【完結】おひとりさま女子だった私が吸血鬼と死ぬまで一緒に暮らすはめに

仁来

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第51話 SSクラスの彼氏

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 結局、トマリのことが気になってイヴェリスと一緒にお店に行くことになった。

「よし、これでいいか」
「本当に持っていくのか?」

 トマリに持っていくご飯を作り終わると、シャワーから出てきた上半身裸のままのイヴェリスに後ろから抱きしめられる。

「うん。あんまり狩りとかしてほしくないからなぁ」
「まあ、蒼がしたいなら好きにすればいい」

 あの後、トマリは私の中でルカみたいな存在かもしれないってことをイヴェリスに正直に打ち明けた。

 イヴェリスにはルカのことを一度も話したことがなかったけど、部屋に飾ってあった写真や私の記憶から存在は知っていたらしく。呆れたように「まあ、犬だしな」って、少しだけ納得してくれたようで。

「イヴェリスも食べる?」
「いや、遠慮しておく……」

 トマリのために作ったハンバーグを目の前に差し出すと、イヴェリスは嫌そうに顔をそむけた。

「うそうそ。イヴェリスにはこっちね」

 さすがにトマリだけに作るのは気が引けて。
 代わりにこっそりとイヴェリス用に作っておいたプリンを見せる。

「蒼が作ったのか?」
「うん。初めて作ったから美味しくないかもしれないけど」

 自分用にもあるとわかった途端、イヴェリスの顔がパッと明るくなる。驚いたように目を丸くしながらそのプリンを受け取ると、キラキラとした目で

「ああ、これは絶対に美味いやつだ」

 って。まだ一口も食べてないのに嬉しそうに言ってくれた。
 ただ、バレンタインのチョコですら誰かに作ったことなんてなかったから、正直ちゃんとできているのか自信がない。

「美味しくなかったらごめん……」

 一番人気のレシピで作ったし、味見したときは普通のプリンの味ではあったけど。今やイヴェリスは美味しいスイーツを色々と食べ、舌もだいぶ肥えているから、少し心配ではある。いや、だいぶ心配……。

「蒼が作ったのなら、なんでも美味いだろ」
「ご飯は食べないじゃん」
「それは、甘くないからな」

 甘い物以外の美味しさがわからないと首を横に振りながら、イヴェリスは早々にプリンとスプーンを持ってソファへと移動する。

 いつものように両手を合わせて「いただきます」を言ってからプリンを口にした。
 ちょっとドキドキしながらイヴェリスの反応を伺う。いつぞやの白玉みたいに、口に入れた瞬間、吐いたらどうしようなんて不安がよぎる。

 でもその不安は、こっちを向いたときのイヴェリスの顔ですぐになくなった。

「蒼! 美味いぞ! 今までのどのプリンよりも美味い!」
「ほんと? よかった」

 パアッと明るい笑顔。
 甘い物を食べているときのイヴェリスは本当にいい顔をする。
 その顔を、自分で作ったプリンで見れたことが何よりも嬉しかった。

 そのままイヴェリスはもくもくとプリンを食べている。そして、すぐに空になったグラスとスプーンを持って、またキッチンに戻ってくる。

「蒼はすごいな。プリンも作れてしまうなんて」
「レシピ見れば誰でも作れるよ」

 褒められるのがくすぐったくて、本当は嬉しいのにごまかすようなことを言ってしまう。

「そんなことはないだろ。蒼だから作れるんだ。また作ってくれるか?」
「うん、いいよ」

 そう言いながら、今度は正面から腰に腕を回される。

「毎日でもいいくらいだ」
「それはちょっとめんどくさい」
「なら、たまにでいい」

 ふっと笑うと、照れて視線をそらしている私の顔を覗き込むようにイヴェリスはキスをしてきた。



「そろそろ行くぞ」
「あ、待って」

 トートバッグにさっき作ったハンバーグを詰め込んでいると、玄関で待っていたイヴェリスの声がとんでくる。慌てて荷物を持って玄関に向かうと、渡してもいないのにその荷物をイヴェリスが持ってくれる。こういうところが、紳士過ぎる。

「蒼と一緒に仕事に行けるのはいいな」

 マンションの敷地を出て、手を繋ぎながら歩く。前を向いて歩けばいいのに、さっきからイヴェリスは私のことばかり見ている。

「ちゃんと前見て歩いて」
「前を見なくても歩ける」
「どんな能力よ」

「第三の目でもあるの?」なんて思わず笑うと、イヴェリスが握っている手を引き寄せて、急に道端で抱きしめてきた。

「ちょっと、なにぃ」
「お店に行ったら、抱きしめられないから」
「なにそれ」

 まるで子供のように抱き着いてくるイヴェリスの背中に手をまわしてポンポンすると、すぐにチューをしようと顔が近づいてくる。家ならまだしも、人通りのある道でキスはまずいと思って、反射的に左手でイヴェリスの顔を掴むようにガードしてしまった。

「こらこらこら」
「なんだ」
「外でちゅーはダメだって」
「この前はしたじゃないか」
「あれは、そっちが勝手にしてきたんでしょ」
「今だって勝手にしているだけだ」
「だーめ! 誰かに見られたらお兄ちゃんに殺されるよ」
「……はあ、人間というのはめんどくさい」

 イヴェリスが大きくため息をつくと、しぶしぶ私から離れた。
 少しすねるような横顔を見ていると、つい口から「お家帰ったらね」なんて言ってしまい。イヴェリスが真顔で「今すぐ帰ろう」って言いながら来た道を戻ろうとした。

