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第49話 王の命令
しおりを挟む「で? お前はどうするつもりだ」
「なにがだ?」
「なにがじゃない。ここに居られては困る」
「なんでだ?」
ソファで寛いでいるトマリを見下ろすように、仁王立ちしているイヴェリス。
「はっきり言って、邪魔だ」
「でも、行くところがない」
「そんなものは自分でどうにかしろ」
「雨だし」
「はあ……。お前はほんっとに」
呆れたようにため息をつき、困ったように頭を掻くイヴェリス。
イヴェリスは、この部屋から一刻も早くトマリを追い出したいようだけど、トマリは行くところがないと言ってソファでゴロゴロするばかり。
「トマリは雨が苦手なの?」
その会話に、私が首を突っ込む。
「こいつは雨に濡れると、強制的に犬の姿になってしまう」
少し困ったように私に視線を向けながら、イヴェリスが言った。
「犬じゃねぇ!!」
すかさずトマリが犬であることを否定する。
「ああ、だから最初は犬の姿だったのか」
「だから、犬じゃねぇ!!!」
私の言葉にも、吠えるように言い返してくるトマリ。
「人間を喰って、すぐ魔界に帰れ」
「それはできない。マアラ様に見張るよう言われているし。それに……」
チラッとトマリがこちらを見る。
トマリとあの約束をしてしまった以上、私的にも彼を魔界に返すわけにいかなくなってしまった。
「母上には俺から伝える」
トマリの言うマアラ様と言うのは、どうやらイヴェリスの母親のことらしい。
そりゃあ、人間の血を飲みに行った息子がその人間と楽しくやってるなんてわかったら、母親としては気が気じゃないだろうな。
「トマリは人間を食べないと魔界に戻れないんでしょ?」
「まあな」
「できれば人間を食べて欲しくないなぁ……。まあ、もう少しゆっくりしていけばいいんじゃない?」
あの約束を悟られず、かつ、うまい引き留め理由がみつけられなくて……。
すごい適当な言葉でトマリを引き留めてしまった。
「蒼っ」
私がトマリを引き留めたことに、少し驚いたようにこっちを見るイヴェリス。
「ほら、人間もこう言っているぞ!」
「人間ではない。蒼と呼べ」
イヴェリスの目がキッとトマリに向けられると、トマリは視線をそらしながら「すまない」と、小さな声で謝った。
「とは言え、この家にお前を置いておくことはできない」
まるで、最初からずっと住んでいたみたいにイヴェリスが言う。
あんたもそうやって転がってきたんだよ、とか思いながら、解決策を探しているイヴェリスを見ていたらひとつの考えが浮かんできた。
「人の姿だと邪魔だけど、犬の姿ならいいんじゃない?」
「「は?」」
思いついた考えをそのまま口にしただけなのに、二人の人間離れした眼光が素早くとんでくる。その圧がすごすぎて、思わず一歩後ずさってしまった。
「「絶対に嫌だ!!」」
次の瞬間。二人はシンクロするように同じ言葉を口にした。
「蒼との時間を犬に邪魔されたくない!」
「俺は犬じゃねぇ!!」
「こっちの世界ではお前は犬だ」
「ああ!? 人間に媚び売ってる吸血鬼風情がっ」
「貴様、誰に向かって言っている」
「なんだよ、やんのか!?」
そして、そのまま子供の喧嘩のように言い合いが始まってしまった。
「はいはい、ストップ! ストップーーー!」
二人の指先から爪が鋭くのびるのが見え、慌てて間に割って入る。このままでは、今にも殺し合いが始まりそうな勢いだ。
「二人とも落ち着いて」
「だが!」
「ちょっと考えよう。ね?」
「グルルルッ」
「トマリも、牙をしまいなさい」
「だってよ!!」
私からしたら、トマリを家に置くことは犬を飼うのと同じ気分ではあるけど。
さすがにイヴェリスにとってはそうもいかない。
何かいい案はないか考えていると、この空気を断ち切るようにイヴェリスのスマホが鳴った。
「智だ」
「お兄ちゃん?」
スマホの画面を見て、イヴェリスが言う。昼間に兄から電話がかかってくるなんて珍しい。
イヴェリスは伸びた爪をすぐに引っ込めると、何事もなかったように電話にでた。
「もしもし。あ、はい。はい、わかりました」
ものの30秒くらいで電話が終わると、イヴェリスは何かを思いついたようにトマリを見た。
「こっちに居たいなら、お前も働け」
「は?」
働けって、あのバーで?
