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第53話 お客さん

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 時計を見ると、あっという間に0時に差し掛かろうとしていた。
 最初は若い女の子だらけだった店内も、この時間になると仕事帰りのサラリーマンや私と同じくらいかそれ以上の女性のお客さんが増えてきた。

「いらっしゃいませ」

 グラスを拭いていると、目の前のカウンター席に一人の男性が座る。
 年齢は私より少し下くらいだろうか。ねこっ毛のようなウェーブがかった茶髪のマッシュヘアーで、目はクリッとしている。スーツを着ているが、ここに来る前にネクタイを外してきたようだ。

「あれ、また新しい子? この店に女の子なんて、珍しいね」

 ぎこちない手つきでお水を出すと、その人は私に向かってにっこりと笑顔を向けながら話しかけてくる。

「あれ、隼人はやとくんいらっしゃい」

 すると、別のお客さんのところに行っていた兄が戻って来るなり、私の目の前にいるその人に挨拶をする。

「智さん、新人ちゃん?」
「いや、こいつ俺の妹」
「え! マジで!」

 常連のお客さんなのか、兄と親しそうに話している。

「あ、妹の蒼です……」

 妹と言われてしまったからには挨拶するわけにもいかず、店内のBGMにかき消されてしまいそうな声で挨拶をすると

「わあ、智さんと真逆のタイプだ!」

 って言いながら、ははっと笑った。

 私と兄は、見た目も性格もまったく似ていない。
 劣等感とかは感じたことなかったけど、兄の性格がこんな感じだからよく比較されることはあった。

 全然似てないね。性格真逆だね。
 これが初めましての人に毎回言われるお決まりのセリフ。

「隼人です! よろしくね」
「あ、はい」

 私が名前を言ったからか、その人も自分の名前を言いながらまた笑顔を向けてくる。

「智さん、俺ビール!」
「はいよ」

 第一印象は、すごい人懐っこいという雰囲気。

「聞いてよ蒼ちゃん。今日さ、俺、仕事でミスしちゃって!」
「え、あぁ、はい」

 出会ってものの数秒で私のこと「蒼ちゃん」と呼び、ナチュラルに会話に巻き込まれてしまう。まぁ、お酒飲む場所だからって言うのもあるけど。

 普段、この手のタイプと出くわすことが少ないせいか戸惑ってしまう。

「確かに俺も悪いよ? でもそんなに怒ることないと思わない!?」
「まあ、そうですね」
「え~もっと慰めてよ~」

 隼人さんはテーブルにうなだれながら、私の塩対応に苦笑している。
 この距離の詰め方、完全にすぎる。
 その後も、隼人さんが一方的にしゃべり続けて、私は当たり障りのない返事をするだけ。なのに、隼人さんは「蒼ちゃんは聞き上手だね」なんて言いながら、楽しそうに笑っていた。

「智さんに妹がいるなんて、知らなかったなー」
「妹くらい、俺にだっているだろ」

 4杯目のビールを隼人さんの前に置きながら、兄が言う。

「もっと早く紹介してくれればいいのに」
「いや、今日はたまたま人手不足だったから手伝ってもらってんの」

 とくに自分から話すこともないから、兄と隼人さんが喋っているときは存在を消すように仕事に徹するだけ。ひたすらグラスを洗って、拭いてを繰り返していると、ふと隼人さんに見られている気配がして顔をあげる。その気配は正しかったらしく、ばっちりと目が合ってしまった。

 その瞬間。

「俺、結構タイプかもしれない」

 ってニコッと微笑まれながら言われ、思わず持っていたグラスを落としそうになる。

「あ、今ドキッてした? したでしょ!」
「し、してないです」
「えー。絶対したって!」

 からかわれているのか。なんなのか。
 私の反応を見て、楽しそうにケラケラと笑っている。

「おいおい、勘弁しろってー。こいつ、ろくでもない女だよ?」

 そんな隼人さんの発言に、兄が苦笑しながら口を挟む。
 私をさげすむような言い方をしているけど、たぶんこれは私への気をそらせるための兄なりの気遣いだろう。まあ、ろくでもないは言い過ぎだけど……。

「ろくでもないのは智さんの方でしょ!」
「おい、どういう意味だよ」
「そのまんまの意味~」

 あははなんて笑いながら、隼人さんはまたグイッとグラスに残ったビールを飲みほした。その後は、とくに絡まれることなく。隼人さんと兄が仕事の話やテレビの話をだらだらとしているだけだった。でも、顔をあげるたびに隼人さんと目が合うのが少しだけ気になる。

