45 / 83
第45話 謎の男
しおりを挟む目の前に、見知らぬ男が寝ている。
「うわ!」
当然、私がさっきまで撫でていたフワフワの毛はゴツゴツとした腹筋に変わっていて。咄嗟に変な声が出て、肌に触れていた手をすぐに離した。
「ん……」
その声で犬だった人間が、眉間にシワを寄せながらゆっくりと眠りから覚める。
何度かゆっくりと瞬きをしたあとに、驚いた顔で見ている私と金色に光る彼の目がバチッと合う。
「うわっ!!!」
犬だったはずの人間も私を見て驚いたのか、ガバッと起き上がって後ずさる。
「な、な、な、なんだ貴様!!!!!」
動揺で、金色の瞳が泳いでいる。
「なんだって、こっちが聞きたいんだけど!!」
そしてすぐに気づく。その男が何も着ていないことに。
「ぎゃーーー変態!!」
「喚くな女!!!」
私の大きな声にビクッと肩を震わし、男はガバッと立ち上がる。
「いやあ! こっち来ないで!!」
目の前に立ちはだかる裸体をとりあえず視界に入れないように、そのへんにあるものを手当たり次第投げる。
なんで私の家に、裸の男がいるわけ……?
だってさっき拾ってきたのは犬のはず――
そこまで思い出して、急にピンと点と点が繋がってしまった。
「も、もしかして魔界の人ですか……」
クッションを盾に、裸で立っている男に聞くと
「……貴様、何者だ」
男は急に体勢を低く構え、指からガッと鋭い爪を出した。
「ぎゃーーーやっぱりぃーーー」
予想が的中してしまった。って、こんな変な状況、それしかありえないんだけど。
「ごめんなさい、食べないで! 私はもう、他の魔族の生贄なんで、別の人にしてくださいぃ」
心の中でイヴェリス助けてって何度も唱えながら、今にも襲い掛かってきそうな目の前の魔族に抵抗する。
「他の魔族の生贄だと……?」
「そうです、吸血鬼にもう狙われているので食べないでください……!」
「吸血鬼?」
私の言葉を聞いて、目の前の魔族が隙を見せた。その瞬間、急に甘い香りがブワッと広がって
「蒼、大丈夫か!?」
「イヴェリス……!」
どこからともなく吸血鬼姿のイヴェリスが現れた。
「ごめんっ! なんか、犬拾ったら、魔族だったみたいで」
「犬?」
魔法のように現れたイヴェリスにしがみつくと、イヴェリスも私を守るようにギュッと抱きしめ返す。そしてすぐに、私じゃない気配に気づいて、裸で立っている男の方に視線を向けた。
「イヴェリス!!」
「……トマリ!?」
すると、男はイヴェリスの名前を呼んで、イヴェリスも相手の名前を呼んだ。
「おいおい、待てよ。なんでその人間を庇っている……?」
「お前こそ、なぜここにいる」
赤い瞳と金色の瞳が、視線で鋭くぶつかり合う。
少しでも隙を見せたら、お互い殺しかけないと言った、ただならぬ空気だ。
「……貴様」
「……」
どうなってしまうのか、緊張しながら息を潜ましていると、急にイヴェリスが私の体から離れ男に向かっていく。そして男の方も、イヴェリスにとびかかる。
――戦闘が始まる
そう思って、ぎゅっと目を瞑ると。
「んだよ! すっかり人間みたいになっちまって!」
「お前こそなぜここにいるんだ! もしかしてお前も蒼に見つけられたのか?」
「知らねーよ、目が覚めたらここにいた」
血しぶきをあげることなく、二人は仲良さげに抱き合っては、久しく会っていなかった友人かのように笑い合っていた。
「え……? 二人は、お友達……ですかね?」
その光景をポカンと見ていると、イヴェリスが「すまない」と言いながら、犬だった男のことを私に紹介してくれた。
「こいつはトマリだ。まあ、俺の幼馴染と言ったところか。ちなみに獣族の長だ」
「おい、人間にそんなペラペラ俺のことを喋るんじゃねぇ!」
「幼馴染……。獣族のおさ……」
うん。ガチ魔族。
「トマリ、こっちは蒼だ」
今度はイヴェリスが私のところへ戻ってくると、グイッとトマリと呼ぶ男の前に突き出される。
「そいつが次の“分け与える者”か?」
「ああ、そうだ」
トマリは目を細めながら、頭のてっぺんからつま先を舐めまわすように見てくる。って、本当に魔族は裸に対する羞恥心はないわけ!?
