51 / 83
第51話 SSクラスの彼氏
しおりを挟む結局、トマリのことが気になってイヴェリスと一緒にお店に行くことになった。
「よし、これでいいか」
「本当に持っていくのか?」
トマリに持っていくご飯を作り終わると、シャワーから出てきた上半身裸のままのイヴェリスに後ろから抱きしめられる。
「うん。あんまり狩りとかしてほしくないからなぁ」
「まあ、蒼がしたいなら好きにすればいい」
あの後、トマリは私の中でルカみたいな存在かもしれないってことをイヴェリスに正直に打ち明けた。
イヴェリスにはルカのことを一度も話したことがなかったけど、部屋に飾ってあった写真や私の記憶から存在は知っていたらしく。呆れたように「まあ、犬だしな」って、少しだけ納得してくれたようで。
「イヴェリスも食べる?」
「いや、遠慮しておく……」
トマリのために作ったハンバーグを目の前に差し出すと、イヴェリスは嫌そうに顔をそむけた。
「うそうそ。イヴェリスにはこっちね」
さすがにトマリだけに作るのは気が引けて。
代わりにこっそりとイヴェリス用に作っておいたプリンを見せる。
「蒼が作ったのか?」
「うん。初めて作ったから美味しくないかもしれないけど」
自分用にもあるとわかった途端、イヴェリスの顔がパッと明るくなる。驚いたように目を丸くしながらそのプリンを受け取ると、キラキラとした目で
「ああ、これは絶対に美味いやつだ」
って。まだ一口も食べてないのに嬉しそうに言ってくれた。
ただ、バレンタインのチョコですら誰かに作ったことなんてなかったから、正直ちゃんとできているのか自信がない。
「美味しくなかったらごめん……」
一番人気のレシピで作ったし、味見したときは普通のプリンの味ではあったけど。今やイヴェリスは美味しいスイーツを色々と食べ、舌もだいぶ肥えているから、少し心配ではある。いや、だいぶ心配……。
「蒼が作ったのなら、なんでも美味いだろ」
「ご飯は食べないじゃん」
「それは、甘くないからな」
甘い物以外の美味しさがわからないと首を横に振りながら、イヴェリスは早々にプリンとスプーンを持ってソファへと移動する。
いつものように両手を合わせて「いただきます」を言ってからプリンを口にした。
ちょっとドキドキしながらイヴェリスの反応を伺う。いつぞやの白玉みたいに、口に入れた瞬間、吐いたらどうしようなんて不安がよぎる。
でもその不安は、こっちを向いたときのイヴェリスの顔ですぐになくなった。
「蒼! 美味いぞ! 今までのどのプリンよりも美味い!」
「ほんと? よかった」
パアッと明るい笑顔。
甘い物を食べているときのイヴェリスは本当にいい顔をする。
その顔を、自分で作ったプリンで見れたことが何よりも嬉しかった。
そのままイヴェリスはもくもくとプリンを食べている。そして、すぐに空になったグラスとスプーンを持って、またキッチンに戻ってくる。
「蒼はすごいな。プリンも作れてしまうなんて」
「レシピ見れば誰でも作れるよ」
褒められるのがくすぐったくて、本当は嬉しいのにごまかすようなことを言ってしまう。
「そんなことはないだろ。蒼だから作れるんだ。また作ってくれるか?」
「うん、いいよ」
そう言いながら、今度は正面から腰に腕を回される。
「毎日でもいいくらいだ」
「それはちょっとめんどくさい」
「なら、たまにでいい」
ふっと笑うと、照れて視線をそらしている私の顔を覗き込むようにイヴェリスはキスをしてきた。
「そろそろ行くぞ」
「あ、待って」
トートバッグにさっき作ったハンバーグを詰め込んでいると、玄関で待っていたイヴェリスの声がとんでくる。慌てて荷物を持って玄関に向かうと、渡してもいないのにその荷物をイヴェリスが持ってくれる。こういうところが、紳士過ぎる。
「蒼と一緒に仕事に行けるのはいいな」
マンションの敷地を出て、手を繋ぎながら歩く。前を向いて歩けばいいのに、さっきからイヴェリスは私のことばかり見ている。
「ちゃんと前見て歩いて」
「前を見なくても歩ける」
「どんな能力よ」
「第三の目でもあるの?」なんて思わず笑うと、イヴェリスが握っている手を引き寄せて、急に道端で抱きしめてきた。
「ちょっと、なにぃ」
「お店に行ったら、抱きしめられないから」
「なにそれ」
まるで子供のように抱き着いてくるイヴェリスの背中に手をまわしてポンポンすると、すぐにチューをしようと顔が近づいてくる。家ならまだしも、人通りのある道でキスはまずいと思って、反射的に左手でイヴェリスの顔を掴むようにガードしてしまった。
「こらこらこら」
「なんだ」
「外でちゅーはダメだって」
「この前はしたじゃないか」
「あれは、そっちが勝手にしてきたんでしょ」
「今だって勝手にしているだけだ」
「だーめ! 誰かに見られたらお兄ちゃんに殺されるよ」
「……はあ、人間というのはめんどくさい」
イヴェリスが大きくため息をつくと、しぶしぶ私から離れた。
少しすねるような横顔を見ていると、つい口から「お家帰ったらね」なんて言ってしまい。イヴェリスが真顔で「今すぐ帰ろう」って言いながら来た道を戻ろうとした。
慌てて繋いでる手を引っ張って、「そういう意味じゃない!」って言いながら止める。傍から見たら鬱陶しいほどのイチャイチャだと思う。自分がもしもこんなカップルに出会ったら、きっと冷ややかな視線を送るに違いない。そう自分でも思うレベル。
イヴェリスの歩く速度もいつもより遅くて、結局、お店には予定よりも遅れて着いてしまった。
「おいおい、遅刻かぁ?」