 慌てて繋いでる手を引っ張って、「そういう意味じゃない!」って言いながら止める。傍から見たら鬱陶しいほどのイチャイチャだと思う。自分がもしもこんなカップルに出会ったら、きっと冷ややかな視線を送るに違いない。そう自分でも思うレベル。

 イヴェリスの歩く速度もいつもより遅くて、結局、お店には予定よりも遅れて着いてしまった。

「おいおい、遅刻かぁ?」

 お店に入ると、バーカウンターでグラスを拭いていた兄からの文句がとんでくる。

「トマリは?」

 そんな兄の言葉は無視して、トマリを探す。

「奥にいる」

 手が塞がっている兄は、顎でバックヤードに続く扉を指した。

「こっちだ」

 イヴェリスに手を引かれ扉の奥へと進むと、スタッフが休憩できるようなソファにトマリが座っていた。

「トマリ、大丈夫?」
「にんげっ……じゃなかった、蒼か」

 私とイヴェリスが部屋に入ると、トマリはすぐに立ち上がる。
 寂しかったのか、なんだか少し嬉しそうな顔をしている。

「ごはん、食べた?」

 そんなトマリに、普通に質問したつもりだった。
 でも返ってきた言葉に……

「ああ、ネズミがいたから食べた」

 ケロッとした顔で言うから、思わず化け物でも見てるような顔になってしまった。
 ここが森の中ならまだしも、ビルが立ち並ぶ都内。魔族は病気にもならないし、ウイルスも関係ないことはわかっていても、想像するだけで気分が悪くなりそうだった。

「ううっ。お腹、大丈夫なの……?」
「とくに問題ないが?」

 なんでそんな目で俺を見ている、と首をかしげるトマリ。ああ、やっぱりごはんを作ってきて正解だった……。これ以上、その姿で野生の動物を食べる姿を想像するのは、こちとら精神的にきついものがある。

「トマリ、もうネズミとかそこらへんに居る動物を食べるの禁止。今日から人間のご飯食べて。わかった?」
「は? どういうことだ」

 持ってきたタッパーを机に並べているのを見ながら、トマリが不思議そうにイヴェリスと私を交互に見る。

「蒼は、お前が動物を食べるのが耐えられないそうだ」
「人間だって食うじゃねぇか」
「そうなんだけど! そのへんの生きてる動物は狩らないでほしい」
「あ? なんでだ」
「なんでも!」

 何を言ってんだコイツ、と言うような顔でトマリに見られる。

「私が作れる時は作ってあげるけど、それ以外はコンビニでお弁当買って食べて。できる?」
「狩りの方が楽だ」
「ダメ! こっちに居るなら、狩りはしないって約束して」

 トマリは少し困惑したように、イヴェリスの顔を見る。

「そうしてやってくれ」
「……まあ、人間の飯は美味いからいいけどよ」

 イヴェリスが後押しすると、トマリはすんなりと狩りをしないことを約束してくれた。見た目は強情そうなのに、意外と従順なところがあって助かる。

「よかった~。ありがとう。ん、これ食べて」
「これはなんだ?」
「ハンバーグだよ」

 タッパーを開けると、いつものように鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅ぐ。

「食っていいのか?」
「うん。あ、ちゃんとフォーク使ってね!」
「ああ……」

 また顔を突っ込みそうな勢いをしていたから、慌ててフォークを差し出す。
 トマリはまためんどくさそうにフォークを握ると、今度はちゃんとハンバーグに刺して口に運んでいた。

「んん、んまいっ」

 口いっぱいにハンバーグを詰め込むと、見えないはずの尻尾をブンブンと振っているような気配がした。

「着替えてくる」
「あ、うん」

 トマリが食べるのを見届けると、イヴェリスは制服に着替えるためにさらに隣の部屋へと入っていく。

「おい」
「ん?」

 そんなイヴェリスを目で追っていると、トマリに呼ばれて視線を戻す。

「お前はなんで俺にまで優しくする?」
「なんでって、イヴェリスの友達だから?」
「そんくらいでか?」
「うん。ダメ?」

 さすがに、ここで犬みたいだからって言えばトマリは激怒すると思ったので、それらしい理由を言う。

「俺は、あいつと違って優しくないぞ」
「そうかな」
「アイツの獲物じゃなきゃ、お前のこともいつだって喰える」
「うん」
「うんって……」

 調子が狂うと言わんばかりの顔でトマリがポリポリと頭を掻いていると、早々に着替えを終えたイヴェリスが奥の部屋から出てきた。
 パリッとしたシャツに黒いベスト。細い腰が強調されるような黒くて細いスラックス。さっきまで下りていた前髪も、今のこの一瞬で、センターよりも少し左側で分けられ、おでこが見える髪型に変わっていた。

「はっ……かっこよ」

 その姿に、思わず本音が漏れてしまう。

「好きか?」
「うんっ」
「そうか」

 この前も見惚れてしまったけど、本当にバーテンダー姿のイヴェリスは王子様みたいだ。さすがの私も、素直になってしまうレベル。

「その髪型もかっこいい……」
「蒼はこういう方が好きなのか?」
「いつもより大人っぽく見える」
「そういうものか」
「うん」

 前髪をいじりながら、イヴェリスが少し嬉しそうな顔する。
 その顔を見ながら、なんでこんなにいい男が私なんかに惚れているんだと、改めて疑問に思ってしまった。

 なんていうか、私は自分の命と引き換えに、とんでもないSSクラスの彼氏を手にいれたようなものなのだ。
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