「蒼」

 そこに、空のグラスを片付けにきたトマリがやってくる。

「ん? どした」
「腹が減った」
「なんかコンビニで買ってこようか?」
「オムライスがいい」
「うん、わかった」

 餌付けをしてしまったせいか、私が空腹をどうにかしてくれるとでも思っているのか。まるで子犬のように、お腹がすいたとわざわざ私のところまで言いに来る。狩りはしちゃだめって言ったのは私だから、仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。

「お兄ちゃん、ちょっとトマリのご飯買ってきてもいい?」
「ああ、いいけど」
「すぐ戻るね」

 すぐにバーカウンターから出て、お財布を持ってお店を出る。
 大きな道路を挟んだ向かい側にあるコンビニに行くため、信号が青になるのを待っていると――

「蒼ちゃん!」

 後ろから、隼人さんに声をかけられた。

「え、隼人さん。どうしたんですか?」
「いや、女の子が一人で歩く時間じゃないと思って」

 そう言われ、エプロンのポケットに忍ばせておいたスマホで時計を見ると、午前1時を過ぎたところだった。

「でも、コンビニすぐそこだし」
「このへん飲み屋さん多いから、酔っ払いも多いんだよ?」
「大丈夫ですよ。私を襲うもの好きなんていませんって」

 もし襲われたとしても、たぶんイヴェリスが一瞬で助けに来てくれる自信しかない。姿は見えないけど、ゴグも近くに居る気配がするし。正直、今の私に怖いものはない――なんて、絶対に言えないけど。

「そんなことないよ!」

 でも隼人さんは、少し真面目な顔で私の言葉を否定した。

「なんて、ほんとは俺が蒼ちゃんと二人っきりになりたくて追っかけてきただけなんだけどね」

 そう言いながら、少し恥ずかしそうな顔で笑った。

「え、なんで?」

 思わず、気持ちがそのまま口に出てしまう。

「な、なんでって……。さっき言ったじゃん! タイプって」
「私が?」

 え、あれってからかっているだけじゃなかったの……?

「あ、青だ」

 信号が赤から青に変わって、隼人さんが少し先を歩き出す。
 その後を追うように、私も横断歩道を進む。

 さっきまでお調子者のように喋っていた隼人さんが急に黙るから、妙に気まずい空気が流れ始めてしまった。

 その空気のまま、コンビニに着く。私は早くお店に戻りたくて、お弁当のコーナーからオムライスをみつけてカゴにいれる。ついでに明日の朝ごはんのおにぎりとかパンも一緒にカゴに入れて、そそくさとレジの前に立った。

 その間も、隼人さんは何か喋るわけでもなく、本当に私の付き添いのようにそばにいるだけで。

 さっきまでの陽キャのような雰囲気は、どこへやら。
 結局、なにかを喋るわけでもなくお店の前まで戻ってきた。

「あの、ありがとうございます」
「あ、いや。勝手についてきちゃってごめん」
「いえいえ、心配しくれて嬉しかったです」
「え、ほんと?」

 癖で、つい心にもないお世辞を口にしてしまった。

「また、お店にくるときある?」
「たまに遊びには来るとは思います」
「そしたら今度――」

 そう隼人さんが言いかけたところで

「蒼、早く飯くれ。休憩が終わる」
「あ、ごめんごめん」

 お店へと続く階段を上がって来たトマリに話かけられ、隼人さんの言葉を遮った。

「すみません、隼人さん」
「あ、いや! いいのいいの! またお店来るね!」
「はい、ありがとうございます」
「おやすみ!」
「お気をつけて」

 結局、言いかけた言葉を最後まで聞くことはなく、隼人さんはその場を去っていった。

「あいつ、お前に気があるのか?」
「え? まさか」
「そんな匂いがしたぞ」
「そんなこと、匂いでわかるの?」
「ああ、俺の鼻は感情が読めるからな」

 お店に戻る階段を下りながら、トマリが自慢気に言う。
 イヴェリスは心を読める能力を持っているけど、トマリは匂いで感情が読める能力があるらしい。

「オムライスあったか?」
「あったよ」

 コンビニで買ったばかりの袋を渡すと、トマリは嬉しそうにバッグヤードへと消えて行った。

 それにしても、面と向かって「タイプ」と言われたのは人生で初めてかもしれない。まあ、お酒も入ってたし明日になったら私のことなんて忘れているだろうけど、なんだかビックリしてしまった。
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