「店に空き部屋もある。働く代わりに、そこに住めないか俺が智に言ってやる」
「おい、話を勝手に進めるな。無理だ、人間のなかで暮らすなんて」
「そ、そうだよイヴェリス。それにトマリは……」
女の子が苦手だし――って言う前に
「それができないなら、魔界に帰れ。これは王の命令だ。どうする?」
イヴェリスのきつい口調が、私の言葉を遮った。
「うっ……」
王の命令。
その言葉にトマリはピクッと反応すると、少しうろたえながら
「わ、わかった……働く……」
と、諦めたように口にした。
「大丈夫なの?」
「まあ、トマリの方が人間界のことはよく知っているし。なんとかなるだろう」
なんとかなるって言っても、私が近づいただけで犬みたいな姿になっちゃうのに。
あんな女子だらけのお店で、無事にいられるとは到底思えなかった。何か問題があったら、それこそイヴェリスだって危ないのに。
「トマリ?」
完全にしょげてるトマリの顔を覗き込むと、ハッとしたように
「人間なんて騙すのは簡単だ」
そう言いながら、顔を上げて背筋を戻した。
でも、明らかに強がっているだけで、目の奥は不安でいっぱいそうだ。
「本当に大丈夫?」
「ふん。問題ない」
素っ気なく返事をするトマリ。
その日の夜、イヴェリスは有言実行でトマリをお店へと連れて行ってしまった。
まぁ、イヴェリスがそばにいるなら大丈夫だとはおもうけど……。やっぱり少し心配で。
お店に行ってみようかな。でも、ここで私が行くとまたややこしくなりそうだったらから家で大人しく待つことにした。
明け方近く、イヴェリスが一人で帰ってくる。
「おかえり」
「なんだ、起きていたのか」
結局、トマリのことが心配で眠れず、起きて待っていたのだ。
「トマリは?」
「ああ、あいつなら大丈夫だ。店に泊まっている」
「一人で?」
「そうだが」
「ご飯は?」
「さあ、適当に何か動物でも狩って食べるだろ」
「ど、動物って、そのへんの?」
「ああ」
聞き捨てならないその言葉。そのへんの動物を狩るって、カラスとか猫とかを捕まえて食べるって意味……?
「人間は?」
「食べないと思う」
「誰かに動物とか捕まえているところ見られたら、どうするの?」
「そんなヘマはしない。あいつは獣族の中でも一番狩りが上手いからな」
「イヴェリスみたいに魔獣じゃなくていいの?」
「獣族は人間界の生き物からでも魔力を回復できるから大丈夫だ」
確かに、トマリはイヴェリスと違って10年に一回はこっちに来てるって言ってたし。言葉使いも、イヴェリスより慣れている感じはある。
でも、生身の人に関しては、獲物としか見ていない。私のことを初めて見たときもそうだけど、人間と上手に関われるように思えなかった。
「お前は勘違いしているようだが」
「……?」
そんな私の心を読んだのか、イヴェリスが口を開く。
「あいつが人間を狩る時は、騙して近づく」
「だまして?」
「ああ。仲良くなって気を許したところ、狩る。だから人間の扱いには誰よりも慣れている」
「そうなの? でも女は苦手って」
「“獲物以外”の女はな。もともとアイツの好物は女だ。だから女の扱いもうまい」
いや、まったくそうには見えなかったけど。
「……そんなにトマリが気になるか?」
「気になるって言うか」
イヴェリスが少し目を細め、私を見る。
「あいつが魔族だからか?」
「え?」
「人間なら、お前はそんな心配はしないだろ」
イヴェリスに言われて、少し胸が痛む。
確かに、人間の男が相手ならこんなお節介心は生まれない。相手が魔族だから、私はこんなに心配になっているんだろうか……。
「お前は、魔族なら誰でもいいのか?」
イヴェリスが、少しムッとしたような顔で見下ろしてくる。その突っかかるような言い方に、私も少しムキになる。
「な、なにその言い方!」
「トマリにそこまで肩入れする理由がわからない」
肩入れしているわけではないけど、トマリを見ていると、どうしても愛犬と重ねてみてしまう部分があって。
それが心配の理由になっているか自分でもわからないし、きっとそのことをイヴェリスに言ってもわかってもらえないんだろうけど。
「とにかく、トマリの心配は無用だ」
「……うん」
「……風呂に入る」
そう言って、イヴェリスは少し不機嫌そうにお風呂へ向かった。
イヴェリスの言う通り、私が心配する義理はなにもない。でも、なぜか胸がソワソワして気になってしまう。
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