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第48話 約束

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 イヴェリスが寝てしまい、またトマリとなんとも言えない気まずい時間が流れる。
 改めて熱を測ってみたけど、平熱で。イヴェリスのおかげで一瞬にして体調がよくなってしまった。

「今日も雨だね」
「この雨はいつ止む?」
「どうかな。午後には少し止むんじゃない?」
「そうか」

 カーテンを少し開けて、窓の外を見る。
 にわか雨かと思っていたけど、あのまま朝まで降り続いている様子だった。

「人間」
「ん?」
「腹が減った」

 パソコンの電源を入れて椅子に座ると、ソファで自分のお腹をさすりながらこちらを見ているトマリ。

「ああ、なんか食べる?」
「昨日食べたやつがいい」
「あー。もう豚肉ないんだよね」
「ないのか?」

 昨日作ってあげた生姜焼きが気に入ったのか、作れないことを知ると見えないはずの獣耳がシュンと下がったように見えた。

「ちょっと待って。なんでもいい?」
「美味いならなんでもいい」

 冷蔵庫を開けると、ウィンナーと卵くらいしか入っていない。
 となれば……。

「オムライスでもいい?」
「おむらいす? 美味いか?」
「どうだろう。人間界では美味しいとされているけど」
「食わせろ」
「作るから待ってて」

 吸血鬼と違って、獣族はすぐお腹がすくようで。キッチンでせっせとオムライスを作る。この空腹を満たしてあげないと、人間が一人、犠牲になってしまうんじゃないかって。

「……それはなんだ?」

 まな板の上でウィンナーを輪切りにしていると、ソファに座っていたトマリが待ちきれない様子で覗きにくる。

「これはウィンナーだよ」
「うぃんなー? 人間の指みたいでうまそうだな」
「やめてよ、怖いこと言うの」

 思わずウィンナーを切る手を止めてしまう。

「俺は人間なら足の方が好きだ」
「だから怖いこと言わないでってば」
「ああ、すまない」

 私がドン引いた顔でトマリを見ると、トマリは少し焦ったように視線をそらした。

「トマリは本当に人間を食べるんだね」
「ああ。めったにありつけないが」
「法律で決まってるんだっけ?」
「人間は繁殖力が弱いからな。魔族が食べ始めたらすぐに絶滅してしまう」

 オムライスを作りながら聞く話ではないとは思いながらも興味があって。私以外のほとんどが、魔界があることを知らずに生きているんだって思うと、ゾッとする。

「いい匂いだ」
「もうすぐできるよ」

 ケチャップライスを炒めていると、隣にいたトマリがまた空気中の匂いをクンクンと嗅いでいた。ふと、太もも辺りにファサファサと何かが当たるのに気付いて、トマリの後ろを覗き込む。

 すると、いつのまにか腰あたりからふさふさの尻尾が生えて左右に揺れていた。

「尻尾……!」
「あ、しまった」

 私がその尻尾に気付くと、トマリはすぐに引っ込めてしまった。

「えー。隠さなくてもいいじゃん」
「だから残念そうにするな」
「だって犬好きなんだもん」
「犬じゃねぇ!」
「ああ、ごめん」

 グルルルって唸るように、牙のない歯を剥くトマリ。
 それがすでに、犬でしかない。

「ほら、できたよ」

 その怒りを鎮めるように、お皿に盛りつけたオムライスを目の前に出すと、牙の代わりに舌がペロッと出る。

「おお、これがオムライスか!?」
「ほら、座って座って」
「早く食わせろ!」

 ごはんが待ちきれない犬のように、トマリはソファに座る。
 オムライスをテーブルの上に置くと、すぐに顔を突っ込もうとするから……

「待て!」

 思わず、犬にマテをさせる時のような掛け声をかけてしまった。

「ああっ?」

 その声に反応して、トマリの動きがピタッと止まる。
 でも、目はこちらをギロリと睨んでいた。

「あ、あの、これ! スプーン使って食べて!」
「めんどくさい」
「ダメ! こっちではそれ、犬食いって言うんだよ」
「いぬッ……」
「犬がいやなら、ちゃんとお行儀よくこれで食べて」
「チッ……」