「生贄にしてはずいぶんと仲良さげだが……」
「ああ、俺は蒼が好きなんだ」
「はあ?」
「今、付き合っている」
「つきあう?」
「ああ、つがいみたいなものだ」
「つ、つがい!?」
あっけらかんと私を紹介するイヴェリスに、トマリは「頭でも打ったか?」と言うように心配をしてくる。
「あ、あの……お話中、申し訳ないのですが、どうか服を……」
その会話に割って入ると
「ああ、そうだったな。トマリ、これを着ろ」
イヴェリスは、ソファに置いてあった自分の部屋着をトマリに投げつけた。
「ああ、人間の服か」
トマリは人間界に慣れているのか、とくに疑問も持たずにその服を身に着けた。
「イヴェリス、本当にこんなのが“分け与える者”なのか?」
「ああ。ゴグが選んだから間違いない」
「へえ」
自分の顎をさすりながら、トマリはまた私を品定めするような目で見てくる。
服を着てくれたおかげで、やっとまともにトマリの顔を見れたけど、イヴェリスと負けないくらい整った顔をしていた。
スッと高い鼻に、くっきりとした二重の大きな目。口も犬みたいに大きくて。鎖骨らへんまで届くほどの黒い髪は、インナーカラーをしているみたいに毛先にかけて銀色が混ざっている。細身のイヴェリスとちがって、体格は少しガッチリと筋肉質だ。
魔界って、こんな二次元みたいなイケメンしかいないわけ……?
「トマリはなぜこっちに来た?」
「ああ、お前が人間にうつつを抜かしていると聞いて。マアラ様が見てこいと」
「そんなことで」
「どうやら、本当のようだな」
また獲物を狙うように、ギロリとトマリに睨まれる。
「うつつを抜かしているわけではない」
「つがいなど、人間ごときに何を言っている」
「口を慎め。お前には関係のないことだ」
「そう言われても」
「俺は今、人間として生きている。邪魔をするな」
「は? またお前はそうやって……すぐ人間に情を」
「やめろ。その話はいい」
トマリが言いかけた話を、イヴェリスがすぐに遮った。
「とにかく、蒼のことは丁重に扱え。“俺の”獲物だ」
「……わかった」
イヴェリスが釘をさすように言うと、納得いかない様子ながらしぶしぶトマリは頷いた。
「くそ、智に店を抜けていることがバレた」
ポケットに入ってるスマホがヴーヴーと鳴っている音がする。
「ご、ごめんね。仕事中に」
「ああ、気にするな。お前に何かあったら大変だからな。また何かあったら今日みたいに呼べ」
「ありがとう。声、届いてたんだね」
「当たり前だろ」
そう言いながら、イヴェリスは優しく私の頭を撫でてくれた。
「トマリ。お前の他に来ている者は?」
「俺だけだ」
「そうか。なら、すぐに帰れ。心配は必要ないと母上に伝えてくれ」
「いや、それが……。今すぐ帰れるほどの魔力が残ってない」
「は!? なんで来た……」
「ついでに人間の一匹でも喰って帰ろうかと……」
「はあ……。あまり悪さはするなよ」
「ああ」
イヴェリスは大きくため息をつくと、私の方に視線を戻す。
「すまない。今夜だけトマリの面倒を見てやってくれるか?」
「それは、いいけど」
「おい! 俺は人間の世話になる気はねえぞ!」
「ならば、外に出るか? 雨だが」
「うっ……」
「大人しくしていろ。仕事から帰ったら、また考える。ゴグも置いていく」
「きゅっ」
イヴェリスの肩に乗っていたゴグが姿を現し、私の肩に飛び移った。
「蒼、あまりトマリには近づくな」
「え? わかった」
「あいつは女が苦手だ」
「そ、そうなんだ」
「じゃあ、朝には帰ってくる」
「うん。いってらっしゃい」
そう言うと、イヴェリスは玄関から出ていくわけでもなく、フッとその場で姿を消した。
「……」
「あの、お茶でも飲みますか……?」
「いらねぇ」
イヴェリスがいなくなった瞬間、妙な空気が私たちの間で流れる。
トマリはどっかの輩のように、腕を組んでこっちを睨み続けているし。
イヴェリスに言われるがまま、引き受けちゃったけど……。
帰ってくるまで、この魔族と一緒にいるのめっちゃ気まずいかもしれない。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
サイキック・ガール!
スズキアカネ
恋愛
『──あなたは、超能力者なんです』
そこは、不思議な能力を持つ人間が集う不思議な研究都市。ユニークな能力者に囲まれた、ハチャメチャな私の学園ライフがはじまる。
どんな場所に置かれようと、私はなにものにも縛られない!
車を再起不能にする程度の超能力を持つ少女・藤が織りなすサイキックラブコメディ!
※
無断転載転用禁止
Do not repost.
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる