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第45話 謎の男
しおりを挟む目の前に、見知らぬ男が寝ている。
「うわ!」
当然、私がさっきまで撫でていたフワフワの毛はゴツゴツとした腹筋に変わっていて。咄嗟に変な声が出て、肌に触れていた手をすぐに離した。
「ん……」
その声で犬だった人間が、眉間にシワを寄せながらゆっくりと眠りから覚める。
何度かゆっくりと瞬きをしたあとに、驚いた顔で見ている私と金色に光る彼の目がバチッと合う。
「うわっ!!!」
犬だったはずの人間も私を見て驚いたのか、ガバッと起き上がって後ずさる。
「な、な、な、なんだ貴様!!!!!」
動揺で、金色の瞳が泳いでいる。
「なんだって、こっちが聞きたいんだけど!!」
そしてすぐに気づく。その男が何も着ていないことに。
「ぎゃーーー変態!!」
「喚くな女!!!」
私の大きな声にビクッと肩を震わし、男はガバッと立ち上がる。
「いやあ! こっち来ないで!!」
目の前に立ちはだかる裸体をとりあえず視界に入れないように、そのへんにあるものを手当たり次第投げる。
なんで私の家に、裸の男がいるわけ……?
だってさっき拾ってきたのは犬のはず――
そこまで思い出して、急にピンと点と点が繋がってしまった。
「も、もしかして魔界の人ですか……」
クッションを盾に、裸で立っている男に聞くと
「……貴様、何者だ」
男は急に体勢を低く構え、指からガッと鋭い爪を出した。
「ぎゃーーーやっぱりぃーーー」
予想が的中してしまった。って、こんな変な状況、それしかありえないんだけど。
「ごめんなさい、食べないで! 私はもう、他の魔族の生贄なんで、別の人にしてくださいぃ」
心の中でイヴェリス助けてって何度も唱えながら、今にも襲い掛かってきそうな目の前の魔族に抵抗する。
「他の魔族の生贄だと……?」
「そうです、吸血鬼にもう狙われているので食べないでください……!」
「吸血鬼?」
私の言葉を聞いて、目の前の魔族が隙を見せた。その瞬間、急に甘い香りがブワッと広がって
「蒼、大丈夫か!?」
「イヴェリス……!」
どこからともなく吸血鬼姿のイヴェリスが現れた。
「ごめんっ! なんか、犬拾ったら、魔族だったみたいで」
「犬?」
魔法のように現れたイヴェリスにしがみつくと、イヴェリスも私を守るようにギュッと抱きしめ返す。そしてすぐに、私じゃない気配に気づいて、裸で立っている男の方に視線を向けた。
「イヴェリス!!」
「……トマリ!?」
すると、男はイヴェリスの名前を呼んで、イヴェリスも相手の名前を呼んだ。
「おいおい、待てよ。なんでその人間を庇っている……?」
「お前こそ、なぜここにいる」
赤い瞳と金色の瞳が、視線で鋭くぶつかり合う。
少しでも隙を見せたら、お互い殺しかけないと言った、ただならぬ空気だ。
「……貴様」
「……」
どうなってしまうのか、緊張しながら息を潜ましていると、急にイヴェリスが私の体から離れ男に向かっていく。そして男の方も、イヴェリスにとびかかる。
――戦闘が始まる
そう思って、ぎゅっと目を瞑ると。
「んだよ! すっかり人間みたいになっちまって!」
「お前こそなぜここにいるんだ! もしかしてお前も蒼に見つけられたのか?」
「知らねーよ、目が覚めたらここにいた」
血しぶきをあげることなく、二人は仲良さげに抱き合っては、久しく会っていなかった友人かのように笑い合っていた。
「え……? 二人は、お友達……ですかね?」
その光景をポカンと見ていると、イヴェリスが「すまない」と言いながら、犬だった男のことを私に紹介してくれた。
「こいつはトマリだ。まあ、俺の幼馴染と言ったところか。ちなみに獣族の長だ」
「おい、人間にそんなペラペラ俺のことを喋るんじゃねぇ!」
「幼馴染……。獣族のおさ……」
うん。ガチ魔族。
「トマリ、こっちは蒼だ」
今度はイヴェリスが私のところへ戻ってくると、グイッとトマリと呼ぶ男の前に突き出される。
「そいつが次の“分け与える者”か?」
「ああ、そうだ」
トマリは目を細めながら、頭のてっぺんからつま先を舐めまわすように見てくる。って、本当に魔族は裸に対する羞恥心はないわけ!?
「生贄にしてはずいぶんと仲良さげだが……」
「ああ、俺は蒼が好きなんだ」
「はあ?」
「今、付き合っている」
「つきあう?」
「ああ、つがいみたいなものだ」
「つ、つがい!?」
あっけらかんと私を紹介するイヴェリスに、トマリは「頭でも打ったか?」と言うように心配をしてくる。
「あ、あの……お話中、申し訳ないのですが、どうか服を……」
その会話に割って入ると
「ああ、そうだったな。トマリ、これを着ろ」
イヴェリスは、ソファに置いてあった自分の部屋着をトマリに投げつけた。
「ああ、人間の服か」
トマリは人間界に慣れているのか、とくに疑問も持たずにその服を身に着けた。
「イヴェリス、本当にこんなのが“分け与える者”なのか?」
「ああ。ゴグが選んだから間違いない」
「へえ」
自分の顎をさすりながら、トマリはまた私を品定めするような目で見てくる。
服を着てくれたおかげで、やっとまともにトマリの顔を見れたけど、イヴェリスと負けないくらい整った顔をしていた。
スッと高い鼻に、くっきりとした二重の大きな目。口も犬みたいに大きくて。鎖骨らへんまで届くほどの黒い髪は、インナーカラーをしているみたいに毛先にかけて銀色が混ざっている。細身のイヴェリスとちがって、体格は少しガッチリと筋肉質だ。
魔界って、こんな二次元みたいなイケメンしかいないわけ……?
「トマリはなぜこっちに来た?」
「ああ、お前が人間にうつつを抜かしていると聞いて。マアラ様が見てこいと」
「そんなことで」
「どうやら、本当のようだな」
また獲物を狙うように、ギロリとトマリに睨まれる。
「うつつを抜かしているわけではない」
「つがいなど、人間ごときに何を言っている」
「口を慎め。お前には関係のないことだ」
「そう言われても」
「俺は今、人間として生きている。邪魔をするな」
「は? またお前はそうやって……すぐ人間に情を」
「やめろ。その話はいい」
トマリが言いかけた話を、イヴェリスがすぐに遮った。
「とにかく、蒼のことは丁重に扱え。“俺の”獲物だ」
「……わかった」
イヴェリスが釘をさすように言うと、納得いかない様子ながらしぶしぶトマリは頷いた。
「くそ、智に店を抜けていることがバレた」
ポケットに入ってるスマホがヴーヴーと鳴っている音がする。
「ご、ごめんね。仕事中に」
「ああ、気にするな。お前に何かあったら大変だからな。また何かあったら今日みたいに呼べ」
「ありがとう。声、届いてたんだね」
「当たり前だろ」
そう言いながら、イヴェリスは優しく私の頭を撫でてくれた。
「トマリ。お前の他に来ている者は?」
「俺だけだ」
「そうか。なら、すぐに帰れ。心配は必要ないと母上に伝えてくれ」
「いや、それが……。今すぐ帰れるほどの魔力が残ってない」
「は!? なんで来た……」
「ついでに人間の一匹でも喰って帰ろうかと……」
「はあ……。あまり悪さはするなよ」
「ああ」
イヴェリスは大きくため息をつくと、私の方に視線を戻す。
「すまない。今夜だけトマリの面倒を見てやってくれるか?」
「それは、いいけど」
「おい! 俺は人間の世話になる気はねえぞ!」
「ならば、外に出るか? 雨だが」
「うっ……」
「大人しくしていろ。仕事から帰ったら、また考える。ゴグも置いていく」
「きゅっ」
イヴェリスの肩に乗っていたゴグが姿を現し、私の肩に飛び移った。
「蒼、あまりトマリには近づくな」
「え? わかった」
「あいつは女が苦手だ」
「そ、そうなんだ」
「じゃあ、朝には帰ってくる」
「うん。いってらっしゃい」
そう言うと、イヴェリスは玄関から出ていくわけでもなく、フッとその場で姿を消した。
「……」
「あの、お茶でも飲みますか……?」
「いらねぇ」
イヴェリスがいなくなった瞬間、妙な空気が私たちの間で流れる。
トマリはどっかの輩のように、腕を組んでこっちを睨み続けているし。
イヴェリスに言われるがまま、引き受けちゃったけど……。
帰ってくるまで、この魔族と一緒にいるのめっちゃ気まずいかもしれない。
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