 トマリが、私の手からめんどくさそうにスプーンを奪い取る。
 持ち方を知らない子供のようにスプーンを手のひらで握ると、オムライスをすくうわけでもなく、お皿を直接持って口の中に流し込むように食べ始めた。

「ちょ、使い方違うんだけど」
「んんッ……これもっ……んまいなっ」

 そしてまた、3口だか4口くらいで食べきってしまう。

「これも嫌いじゃないぞ」
「しつけが必要だな」
「あ?」
「いや、美味しかったならよかった」

 口の周りについたケチャップを舌でペロペロと舐めるトマリ。
 同じ魔族でも、イヴェリスとは育ちが全然違うのがよくわかる。
 無駄に所作がキレイなイヴェリスと、なんとも野性的過ぎるトマリ。

「トマリは何歳なの?」
「俺か? 100から数えてないが……たぶん200ちょっとくらいだ」
「じゃあイヴェリスより年下なんだ」
「まあ、そうなるな」

 見た目の年齢ではイヴェリスとそんなに変わりはないけど、雰囲気は確かにイヴェリスの方が大人っぽい。というか、落ち着いていると言った方がいいか。

「こっちにはよく来るの?」
「10年に一回くらいは狩りに来る」
「狩り」
「人間狩りだ」
「ああ……」

 人間がイノシシの狩りに行くかのように、魔族たちは人間を狩りに来ているってことだ。イヴェリスがあまりにも吸血鬼みがないから勘違いしていたけど、トマリの話を聞いていると魔族が本当に人間を食べているっていう実感が嫌でも湧いてくる。

「人間を食べるのは、王族にしか許されていないがな」
「そうなんだ」
「俺らが肉を喰い、吸血鬼どもが血を飲む。そのために俺は狩りに来る」
「10年に一回も食べるの?」
「前はもっと頻繁だったが、最近はだいたいそのくらいだな」
「でもイヴェリスは」
「あいつは昔から変わり者だからな。100年に一度しか血を口にすることはない」

 イヴェリスの食事は、たまに魔獣の血を固めたものを食べるくらい。人間の血も100年に一度だけ。それが吸血鬼の当たり前かと思ってたけど、そうじゃなかったらしい。

「まあ、お前がイヴェリスに選ばれたのは不幸中の幸いかもしれないな」

 少し前に、自分でも思ったことがある。イヴェリスじゃない魔族に生贄として選ばれていたら、きっと今ごろ命乞いをしながら生きていたんだろうなって。

 私にとっては、運がいいのか悪いのかはわからないけど。

 イヴェリスは私の気持ちに寄り添ってくれて、私に寂しい思いをさせないようにしてくれて、何よりも愛してくれている。

「ただ……あまりイヴェリスに思いを寄せるのはやめておけ」
「え?」
「あいつは人間にすら情が深い。お前を大事に思うあまり、あいつは間違った選択をしそうだ」
「間違った選択って」
「そうならないように、俺がこっちに来た」

 たぶんトマリが言いたいのは、イヴェリスが自分の命よりも私の命を優先しそうってことだろう。
 それは私もどことなく考えていた。でも、私はイヴェリスが消えてなくなるくらいなら、自分の命がなくなる方がいいと思っている。それがイヴェリスにとっては酷なことでも。

「もしそうなりそうだったら、トマリが私を殺してよ」
「は?」
「それで、無理やりにでもイヴェリスに私の血を飲ませてあげて」
「いいのか?」
「うん。どうせ人間は長く生きられないし」
「……わかった」

 人間は長く生きられないなんてのは、本当の理由じゃない。
 私はたぶん、イヴェリスがいなくなったら死んだも同然だ。この人以上に誰かを好きになるなんて絶対にないし、一人が寂しいと思ってしまうに違いない。そしたらきっと、イヴェリスを追って自ら命を絶ちそうな気しかしない。自分でもこんな風に考えるようになるなんて、想像すらしなかったけど……。

「イヴェリスが泣きわめこうが暴れようが、絶対飲ませてね」
「イヴェリスも変わり者だが、お前も相当の変わり者だな」
「約束だからね」
「わかった。約束しよう」

 どこかで心配していた。
 イヴェリスが私を優先して血を飲むことを拒んだらどうしようって。
 でもトマリが来てくれたおかげで、その心配はなくなった気がして少し安心した。



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