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第46話 獣族の長
しおりを挟む「テレビでも、見ますか」
「うるさいのは嫌いだ」
「すみません」
相変わらず、獣族の長であるトマリと気まずい空気が流れ続ける。
「ううっ、なんか寒いな」
ぶるっと寒気がして、ふと自分の髪が濡れていることを思い出す。
雨に濡れたまま帰って来て、着替えはしたものの、お風呂に入らずにトマリと一緒に床で寝てしまったんだ。
――どうしよう
「あのー……」
「なんだ」
「ちょっと、お風呂に入ってきてもいいですかね」
「風呂? ああ、湯浴びか。勝手にしろ」
「すみませんっ」
このまま一緒の空間に居てもどうしよもないし、お風呂に逃げた方が安心だ。
鍵があるから入ってくることはないだろうし、何かあってもまたイヴェリスがすぐに助けてくれる。それに、力になるかはわからないけどゴグもいるし。
とりあえず、目の前の現実から一旦逃げたくて、お風呂場へと駆け込んだ。
「吸血鬼以外にも本当に魔族がいるんだ……」
雨で濡れているトマリを見つけたとき、あれはたぶん魔界から来たばかりのタイミングだったのだろう。考えてみれば、イヴェリスの時とほとんど状況が同じだ。パン屋さんに行こうと思ったのに、なぜかお店はなくて。急に見慣れない道へと出ていた。
なんで私は、こんなに魔族と出会う確率が高いんだろう……。
獣族の長って言ってたけど、トマリは狼人間ってやつだろうか。
二人が会話しているのを見ると、幼馴染とは言え、トマリはイヴェリスには逆らえない感じではあった。
ああ、聞きたいことがありすぎる。
バタン
お風呂から出て部屋に戻ると、ソファに丸まっていたトマリがビクッと肩を震わせて起き上がる。どうやら寝ていたみたいだ。
「あ、寝てていいですよ」
「こんなところで寝るか」
いや、犬の時はグーグー寝てましたやん。
「お腹とか、すいてないですか? あー魔族は食べないんだっけ」
「飯か?」
「獣族の方は、召し上がるんですか?」
「ああ、食う。主に魔獣と人間」
「えっ」
そう言うと、トマリは犬みたいに舌をペロリと出した。
「あの、魔獣の肉も人間も勘弁してほしいんですけど……他の肉なら」
「肉があるのか?」
「食べます?」
「今すぐお前を喰らい尽くしたいくらいには腹がすいている」
「ひい」
冗談なのか本気なのかわからないのがまた怖い。
慌ててキッチンに行って、冷蔵庫から豚肉を取り出す。
自分もだけど、他の人が食べられてしまう前に、何かでトマリの空腹を埋めなければいけない気がした。
ところで、犬は玉ねぎダメだけど、獣族はどうなんだろう……
「あの、食べられないものとかありますか?」
「いや、とくにない」
「ネギ類って大丈夫ですか?」
「ネギ? 知らん」
ネギは魔界にないか……。
こういう時は、魔獣であるゴグのチェックが一番手っ取り早い。
「ゴグ」
「きゅっ(獣族はなんでも食べられますよ)」
ゴグを呼ぶと、何も言わなくともすぐに私が欲しい答えが返ってくる。
最近はもう、“なんとなく言っていることがわかる”から、言葉が直接伝わってくるくらいまでコミュニケーションがとれるようになっていた。
「じゃあ、いっか」
玉ねぎを薄切りにして、買っておいた豚肉と一緒に焼く。
ものの10分くらいで生姜焼きができあがった。人に出せる得意料理と言ったら、これくらいしかない。あの兄ですら、これだけは褒めてくれる。
「これはなんの匂いだ」
トマリは犬みたいに顔を上に向け、空気中の匂いをクンクンと嗅ぐ。
「どうぞ。お口に合うかわかりませんが」
「ほう。これが人間の食い物か」
「生姜焼きでございます」
「ふむ」
お皿を手に持つと、顔を近づけ、またクンクンと匂いを嗅いでいる。すると、箸も使わずそのまま大きな口を開けて、お皿に顔を突っ込んだ。
ああ、犬だ。
「ぁぐっ……んん……なんだこれはっ…‥」
ガウガウ言いながら、2人前ほどの生姜焼きを3口くらいで平らげてしまった。
お気に召していただけたのか、ついでにお皿についたタレまでキレイに舌で舐めとっている。
「うむっ、悪くはない味だった」
「ふっ」
――悪くはない
その言葉は、初めてアイスを食べたときのイヴェリスとまったく同じ反応で、思わず笑ってしまった。
「なぜ笑う」
「ごめんなさい、イヴェリスも同じようなリアクションだったから」
笑われたことにムッとしたのか、眉間にシワをよせこっちを向く。でもそのトマリの顔には、恐い顔の威厳を消し去るくらい、生姜焼きのタレが鼻や口とあちこちについていて……。
その姿がおかしくて、またふふっと笑いがこみあげてきてしまう。
ふと、愛犬のルカがヨーグルトを食べた時も、こんな風に顔の周りをベチャベチャにしていたことを思い出してしまった。
「貴様、笑うな!」
「ごめん、つい」
こんなに輩みたいな態度なのに、どこからどう見ても犬にしか見えなくて。それもなんでか子犬に近いように感じる。顔が整っているせいで大人っぽく見えていたけど、よく見ると仕草も喋り方もイヴェリスよりも幼い感じがした。
「ちょっとじっとしてて」
「なっ――」
「顔にいっぱいついてるから」
ティッシュを数枚とってそのままトマリの顔を拭く。トマリを見ていると、犬と子供に対してしか発動しない私の母性本能がつい働いてしまうようだ。
「きっ――さまっ――」
途端に、トマリはガバッと自分の手で顔をガードした。
「ごめん、いやだった?」
「――っ」
そういえば、トマリに近づくなってイヴェリスに言われたことを思い出して、慌てて離れると
「二度と俺に近づくなっ――」
トマリは顔を真っ赤にしながら少し震えていた。ふと、自分の視線がトマリの頭に移動する。そこには、さっきまでなかった獣耳にぴょこっと顔を出していた。腰辺りからはふさふさの尻尾が生え、歯にはイヴェリスよりも短い牙が生えている。
「わあ、すごい! 耳だ! これ、本物!?」
思わず、イヴェリスの牙を見た時みたいに興奮してしまう私のいけないところが出てしまう。だってさすがにこの姿は、誰が見たって興奮するでしょう?
「さ、触るな!」
「きゃーふさふさ! 気持ちいい」
「やめろ! 近寄るなと言っているだろ!!」
「トマリは人狼なの? すごいね!」
「人狼ではない! ヴォーウルフだ!」
「ヴォーウルフ? へえ、そう呼ぶんだね」
さっきまでヤンキーのように私を睨みつけていた目はどこへやら。今や子犬のようにソファの上で小さく縮こまっていた。その怯える姿を見て、頑張って興奮を抑え身を引いた。
「ごめんごめん、魔族の姿見るとつい興奮しちゃって」
「貴様……本当に人間か?」
何故かはぁはぁと息を切らしながら、またキッと睨まれる。
「……この姿が怖くはないのか」
「え、めっちゃかわいい」
「か、かわいいだと」
「ずっとそれで居て欲しいくらい」
「なっ……」
何を言っているんだこの人間は。そんなような顔で目を見開き、口をあんぐりとさせる。次第にトマリの姿が、また人間へと戻っていく。
「ああ、戻っちゃった!」
「おい、名残惜しそうに言うな」
「だって」
トマリは金色の目を何度かぱちくりとさせると、フッと小さく笑った。
「お前のような人間、初めてみた」
「え?」
「ああ、イヴェリスがお前なんかを気に入っている理由が少しわかった気がする」
そう言うと、さっきまで鋭かった目がどことなく優しくなる。
「疲れた。俺は寝る」
「あ、うん。おやすみ」
かと思えば、急にスクッと立ち上がりベッドに移動する。
「あ、ちょっと! ベットはダメだよ!」
「ああ? 俺を誰だと思っている。床で寝ろと言うのか?」
「いや、犬の時は寝てたじゃん……」
「それはお前が勝手に寝かしたんだろ。しかし、お前の寝床は狭いな」
「え」
「まさかイヴェリスはこんな狭いところで寝ているのか?」
「そうだけど」
「……あいつは、本当によくわからないヤツだな」
ブツブツと文句を言いながらも、トマリは我が物顔でベッドへと入ってく。
これもイヴェリスが初めてきたときと、一緒だ。
魔族というか、王族は、これが当たり前なんだろうな。
布団の中に入ると、トマリは1分もしない間に寝息をたてて眠り始めてしまった。
眠りにつく早さもイヴェリスみたいだ。
でも、大きな体を小さく丸めて寝ている姿も、犬そのものだった。
その姿がちょっとかわいくて、それ以上文句も言えず。
私は仕方なく、ソファで寝ることにした。
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