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第52話 接客業

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「トマリも着替えてこい」
「はいはい」

 イヴェリスに言われ、いつの間にか食べ終わっていたトマリも制服へと着替えに奥の部屋へと入ってく。そして戻って来たトマリもまた、イヴェリスに負けないくらいスタイルがよくて――二人が並ぶと、それはそれは絵面が強すぎて。つい最近まで、イケメンどころか男の人と無縁だった私が、この二人に関わっていることが恐ろしくなった。

 ただ、トマリの髪が野良犬のようなボサボサだったことが気になってしまい

「トマリ、ちょっと屈んで」
「……?」

 キョトンとするトマリの髪に手をのばし、手櫛で整えてあげる。

「なっ、なにすんだ!」

 急に髪を触られたのが嫌だったのか、トマリはすぐに私の手から逃げようとする。「ちょっと大人しくして」って言いながら、トマリの頭をガシッと捕まえると、グッと堪えるように私の前で大人しく屈んだ。

 その間に自分のポニーテールを結んでいたゴムをほどいて、トマリの髪をハーフアップに結んでみた。

「うん、こっちのがかっこいいよ!」

 結んだことでインナーカラーみたいに入っている銀色の髪がキレイに見えて、イケメン度が増す。最初こそ嫌がっていたトマリだったけど、鬱陶しそうだった前髪が無くなったことで視界がスッキリしたのか、「おお、これは髪が邪魔にならなくていいな」って気に入ってくれた。

「おーい、お前ら。そろそろ店開けるぞ」

 お店のオープン時間が近づき、兄が二人を呼びにくる。
 ふと髪を結んだトマリを見て、一言「お、いいじゃん」とだけつぶやくと、兄はまた店内へと戻っていく。

「はあ~。人間相手にするのだりぃ~」

 嫌そうに大きくため息をつきながらソファにうなだれるトマリ。

「行くぞ」
「はいはい」

 そんなトマリを立たせるように、肩をポンと叩くイヴェリス。
 重い腰を持ち上げるようにトマリが立ち上がると、私の方につかつかと歩いてきて

「蒼。飯、ありがとな」

 真っ白な歯をニッと見せながら、部屋を出ていった。
 さっき「自分は優しくない」とか言ってたけど、十分いいやつじゃん。

「蒼」

 そんなトマリを視線で見送っていると、イヴェリスの声が真後ろから聞こえて。
 また嫌な思いさせちゃったかと思って、焦って振り向く。瞬間、ズイッとイヴェリスに詰め寄られるように壁へと追いやられてしまった。

「うっ……」

 すぐ目の前にいつもより大人っぽくて色気のあるイヴェリスがいて。
 ボタンを2つ外したシャツから見える白い首筋にドキッとする。

「むりっ、かっこいいぃ」

 あまりの色気に耐えられなくて、ギュッと目をつぶると

「ふっ……そんなにか?」

 私の反応を面白がるように笑みをこぼすと、イヴェリスの手が私の頬へと触れる。

「蒼、目を開けてくれ」
「無理だって」

 この雰囲気、絶対キスしようとしてるもん。

 そう思った瞬間。予想が的中して、イヴェリスの柔らかい唇が触れる。思わず目を開けると、間近で長いまつ毛がパサッと動く。そして、伏せていた赤い瞳がゆっくりと私を見た。

 わざとらしく、ちゅぱって音を立てながらイヴェリスの顔が離れていく。

「仕事してくる」

 そう言い残すと、イヴェリスは何事もなかったように部屋を出ていった。 
 誰もいなくなった部屋に残っているのは、キスの余韻と放心状態な自分。

 イヴェリスのペースにのまれると、自分が自分じゃなくなるような感覚になって。
 こんなに甘い時間を味わっていたら、私はもう――イヴェリス以外のことを考えられない気がした。

 しばらくキスの余韻に浸っていると、壁の向こう側がザワザワと賑わっている気配がしてくる。お店がオープンしたようだ。用事も済んだし、邪魔になる前に帰ろうかとトマリが食べ散らかしたタッパーを片付けていると、また兄が部屋へと入ってくる。

「お前、暇ならちょっと店手伝ってけ」

 唐突に想像もしていなかった言葉がとんできて、片づけている手が止まる。とりあえず、誰に何を言ってますの? って目で兄を見る。

「一人これなくなったから手が足りない」
「やだよ、接客業なんて!」
「いや、ホールはあいつらにまかせるから。お前はドリンクとか作ってくれればいい」
「つくれないよ!」
「俺が教える」

 そう言うと、ロッカーからエプロンを引っ張り出して私に投げつけてくる。

「トマリの面倒見てやってんだから、いいだろそれくらい」
「そんなこと言われたって」
「頼む、マジで洗い物だけでもしてくれればいいから!」
「もお……!」

 顔の前で手をパチンと合わせて、深々と頭を下げてくる兄。
 この感じだと、本当に猫の手も借りたいと言った感じか……。

「知らないよ、いっぱいミスしても」
「ナズナがカバーしてくれるから大丈夫だろ」

 そんなことを言われても。生まれてこの方、接客業なんてしたことがないって言うのは、兄が一番よく知っているだろうに……。

「もうお客さん入ってるから。あ、ナズナとイチャつくのだけは禁止な!」
「わかってるよ!」

 釘をさすように一言残すと、兄はとっとと仕事へと戻って行った。
 本当にあの人は、いつも仕事が優先で人の気持ちを後回しにする傾向がある。

 手に持っていた黒いエプロンを仕方なく身に着け、壁にかかっている鏡の前に立つ。トマリにゴムを渡しちゃったから、今度は自分の髪を手櫛で整えて……。って、トマリに会いに来ただけだからメイクすらちゃんとしてないんですけど。

「蒼!」

 無駄な抵抗とばかりにリップクリームを塗りながら、鏡の前でブツブツ文句を言ってるとドアの向こうから急かす声がとんでくる。
 
「はいー!」

 返事をしながら慌ててバーカウンターの方へ行くと、もう店内はお客さんでいっぱいだった。

「グラス、出して」
「どこにあるの?」
「そこ」

 兄に支持されるがまま、グラスを並べる。と、注文をとって戻って来たイヴェリスが私を見るなり目を丸くする。

「蒼?」
大和やまとが休みの分、蒼に手伝ってもらうことにしたから」
「えっ」

 大和って言うのは、たぶんこの前お店に来た時にいたお兄さんのことだろう。
 私が手伝うとわかると、イヴェリスは少し心配そうな顔をした。

「おい、ビールとカシオレまだか」

 イヴェリスがドリンクを持ってお客さんの方に戻ると、今度はトマリがドリンクを取りに戻ってくる。

「あれ? お前、まだいたのか」
「はい、これビールとカシオレね」
「ああ」

 トマリの言葉にイチイチ返事するのすらめんどくさくなって、持っているトレーの上に兄が用意したドリンクを乗せる。私が答えないことに深く追求するわけでもなく、トマリはすぐにドリンクを持ってその場を離れた。

 その姿を目で追うと、トマリは平然と女性のお客さんに話しかけながらドリンクをテーブルの上に置いていた。

 私が知っているトマリとはまるで別人だ。
 口調は生意気そうだけど、それすら愛嬌とでも言うようにお客さんに笑顔を向けて話している。腕を触られても、一緒に写真を撮るのをねだれても、なにも気にしてないかのように。

 なんなら、自分からお客さんの肩に腕を回したりしている。

 それを見て「トマリは人を騙すのが得意」って言っていたイヴェリスの言葉を、ようやく信じられた。

 じゃあ、私に対していちいち警戒していたのはなんだったのだろう……。

「蒼。ナッツ、グラスに入れて用意して」
「どれ?」
「後ろの棚」

 ゆっくりと考え事をする暇もなく、兄の指示が次々ととんでくる。
 チーズだの、生ハムだの、ジュースを入れろだの、グラスを洗えだの。
 お客さんが途切れることはないし、仕事が途切れることもなかった。

「蒼、大丈夫か?」
「ああ、うん、なんとか」
「無理するなよ」
「うん」

 でも、イヴェリスが近くに来るたびに私の心配をしてくれてなんだか嬉しかった。よく考えればイヴェリスと一緒に働くのもいい経験だよなって。

「おい、蒼」
「ん?」
「チーズくれ、チーズ」
「いま用意するね」

 トマリだって昨日から働いている新人なのに、すでにお店のことが全部わかっているかのように溶け込んでいる。オーダーとるのも、ドリンク作るのも、全部がスムーズ。

「あいつ、飲み込み早くて助かるわ~」

 トマリに言われたナッツを用意していると、隣でカクテルを作りながら兄が言う。

「一度言ったら、全部覚えちまう」
「そうなの?」
「ああ。口は悪いけど、仕事ができるからほんと助かったわ」
「へえ」

 イヴェリスもだけど、魔族はきっと人間なんかよりよっぽど頭がいいのかもしれない。でも、魔族のなかでもこの二人はズバ抜けて色々な能力があるような気がした。








 ♢♢♢

いつもご愛読ありがとうございます!
今回は50話を記念して(もう2話も過ぎてるけど)ちょっとえっちなお話を番外編としてアップしております!
本編にそのまま入れようかなーとも思ったのですが、苦手な方もいるといけないのでアナザーストーリーとして更新することにしました。
もしご興味がございましたら、ぜひそちらも楽しんで頂けたら嬉しいです!

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