お店に入ると、バーカウンターでグラスを拭いていた兄からの文句がとんでくる。
「トマリは?」
そんな兄の言葉は無視して、トマリを探す。
「奥にいる」
手が塞がっている兄は、顎でバックヤードに続く扉を指した。
「こっちだ」
イヴェリスに手を引かれ扉の奥へと進むと、スタッフが休憩できるようなソファにトマリが座っていた。
「トマリ、大丈夫?」
「にんげっ……じゃなかった、蒼か」
私とイヴェリスが部屋に入ると、トマリはすぐに立ち上がる。
寂しかったのか、なんだか少し嬉しそうな顔をしている。
「ごはん、食べた?」
そんなトマリに、普通に質問したつもりだった。
でも返ってきた言葉に……
「ああ、ネズミがいたから食べた」
ケロッとした顔で言うから、思わず化け物でも見てるような顔になってしまった。
ここが森の中ならまだしも、ビルが立ち並ぶ都内。魔族は病気にもならないし、ウイルスも関係ないことはわかっていても、想像するだけで気分が悪くなりそうだった。
「ううっ。お腹、大丈夫なの……?」
「とくに問題ないが?」
なんでそんな目で俺を見ている、と首をかしげるトマリ。ああ、やっぱりごはんを作ってきて正解だった……。これ以上、その姿で野生の動物を食べる姿を想像するのは、こちとら精神的にきついものがある。
「トマリ、もうネズミとかそこらへんに居る動物を食べるの禁止。今日から人間のご飯食べて。わかった?」
「は? どういうことだ」
持ってきたタッパーを机に並べているのを見ながら、トマリが不思議そうにイヴェリスと私を交互に見る。
「蒼は、お前が動物を食べるのが耐えられないそうだ」
「人間だって食うじゃねぇか」
「そうなんだけど! そのへんの生きてる動物は狩らないでほしい」
「あ? なんでだ」
「なんでも!」
何を言ってんだコイツ、と言うような顔でトマリに見られる。
「私が作れる時は作ってあげるけど、それ以外はコンビニでお弁当買って食べて。できる?」
「狩りの方が楽だ」
「ダメ! こっちに居るなら、狩りはしないって約束して」
トマリは少し困惑したように、イヴェリスの顔を見る。
「そうしてやってくれ」
「……まあ、人間の飯は美味いからいいけどよ」
イヴェリスが後押しすると、トマリはすんなりと狩りをしないことを約束してくれた。見た目は強情そうなのに、意外と従順なところがあって助かる。
「よかった~。ありがとう。ん、これ食べて」
「これはなんだ?」
「ハンバーグだよ」
タッパーを開けると、いつものように鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅ぐ。
「食っていいのか?」
「うん。あ、ちゃんとフォーク使ってね!」
「ああ……」
また顔を突っ込みそうな勢いをしていたから、慌ててフォークを差し出す。
トマリはまためんどくさそうにフォークを握ると、今度はちゃんとハンバーグに刺して口に運んでいた。
「んん、んまいっ」
口いっぱいにハンバーグを詰め込むと、見えないはずの尻尾をブンブンと振っているような気配がした。
「着替えてくる」
「あ、うん」
トマリが食べるのを見届けると、イヴェリスは制服に着替えるためにさらに隣の部屋へと入っていく。
「おい」
「ん?」
そんなイヴェリスを目で追っていると、トマリに呼ばれて視線を戻す。
「お前はなんで俺にまで優しくする?」
「なんでって、イヴェリスの友達だから?」
「そんくらいでか?」
「うん。ダメ?」
さすがに、ここで犬みたいだからって言えばトマリは激怒すると思ったので、それらしい理由を言う。
「俺は、あいつと違って優しくないぞ」
「そうかな」
「アイツの獲物じゃなきゃ、お前のこともいつだって喰える」
「うん」
「うんって……」
調子が狂うと言わんばかりの顔でトマリがポリポリと頭を掻いていると、早々に着替えを終えたイヴェリスが奥の部屋から出てきた。
パリッとしたシャツに黒いベスト。細い腰が強調されるような黒くて細いスラックス。さっきまで下りていた前髪も、今のこの一瞬で、センターよりも少し左側で分けられ、おでこが見える髪型に変わっていた。
「はっ……かっこよ」
その姿に、思わず本音が漏れてしまう。
「好きか?」
「うんっ」
「そうか」
この前も見惚れてしまったけど、本当にバーテンダー姿のイヴェリスは王子様みたいだ。さすがの私も、素直になってしまうレベル。
「その髪型もかっこいい……」
「蒼はこういう方が好きなのか?」
「いつもより大人っぽく見える」
「そういうものか」
「うん」
前髪をいじりながら、イヴェリスが少し嬉しそうな顔する。
その顔を見ながら、なんでこんなにいい男が私なんかに惚れているんだと、改めて疑問に思ってしまった。
なんていうか、私は自分の命と引き換えに、とんでもないSSクラスの彼氏を手にいれたようなものなのだ。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

王太子の愚行
よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。
彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。
婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。
さて、男爵令嬢をどうするか。
王太子の判断は?

麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる