのか?」
「寝てるときに来られても困るし」
「でも、お前がいつでも来ていいって言った」
「そうなんだけど」

 確かに、そんなことを言ってしまった気がする。だってまさかこんな気軽に来るとは思ってないし。

 3分を知らせるアラームがピピッと鳴る。粉末スープを入れて、できたラーメンを鍋ごとソファの前の机に運ぶ。

 トマリはソファに座ると、鍋の取手をつかむ。このままだと、いつもの勢いで口に流し込みそうだったから

「熱いから気を付けてね」

 って、言ってはみたけど。不器用にフォークで麺をすくって口に運んだトマリは

「ッ! あっちぃ! 食えない!」

 反射的に、すぐラーメンを吐き出した。

「だから今、熱いって言ったじゃん」
「冷ませ!」
「もう、ちょっと待って」

 洗い物を一個でも減らそうと思って鍋ごと出したけど、結局お椀をひとつ使うことになってしまった。

「ん、かして」

 トマリが握っていたフォークで、そのお椀に麺をすこし移す。まるで本当に子供の面倒見ている気分になる。そのまま一口分をフォークに引っかけて、フーフーと麺を冷ましていると――

「あぐっ……うん、ちょうどいい」

 冷ましている途中でトマリの顔がすぐそばまで近づいてきて、フォークに引っかかっている麺を食べられてしまった。

「ちょ、ちょっと!」

 一歩間違えたら唇が当たりそうな距離で、焦る。

「ん? なんだ」
「まだ食べていいなんて言ってない」
「そうか? でも熱そうじゃなかったから」
「じ、自分で食べてよっ」
「自分では熱くて食べられない」
「冷ませばいいじゃん!」
「それはお前の仕事だろ?」

 いや、冷ます仕事ってなに。
 ってか、なんでトマリは平然としてられるの。ちょっと前まで、近づくだけで顔を真っ赤にしてたくせに……。こっちの方がドキドキしちゃってるじゃん。

「いいから! 自分で食べてっ」
「なんだ、自分から奪っておいて変なやつだな」

 色んな意味でバクバクと脈打つ心臓に戸惑いながら、持っていたフォークとお椀をトマリに押し付ける。イヴェリスもうそうだったけど、この魔界のバグった距離感は一体なんなんだ。

「これなら食べやすいでしょ」

 冷凍庫から氷を出して、お椀のなかにいくつか放り込む。これなら私が冷まさなくても勝手に冷たくなってくれるはず。

「おおっ……熱くない!」

 その作戦は成功して、トマリは自分でラーメンを器に移して食べることを覚えた。

「やっぱりお前が作った飯だと元気が出る」
「なんで? 私なにもしてないよ」
「なんでだろうな。不思議だ」

 トマリは全部食べ終わると、ソファの上で胡坐をかきながら自分の手のひらを見つめる。魔力は手のひらに集まるのだろうか。

「そろそろ仕事に戻らないと、イヴェリスに抜け出してることバレるよ」
「ああ、そうだな」

 帰るよう促すと、なぜか少し寂しそうな顔をするトマリ。仕事に戻りたくないのだろうか。

「仕事、大変じゃない?」
「人間を相手にするのは大変だが」
「ごめんね、私が変な約束しちゃったから」
「いや、どっちにしろ俺はイヴェリスを見張らないといけない」

 私のせいで、トマリは人間界で働くことになってしまったようなもので、少し罪悪感がある。

「じゃあ、戻る」
「うん」
「また食べに来ていいか?」
「夜中に起こされるのはちょっと困るけど。まあ、いいよ。作って置いとくから、勝手に食べて」
「本当か?」
「うん」
「なら、また食いにくる」
「うん」

 『犬系男子』なんて言葉があるけど、トマリはまさにそれだろうな。今は見えないけど、本来あるはずの尻尾をブンブンと振って、喜びを体で表現しているように見える。なんて、微笑ましく見ていたら、急にトマリがズイッと顔を近づけてくる。

 ちゅ

「っ!?」

 そのまま躊躇ちゅうちょなくトマリの顔が近づいてきて、彼の唇が私の唇に触れた。

「な、なにっ!」
「なにって、お礼だが??」
「お、おれいって」

 思わずキスされた箇所を手で押さえながら、トマリを見る。でもトマリは平然としていて、むしろ私のリアクションを見て首をかしげる始末だ。

「人間の女はこれが好きだろ?」
「へ!?」
「今までこれで喜ばなかった女はいないぞ」
「そ、それはっ!」

 それは、そうだろうよ! 
 トマリくらいのイケメンにそんなことされたら、人間の女なんてイチコロだろうけど!

「わ、私にはしなくていいっ!」
「お前もイヴェリスにされて、いつも喜んでるだろ」
「あれは!! す、好きだからっ!」
「……俺のことは好きじゃないのか?」

 なにそれ! なんなの! 
 なんで急に、そんな捨てられた子犬みたいな顔でこっち見るの! 

「嫌いじゃないけど、イヴェリスの好きと違うって言うか」
「なら、喜べ」
「そ、そうじゃない」

 ああ、なんだろう。人間界のルールが通用しそうにもないこの感じ。
 犬が人の顔を舐めることが当たり前のように、トマリも人にキスをするのかなって考えると妙に納得してしまう自分もどこかにいて。

 でも、人間の姿である以上、キスはキス。
 私にはイヴェリスという大好きな彼氏がいるわけで。

 こ、これは浮気に入ってしまうのだろうか……。トマリに悪気があるわけでも、私に気があるわけでもないことは確かだけど。

「ダメなの! 人間の世界ではそういうのは恋人同士しかしちゃいけないの!」
「そんなルールは知らないな。今までも人間にしてきたが、何も言われたことはないし、恋人というものになった覚えもない」
「そ、それはさぁ!」

 今までもって……
 ちょっと待って、獣族って一体どういった種族なの……
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